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王都バスチーヌにて

「おい、あいつ何でこんなところにいやがんだ? てか、何であそこから出てこれやがったんだ?」

 長身細身のジョセフの耳もとで熊のようなレナードが吐き捨てるように言った。見ると、ここルインセーヌ公国の王都バスチーヌ、青きニブル川と頂きに冠雪を抱いた緑深きアルターイ山脈を借景にした白亜の街を東西に貫く大通りで、多くの人々に混じってひとりの金髪の一見風薫るような男が歩いていた。ひとめで誰だか分かるピンクを基調にした特徴的な色彩感覚のいでたちと変に思意的な振る舞い。一言でも言葉を発すれば、知性、品性の欠落が露見する男。詐欺師、いかさま師、うつけ者、疫病神、ありとあらゆる侮蔑と嘲笑の言葉を名に冠した男、チェザレー・セコナレフ。

「おいっ! なぜなんだ?あいつだけは見まがうはずない! あいつを深く薄汚い洞窟の中に汚物の様に捨ててきてたのは俺たち自身だったじゃないか。そして入念に大岩で入り口を塞いだんじゃなかったのか、俺たちは!」

 レナードの怒りを現わにした低い声とは対象的にジョセフの声は名伏しがたい驚きと狼狽のあまり甲高いものになっていた。

「ああ、そうだ。そうだともジョセフ。俺たちの仕事は完璧だった、たとえ自画自賛に聞こえてもなっ! 今思い返してみても、あれはまさにプロフェッショナルな仕事だった……筈だったんだよ。…クソっ、何で、『筈だった』なんて言わなきゃならないんだ! あの疫病神はここにいやがる筈ないんのに、何んでここにいやがんだ!」

「落ち着け、レナード。ぼくらに何か抜かりがあったっていいたいのか? たが、そんなことはまず考えられない。君の言うようにあれは完璧な仕事だった。実際、ぼくにはあれが悪魔と契約を交したとしか思えないんだ」

「悪魔?へっ、たとえ、悪魔が本当にいたって、悪魔の方が願下げるだろ、ふつう。あの疫病神相手じゃ悪魔の方が汚れるってもんだ!」

「じゃ、どうしてあれはここにいるんだ? 悪魔はたとえにしたって、あそこから出るために知能を巡らすなんて、猿以下のあれに出来る分けもなかろうに」

「まぁ、確かにそうだ……。いや、よく考えろジョセフ。多分、運だよ運」

 レナードは途中で口篭ったあと確信的なことを思い付いたかのように晴々とした声に変えてそう言った。

「運だって?!フザケルのも大概にしろよ。悪運が強いとしか言いようがないのは認めるが、たかが運がいいくらいであそこから抜け出せる分け、ないだろ」

 ジョセフの端正な造りの顔の口元には憤りとも同情ともつかぬ微かな歪みが含まれていた。しかし、レナードはそのことに気付かず、意気揚々と自信たっぷりに話を進めるのだった。

「あぁ、そうだ、普通ならな。たが、あのろくでなしは人様からかっさらって溜め込んだ運を使ってやがんだ。人でなしだからな。多分そうだ。端迷惑ことならなんでもしやがる。まぁ、違っているとしても、『当たらずと言えども遠からず』と云うやつだ。俺はそう思うぜ。そうでなくちゃ、あいつに関わっただけで次々とろくでもねぇ羽目に見舞われてくことの説明が付かねぇだろう? なっ!」

「……。まぁ、兎に角だ、その脳天気な話は脇においといて、ここまで来たらあれがぼくたちの手に負える代物じゃなかったってことだけは確かなことだ。悪運だけで世の中を渡っているような奴だからな。そうすると、どう考えても、あれとはもうこれ以上関わりを持たないことほど賢い選択はないだろう。レナード、すぐにでもこの街を離れよう」

  ジョセフはレナードの背中にそっと腕を回して、肩を軽く叩いて言った。

「そうなんだな。いまいましいが俺も今それを考えていたところだ。認めたくないが俺たちの手には余るんだ。手も足も出ねぇ、ダルマとはまさにこの事さ…」

 自嘲に満ちたレナードの言葉の後、ふたりの間を沈黙の時間が包んだ。敗北の後に来る虚ろな時と似たものがそれだった。露店で物を売っているバスチーヌの賑わいや春の暖かな日差しが急に遠いものに感じられていた。

