18 伝説のドラゴンの話は恐ろしい
朝。睡眠時間が短かった割りに、頭はスッキリとしている。
月輝姫には感謝せねばなるまい。
この日の午後、緊急のリーダー会議があった。
日本人副リーダーとして強制的に参加させられた。
圜子の顔を昨晩見たばかりなので、マジで勘弁してもらいたかった。
日本人とグムル人が二人ずつ。聖騎士が四人。
何故か圜子が議長となり、終始仕切っていた。
**** ここから 圜子 視点 ****
転移先の世界にも、『男』がいて『女』がいた。
聖騎士の中にとびきりのイケメンがいた。
副騎士団長のオーキュネンだ。
妻や恋人はいるのだろうか?
彼のことがずっと気になっていた。
できれば仲良くなりたいな。
先日、怪しい三人組の男から話を持ちかけられた。
彼らは棚家玲苑、糸鵜翔伍、安藤竜と名乗っていた。
ええっ、ハニトラ作戦? なんて馬鹿なことを。
ここの中であたしが一番可愛いから?
「お世辞は言わないでよ~」
まあ、お世辞ではないのでしょうけど。
でもオーキュネンへの接近を後押ししてくれるのなら……。
はあ? 相手って、聖騎士団長のグリガン?
駄目に決まってるだろーが。あんなブサメン!
オーキュネン以外は無理だから。
怪しい三人組はしぶしぶ承知した。
それでも彼らのおかげで、偶然を装った自然な形でオーキュネンと話をする機会が増えてきた。こうして次第に親しくなっていった。オーキュネンもあたしのことを、まんざらでもなさそうだ。
意外なことにオーキュネンはイケメンにも拘らず、ウブでピュアなところがたくさんあった。四十七年間生きてきたあたしとしては、手玉にとりやすい相手だと言えよう。
しかし邪魔なのが、ノーシェという女聖騎士。身近な女たちの中で、あたしの次か、その次くらいに綺麗で可愛い。しかもオーキュネンに対して、彼女はあたしよりも近い立ち位置にいる。
ノーシェがオーキュネンと一言二言話すだけで、無性にイライラしてくる。
死んでくれないかしら。
そして昨日の昼時、オーキュネンから話があった。
残念ながら特別な話ではなく、任務に関することだった。
「危険な任務? 怖いわ」
「女子は心配要らないさ。危険な場所に行くのは男子のみとするつもりだ。その中でも最も危険な場所に行くのは、もちろん俺の役目となる」
聖騎士を中心とする軍隊は、西タクッド山脈へ調査に行くことを、国から命じられたようだ。異世界人も軍に同行することとなったらしい。
西タクッド山脈は北部、西南部、中央部のエリアに分けられるが、オーキュネンは最も危険とされる中央部へ派遣されるそうだ。
「オーキュネンが中央部に? どうして、どうしてあなたの役目なの?」
「聖騎士副団長だからね。団長だってそうだし、上層部は皆そこへ行くんだ」
「あたし、納得できないな」
危険な場所にオーキュネンを行かせたくない。
せっかくここまで親密になってきたのだから。
「だけど、危険な中央部を受け持つのは、今回の派遣部隊全体の七割という大人数にもなる。とても心強い。つまり危険な分、多くの聖騎士や兵士が割り当てられるわけさ。それに北部や西南部よりもずっと範囲が狭い。そう考えれば、必ずしもハズレくじなんかじゃないよ。ハハハハハ」
でも……。
「ねえ、そのエリアは何が危険なの?」
「伝説上の生物だと思われていたドラゴンの出現が確認されたんだ」
ドラゴン? まさか、こっちの世界でそんな言葉が飛び出すなんて。やっぱり変な世界ね。ああ、やだやだ。あたし、爬虫類とか両生類とか虫とか大っ嫌いなの。名前を聞いただけでも気持ち悪くて鳥肌が立ちそう。
でも、そっか。ドラゴンか……。
「ふうん、ドラゴンねえ。だったら、わざわざ聖騎士の上層部が出るまでもないわ。軍の七割という人数すら不要よ」
「何故だい? リコはドラゴンの恐ろしさを知らないようだけど、伝説によれば、吐き出す炎は町を焼き尽くし、全身の皮膚は鉄よりも硬いんだ」
「だからこそよ。兵士や聖騎士の武具って、剣や槍や弓矢でしょ? 皮膚が鉄よりも硬いのなら、ぜんぜん役に立たないってこと。あたしたちのいた世界にもドラゴン伝説はあったわ。それを倒すのは強力な魔法……つまり異世界人の特殊技能よ。普通の剣や矢なんかじゃ、無理無理っ」
ドラゴンなんて幼児しか信じてないけど。
「しかし責任ある立場の者も行かなければ……」
この人、責任感が強いのね。
イケメンだし完璧だわ。
「なんのための異世界人リーダーと副リーダーよ。それとも日本人とグムル人をみくびっているのかしら。だとしたら悲しいことだわ」
「決してそんなことはない! それにリコには行かせられない。行ってほしくないんだ」
もちろんあたしは行きたくない。死ぬのはゴメンだから。
危険な場所に行くのは乙門颯太でいい。あいつが適任よ。
それからノーシェ。あの女にも行ってもらおう。
