第4章
第四章
地球を出た人類は、初の宇宙で生きる事のできる生命体と出会う。
だが、彼等は人類に対し、友好的ではなく、人類に対し牙をむけてきた。
文字とおりの意味である。
巨大な体を持ち、強靭な四肢と長い尾と、長い首。
それはまさしく、伝説上で竜と呼ばれた魔獣に酷似していた。
それゆえ、つけられた名は、ドレイク。
人類の機動兵器を上回る戦闘力を見せた彼らは、
未だに人類の敵であった。
ヤマトは空中に浮いているような錯覚におちいった。
TALに乗る度、この錯覚はやってくる。校庭の中央に6、7mくらい浮いているように見えるのだ。だが、これは実際に浮いている訳でもはない、TALの全方位スクリーンに映しだされた映像なのだ。
その証拠に、操作用レバーや、コンソール、各種ボタンはできっちりとあり、実際には1.5m程しかない球状の空間に押し込められたという窮屈感もある。
操作用レバーを握り直し、ヤマトは前方を見た。
そこには、TALがいた。TALは、すでに体を斜めに向け、こちらに構えを取っていた。
データベースの検索は終わっているのか、スクリーンに機体名が表示されていた。
[ワスプ]。〈ヴァルハラ〉にあった機体と同一の機種である。
だが、こちらの方は軍から、教習用にとロールアウトにした機体だ。あちらこちらが壊れ、補修され、やっと動いている。そんな感がする程、ぼろぼろな機体であった。
ヤマトの耳に声が響く、通信が入ったのだ。
『コスギ! やる気あるのか、お前は!?』
校庭の隅にある小屋にいる教官の声だ。
この教官は、熱血漢で有名だ。暑苦しいたら、ありゃしない。
「ありますよ」
鬱陶しいと思いつつも、ヤマトは答えた。
『近接戦闘の実習なんだ。逃げまわってるだけじゃ、ダメだろうが!』
「へーい」
『何だ、その返事は!』
ヤマトのやる気のない声に不機嫌になった教官は、ヤマトの目の前のTALへと叫ぶ。
「フジムラ、構わない、倒してしまえ」
『はい!』
目の前のTAL、その搭乗者であるサヤカが威勢よく返事をする。
今回の実習の相手はサヤカだった。
実習前は、かなり息こんでいたのが見えていたが、相当に気合いは十分なようだ。
サヤカの機体が動く。まっすぐに向かってきて、拳を繰り出してきた。
ヤマトは、機体にバックステップを踏ませ、すかさず距離を取った。
『だから、それじゃ! まともに組みあえ!』
教官の文句が、再度聞こえてきた。さっきから、これを繰り返していたのだ。
「……」
無視するヤマトの機体に、再度、サヤカの機体が飛び込んできた。
――――スラスターを吹かしてやがる。
まさしく飛び込んできたのだ。足の踏みきりでは、このスピードは出ない。
そのまま、右足の飛び蹴りを繰り出してきた。
だが、ヤマトもこれにまともにぶつかる気は無い。
ヤマトもスラスターを吹かせた。
蹴りを避ける為であり、機体は大きく左後方に移動させた。
間近に教官がいる小屋が足元に見えた。
次いで、機体を大きく空中に飛び上がせる。
この衝撃で、脇にある小屋が大きく揺れた。
教官は、吹き飛ばされないように必死に小屋の柱にしがみく。
ヤマトは、横眼でそれを見ながら、サヤカの機体を見た。
サヤカも、機体を空中に飛びあがらせた。
『……』
回線を繋いだままの通信から、無言だというのにサヤカの怒りが伝わってくるかのようだ。
