21 空がきれい
**** とある少女 視点 ****
魔法陣トラップにかかった者たちが、次々と送り込まれてきた。
彼らは魔法陣を通じて、国境のある山脈中央部から転移してきたのだ。
東の国の住人は、いつもあの辺で怪しい動きをしているそうだ。
そしてこの塔にも転移者が一人。
あたしたちが駆けつけたときには、男たちに囲まれていた。
満身創痍の様子だ。横たわったまま足枷もつけられている。
男たちは転移者が動かなくなったのを確認し、塔からおりていった。
今度は男たちに代わって、あたしたちが転移者を囲む。
転移者はまだ若く、あたしたちと同い年くらいだった。
その顔は痛々しそうに腫れあがっている。
男たちに容赦なくボコボコにされたためだろう。
友達が言う。
「ほら。男子よ、若い男!」
あたしは、うなずいた。
「うん。顔、腫れがひいたら、結構イケメンじゃない?」
「さあ~。腫れが酷すぎるから、どうかな……」
それにしても、目をそむけたくなるほどの惨状だ。
この腫れ、ひくことはあるのだろうか。
「この人、どうなっちゃうのかな」
「そりゃ、殺されるでしょ」
友達は冷たく答えた。
そうなるしかないのか。
「だったら父にお願いして、あたしんちの奴隷にする」
友達が目を細める。
「フィオアナのスケベ」
「違うよ、殺されるのは可愛そうだから……」
あたしは友達が帰ったあとも、この場所に留まった。
塔地下の用水路からバケツに水を汲んできた。
ハンカチを濡らし、腫れた顔を冷やす。
彼が目を開けた。
「いててて」
「目、覚ましたみたいね」
あたしに驚いた様子で、身をずらして後退した。
「お前は誰だ、大地人か? てか、ここはどこなんだ」
「あたしはフィオアナ。あんたは東の山脈からこの塔に飛ばされてきたの」
ぽかんとしている。話が飲み込めていないようだ。
「俺が山脈から飛ばされて?」
「そう。あんたは山脈を越えようとした悪い人」
「越えたかったわけじゃない。上からの命令だ」
ふうん、そうなの……。
「悪い人じゃないってこと?」
「俺は悪い人じゃない。だから足枷を外してくれ」
「駄目だよ。怒られちゃう」
「そうか。迷惑はかけられないな」
あたしはふたたびハンカチを水で冷やす。
それを彼の顔に当てた。
「す、すまない……。で、俺をどうするつもりだ」
「ねえ、そのことだけどさ。あたしんちの奴隷になりなよ」
彼が眉根を寄せる。
「それ、提案か。答えになってないぞ」
「あんたは数日以内に殺される。でも、あたしが守る」
「???????」
やっぱ意味わかんないよね。
「奴隷になっちゃえば、誰も手出しできないはずよ。ご飯もいっぱいあげる。水もいっぱい飲ませてあげる。労働もちょっとだけあたしが手伝う。だから選択肢は実質的に一つってこと」
考える時間を彼に与え、あたしは一人で帰宅した。
塔の転移者をうちの奴隷にしてほしいと、父に頼んだ。
しかし父は真っ赤な顔で猛反対。却下された。
「駄目なものは駄目だ」
「でも悪い人じゃないの。処刑は可哀想よ」
「悪い人じゃない? そりゃ口ではなんとでも言うさ」
パーーーーーーーーーン
突如として空が鳴った。
いまのは雷? ううん、そんな感じじゃなかった。
家から外に出て空を見あげた。
何かが空へと飛んでいく。
ふたたび何かがパーンと音を立てて弾けた。
さっきと同じ音だ。なんだろう?
父も庭に出てきた。
空に鳴った音のことはあまり気にしていない様子だ。
「フィオアナよ。奴隷のことより大事な話がある。南の町に引っ越しが決まった」
引っ越し? また?
「なんで? おととし来たばかりなのに」
「期待されてやってきたわけだが、この町を守れなかったんだ」
「でも穀物の不作は蝗害、お父さんのせいじゃない。単に運が悪かっただけでしょ」
「お父さんの蝗の対策が甘かったのだ」
引っ越しは二十日後らしい。
せっかくできた友達ともお別れか。
あまりに早すぎる父の左遷……。
「ごめんな。そういうことで奴隷の件は諦めてくれ」
「う……うん」
転移者のことは可哀想だけど仕方がない。
だけどせめて……。
「お父さん、転移者の処刑はいつ?」
「処刑なら、すでに三人の執行が終わった」
四人の転移者がいると聞いていた。
つまり彼が最後の一人。
「岩場公園の塔にいる転移者は、いつ処刑予定なの?」
「あの塔はうちの管轄だが、まだ決まってない。だが近日中だろう」
てことは明日かもしれないし、明後日かもしれない。
「お願い。もし明日ということになったら、一日だけ猶予をちょうだい。お父さんの力ならできるでしょ」
なんとか父を説得できた。明日処刑の場合は延期となる。
翌日、車を一日貸切りにした。
せめて、きょうの一日を彼に楽しませてあげたい。
顔の腫れは驚くほどひいていた。
こんなにも回復するものだったとは。
片足に足枷をつけた彼を、塔の一階までおろした。
足枷の先にはオモリがついているため一苦労だった。
外で待機させていた車に彼を乗せた。そしてあたしも乗る。
「これ、人力車みたいだな」
「ジンリキシャ?」
「なんでもない、こっちの話だ」
車が発進。
まずは花畑街道に向かった。
大きな花壇の間を車が走る。赤、紫、黄色、白……カラフルで綺麗。甘い香りに包まれた。彼、楽しんでくれているだろうか?
