20 人形を使用した特訓は楽しい
「颯太っ。これいったい……どっ、どういうことだよ!」
九夏紅斗が目を丸くしている。
結衣が脱走奴隷だったことは、彼に打ち明けていた。
しかし月輝姫と雪綺姫が人形だったことは、これまで隠してきた。
すまんな、ずっと秘密にしてて。
周囲の者たちの驚愕っぷりは彼以上だった。
しばらく月輝姫と雪綺姫の話で持ちきりだった。
結衣姫が人形だという嘘は、グリガンにも信じてもらえたようだ。
その日以降、月輝姫と雪綺姫は多くの男連中から、崇拝の眼差しを浴び続けることとなった。さらに結衣姫も合わせれば美女人形が三体。それらを所有する俺は、嫉妬と羨望の的だった。
案の定というか……。
変な輩が俺のテントを訪れるようになった。
月輝姫と雪綺姫が目当てだ。
そしてこの日も、テントの前をウロウロしている男がいた。
「なんの用だ」
声をかけると、男は立ち止まった。目を泳がせながら頭を掻いている。
「いや、用とかじゃないんだ。ただ噂の人形をちょっと見にきただけで……。あのさ、見るだけでいい。ほんのちょっとだけ拝ませてくれ」
テントのフロントドアパネルを勝手に開けやがった。
「おい、こら!」
「ひやあああああああ。近くで見てみりゃ、一段とイイ女じゃないか。こりゃ、惚れちまうぜ。元が人形だとかなんて関係ない」
目玉が飛び出さんばかりに驚愕している。
俺は男の後ろ襟を引っ張った。
「見せもんじゃない」
「なあ、ちょっとだけ触らせてくれないか」
「触るな。帰れ」
しかし男は諦めない。必死に懇願する。
「そんなこと言わずにさあ、頼むぜ」
「駄目なもんは駄目だ」
「独り占めは良くない! だろ? 片方、譲ってくれや」
「馬鹿言うな。お前なんかに誰がやるものか」
「だったら貸してくれ。一晩だけでいい。絶対返すから」
今度は借りたいだと? 借りて何をするつもりだ。
男をテントの外へと摘みだした。
その後も、人形貸出しの希望者が続出した。そいつらの多くが、いままで【お人形さん遊び】を笑っていやがった連中だ。もちろん貸出しなんてするものか。
数日後、気づいたことがある。
どうやら俺は陰であだ名をつけられたようだ。
あだ名は『ラブドール野郎』。
リーダー会議が開かれた。
当然、ここには圜子もきている。
圜子は俺の顔を見るなり笑い出した。
「人間の女子に相手にされないものだから、人形を女の子の姿にして遊んでたわけ? キモっ」
言いたいこと言いやがって。
だったらさあ、他の女子に相手にされないものだから圜子と結婚した、とは考えないのか? それを声に出したかったが、この気持ちを堪えた。ここにはグムル人たちもおり、夫婦であることを知られたくはないからだ。
聖騎士たちも会議室にやってきた。
オーキュネンが大きな箱を抱えている。
今回の議題のメインは、その箱と俺に関係したものだった。
箱の中から出てきたものは、たくさんの人形。
それらは木彫り、石膏、粘土、布地……など様々なものだった。
嫌な予感がした。一応確認してみる。
「それをどうしろと?」
グリガンが説明する。
「颯太の特殊技能には恐れ入った。小さな人形の姿を人間に変えてしまうとは。しかも人間とまったく同じように動いているではないか。そこでだ。颯太には人形部隊を編成してもらいたい」
「悪いが無理だ。俺の特殊技能じゃ、部隊の編成なんてできない。実際、かつて鈴木結衣と呼んでた人形『結衣姫』をよく知ってるだろ? あの人形に戦闘能力なんてないじゃないか」
「別に急ぐ必要はない。じっくりやってくれ。当然、次の西タクッド山脈行きには間に合わせなくてもいい」
たくさんの人形を押しつけられた。
月輝姫や雪綺姫のような美しい人形はなく、どれもゴツくて強そうな感じのものばかりだった。俺が小学生の頃だったら喜んでいたことだろう。
オーキュネンが木彫人形を突き出し、いたずらそうな顔で微笑む。
「どうだい、特にこのマッチョ人形。抱き枕として使用しても構わないよ」
「ざけんな」
おかげでテントの中は狭くなった。
これらを見て雪綺姫は呆れ顔だ。しかし月輝姫は、俺の特殊技能の訓練に役立ちそうだと喜んでいた。
俺は月輝姫の指導のもと、人形との会話の試みを始めた。
動けと命じると、どれもがカタカタと体を震わせた。「お前は人形か?」と問えば、多くが体を震わせた。それらに「お前は猿か?」と問うと、まったく同じように体を震わせた。これではYESかNOか、見分けがつかない。先はまだまだ長そうだ。
そんな訓練中のこと――。
「あのう……。夜分申し訳ございません」
外から聞こえたのは結衣姫の声だ。
「どうした? 中に入ってきてくれないか」
彼女がテントに入ってきた。しかしじっと俯いている。
用事があってきたのだろうが、言いにくそうな様子だった。
「黙ってちゃ、わからないなあ」
コクリと首肯し、ようやく口を開く。
「わたし……テントを追い出されました」
「何っ!?」
結衣姫からテントを取りあげたのは聖騎士だった。理由は彼女が人間ではなく人形だからとのことだ。テントはあくまでも異世界人に貸し与えられるものであるため、所有者である俺のもとへ行くように言われたそうだ。