そのまま、ヤマトに追撃するように接近して来ては、拳や蹴りを繰り出してきた。
ヤマトは、これを前後左右、上下にと機体を巧みに動かし、まともに取り合わない。
TALの空中格闘戦は、校庭中を所狭しと動き回った。
二つの機体が作り出した突風は、辺りを荒らされていく。
『スラスターは禁止だと、言ったろうが!!』
それでも止まらない二人。
『おまえら、止めろ!』
教官の怒鳴りが、二人を止めるのに数分かかった。
授業後の教室でサヤカがやってきたと思ったら、開口一番はこれだった。
「あんたのせいで、怒られたじゃない!」
俺も一緒に怒られたんだけどな、そんな言葉を飲み込みながらヤマトはサヤカを見た。
「お前、怒ってばかりだな」
――――バンっ。
気にさわったのか、サヤカは手のひらを机に叩きつけた。
音が教室中に響きわたった。
クラスメイト全員がヤマトとサヤカの方を見たる。
サヤカは、そんな事は気にも留めず、口を開いた。
「あんたが気に障る事しか、しないからでしょ!」
とっさに感情的になりかけるヤマトだったが、言葉を飲み込む。
「ああ、そうですか。すいませんでした」
ヤマトは話を終わらせようと、謝罪の一手に出たつもりだったが、怒気を完全に飲み込めなかったようで、おざなりな返事をかえしてしまった。
これが、余計な怒りを買ったようだ、サヤカは顔を真赤にし、抗議の声をあげた。
「あんたも、TALのパイロットになるつもりなんでしょ。だったら!」
「どうでも良いだろ、んな事」
変わらずにつかかってくるサヤカにヤマトは、声を荒げて応えてしまった。
「……」
サヤカは少し間、黙った後、声を絞り出した。
「……気にくわないのよ。あんたは」
「うるせェな」
「あんた、自分用のTALが手に入るっていうのに」
「はあ?」
「しかも、父親の手掛かりがつかめるかもしれないっていうのに」
「……」
「何で、そんな無関心なの、あんたは!」
サヤカの言い分ももっともだった。
資産で換算すると人間数人が一生遊んでいられる額になるTALが手に入る。
ましてや、TALのパイロットになろうという人間なら、喉から手が出る程、欲しいものだ。
これのあるなしで、TALのパイロットの処遇、待遇が一変する。
これを手離そうとしているヤマトが異常なのだ。
――――そんな事は分かっている。だが、話が変ってくる。
そう思ったヤマトは、説き伏せるべく、サヤカを見た。
「っ。?!」
ヤマトの口から、怒りの言葉が出てこなかった。意外な物を見てしまったからだ。
サヤカが、目に涙を溜めていたのだ。
「……」
これ以上、サヤカの目を見れなくなり、ヤマトは目をそらした。
「……俺の勝手だろ、そんなの」
感情的になったサヤカの口は止まらない。
「お父さんに会いたいって、思わないの!」
ヤマトは話を切り上げるべきだった。だが、サヤカにこう言われた時、これを無碍にする事はできない、だから、素直に自分の思いを告げた。
「思わないね」
「えっ?」
ヤマトは、まっすぐにサヤカを見た。
サヤカには、この回答が意外であり、これがヤマトの本心だと分かったのだろう。
「……」
サヤカは、これ以上、口を開く事は無かった。
放課後。
教室の空気は氷ついた。
何故なら、ヤマトの前にサヤカが立ったからだ。
静かにだ。
前髪で顔は見えない。
――――第二ラウンドか?
――――修羅場? 修羅場?