途中で車を停めた。道端に美しく咲く白い花を摘んで戻った。
「素敵でしょ? 白竜草っていうの。この地方のシンボルなのよ」
彼の耳にかけた。彼は拒むことをしなかった。というより、気に留めていない様子だった。車が走り出すと、白竜草の花は風に飛ばされた。
丘が見えてきた。まるで雪山のように白化粧している。先程の白竜草が咲き誇っているのだ。その丘の上に大きな建物。
「見て。あれは風車っていうの。ふ・う・しゃ」
反応は薄かった。
「俺、どんなふうに殺されるんだ?」
どうしてそんな話になっちゃうのかな。
「昔から、転移者の処刑は槍によるものと決まってい……」
まだ言い終わらないうちに、彼が口を開く。
「槍か。てことは魔法みたいなやつじゃないんだな」
「人を殺すような魔法陣や魔道具なんてないから」
彼はあたしの言葉を復唱した。
「魔法陣……。そっか、なるほど。魔法陣か。俺があの塔にいたのは、魔法陣によるものなのか」
「そうよ。国境となる東の山脈に仕掛けた魔法陣から、あんたは転移してきたの」
「ちなみに山脈の向こうの国とは仲が悪いのか」
「東の国については、人々がたびたび侵入し、略奪にくるから……」
「ふうん。そっちが悪さしたんじゃなくてか」
「しないよ!」
彼はふたたび話題を変えてきた。
「恐怖の大王って知ってるか」
「何それ」
「知らないのか。そっか」
彼はそんな話ばかりで、美しい景色を眺めようとしない。彼のために花畑街道を走らせているのに。
車は花畑街道を抜けた。
ふたたび町の中心部まで戻ってきた。
「ちょっとだけ、また待ってて」
ふたたび車を停め、名物の甘粉焼きを二人前買ってきた。
片方を彼に渡すと食べてくれた。
「クレープに似てるな」
「美味しい?」
「ああ、とても。けどさ、どうして親切にしてくれるんだ?」
あたしは答えることができなかった。
彼、絶対に悪い人じゃないのに……。
目から涙が出てきた。
「なんで泣く?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃ、わからない」
「守ってやることができなかった」
「俺が殺されるからってことか」
まるで他人事のような口調だった。
どうしてそんなにケロッとした顔でいられるの? 単なる諦め?
「俺、どんな魔法で殺されるのかと思ったけど。悪いが槍じゃ無理だな」
よくわからないことを言う人。
「でけえ! なんだ、あの鳥? 巨大エミューみたいのが飛んでる」
この人、いつも急に話を変えるのね。
「モアモアよ」
あのモアモアという巨大鳥は、たいして珍しい生き物ではない。ときどきそれを生け捕りにして、全身をドラゴンっぽく仮装させて、東の山脈中央部に放している。東の国の人々が山脈を越えてこないようにと。さらには魔法陣トラップも仕掛け、侵入を防いでいる。
「西タクッド山脈で見たやつに似て……、いや、あまり似てないな。こんな地味じゃなかったし。そういえば……」
彼はそんなふうに一人でぶつぶつ言ってから、何かを思い出したかのように、アッと声をあげた。あたしに視線を向ける。
「山脈から転移してきたヤツって、俺以外にもいるんだろ?」
「うん。きのう転移してきたのは、あんたを含めて四人だけど」
「皆、無事なのか」
「…………」
すでに処刑されたと、父から聞いていた。
あたしの無言の意味を、彼は理解したようだ。
「そっか。殺されたか」
「……ごめんなさい」
俯くあたしの頭に、彼は手を乗せた。
「また謝るのか? あんたが殺したんじゃないだろ。せっかくのデートなんだし、謝られてばっかだとつまんなくなる」
えっ。
「デ、デートなんかじゃ……」
「なんだ、違うのか」
「ううん、デート」
デートって言っちゃった。
パパパパパパーン
突然の爆竹音。
彼が身構える。
「なんだ?」
「結婚式よ。ほら、あそこ」
美しく着飾った花嫁が歩く。
皆から祝福を受けている。
「結婚式ねえ」
彼の口調はなんだか冷めた感じだった。
美しい花嫁や結婚式には興味ないのかな。
「俺に親切にしてくれた礼として、一ついいことを教えてやろう」
「いいこと?」
何を教えてくれるのだろう。
「 いいか。よーく覚えておいた方がいいぜ。結婚していいのはなあ、裏切られる覚悟のある奴だけだ」
えっ、えっ、えっ?
どういう意味だろう。
ああ、わかった!