「俺…殴りたくなってきた…」

 たまらず口から漏れたと言うようなぽつりとしたレナードの声が響いた。

「だってそうだろう。いくら手に余ったって、張り倒してボコボコにするくらいの事は出来んだから…。あぁ、拳がうずいてたまらない!」

 レナードは堅く握り締めた自分の拳が知らぬ間に高く振りかざされいたことに気付いて、もうさわやかな笑いをジョセフに投げかけるしかなかった。

「突然何を言い出すかと思えば…。いいか、落ち着くんだ。気持ちは分かるが、止めておくんだ。この『長剣のジョセフ』が『自称のジョセフ』とか『噂のジョセフ』と揶瑜されるようになってしまったのは何故なのか、その訳を知らない分けでもないだろう?」

 ジョセフは一瞬遠い目をしてから、深く目を閉じた。すると、その脳裏に三年前のドラゴン退治、自身が中傷に晒されるきっかけとなったあの日の事がまざまざと浮かび上がっていた。


「すると、あなたがジョセフ、あの長剣のジョセフさんですか。これは心強いかぎりです」

 白い帆一面に風を孕んで海原を快走する強襲揚陸船ルーベンス=ノバシュタインのブリーティングルームで部隊長はそう言ってジョセフの手を握ると兵士の方に向き直った。

「みなの者、訊け! ガリアの籠城に於いて百倍の敵を退け、ベルゲルナ撤退の奇跡を成し遂げられた、あの長剣のジョセフ殿が我らに力を貸してくださる! これで我らを見舞う一切の危惧は見事に潰え去った。みなの者、ここは思う存分に功を立てよ!」

 壇上の部隊長の拳を振り上げながらの言葉にブリーティングルームは沸き返っていた。期待と羨望が渦巻いたのだ。が、その上気した空気をよそに一人の男が静かに手を上げて立ち上がった。その男は黄金色に輝く甲冑を身につけ、しっかりとした体躯の上につかわしくない華奢な顔を乗せていた。

「我が名はシュトロハイム=フォン=ガープ。ジョセフ殿以後金色のガーブとお見知りおきを。ところで、私の耳にした長剣のジョセフ殿は身の丈二間はある大男と。また大地を覆う程の気の持ちち主とも聞き及びます。しかし、ここに居られるジョセフ殿はいささか容貌に相違がございます。噂はあくまで噂。それを鵜呑みに信じ込む程ウツケではありません。とは言うものの、ここは技のひとつでも見せていただければと考える次第であります」

 シュトロハイムがそう言い終わるやいなや、妙に甲高い声に抑揚を利かせた話方で割って入る男があった。あざやかなピンク地に緑と黄色の迷彩模様の甲冑を纏った男だった。

「あいや、またれい。このチェザーレ・セコナレフ、ガープ殿のお言葉に解せぬところがあり物申しまするす。能ある鷹は爪を隠すと言う言葉の通り、ジョセフ殿程の御人、抜き身の刀そのままであろう訳もなかりましょうに」

 ジョセフは、妙な男だが案外にまともなことを言うなと思ったが、同時にこいつとは付き合いたくはないと直感的に思っていた。

「また、身の丈二間と申されまするが、二間の人など、あろう訳がござりませぬ。それは人ではなく巨人と言われる類のもの。何より技ひとつでその真偽を確かめようなどと、ガープ殿程の御人が何故に考えるのか、私にはそれが解せませぬ」

「なら、どうせよと? この中にガープ殿と共に戦った事のある者がひとりでもいれば話は簡単だが、我らが部隊は北方方面軍、ガリアやベルゲルナは南西の街。尋ねてみてもいいが、まず、この船の中ではいないのではないか?」

