12 人違いです
**** 鈴木結衣 視点 ****
いま乙門颯太と九夏紅斗と名乗る異世界人とともに行動している。乙門颯太が大事に抱えているのは、二つの不思議な人形だ。それぞれ名前を月輝姫と雪綺姫という。
ちなみに九夏紅斗はわたしが脱走奴隷だということを知らない。同郷の異世界人だと思い込んでいる。
かなり遠くまで歩いてきたと思うけど、町や村はなかなか見つからなかった。森の周りをぐるりと歩いていれば、いまごろは仲間たちと合流できていたのではないか、などと二人の異世界人は後悔しているようだった。しかし、もはや引き返す気にはなれないそうだ。
荒野で野宿し、翌日、ようやく道らしい道を発見した。
その道は石タイルで整備されているわけではない。それでも歩行の邪魔となるような大きな石は、きれいに取り除かれていた。
待つこと半日。老紳士の操る馬車が通りかかった。異世界人の二人が交渉した結果、タダで馬車に乗せてもらうこととなった。彼ら二人は「異世界ヒッチハイクに成功!」などと言って大はしゃぎだった。
けれども、近くの町や村まで送り届けてもらうことは拒否された。老紳士には急ぎの用事があるそうだ。町や村は道沿いになく、もし立ち寄ろうとするなら道を大きく逸れなければならない。なので道の終着点となる町まで直行となった。
夕方、その目的地に到着した。
同時にわたしは絶望した。
「ん? どうかしたか」
乙門颯太が顔を覗き込む。
「いいえ、なんでもありません」
と誤魔化した。
わたしたちは荷降ろしを手伝った。馬車に乗せてくれた感謝のつもりだったが、逆に礼を言われてしまった。そのあと親切な老紳士と別れた。
「町庁舎に行ってみようか。事情を話せば、きっと城まで送ってくれるさ」
「颯太の紙人形があれば、力ずくで強要できるんじゃね? なーんて」
二人の異世界人は楽天的だった。
そして町庁舎に向かって歩いているときだった――。
「ミージェ? ミージェよね?」
一人の少女に話しかけられた。
思わず「いいえ」と答えようとしたが、グッと堪えた。ハーピーに襲われたショックで声が出なくなった、という設定を貫くつもりだ。
わたしは俯きながら、無言で首を左右させた。
「嘘よ。ミージェでしょ」
わたしに代わって乙門颯太が答える。
「悪いけど人違いだ」
「でも……」
少女の目は納得できないと言っていた。
わたしたちは彼女を無視して、町庁舎の中へと入っていった。
町長が会ってくれた。
「異世界人の噂は聞いているよ。まさかこの町に来るなんてね。あなた方の風貌は我々大地人とは少し違うから、嘘ではないのだろう。でも確かな証拠もないまま、遠い聖都のルウェット城に連れていくことはできない。なあに、心配なら無用だ。ただちに聖都へ連絡をとるさ。先方から返答があるまで、この町にしばらく滞在してもらいたい。宿や食事はこちらが用意しよう」
彼の秘書が宿まで案内してくれた。
宿も食事も無料という高待遇だった。
しかも一人一部屋ずつだ。
心地の良い部屋でくつろいだ。
しばらくするとノックの音がした。
乙門颯太だろうか。ドアを開けた。
あっ。
そこに少女が立っていた。町庁舎に向かう途中で声をかけれたけど、まさか宿にまで来るとは思わなかった。ずっと尾行していたのだろうか。
「ミージェよね。どうして知らんぷりするの?」
乙門颯太が隣の部屋から出てきた。
「結衣、騒がしいけど何かあったのか」
「結衣って誰? 彼女はミージェよ」
少女がわたしの手を引く。
「待て。結衣をどこへ連れていく気だ?」
「この子はミージェよ! もちろんウチに決まってるじゃない」
「ウチだと?」
乙門颯太が首をかしげる。
「ミージェはウチで働いていた子なの」
「お前んとこの従業員だったってことか?」
「というか……そんな言い方もできるかもしれない」
