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10 人なんて岩陰を探せば出てくるものだ



「一緒に行けば、あなたにメリットがあると?」


 という台上の人形の問いに答える。


「別にそんなもんない。俺の連れは『月輝姫』っていうんだけど、さっき見たとおり正体はアンタと同じく人形だ。もしこんなところで置き去りになったのが、月輝姫だったらって思い浮かべるとさ、放っておけなくなるんだ。一人ぼっちじゃ寂しすぎるだろ」


 月輝姫が口を挟む。


「そう? かつて、わたしは置き去りにされたことがあったわ。池のある公園でね。ずっとずっと長いこと一人ぼっちだった」


「んぐぐぐ……。あれは仕方ないじゃん。俺は子供だったし、親の転勤なんだから」


 カタカタっと音がした。

 台上の人形が震えたのだ。


「あっ、ごめん。で、どう? 俺といっしょに来る気はないか」

「本当に……よろしいのでしょうか?」


 人形が敬語になった。まだ小刻みに震えている。


「もちろんだとも。嘘や冗談でこんなこと言わないさ」


 じっと俺を見つめている。そして人形の震えが止まった。


「感謝します。ぜひお願いいたします」


 話は決まった。


 人形は体を大きくさせ、ふたたび人間の姿を見せた。


 不思議と今度は翼がなかった。

 代わりに、人形のときと同じく手があった。


 俺は一秒弱ほど裸体を眺めたのち、少々遅れながらも顔をそむけた。


「わっ、わっ、わっ。服、ないのか」

「廃屋を探せば、人々の遺品があるかもしれません」


 人間化した人形は、廃屋から衣類を持ってきて、それらを着始めた。

 おい、着てから出てくりゃよかったじゃん。


 それはそうと。

 俺は横を向きながら尋ねた。


「アンタの名前を知っておきたい」

「人々からは【姫神】と呼ばれていました」


 姫神か。そういえば崇拝されてたんだっけ。

 だとしても、神とか呼ばなくちゃならないのか。


「それ、なんか呼びづらいな」

「でしたら、名前をつけていただけませんでしょうか」

「俺がつけていいのか。そうだな……」


 名前を考える。彼女の特徴に合ったものがいい。

 肌と髪は綺麗な雪色。せっかくなのでそれを使おう。


雪綺姫(せっきひめ)ってどうだろうか」

「大変気に入りました。嬉しゅうございます」


 名前が確定した。

 雪綺姫だ。



 すでに日が落ちていたので、一晩、廃屋で過ごした。



 翌日、森を抜けた。

 眼前にはゴツゴツした岩群が広がっている。


 城へ戻るにはどうしたらいいのだろう? わからないので人に聞くしかない。近くに町や村があれば良かったのだが、壊滅させられたんだよな。かなり遠くまで歩かなければならないようだ……。


 とりあえず歩き出した。小山のような岩と岩の間を進んでいく。もしかすると城とは逆方向かもしれないが仕方ない。


「一つ、言い忘れました」


 なんの話だろう。雪綺姫に耳を傾けた。


「これからあなたについていくわけですが、夜伽に関しましてだけは、ご遠慮賜りますようお願いいたします」


「そんなもん頼むかっ」


「もし発情して抑制できなくなりましたら、そちらの人形で性欲処理なさってくださいませ」


 何を言うか。どうして月輝姫に手を向ける? だいたい、なんで人形で処理しなきゃならないんだ。そんな自分を想像したくないぞ。切なくなるだろ。


「安心しろ。俺は雪綺姫にも月輝姫にも求めたりしねえよ!」


「あら? 子どもの頃、生涯の伴侶になりたいと誘われたのだけど?」


 おい、月輝姫まで何を言い出すんだ!


 てか、コイン投げの話はマジで勘弁してくれ。

 思い出したくないほど恥ずかしかったんだ。


「それ誤解だからな。公園の池の伝説に関しちゃ、何も知らなかったんだ」

「失礼。そういうことになっていたわね」

「ほ、本当に知らなかったんだからな……」


 月輝姫がくすくす笑う。俺の話、信じてないな? まあ、嘘だけど。でもコイツの顔立ちが美しい分、からかわれると余計にムカつく。



 いま俺が連れて歩いているのは、月輝姫と雪綺姫。両者はそれぞれ『澄んだ夜空に輝く月の妖精』と『白銀世界に神々しく舞い踊る雪女』とでも言ったところか。どちらも完璧すぎるほど美しい。もし両者が……いいや片方でも本当の人間だったら、こうして一緒にいられるだけで、男としてこれ以上に幸福を感じることはないだろう。



 雪綺姫がこっちを向き、小首をかしげた。


「どうかされましたでしょうか?」


 しまった。つい見入っていた。

 適当な質問で誤魔化すとするか。


「ちょっと不思議に思ってさ。小屋で初めて雪綺姫を見たとき、翼があったはずだったよな? どうなってんのかな」


「わたくしは神として崇められてきました」


「確かにその話は聞いている。で?」


「神には『しもべ』が必要です。森で人々が死にましたのち、あらたな『しもべ』を探さなければなりませんでした。そこでハーピーたちを便宜的に仮の『しもべ』としました。わたくしの姿が仮の『しもべ』たるハーピーに少し似てきたのは、そのためだと思われます」


「じゃあ、いま人間の手があるってことは……」


「はい。現在あなたが仮の『しもべ』だからです」


 しもべ……?