「さればでござる。さればこそ、今より舵をベルゲルナにとるのでございます。ベルゲルナならば共に戦わずともジョセフ殿を知る者を探すも容易きことの筈」

「ベルゲルナにはひと月はかかります。今から往復ふた月を費やすなど不可能なこと、それを行けと申されますか?」

「いやぁ、それはダンツフィンの蛮族を恐れ、迂回の航路を採った場合。こちらにはジョセフ殿がおりますれば迂回の必要などありますまいて」

「……。ジョセフ殿、どうですか。ここはひとつわしの顔に免じて、技を披露していただけぬものか」

 今まで黙って成り行きを見守っていた部隊長は、あいつに物を言わせるなと目配せをしてから、ジョセフに深く頭を下げた。

「いや、顔を上げてください。技のひとつやふたつ、大したことはありません。また、ガーブ殿の懸念ももっともなこと。それになまっていた体をほぐすのにちょうどいい具合です」

「おい、騒がしいぞ。早くそいつをどこかへ連れて行け!」

 全員に無視されながらも自説を繰り返すセコナレフに部隊長は冷たく言葉を浴びせかけた。

「失礼。では、お訊き入れ頂けるのですか。有り難きことです。実を申しますと、わしも一介の武人としてガープが何も言わずともジョセフ殿にお願い申そうと思っておったところなのです。それで重ねてぶしつけながら風の鉄槌を」

「あれですか。あれは派手なだけで実戦には不向きなのですが、かまいませんか?」

「と、申されますと?」

「あの技は発動まで時間が掛る割りには射程こそあれ幅は五、六米がいいところ。一度放とその後方向を変えることもままならぬ為、薙ぎ払うことも出来ません。衝車や霹靂を相手にするならいざ知らず、こけ威しにしかなりません。見せておけば相手が勝手に警戒してくれるだけの物なのです」

「ではガリアの籠城で一瞬にして敵兵の半分を葬ったと言うのは」

「噂ですよ。噂。実際に葬ったのは騎兵なのです」

「騎兵?」

「ええ、あの鉄槌で倒したのはせいぜい二百か三百がいいところ。あの後すぐ砂埃で視界が利かない内に風の抜けた左側を伏兵に襲わせたのです。砂埃が治まったあと、左翼が壊走していたため慌てた兵がそのように伝令てしまったのでしょう」

「ほう!では、まさに用兵の妙」

「そう言ってくださるのは部隊長殿だけです。総崩れになって引いていく敵兵を見ながら、皆から『セコいぞ』とか『詐欺だな』とか、散々にこつき回されていました」

 ジョセフが笑いながら言ってから、一振りの長剣を握り締めた。

「では上甲板に行きましょうか」

 ジョセフの手にする剣はエターナルウィンド。抜き放たれた剣はうっすらと蒼白い光を纏っている。それ以外には何の装飾も持たぬ剣だが、それゆえにか近寄り難さを備えていた。

 ジョセフは常に切先が弧を描くようにゆっくりと時には激しい動きで剣を振るう。鞘から抜き放ってより先、剣は一瞬の淀みもなく流れていた。同じように足捌きも弧を描いている。剣の動きが足を捌かせているようにも、足の捌きが剣を導いているようにも見えた。

 やがて、両手で天に捧げるように剣を持った時に初めて動きが止まった。と、風が緩やかに次第に勢いを増しながら剣に流れ込んで行く。刀身は光を増し、風が走る甲高い音と共に光に包まれていった。そして、刀身全てが光となった時、ジョセフは剣を鞘の中に押し戻した。このあと足場を確かめるため、擦り足で後ずさっていた。足の裏にしっくりする場所を見つけ、風の鉄槌を打とうと剣を引き抜いた瞬間、ジョセフの身体は奇妙な動きで後へ倒れていった。軸にしていた方の足が縮んで行ったようにも見えた。ジョセフ自身は非常にゆっくり倒れて行ったように感じていたのだが、どうにかしようと焦るばかりで成す統べはなかった。そして、すでに発動してしまっていた風の鉄槌は暴発という形で衆目の前に曝されることとなってしまったのだった。

 初め、縦横無尽に暴れ回る息も出来ないほどの強烈な風が雲を呼んだ。風の渦と渦がぶつかり合いながら雷を纏った刃となってルーベンス=ノバシュタインに襲い掛かっていたのだった。船体は激しく揺れた。荒れた海のようなうねる程度の揺れではなく、まるで地震のような鋭い揺れだった。風の走る後を追って海水が帯のように宙に舞った。その帯はひとつやふたつではなく幾状もあり、絡み合いうごめきながら辺りを埋め尽くしていた。帯がルーベンス=ノバシュタインをかすめると巻き上げられた海水が激しく甲板を殴り付けた。集まっていた人々はただ、手近なものにしがみついている他なかった。

