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11 人形が好き



 彼の名前は九夏紅斗(くなつ・べにと)。俺たちと同じく、皆とはぐれてここまで来たそうだ。


「日本人が全部で四人。こりゃ心強い」


 彼は月輝姫と雪綺姫も日本人の数に含めて言った。

 そうだろうとも。それでいい。


 この世界に転移してきた日本人は大勢いる。一人一人の顔なんてなかなか覚えられるもんじゃない。月輝姫と雪綺姫を日本人に紛れ込ませようと思えば、案外、簡単にできてしまうかもしれない。


「そういえば、キミ。いつも人形を抱えてたけど、あれはどうしたんだ?」


 ハーピーから逃げる際に落とした、と答えておいた。

 本当はお前の真ん前にいるんだけどな。


「お気の毒に……。それよりだ、気をつけたほうがいいぞ」


 彼は急に声を低くした。なにやら真剣な顔だ。


「気をつけろって、なんかあったのか」

「出たんだ、化け物が! 虎とか熊みたいなヤツらで、しかも四頭だ」


 俺が死体をチラ見すると、九夏紅斗はうなずいた。


「そう。ヤツらに殺られたんだ。ヤツらは森の方に向かっていった」


 化け物が森に行った?


 俺たちはそんなものに出くわさなかった。辺りはゴツゴツした岩に囲まれており、視界が悪い。別々の通り道ですれ違っていたわけか。


 ふと思った。そういえば、髭の大男たちはどうしているだろう。もしかすると今頃、化け物に遭遇しているかもしれない。


 月輝姫が横目を送ってきた。


「あの四人を助けにいきたい、という顔ね?」

「そりゃな」


 携帯食を分けてやるようなことはしなかったが、死に直結することかもしれないとなれば話は別だ。心配になる。あんなヤツらでも放っておけない。


「ならば手を貸すわ」

「ありがたい」


 雪綺姫はどうだろう?

 目で確認する。


「もちろん、わたくしも同行いたします」

「心強いぜ。感謝する」


 九夏紅斗に視線を移す。


「仲間を助けに戻る気か? やめとけ。殺されに行くようなものだぞ」

「わかった。つまり紅斗は来ないんだな?」

「当然だ。誰が行くものか。俺はここから動かない」


 俺たちは九夏紅斗を残し、ふたたび森の方へと向かった。



 森の手前までやってきた。

 髭の大男たちにも化け物にも遭遇しなかった。


 きちんとした道なんてないため、たくさんの岩々の間を進むだけだった。彼らを追い越してきてしまったのか。



 きゃああああああ



 悲鳴が聞こえた。森の中からだ。

 なんだ? 例の化け物に襲われたのか?


 髭の大男たちが森の中に入っていったのかもしれない。あるいは、討伐部隊の誰かがまだ森に残っていることだって考えられる。


 急いで森に入っていく。


 化け物は割とすぐに見つかった。

 九夏紅斗の言ったとおり四頭いた。


 いま俺は式神人形を持っていない。

 だけど問題ない。


「頼む、月輝姫」

「ええ」


 月輝姫の手の先が光った。


 光は次第に巨大な球状となっていき、轟音を立てながら飛んでいった。あっという間だった。四頭の化け物だけではなく、一直線に木々を消していった。辺りには焦げ臭さが残っている。


 すげっ、ゾッとするぜ……。

 いまの驚異的な破壊力は、式神のビーム以上だった。


 木の陰から姿を見せたのは、人形を抱いた女だった。

 髭の大男といっしょにいた脱走奴隷の一人だ。


「おかげで助かりました。感謝します」


 返事のない月輝姫に代わり、俺が言葉を返す。


「無事なようで何よりだよ。で、ほかの三人は?」


 彼女は視線を地面に落とした。


「もしかして……あの化け物に?」


 静かな首肯が返ってきた。

 そっか。


 さて、どうしよう。

 彼女を一人残して、いいものかどうか。


 月輝姫が俺に一瞥を投げる。


「まさか連れていくなんて考えてない?」


 図星だった。


 でも冷静に考えればそうだよな。


 人形を抱えた彼女は脱走奴隷だ。どこかの町や村に連れていったとしても、そこで捕まってしまうのがオチだ。髭の大男の話によれば、脱走奴隷は捕まったら処刑されるそうじゃないか。連れていっても無駄になる。


 仮に俺たちと一緒に城までついてきたとしても、城で捕まってしまうだろう。結果は同じだ。


 それでも彼女の顔立ちは、やや日本人に近いところがある。髪色だって、決して黒くはないが、そんな感じに脱色した日本人もいる。城まで来れば、日本人に紛れ込ませられるのではないか?