なんとも世知辛い……。
テント内はさらに狭くなった。
それに問題が生じてしまった。結衣姫は月輝姫や雪綺姫とは異なり、『人間』の若い女だ。なのに一つのテントで生活していいものだろうか。これについては、俺ではなく結衣姫にとっての災難だ。
「このテントでいいのか? あっ、そうだ。テント内に仕切りを作ろうか。シートくらいならば聖騎士も貸してくれるだろうさ」
「わたしはこのままで結構です。あなたさえ構わないのでしたら」
シートで仕切ったくらいで何かが変わることもないし、狭苦しさを余計に感じることになる。だったらこのままでいいか。
寝るときはさらに窮屈となった。人間と化したときの月輝姫と雪綺姫は、人間同様に休憩や睡眠が必要なのだ。だから川の字になって……。いや、体が四つになるから川の字とは言わないか。
「月輝姫、雪綺姫。ここ狭いんで、寝るときだけ人形に戻れないか?」
どちらも小さな人形に姿を変えてくれた。だが……これだと結衣姫と二人きりで寝ることとなる。しかも窮屈なテントの中なので、結衣姫は俺のすぐ近くだ。
駄目だ! さすがに意識してしまう。
「月輝姫、雪綺姫。やっぱり人間の姿になってくれ」
両者はふたたび大きくなり、俺の両隣に横たわった。
容姿が色気ムンムンなのは、むしろその両者の方だった。
だが本当の人間の女が隣で寝るより、ずっと健全だろう。
「それにしても、ずいぶんと人使いが荒いわね」
「悪かった。でも月輝姫、荒いのは人形使いな」
「あらまあ、一緒におネンネを所望されるなんて」
「ちょっ、くっつき過ぎだ、雪綺姫」
数日後――。
聖騎士を中心とした軍隊は、いよいよ西タクッド山脈へと向かった。
北フンディナの森のときと同様、特殊技能の未熟なものは留守番だ。もしかすると遠征が嫌だからと、未熟のままを維持していた者もいるかもしれない。たが、皆が未熟なままでは元の世界に帰れない。だから多くの者は特殊技能の訓練を頑張っている、と思いたい。
結衣姫も『居残り組』のはずだった。しかし聖騎士からは、結衣姫も含めて多くの人形を持っていくように、と指示の変更があった。もちろん俺は断固拒否した。
いつか、西タクッド山脈を越えた故郷に、結衣姫を連れていってやりたい。しかし今ではない。その山脈で「さよなら」ってわけにもいかないし、山脈がどれほど危険なのかも不明なのだ。
山脈の麓に近づいたところで、軍は三つの部隊に分けられた。俺の部隊は少人数だが、担当するエリアも山脈中央部という狭い範囲だ。この部隊を女聖騎士ノーシェが先導する。
勾配はきつく、足元も悪かった。崖下に滑り落ちやしないかと緊張した。
他の部隊もこんな大変な道を進んでいるのだろうか。
上空にドラゴン発見――。
兵士たちから悲鳴があがった。
「おいおい、どういうことだよ」
「伝説のドラゴンが出るなんて」
「ああ、もう終わりだ!!」
上空のドラゴン、そんなに危険なものなのか。
圜子から聞かされていた話よれば、恐ろしい魔物や魔獣は出現しないということだった。では何故、兵士たちが騒いでいる? 圜子の嘘だったのか。いいや、いくら圜子でも命にかかわるような嘘は吐かないだろう。
部隊は大混乱となった。北フンディナの森でのこととよく似ている。あのときはハーピーの襲撃で軍がバラバラになったのだ。
それでもノーシェは聖騎士として部隊をまとめようとした。
「何があっても撤退は許されない。今回、王国政府からそのように指示が出ている」
そんな指示が出ていたとは。
しかし皆が従うかどうか……。
ノーシェの鋭い視線が俺を射抜く。
「この部隊の指揮は、日本人副リーダーのあなたの役目だったはず」
ちょっと待った。指揮するのはグムル人リーダーだったと思うけど?
まあ、いいか。
兵士の恐れるドラゴンに直面しても、俺は比較的落ち着いていた。月輝姫にしたって動じた様子はないし、雪綺姫に至ってはあくびしている。
ただ、月輝姫や雪綺姫の出番はないような気がする。
それに軍の指揮を摂るまでもなかろう。
俺はポケットから式神を取り出した。
ドラゴンぐらい一人で倒せるさ。たぶん。
式神を放った。
「飛べ」
後方で誰かが叫ぶ。
「わあああああああああああ!」
その声に振り返った。一人の兵士が踏み出した足元に、魔法陣のようなものが描かれていた。さっきまでそんなものはなかったはずだ。その兵士の姿がパッと消えた。まるで大掛かりなイリュージョン・マジックのようだった。
どういうことだ?
ドラゴンどころではなくなった。魔法陣のようなものから遠ざかるべく、急いで後ろへとさがった。
ところが後退した先にも、魔法陣のようなものが浮きあがった。俺の体は魔法陣に飲まれるように、地中へと引きずり込まれていった。
目が覚めると、冷たく硬い石タイルの床に横たわっていた。
全身が痛い。何がなんだかわからない。
月輝姫も雪綺姫もいない。
その代わり男たちに囲まれていた。
ここは、どこなんだ……。
蹴られた。
激痛にウッと声をあげた。
頭が混乱しており、式神で反撃することすら思いつかなかった。
まもなくしてふたたび意識を失った。