 十分ほど経ち、漸く風が収まった。空は見事に晴れ渡り、柔らかな風が甲板に横たわった者たちの頬を撫でていた。

「おい、なにもねぇぞ…」

 最初に上半身だけ起こした男がきょろきょろ辺りを見回しながら言った。帆や帆柱、甲板より上の全ての物が消え失せていたのを目にしたのだった。

「あぁ、この海と青空、それ以外なにも目に入らないぜ。まったく凄まじいばかりだ」

 今度は感嘆の声が聞こえた。すると、それに反論するように野太い声が響く。

「すさまじいのはさすがだが、帆が無くなっているじゃないか。船を壊してしまってどうすんだ」

「いや、さすが噂のジョセフさんだ。あれだけの中で船体自体は何ともないじゃないか。ただ、帆走出来なくなったたけだ」

 感嘆の声を上げていた男がすかさず応えた。

「いや、それは違うぞ。帆があってこそのルーベンス・ノバシュタインだ。これじゃ白鳥の異名が泣くってモンだぜ、そうだろう?」

「おい、さっきから聞いていたら何を悠長に構えているんだ。帆を持って行かれて帆走出来なくなった船をこの海のど真ん中でどうするて言うんだ? まさかボートみたいに漕いでいくつもりのか? この二千屯もあるルーベンス=ノバシュタイン号を!」

「あっ」

 小さな驚きの声が全員の口から漏れた。  

 波がゆったりしたリズムで船腹を打つ音が聞こえていた。割って入ってたあの一言で辺りは静まり返ったのだ。そうしているうちに苛立たし気に言う者が現れた。

「すると所謂、難破ってやつなのか。嵐でもないのに、こんなに穏やかで晴れた日なのに? なぁ、何でなんだよぅ、噂のジョセフさん!」

 快走していたルーベンス=ノバシュタインは一個小隊と乗員併せて二百人を乗せたまま波間を漂うしかなかった。

 一方、四角い開口部に片足を突っ込んで倒れていた当のジョセフは、上半身を起こして風の鉄槌を放つ間際までは無かった開口をなぜなんだという面持ちで覗き込んだ。と、その中にはあのピンク色のチェザレー・セコナレフがいて、手を振りながらしきりに

「そこを通しては下さらぬか」と言っていたのだった。

ジョセフはまさかと思いながらも、

「チェザレー殿がこれを開けられたのか」と、尋ねた。

 チェザレーセコナレフは得意そうな笑みを浮かべていた。

「さようにござります。これぞ、我が開けし完璧なる正四角形の開口にして、上甲板への掛橋。さて、今よりこのチェザレー・セコナレフ、上に皆のもとへ行かねらねばならぬゆえ、急ぎそこを通しては下さらぬか」

 ジョセフは船倉に押し込められた筈のセコナレフがどうしてそこにいるのかを考え全てを理解した。船倉からここまで、強引にはい上がってきたに違いないと思った。そして、あの<付き合いたくない>という直感の意味が何となく分かった気がした。


「『疾風のレナード』が『逃げ足のレナード』に変わっちしまうと言いたいんだろうが、もう既に変えられちまったんだ。もう、恐いものなんか何にもねぇんだ!」

そう言い終わるやいなやレナードは引き止めようするジョセフの手を振り切って風の様に走りだした。疾風の言葉通りに一歩踏み出したと思った時には二歩、二歩進んだと見えた時にはすでに四歩駆けていた。大通りには大勢の人々がいたが、レナードは全速力で走りながらもそれを巧みにかわしてセコナレフとの距離を縮めて行く。

 ジョセフはやれやれと思いながら何気なく辺りに目をやった。そして、宮殿通りから大通りに入る角を曲がってこちらに近づいて来る四頭立ての馬車に気づいて青ざめた。近衛兵を前後に配して金銀で飾られたその馬車の側面には王族を示す緋色の龍の紋章があったからだった。