「俺、雪綺姫の『しもべ』かよ。ちょいショックだな」


「ですが、あくまでも『仮』です。わたくしはもともと神として崇められてきましたので、ご理解いただけますと幸いです」


 すると反対の耳からも声。


「ちなみにわたしも、あなたを『しもべ』として見ているわ。もとは神だから」


「月輝姫までも俺を『しもべ』って。そんなくだらないこと、競わないでくれ。てか、神なんて嘘つけ。でも、あれか。人形だから、付喪神とか言い出すつもりか。まあ、神って単語、定義次第でどうにでも意味を広げられるだろうし、言ったもん勝ちかもな」


「不満なようね。もしかして伴侶として見られたかったのかしら?」


「その話は、謝るからもうやめてくれ」



 ――それより。

 何故これまで俺は違和感を持たなかったのだろう。


「あのさ、雪綺姫。いま俺たちが喋ってる言葉って、『大地人』と称するこの世界の人々のものじゃないよな?」


「左様です。転移前の世界の民が使用していた言語です」


 翻訳機である腕輪の魔道具を通して大地人と話す際、頭の中に音のイメージが浮きあがる。それをなぞるようして声を出しているのだ。それで最近は、大地人の言葉をいくつか覚えてきた。しかし雪綺姫との会話の中には、聞き覚えのある単語がいっさい出てこなかった。大地人とは異なる言語だったからだ。


「となれば、月輝姫。俺と雪綺姫の会話に加わってきたとき、日本語じゃなかったはずだ。月輝姫は雪綺姫の言葉が話せたのか」


「ええ、そうみたいね。わたしは特定の言語を持たない。だけど相手の言葉に合わせて会話ができるみたい」


 すると雪綺姫は静かに口角をあげた。


「わたくしも理由は不明ですが、相手に合わせた言語で会話ができるようです」


 完璧に流暢な日本語だった。


 雪綺姫までそうなのか。人形だから相手の言葉で喋れるのか。人形だから……。そうだよな。月輝姫も雪綺姫も人間じゃないんだ。たとえどれほど美しかろうと、どれほど親しくなろうとも、人形は人形でしかないのだ。



 さて。そろそろどこかで休憩でもしようか。

 そう思い始めたときだった――。


 突然、月輝姫が立ち止まった。

 続いて雪綺姫も。


 歩き疲れたか?

 いいや、そんな感じではない。


 二人の視線の先は、重なった岩と岩の境のようだ。

 そこから何かが姿を現した。長い髭の大男だった。図体はまるで熊。

 大きな弓を構えている。強烈な殺気が伝わってきた。


「食料をすべてそこに置いていけ」


 強盗の出現か。この世界にもいたんだな。


 だが、いま式神人形はない。甘巻銀兵(あのバカ)に射落とされたのだ。したがって、現在の俺の戦力はゼロに近いだろう。


 ただ、幸運にも携帯食ならば持っている。森に入る前に支給されたのだ。


「生憎、ブタに与える飼料は持っていないの」


 おいおい、月輝姫。強盗を挑発するんじゃない。

 ほら、顔を真っ赤にして怒っちゃったぞ。


 長い髭の大男が「殺すぞっ。死ね!」と叫んだ直後――。


 月輝姫の手から何かが放たれた。ビュンっとだけ音がした。


 大男の両足は切断され、その巨躯は地面に落ちた。

 うおおおおおっと、うめき声をあげる。


 月輝姫、いま何を?