結婚っていうのは……。
「裏切られても構わないと思えるほど情熱的な恋心を持った人がするものなのね」
何故か彼は溜息をつくのだった。
「ちがう」
違うの?
わからないことを言う人だ。
空が光った。
同時にパーンと鳴った。
またあの音だ。きのうも鳴った。
なんの音なのだろう。
「やっと来てくれたか」
彼はそう呟いて、ベルト下から紙切れを取り出した。
紙はヒト型に切り取られたものだった。ふわりと浮あがった。
まるで生きているようだった。
「嘘! それって手品?」
「式神っていうんだ」
初めて聞く言葉だった。
「式神?」
「綺麗な花火を見せてやるよ」
ヒト型の紙切れから何かが放たれた。
大きな音とともに遠い真上で何かが弾けた。
空は赤や青や黄色の美しい光の帯で飾られた。
うっとりするほど綺麗で幻想的な輝きだった。
町の人々も、鮮やかに彩られた上空を眺めている。
笑顔の人もいれば怯える人もいた。
確かに美しい爆発を怖がる気持ちも理解できる。あたしが喜んで見ていられるのは、それを放ったのが彼の紙人形だから。すなわち彼を信頼しているから。空の綺麗な色模様は、あたしたちに不幸をもたらすものではない。だって彼は侵略にきたのではないのだから。
「いまの花火はどうだった? 本当は魔光弾っていうんだ」
「魔光弾? とにかくビックリしたけど最高だった」
「そりゃ良かった」
彼はあたしにそう言うと、今度はあたし以外の誰かに叫んだ。
「俺はここにいる。もう一回行くぜ!」
パーーーーーーーーーン
真上の空が赤一色に染まった。
すると向こうの空からも、呼応するように鳴り響いた。
パーーーーーーーーーン
向こうの空は黄色と紫に色づいていた。
「確かに綺麗だけど、何か意図があるの?」
「友人への合図だ」
車引きのおじさんの足が止まった。車が進路を塞がれたのだ。
道の真ん中を正面から、二人の少女が歩いてくる。
両者とも歳はあたしとほとんど変わらないだろう。
この世のものとは思えないほど美しい人たちだった。
まるで女神そのもの。
「月輝姫、雪綺姫」
彼はそう言って、オモリを繋いだ足枷をつけたまま車をおりていった。
少女二人は彼の知り合いだったようだ。
その一人が彼の顔の痣に気づく。
「その傷、どうしたの?」
「なんでもない。式神に回復魔法かけさせたんだけど、俺は未熟すぎて完治に程遠かった」
「それは大変。雪綺姫、お願い」
「言われなくてもそのつもりです」
白い髪の少女が息を吹きかけると、不思議なことが起きた。顔の痣がたちまち消えたのだ。腫れも完全にひいていた。
彼の紙人形が足枷に掠る。すると足枷は二つに切断された。彼は自力で足枷を外してみせたのだ。だったら最初からそうしておけば良かったのに。
「町ごと破壊すればいいのかしら?」
少女は麗しい顔に似合わず物騒なことを言った。
「待ってくれ、月輝姫」
大勢の町兵が集まってきた。
彼と美少女二人に、弓兵たちが矢を向ける。
「町を騒がせたのはお前たちか! 侵入者だな」
真っ白な髪の美少女が目を細めて微笑んだ。
彼女の口から真っ黒な息。それも信じられないほど多量に。
黒い息が澄み渡ると、多くの町兵が倒れていた。
もう一人の美少女が片手をあげる。
さっき彼の紙人形がやったように、上空へと何かを放ったようだ。しかし紙人形のものとは異なり、禍々しさを感じさせるものだった。
空に真っ赤な球体が生じ、大気を震わせた。
球体は目が潰れそうなほど眩しく輝き、皮膚が焼けそうなほどの灼熱を放っている。
一部の無事だった町兵たちが震えあがった。皆、その場から逃げていく。
車引のおじさんも逃げ出した。
「逃げても無駄よ。町ごとなくなるのだから」
美少女の恐ろしい言葉に、ほとんどの者が足を止めた。
きっと生きることを諦めたのだ。
美少女の肩に彼が手を乗せる。
「俺はここで大怪我を負わされた。俺と同じくここに飛ばされた者が殺された。やられっぱなしていうのも癪だよな。それなりに報いを受けてもらいたい。この町を壊滅させるというのもいいだろう。だけどさあ……」
彼はあたしに一瞥を投げかけた。
「敵であるはずの俺に、親切にしてくれた人もいたんだ」
優しく微笑んだ。
「この町の連中は、せいぜい彼女に感謝するんだな。おかげで命拾いしたとさ。俺はここを殲滅させないことにした。てことで、月輝姫。何もしなくていい。このまま帰ろう」
あたしに頭をさげる。
「デートの途中ですまないけど、俺、いまから帰ることにする。でも楽しかったよ。クレープみたいなやつも美味かった。ありがとう」
彼は二人の美少女とともに町を去っていった。
後日、引っ越しの話はなくなった。
父の娘が町を守ったからということになっている。
**** とある少女 視点 終わり ****




