17 聞きたくない話もある
麦宮豪の相談は『妻の浮気』だった。それを聞いたら放っておけない。月輝姫と雪綺姫にはあまり聞かせたくない話なので、場所を彼のテントに移した。月輝姫と雪綺姫は留守番だ。
それにしても麦宮豪の妻が浮気だなんて。
二人はオシドリ夫婦だと思っていたのに……。
ああ、でもオシドリって、実は毎年パートナーを変えてるんだっけ。何世代も子孫を残すために、遺伝子の多様化を狙っているのだろうな。その意味では、オシドリが相手を変えるのは、理にかなっていることになるかもしれない。なんだかな。
麦宮豪のテントで詳細を聞いた。
彼の妻・麦宮美希の浮気相手は、若い聖騎士なのだとか。
麦宮豪と話し込んでいると、テントに誰かがやってきた。
麦宮美希だった。しかも彼女は他の人物も連れてきた。
その顔を見て唖然とした。また圜子かよ!
なんでいつもいつも俺の前に……。まあ、それはお互い様かもな。
小さなテントの中に四人。
圜子が麦宮豪を睨む。
「あんたさあ、異常よね。キモっ」
あんた呼ばわりである。
「どこが異常なんだ!」
麦宮豪が怒るのも当然だ。浮気されたのは彼なのだから。
「なら訊くけど、美希ちゃんを疑い始めたきっかけはなんなの?」
「美希のテントに行っても不在のことが多くなったし。真夜中に……」
話の途中で圜子が声を張りあげる。
「はあ? 馬鹿なの? 転移してから何十日も経てば、女の子同士の友達って普通に増えるものでしょ。女の子同士、お喋りで一晩明かすことぐらい当たり前じゃない」
ちなみに圜子四十七歳は『女の子』に該当しないよな?
「それだけじゃない。美希は見慣れないアクセサリーを持つようになった。城内にはそんなものを売る店なんてない。男からの贈り物だろ」
「はあ? 馬鹿なの? 仲のいい女の子同士で小物を交換するのって、珍しいことじゃないのよ。そんなの浮気の証拠になるわけないわ」
嘘つけ。小中学生じゃないんだから、アクセサリーの交換なんて頻繁にするかよ。大人のアクセサリーともなるとそれなりに高価なものだろうし。
「もちろん、夜間の不在や見慣れないアクセサリーだけじゃない」
「じゃあ、ちゃんと決め手となるものがあったって言うわけ?」
麦宮豪は大きく首肯した。
「そうだ。目撃したんだ。それは入浴のために建物へ入ろうとしたときだった……」
ちなみに俺たち異世界人は入浴時のみ、建物に入ることを許されている。浴場にはいくつかの個室があり、空いている個室浴場に一人ずつ順番に入っていくものだ。
「……建物の裏の方から美希の声が聞こえてきたんだ。気になってそこへ行ってみると、美希が聖騎士の男と一緒にいるじゃないか。単に話をしてるだけだろうと思っていたけど、翌日も同じぐらいの時間に同じ場所で、美希とその男が楽しそうに喋ってたんだ」
「はあ? 馬鹿なの? 喋るくらいなんなのよ」
麦宮豪は圜子を無視して話し続けた。
「その日だけじゃない。聖騎士の男は美希の肩に手を乗せるようになり、髪を触るようになり、腰に手を回すようにもなっていった。日ごとに親密さの増していく様子が見て取れた。聖騎士の男の手、尻に触れることもあったな。そんとき美希は聖騎士の男に言ったんだよ。『もう、こんなところでやめてよ~』って目を細めて嬉しそうに。こんなところで、だぞ。別のところでならどうだったんだ」
「キモっ、キモっ、キモっ! あんた、ずっと自分の奥さんを覗き見してたの? ああ、キモっ! こっちの世界じゃ、軽いお触りぐらいなら普通のスキンシップよ?」
俺はここで初めて口を開いた。
「普通のスキンシップなわけがないだろ。たとえば女聖騎士ノーシェを相手に、そんなスキンシップをする同僚の聖騎士がいるかよ」
圜子が額に青筋を立てる。
「彼女は聖騎士でしょっ。単に男扱いされてるからよ!」
「ほう、そうなのか。そんじゃあとでノーシェに聞いてみよっと」
口元を歪ませる圜子。
麦宮豪は話を続けた。
「美希の浮気はほぼ間違いなかった。それを確固たる確信に変えるため、二人を尾行したんだ。そこは聖騎士の宿泊エリアだった。美希たちはコソコソしながら、ある部屋に入っていった。そこがその男の部屋だったのだろう」
圜子が騒ぐ。
「キモっ、キモっ、キモっ! あんた、ストーカーだったの? 尾行なんてキモすぎよ。いっぺん死んでみたら?」
「もし俺の勘違いで尾行していたのなら、窯山莉子さんの言うとおりキモいかもしれない。死んだ方がマシだったかもしれない。けれども二人きりで男の部屋に入っていったのは、まぎれもない事実だ」
「キモっ! それが何? 部屋に入っていっただけなら、浮気の証拠にならないでしょ。異世界人同士の交流。いい話じゃない」
「確かに証拠にはならない。だから美希に問い詰めた。すると美希は不倫を認めたんだ」
「キモっ! それ、問い詰めたんじゃなくて、追い込んだって言うのよ。あんたの剣幕があまりに激しかったから、不倫してなくても不倫したって言わざるを得なかったの。わかる? あんたは最低最悪の行為をしたわけ。ああ、美希ちゃん可哀想に」
今度は俺が麦宮美希に尋ねる。
「そんじゃ、どうなんだ。いまは別に追い込んでるわけじゃないからな。聖騎士の男とは関係を持ったかどうか、正直に答えてくれないか」