 無言の視線で尋ねてみた。


「風を固めて飛ばしただけよ」

「魔法…………か?」

「だいたいそんなものね」


 そりゃ月輝姫は式神操作の師匠だけど、こんなこともできたのか。だったらハーピーの襲撃に遭ったとき、月輝姫が本気を出していれば撤退せずに済んだのに。


 大男に近寄ってみる。弓も壊れていた。もう攻撃される心配はなかろう。


「では尋問のお時間ですね」


 雪綺姫、微笑みながら言わないでくれ。怖いぞ。


 この大男に話を聞きたいのは山々だ。

 しかしまもなく出血多量で死ぬだろう。


 雪綺姫が強盗の切断された足を拾う。膝下の部分だ。それを大男の膝関節あたりに置いた。息を吹きかける。なんのつもりだろう。


 マジ? 大男の膝がくっついた。ちゃんと繋がったぞ。男の足が元に戻ったみたいだ。


「もしや、それって回復魔法…………だよな?」

「はい。完全回復とはいきませんが、歩行くらいならば可能でしょう」


 これはなんと! 便利な魔法を持っているものだ。


 さっきの月輝姫に続いて、雪綺姫までも強力な魔法を見せつけれくれた。

 神として崇められていただけのことはあるかもしれない。


 大男が地面に尻をつきながら後退りする。


「お、お前ら……化け物か」


 雪綺姫は静かな笑みを月輝姫に向けた。


「月輝姫、よろしいのですか? 化け物などと言われましたけれど」

「あら、雪綺姫に言ったようにしか聞こえなかったわ」


 大男は『お前ら』と言ったのだから、どっちもだろ。


 月輝姫が男に手を向ける。


「尋問の必要無し。悪党は死ぬのがいいわ」

「待て待て。なんでもする。だから殺さないでくれ」


 髭の大男は命乞いした。


 月輝姫の言葉が本気かどうかは不明。たぶん単なる脅しだとは思うけど……。


 とにかく絶対、人間が死ぬところは見たくない。だから月輝姫が行動を起こす前に、俺が男に問いただす。


「彼女に殺されたくなければ、すべて正直に答えろ。なんで強盗なんかしたんだ。ほかに仲間はいるのか」


「そ、それは……」


 岩陰からゴソゴソっと音がした。

 一人、二人……三人と姿を現した。


 髭の大男には仲間がいたようだ。


 オッドアイの男、人形を抱えた女、長いスカーフを頭に巻いた女だ。

 髭の大男も含めた四人の頬には、いずれも模様のような痣があった。


「我々は見てのとおり脱走奴隷だ」


 髭の大男は頬の痣を指さした。

 奴隷であることを示すための『焼き印』のようなものか。


「幼少時に誘拐され、奴隷として売買された。だが過酷な労働には耐えられなかった。知ってのとおり、この王国では奴隷の脱走は死罪となる。だから『北フンディナの森』を目指すことにした。森の近隣には反政府の町や村があると聞いていたからだ。我々はそこの住人に支援を求めるつもりだった。しかし無一文のため、強盗しながら旅をするしかなかった。そして、ここまでやってきたのだが……」


 北フンディナの森は、いま俺たちが抜け出てきたところだ。彼らには残念な知らせがある。


「いくら探しても町や村は見つからなかったのだろ? そりゃそうさ。かつて森の近隣にあった町や村は、もう壊滅させられたんだから」


 四人の目に驚愕と絶望が入り混じった。


「そ、そんな……」


「ちなみに反政府の人々が生きていたら、なんでお前らを支援すると思ったんだ」


 髭の大男が答える。


「それは王国政府に苦しめられてきた者同士だからだ。我々四人は誘拐される前、西の山脈の向こうの国の住人だった。王国政府は我々にとって災いでしかない。共通の敵ってやつだ」


「西の山脈の向こう? 恐怖の大王が現われるって場所じゃなかったか」


「はて、恐怖の大王とはなんだろう。初耳だが」


 西の山脈の向こうの元住人でさえ、それを知らなかったようだ。


「さあ、質問には答えたんだ。我々をもう許してくれ」

「いいだろう」


 脱走奴隷の強盗を見逃すこととした。彼らが反政府主義者の仲間だとしても、俺にはどうでもいい話だし、髭の大男の弓は月輝姫に壊されたので、しばらくは強盗もできないはずだ。



 彼らをその場に残して立ち去った。


 携帯食を分けてやることはしなかった。強盗を働こうとしたヤツらなので当然だ。そこまでしてやる義理はない。


 聖騎士や兵士、異世界からの仲間たちは、いまどこにいるのだろう。

 自力で城まで帰らなくてはならないのだろうか。


 あっ、あれは!

 人を発見した。


 岩陰で休んでいるようだ。

 しかし違った。死体だったのだ。


 その装備は……。

 俺たちとともに魔族討伐にきた兵士のものだ。


 なんてことだ。


 さっきの髭の大男に殺された?

 いいや、これは矢での射殺ではない。

 手足が引きちぎられた感じになっている。

 では、どんなヤツにやられたのだろう。


 死体に向かって手を合わせた。


 別の岩陰から声。


「おーい、キミたち!」


 そこから若い男が出てきた。日本人だった。てことはハーピーに襲われた後、ここまで逃げてきたのだろう。


「良かった。仲間がいてくれて」


 彼はそう言いながら、俺の顔をマジマジと見据える。


「あっ、知ってる。【お人形さん遊び】の人だよね?」

「黙れ」





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