「オーキュネンがそこまで言うのなら、異世界人チームを結成するの。あたしの代わりとして、副リーダーに指揮を執ってもらうのがいいわね。グムル人からはリーダーに役割を担ってもらいましょ」
「だとしても聖騎士は必ず行くべきだ」
「不要よ。もしどうしてもと言うのなら、聖騎士からは指示の伝達役として、一人に行ってもらえばじゅぶんだわ。そうそう。ノーシェが適任ね。絶対に活躍してくれるから。理由? ふふふふ。これは女の勘。びっくりするぐらい当たるのよ」
「いや、待ってくれ。女聖騎士のみなんて、それはちょっとできないなあ」
「その考え方、あたしのいた世界では女性蔑視になるわ。もし『危険とされている場所に女は不可』なんて言う男がいたら、たちまち非難のマトよ。女聖騎士としてもモチベーション急落ね。それにノーシェと乙門颯太の二人、すっごく仲良さそうだし適任だわ」
「そ、そうなのか」
**** 圜子 視点 ここまで ****
リーダーの圜子から説明があった。
俺の割り当てられたエリアは、西タクッド山脈の中央部。
ちょっと驚いた。圜子のことだから、俺は広大な範囲となる北部や西南部へ行かされるのだろうと思っていた。しかし中央部の範囲は非常に狭い。
本当に狭い中央部でいいのか? 北部や西南部を割当てられた人々には、ちょっぴり申し訳ない気がする。その分だけ人数の割当ては少なめだが、大人数よりも連携が楽だし動きやすい。聖騎士からはノーシェのみが同行となった。
しかしリストが配布されたのち後、一名だけ割当てに変更があった。西南部担当の部隊だった麦宮豪が、俺と同じ中央部担当の部隊に入ることとなった。彼はラッキーな男だ。俺は指示どおりに、リストを手書きで修正した。麦宮豪っと。
西タクッド山脈への出発は、三十日後だと告げられた。
北フンディナの森への魔族討伐のときと同様、特殊技能が未熟な者は居残りとなる予定。したがって鈴木結衣も西タクッド山脈に向かうことはない。
緊急会議の翌日から特別訓練が始まった。
恐ろしい魔物や魔獣に遭遇することを想定したもので、各部隊ごとに連携を試行錯誤するものだった。
また、今回の西タクッド山脈行きから外れた人々は『居残り組』として、これまでどおりの訓練を続けることになった。
俺たちの部隊は山脈中央部への派遣されるが、そこで指揮するのはグムル人リーダーだ。しかし訓練の進行はノーシェが担当していた。この部隊におけるたった一人の聖騎士として、ノーシェはずいぶんと気合が入っているようだ。
ちょうどノーシェのいないときに、日本人リーダーの圜子がやってきた。今回の西タクッド山脈遠征において、彼女はグムル人を含めた異世界人全体の総リーダーとなってっている。
圜子がこのグループの皆に説明する。ココだけの話、俺たちの担当する山脈中央部には、さほど恐ろしい魔物や魔獣は出てこないそうだ。だから安心していいらしい。しかし、ドラゴン級に恐ろしい敵を想定して訓練に励め、とのことだった。
ならばいっそ、ドラゴンが出てくるって嘘が欲しかった。
それでも、一応、表面上はドラゴンを想定した訓練となった。
ふと、違和感に気づいた。
様子がおかしいのは、他グループだった。
西タクッド山脈には行かない『居残り組』だ。
休憩時間に式神を飛ばしてみた。
こっそりと『居残り組』のようすを伺う。
式神を通じて会話が聞こえてきた。
どうやらその中心に鈴木結衣がいた。
周囲から不審がられている様子だった。
異世界から転移してきて、それなりの日数が経っている。
いまだに特殊技能の芽が出ていないのは、鈴木結衣だけだった。
そりゃそうだ。彼女は異世界人ではなく大地人なのだから。
それに外見も日本人とはちょっぴり違う。
安藤竜よりはずっと日本人っぽいが、やはり無理があっただろうか。
いっそのこと、どこかの民族とのハーフやクオーターって設定を加えようか。
さらには声が出ないという設定も胡散臭く思われているらしい。また、特殊技能が発揮できていなかったのに、北フンディナの森への魔族討伐に同行したことも、怪しまれているようだった。
俺は人形に囁いた。
「月輝姫、力を貸してくれないか」
「仕方ないわね。【わたし】を彼女に渡しなさい」
月輝姫に感謝を告げ、居残りグループの方へと歩いていった。
人々を掻き分け、鈴木結衣の前に立つ。
「とり込み中に悪いが、俺の【人形】をちょっとだけ預かっててくれないか。休憩後、式神人形の操作訓練に集中したいんだ」
そう言って月輝姫を手渡した。
ついでに雪綺姫もいっしょに。
人形の短い足で蹴られた。
夕食時に鈴木結衣がテントにやってきた。
月輝姫と雪綺姫を返しにきたのだ。
「月輝姫は役に立ったか?」
「はい、心から感謝しています」
鈴木結衣の特殊技能は【水魔法】という嘘の設定になっている。この日の訓練終了間際に、彼女の手から若干の水飛沫が放たれたのだ。もちろん実際に放ったのは月輝姫に決まっている。でも、そのおかげで誰からも悪口を言われなくなったそうだ。
とりあえず一安心か。