麦宮美希はこう言った。
「ごめんなさい、豪。もうしないから許してください」
イエスもノーもなかったが、謝ったということはイエスを意味しているのだろう。
「こっちこそ、ごめん。もう元には戻れない」
麦宮美希は泣き出した。
「お願いだから、お願いだから、許してよ。もうあの人とは会わないし、あの人に誘われても断るから! もう一回だけやり直してよ」
ここでまた圜子が大声をだす。
「キモっ! こんなに謝ってるのに、どうして許してやれないわけ? 美希ちゃんに対する愛情って、そんなに浅くて軽薄なものだったの? サイテーよ!」
愛情の浅さとか軽薄さとかは、麦宮美希に言ってやれよ。
「なんと言われようと、俺に不倫を許せるほどの度量はない。悪かったな」
圜子はますます声を荒げた。
「キモっ、キモっ、キモっ! 本当にちっちゃい男ね! 愛する人の過ちの一つや二つを許せないなんて。たとえ誰とつき合っても、結婚しても、きっとすぐ別れてたのでしょうね。あんたの度量の小ささのせいで」
なんで麦宮豪が責められなきゃならないのだ。
責めるべきは不倫をした方だろ。
麦宮美希の肩を持つ圜子の様子は、滑稽でしかなかった。
自分と同じタイプの人間だから、他人事ではいられなかったのだろう。
麦宮豪が頭をさげる。
「俺は窯山莉子さんの言うように、男として小さい人間なのだろう。だけど二度と美希の顔は見たくない。裏切られたという憎しみしか抱くことができないんだ。もうここには来ないでくれ」
「そんなこと言わないで。なんでもするから、なんでも言うこと聞くから。お願いよ。どうしたら許してくれるの?」
麦宮美希がヨリを戻したがっているが、はて……。聖騎士の男のことは本気でなく遊びに過ぎなかったのか? 聖騎士の男のことを飽きてきたのか? 元の世界へ戻ったときのことを見据えてなのか? あるいは、この場ではヨリを戻したがっているように振る舞っているだけなのか?
仮にいまヨリを戻したとしても、また不倫するような気がしてならない。そういえばアメリカかどこかの大学で、一度浮気した人の再発率を調査したことがあったそうじゃないか。浮気を繰り返す確率は四十五パーセント。この数値を大きいと見るか、小さいと見るか。
許す許さないについて、今夜中には埒が明きそうになかった。そして最後に、圜子は鬼のような顔で捨てゼリフを残し、テントから出ていった。
「たった一回のおイタをどうして許してやれないのよ。サイテー男の顔と名前は覚えたわよ、麦宮豪! この先、後悔することになるわ。覚えときなさい! ついでに乙門颯太もっ」
俺、とばっちりを受けたようだ。
自分のテントに帰る途中、どこからか声が聞こえた。
「お疲れ様」
その声は……。
ポケットに手をいれると、式神がニ枚も出てきた。
おかしい。持ってきた式神は一枚だったはず。そうか、一枚は月輝姫が忍び込ませたんだ。つまりこれは月輝姫の式神。
俺は月輝姫と式神を通じて話ができる。話は一方通行のものとなるが、双方が持っていれば、互いの会話が成立できるわけだ。
「四人での話、ぜんぶ月輝姫に聞かれてたんだな」
麦宮豪のテントに場所を移したのは、無意味だったってことだ。
「極力聞かないつもりだったわ。でもあまりにも帰りが遅いから様子をうかがってみたの。そうしたら、まさか、乙門圜子の乱入があるなんて。今夜は疲れたでしょ」
「ああ、ストレスが半端じゃなかった。もうぐったりだぜ」
自分のテントに戻ると、月輝姫と雪綺姫は姿を人間に変えた。
「おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
「おう、ただいま」
月輝姫が手招きしながら布団の上で正座している。
なんだ?
月輝姫は俺の手を引っぱりおろした。
わっ、危ない。何をする?
俺は倒れ、頭が月輝姫の膝の上に。
「そう。このまま眠りなさい」
「な、なんでだよ」
月輝姫が膝の上で俺の頭を撫でる。
「もうすぐ夜が明けてしまうわ。寝不足だと明日は一日中、頭がぼうっとしてしまうじゃない。だから熟睡させてあげる」
こんなんで熟睡できるかよ。
今度は雪綺姫が顔を近づけてきた。
目を細めて笑っている。
「人形はいいものです。裏切りませんから」
麦宮夫妻の話の続きか。
「へえ、そうか」
「そうです。不倫もございませんし、托卵も当然ございません」
不倫も托卵もないのは、子孫繁栄に関する遺伝子がないからか。
いやいや、その前に……。
「恋愛すらあるわけないしな」
嬉しそうにうなずく雪綺姫。
「まさしくおっしゃるとおりです。恋愛などという表面的で薄っぺらい愛情なんてございません。そのような茶番じみたものより、もっともっと深く深く深く深く深い愛情ならば持つこともございます」
「そこまで深い愛情って逆に怖そうだな」
「はい。人形の愛情を裏切った人間の結末は、破滅的に悲惨なものとなります」
背筋が寒くなった。
「いい加減黙りなさい、雪綺姫。睡眠の邪魔よ」
月輝姫が叱りつけると、雪綺姫は人形に戻った。
まもなくして俺は月輝姫の鼻歌を聞きながら、深い眠りの淵へと沈んでいった。