 しかし問題は奴隷を示すための頬の『焼き印』だ。

 あまりに目立ちすぎる。


「やはり連れていくのは無理だろうな……」


 彼女は自分の頬に手をおいた。『焼き印』のせいで同行できないことを理解しているようだ。


「うふふふ」


 小さな笑い声は雪綺姫のものだった。

 意味ありげな瞳を向けてきた。


 ハッとした。そういえば……。


 雪綺姫はさっき回復魔法を見せてくれたばかりだ。

 回復魔法ならば焼印を消せるかもしれない。


「できるのか?」

「造作もございません」


 雪綺姫は彼女に息を吹きかけた。

 一瞬で頬の焼き印は消え去った。


「さすがだな、雪綺姫」


 これで問題はないはずだ。


 人形を抱えた彼女は、当然、自分に何が起きたかなんて知る由もない。俺は彼女に笑顔を送った。


「頬の焼き印、すっかり消えたぞ。もう奴隷を証明するものはない。いま鏡がないのは残念だ。俺たちは遠い城に戻るところだが、もしアンタが望むなら一緒についてきてもいい。途中の町や村まででもいいし、一人になるのが不安なら城に来たっていい。城にはたくさんの異世界人がいるんだ。一人ぐらい増えたってバレることはあるまい。そうそう、実は俺、異世界人なんだ」


 彼女は目に涙を溜めた。


「ご迷惑でなければ、あなた方にずっとついていきたいと思います」


「ならばそうしよう。ただし、俺たち異世界人のフリをしてもらわなくてはならない。廃墟の集落に翻訳機の腕輪があるはずだ。それをはめてもらう必要がある」


「わかりました」


 あと、それから……。


「人々の前では、声を出さないこと。翻訳機の腕輪があるとしても、流暢な日本語は無理だろうからな。あっ、そうだ。ちょっと強引な設定になるかもしれないが、『ハーピーに襲われたショックで声が出なくなった』ということにしよう。どうだかな。それでもいい?」


「はい、人前で声は出しません。あなた方に紛れさせてもらえればと思います」


「じゃあ決まりだ。行こう」


 とはいえ、本当にずっと一緒にいるわけにはいかない。いつか西の山脈の向こうへ、送り返してやるべきだろう。俺たちも元の世界に戻るのだし。


 それと名前だな。日本人っぽい名前を考えなければならない。ただし目立つようなものは不可だ。苗字は、日本人としてトップクラスに多い「佐藤」「鈴木」あたりがいいだろう。


 下の名前は……。高校生くらいの年齢なのを考慮しないとならない。今どきの子の名前かぁ。苺香(まいか)の名前を相談したときは、俺が候補をあげるたび、悉く圜子(まりこ)に却下されてたっけ。名前が古すぎるとか。結局、圜子が名付けたんだよな。