「はっきりしろ。もしかして奴隷ってことか?」
「そうよ……。厳密に言ってしまえばだけど」
乙門颯太は笑った。
「あははは。彼女にそっくりな人がいたんだな。そんなに似てたか。でも彼女はミージェなんて名前じゃない。鈴木結衣っていうんだ。この世界の人間すなわち大地人じゃないんだ。そもそも奴隷って、頬に焼き印があるんじゃなかったのか」
「別に、焼き印は絶対に消せないこともないわ。どんなキズもヤケドも消せるっていう魔道具の噂、聞いたことがあるもん」
今度は乙門颯太がわたしの手を引いた。
「無視しよう。さあ、来るんだ」
彼の部屋へと連れられていく。ドアを閉めた。
「ミージェ。ねえ、ミージェ」
ドアの向こうからの声がしばらく続いた。
それでもやがて静寂が戻った。
「やっと帰ってくれたみたいだな」
「そのようです。ご迷惑をかけました」
乙門颯太に頭をさげた。
「もしかして、この町って……?」
ヒッチハイクをした馬車がここに止まったとき、わたしは運命を呪うしかなかった。この町には、わたしを知る者が多くいるのだ。
けれど二人には迷惑をかけられない。だからその時点では、もう入町の拒否などできなかった。わたしは覚悟を決めたのだ。
「はい。奴隷だったわたしは、この町で使用されていました」
「どうしてそれを言わなかった? 俺と紅斗に気を使ったのか。でもそういうのは、ちゃんと言わなくちゃ! だって脱走奴隷ってのがバレたら、死刑なんだろ」
「法を犯したのは事実です。捕まっても仕方ありません。覚悟していますので、怖いことはありません」
笑顔で強がってみせた。
「とにかくだ。アンタはミージェとかじゃない。鈴木結衣だ。別人になったんだ」
「は……はい」
あの少女はの名前はエリーフィー。わたしを使用していた屋敷の長女だ。わたしより二つ年下だけど、わたしをとても可愛がってくれた。
わたしたち脱走奴隷はもともと六人いた。それぞれ別の屋敷で使用されていたが、六人とも同郷だった。わたしは他の五人と違って、遥かにいい待遇を受けていた。だから脱走を誘われても、ずっと断ってきた。それでも故郷に帰りたいという思いが、少なからずあった。
このあと九夏紅斗も呼び、三人で話し合いをした。
脱走奴隷という秘密を、九夏紅斗に打ち明けることとなった。彼が大騒ぎするかと思ったけれど、驚くほど反応が薄かった。他人にはまったく興味がない人なのだろうか。
余談になるけど、興味と言えば、九夏紅斗の口癖にこんなものがある。『三次元には興味がない』というものだ。わたしには意味がわからなかった。
さて。乙門颯太の意見は、早急に城へ自力で帰ることだった。わたしが脱走奴隷だとバレるのを危惧してのことらしい。
しかし九夏紅斗は、徒歩など無謀だと大反対した。いま町を出れば却って怪しまれる、とも主張した。結局、様子を見ながら町に留まることになった。
翌日もエリーフィーが宿にやってきた。
「ミージェ、ミージェ。ミージェなのよね」
ドア越しにわたしを呼ぶ声。
無視してごめんなさい、エリーフィー。
なんだか心が痛む。
「いいわ、ミージェ。そのまま聞いて。あなたに再会できてどんなに喜んだことか! わたしのこの感激ぶりを、ミージェは想像できるかしら。会いたくて会いたくて、どうしようもなかった。きっと神様が願いを聞いてくれたのね」
わたしは声を出せない設定なので、返事はできない。
エリーフィーは続けてこう言った。
「心配しなくてもいいのよ。家主が認めれば、脱走届なんて簡単に取り消せるの。だから屋敷に戻ってきて。わたしがちゃんと、お父様を説得するわ。知ってるでしょ? お父様はわたしにはすっごく甘いって」
「おい、またお前か」
乙門颯太の声だった。
「お願い。ミージェを返して」
「ミージェなんていない。その部屋にいるのは鈴木結衣だ」