ジョセフはレナードに

「緋色の龍だ。王族だ。今ここで騒ぎを起こすのはまずい、止すんだ!」

 と、大声に叫びながら二人の間に割って入ろうと駆け出した。

「王族だと?」

 レナードはジョセフの声に立ち止まり、振り返る。

 通りに溢れ返っていた群集もその一行を認めると潮が引くように道を譲った。大通りは広場のようになり、その中にはジョセフとレナードそれからセコナレフが取り残される格好になっていた。「やぁ、レナード殿にそして、ジョセフ殿ではないか。辺境の都バスチーヌまで、このチェザレーセコナレフに会いに来てくれたとは喜ばしきかぎり。これより、夜を日に継いで我らが友情を語り明かそうではないか!」

 チェザレー・セコナレフは両手を大きく広げて二人に近づきながら言った。

「わたしの声が聞こえなかったのかチェザレー。王族が来ているんだ。早く道を譲らねば面倒が起こるぞ」

「ほう、王族とな」

 セコナレフはいったん言葉を切って近づいて来る馬車を一瞥した。

「確かにあれなるは緋色の龍であるな。しかし、我もまたボリュテイル家の血を引く者にして赤き獅子の所持者。何をためらうことの有ろうか」

 チェザレー・セコナレフは口を真一文字に結び、目を輝かせ胸を張っていた。

 馬車の一団はしずしずと進んで衛兵の幾分緊張した表情を見て取れるほどに近づいていた。レナードとジョセフは互いに眉間にしわを寄せていた。疲れたような溜息をひとつ落としたレナードがセコナレフに言った。

「ボリュテイル? まった、分けの解らないことをいったい何世紀前の話なんだよ。そんな大昔の事より、今現在この時が大切なんだ。いいか、赤き獅子だか駱駝だか知らないが、そんなモンより俺たちにとっちゃぁ、緋色の龍さまの方が千倍も重要だってことだ。どうだ分かったか。分かったならもう頼むから構ってくれるな。いいなチェザレー、チェザレー・セコナレフ!」

「我が身を思いてそのような物言い…。やはり、持つべきは友。されど、案ずるにはおよびませぬ。赤き獅子の威光は今だ衰えを知りませぬ」

 セコナレフは金髪を軽く掻き上げ、白い歯を見せ作ったように爽やかに笑った。

「駄目だ、このままじゃ、絶対何かやらかす。こいつはそう言う奴だ」

 そう思うとレナードはセコナレフを道端に押しやらずにはいられなかった。ところがセコナレフが急にしゃがみ込もうとしたのであらぬ方向へ押し出す形になったしまった。セコナレフはステップを踏むような奇妙なよろめき方で蛇行しながら馬車の前へ出て行ってしまったのだった。が、事は出て行っただけでは、済まなかった。よろめいていたセコナレフは剣を杖代わりにして倒れかけた身体を支えたのだった。

 近衛兵の洗練された雅な顔つきと物腰は一瞬にして荒々しい兵士のものへと変容を遂げる。帯刀して道を阻むようにでてきたばかりでなく柄に手をやっている男への対応として至極当然な事だった。

 チェザレーセコナレフもまた表情を引き締めていた。が、それは衛兵の殺気を受け止めてのことではなかった。王族を前にした時の儀礼程度の考えがそこにはあった。彼は大音声に叫んだ。

「我こそは赤き獅子の所持者にしてチェスターセコナレフより数えて三七代目頭首チェザレー・セコナレフ!」

 路肩にに控えていた群集からどよめきが起こった。

「ジョセフ、あの馬鹿、何考えてんだ? 柄に手を掛けながら名乗りを上げてるぜ!」

「ええ、あれはまずいですよ。どう見ても遺恨の襲撃者のやり口です。これは火の粉の降り懸からぬ内にここを退散しょうレナード」

 しかし二人が逃げ出すより先に、ちょうど三合目を切り結んだところでセコナレフは地面に組み敷かれていた。そして、組み敷かれながらセコナレフは叫んだ。

「ジョセフ殿、レナード殿逃げなさりませ!この窮地を逃れるすべはそれより他にはありませぬ。。我がことは気にするに及びませぬ。さぁ、早く、さぁ!」

 一瞬で衛兵と群衆の視線が二人を捕え、怒号の渦が沸き起こった。

「クソッ!あの疫病神め…」

 ジョセフとレナードが肩を落しながら同時に唸った。


 

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