 では、どうしよう。そうだ! 中学生だけど、親戚の子に『結衣(ゆい)』がいたな。レアな感じもない。


「鈴木結衣って氏名はどう?」

「可愛らしくて素敵だと思います」


 てことで、彼女の偽名が決定。


 この先、行動をともにするため、いろいろと話を合わせておかなくてはならない。


 俺が異世界人であることはさっき話したばかりだが、詳細を説明することにした。また、月輝姫と雪綺姫の正体が人形であることも、ここで打ち明けた。


「そ……そんな、お二人が人形だなんて!? いいえ、決して疑っているわけではありません。ただ理解が追いついていないだけです」


「もし誰かにバラしましたら、即刻殺しますわよ。月輝姫が」


 おい、雪綺姫。月輝姫に殺させるな。てか殺すなよ。


「秘密は守ります」


 鈴木結衣は自分の人形に視線を移した。


「同じ人形なんですね。こちらは姉の形見です」


 奴隷であっても人形などの所持は認められていたようだ。『奴隷』という言葉は腕輪の翻訳によるものだが、俺たちの言う『奴隷』とは少し違うのかもしれない。



 いったん廃墟の集落に戻り、翻訳用の腕輪と服を拝借した。

 鈴木結衣に腕輪をつけさせ、奴隷用の簡素な服も着替えてもらった。


 森を歩く。


 雪綺姫が野イチゴを見つけた。たくさん()っていた。赤くて美味そうだ。イチゴなんて久々だ。ここで少し休憩を取ることとなった。


「月輝姫と雪綺姫もモノを食べるんだな?」


「人形でいるときは、何かを食べたいなんてまったく思わないわね。けれどこの姿でいるときは、不便なことに食物の摂取が必要みたい。特にさっき多量の魔力を消費したから」


 そんな月輝姫の返答に、雪綺姫もうなずいた。


 野イチゴは甘みこそ少なかったものの、ほどよい酸味があり、なかなか美味かった。


 イチゴ……。ふと苺香のことを思い出した。

 元気だろうか。ちゃんとご飯を食べているだろうか。

 血は繋がっていないが娘は娘だ。愛おしいのは当然だ。



 風が吹いた。


 あれ? 俺たち、こんなところで休んでていいんだっけ。

 何か忘れているような気がする。


 ああ、九夏紅斗を一人にしてきたんだった。

 アイツも心細いだろう。戻ってやらないとな。


「出発しようぜ」


 森を抜けた。


 月輝姫と雪綺姫には、人形に戻ってもらった。日本人に紛れ込ませるのは鈴木結衣だけにしておいた方がいいと思ったからだ。いっぺんに三人もとなると、さすがに疑われかねない。


 九夏紅斗に会ったら、化け物に襲われて死んだと説明しよう。



 鈴木結衣を連れ、岩山の群がった荒野を歩く。


 この辺だったと思うが……。


「颯太っ」


 九夏紅斗が岩陰から飛び出てきた。


「よう、紅斗。やっぱりまだここにいたか」


 彼が鈴木結衣と目を合わせる。

 もちろん二人は互いに初対面だ。

 日本人じゃないって、バレるわけないよな?


 彼は首をかしげて考え込んだ。

 やはり鈴木結衣を怪しんでいるのか?

 見た目はそこそこ日本人っぽいと思うのだが……。


「なあ、颯太の連れって、二人いなかったか? 片方はどうした」


 コイツ、鈴木結衣を月輝姫か雪綺姫だと思っていやがる。三人とも顔はぜんぜん違うだろうが! それともアレか。オッサンあるあるで、『若いアイドルの顔がぜんぶ同じに見える』ってやつか。


 まあ、いいや。


「片方は、例の化け物に殺されたんだ」


 するとどうしたことか、九夏紅斗は俺を睨みつけてきた。


「颯太、ちょっとヒドくないか。仲間が殺されたのに、よくそんなケロッとしていられるな」


 ヒドいって言葉は、お前に返してやりたい。

 彼女が月輝姫でも雪綺姫でもないって気づけよ。


「あと颯太。人形、落としたって言ったよな? 逆に増えてないか?」


 人形の数(そっち)は、ちゃんとわかったのかよ。


「なあに、拾っただけだ。でもやらんぞ」

「二つもあるんだから、くれたっていいじゃんっ」


 えっ、欲しかったのか?


「ワケがあってな。あげられない」

「鈴木さんにはあげても、俺にはあげられないってか」


 鈴木結衣が抱えているのは『姉の形見』だ。


「違うぞ。そっちの人形はあげたんじゃない。もともと彼女のものだ」


 九夏紅斗が怪訝そうな顔をする。


「ホントか? 颯太以外にも人形持った日本人がいたなんて。気がつかなかった」


 俺と鈴木結衣は互いの秘密を共有している。俺の秘密と言えば、二つの人形がどちらも人間の姿になれるということ。鈴木結衣の秘密と言えば、脱走奴隷だということ。


 しかし九夏紅斗には、秘密を何も明かしていない。

 こっちだって彼の秘密を知らないから当然だ。


 ところが……。


「颯太と鈴木さんは他人のような気がしなくてさ。だから、ぶっちゃけてもいいかな。俺、実はガキンチョの頃からフィギュアにハマってて、結構いろいろ集めてきたんだ。漫画やアニメの美少女ヒロインはもちろん、その他のキャラやロボットなんかも。あと人型じゃないけど、車や列車……それと古城なんかのミニチュアもたくさん持ってて、俺の部屋を見た友人が「博物館」とか言って驚いてたっけ」


 九夏紅斗からどうでもいいことを打ち明けられたが……。うん、構うものか。こっちは秘密を話すつもりはない。


「颯太の人形、すっごくいいな。俺の収集してきたフィギュア人形とは、かなり違ったタイプの人形だけど、人をぐいぃーっと惹き込むような魅力がある。まるで本当に心が宿ってるようにも感じさせられる」


 ほう、わかるのか。


「颯太、当然どっちもそれぞれ呼び名くらいはあるんだろ?」

「一応あるぞ。こっちが月輝姫。で、こっちが雪綺姫だ」


 名前の漢字も教えてやった。『月と輝』それから『雪と綺』というのは、それぞれの人形のイメージにぴったりだと思うが、彼もきっと納得だろう。


 九夏紅斗が目を丸くする。

 おい、どうした?


「うわっ、マジかよ。冗談で言ったつもりだったんだが、本当に名前付けてたのか。キショっ」


 コイツ、ぶっ殺す!





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