「わたしがミージェを間違えるわけないわ!」
「決めつけるな。単に外見が似てただけだろ」
「ううん、抱えていた人形だってそうよ。ミージェの人形と同じものだった」
もう完全にバレている。
「彼女は異世界人の鈴木結衣だ。仮にミージェとかいう人物だったとして、そんなにお前のところで使役したいのか」
「だって、そういう決まりだし、どこの家で働くよりも、ずっと恵まれていたはずよ。ウチのみんな、ミージェが大好きだった」
「ずっと恵まれていたはずだと? お前の独善には呆れるぜ。こっちの世界じゃ、好き好んで奴隷になるヤツがいるってか。よしんばそうだとしたら、何故お前の屋敷からいなくなった?」
「それは……」
「鈴木結衣は異世界人として『恐怖の大王からこの世界を守る』という使命を与えられているんだ。もしどうしても鈴木結衣が欲しいのなら、ルウェット城まで行って、聖騎士団長にでも交渉すりゃいいさ」
「お願いだから、話だけでも彼女と二人でさせて」
「生憎、彼女は魔物の襲撃のショックで、声が出せなくなった」
「まあ、かわいそうに! ミージェ、ミージェ!!」
「いいからさっさと帰れ」
エリーフィーに対して後ろめたさを感じた……。これほど愛してくれた彼女を、わたしは裏切っているのだ。いますぐドアを開けて、彼女のもとに帰ろうかとも思った。
でも思いとどまった。
もうミージェじゃない。鈴木結衣になった。奴隷じゃなくて自由人なのだ。そして、いつか故郷に帰る。
数日後、聖都にあるルウェット城から、一人の聖騎士がやってきた。もちろん三人の異世界人を迎えるためだ。わたしもその三人のうちの一人になっている。
町長は満面の笑みを浮かべた。異世界人の客を手厚く保護したのだと、聖騎士に猛アピールしている。
町庁舎前で大勢の人々に囲まれながら、聖騎士の馬車に一人ずつ乗り込んでいく。最後はわたしの番。
「待って!」
一人の少女が群衆を掻き分け、こっちにやってくる。
エリーフィーだった。わたしの手を取る。
心苦しかったが、その手を引っ込めた。
彼女に目を合わせられなかった。
受けた愛情をこんなふうに裏切ってしまってごめんなさい。
また一人の男がやってきた。エリーフィーの父だ。
「ミージェっ」
わたしは無言を貫くしかなかった。
「ミージェ、我が家に戻っておいで。なんの問題もない。いつ戻ってきてもいいようにと、実は脱走届を出していなかったんだ。つまり罪はいっさい生じていない。それにエリーフィーはミージェを必要としている。二人は親友のようなものだったじゃないか」
エリーフィーの父が、手を差し伸べてきた。
わたしはその手を取ることができない。
ところが彼の手を押し戻す者がいた。
エリーフィーだった。
「お父様、彼女はミージェに似ているけど違ったわ」
「いいや、明らかにミージェじゃないか」
彼女はわたしの左袖を捲りあげた。
「頬の焼き印が消えているだけじゃないの。お父様は知らないと思うけど、ミージェはここに大きなホクロがあったのよ。でもほら、ホクロなんてないでしょ?」
わたしの右腕には、最初から大きなホクロなんてない。
いまのはエリーフィーの嘘……。
「そっ、そうなのか、エリーフィー」
彼女はわたしの顔を見あげた。
「ごめんなさい、異世界人のお姉さん。父が誤解して」
馬車が走り出した。
エリーフィーは手を振りながら、馬車を見送っている。
彼女の唇が大きく動いた。
乙門颯太が耳元でそっと尋ねる。
「いまのって声は出てなかったけど、なんか『口パク』みたいだったな。言われた言葉、わかったか?」
わたしはその問いに答える。
「元気でねって言ってくれました」
「そっか」
わたしも馬車の中から手を振って返した。
大きく大きく手を振り続けた。
**** 鈴木結衣 視点 ここまで ****