いろいろな考えを持ったクラスメイトの視線が集まる中、サヤカが口を開いた。
「この後、用ある?」
「何、まだやる気なの?」
黙って、サヤカは首を振った。
「無いけど。今日じゃないとダメなのか」
サヤカは相変わらず黙ったまま、頷いた。
「……仕事だから」
「……。わかった」
「じゃあ、校門前で」
それだけ言ってサヤカは立ち去っていく。
「ハァァァァ」
クラス中から、溜息が洩れた。
その後、クラス中が活気にわいた。
女子は女子で、なにやら盛り上がり、男子の一部がヤマトに首を締めるようにつかかってきた。
「はあ、何だよ、あれ?!」
「乙女心って、複雑よね」
「っていうか、お前、何かやっただろ、絶対!」
「そういう始まりというのも、有って良いと思うのよね」
「修羅場よね、絶対!」
「ああ、サヤカちゃああああんが」
混乱を極める教室でヤマトは叫んだ。
「うるせェよ。お前ら!!」
その後、校門前で待ち合わせたしたヤマトとサヤカは、歩いていた。
サヤカは、ヤマトの横ではなく少し後ろを歩いていた。
会話は無かった。
沈黙が重たい。
しかも、視線がいたい。
ヤマトはそんな事を考えていた。理由はわかっている。
隣で歩いているサヤカだ。
サヤカが人目を引く美人であるのが、主原因である。
美人が、うつむいたままであり、だまって男の傍を、とぼとぼと歩いているのだ。
傍から見れば、俺が泣かした様に見えるんだろうな。
あながち、間違っていないだけに心が痛む。
七分程、歩くと学校最寄の駅についてしまった。
駅の改札前で、立ち止まった二人は、しばらくの間、お互いだまっていた。
「……」
「……」
用があるのは、そっちだろと思いつつも、ヤマトは口火を切った。
「どうするんだ? 駅についちまったぜ」
「……」
だまったままのサヤカは、すっと駅横の店を指さした。
「あそこでいい」
サヤカが指さしたのは、女子には人気のファーストフード店だった。ドーナツが全種類、一律低価格になるキャンペーンを頻繁に行うので有名な店である。
「えっ。……ああ、うん」
甘い物がおいしい女子に人気の店。それは男子には、かなり入るのに抵抗がある店だった。
抵抗がある事を案にサヤカに示すヤマトだったが、うつむいたままサヤカは、気付かず店に入ってしまう。
どうしたものかと、頬をかいたヤマトだったが、諦めて、店に入ろうと入口に向かった。
入る直前にヤマトは、ふと来た道を振り返った。
「……」
「……」
数人の人物と、目があった。
「出歯亀がやめろ! さっさと帰れ!!」
つけてきていたクラスメイトの有志達は、あわてて立ち去って行った。
座席に座ったヤマトは、いたたまれない気持ちでいた。
こんな店に入るのは、初めてなのだ。
ピンクと白色を基調とした外装が、あまりにもメルヘンチックであり、店内に流れる音楽も、楽しくなるような店のコマーシャルソングであるのだが、何よりも女性客ばかりであったからだ。男子禁制の店じゃなかろうか、そんな考えまで出てくる。
注文する時でさえも、三十種類もあるドーナッツのどれがいいのか、良く分からずヤマトはレギュラーで置いてあるセットメニューを注文した。
座った後も、どうしたら良いか分からず、横を見ると何か悪い気がするので、上を見たり、テーブルの模様を見ていたりしていた。
やっと対面の椅子が、スーと引かれた。
サヤカだった。サヤカは、持っていたトレイをテーブルに置くと、そのままストンと座った。
ヤマトは目を見張った。
「!」
サヤカのトレイには、十個程のドーナッツが置かれていた。種類も赤にピンクに、チョコつきに、クリームが乗っていたりと、てんでバラバラだったからだ。
――――見たこともない奴、ばっか。
これの名前、ストロベリーウンチャラカンチャラで、結局よくわからなかった奴だ。
「こんなに食うのか?」
サヤカは黙って、こっくりと頷いた。
「ああ……そう」
こいつ、本当に怒っているのか、そんな想いがヤマトの頭によぎった。
サヤカは、席についた途端、ドーナッツには手をつけず、カバンの中をゴソゴソと漁りはじめた。そして、電子端末を取りだし、操作しはじめた。
あまり女子らしくない端末であった、黒一色で、どこにもアクセサリーなど全くない。どことなく社会人を連想させるほど無骨な物であった。
「これ、見て」
そう言われたヤマトは、端末をおそるおそる受け取った。
無骨だといっても、やはり女子の個人的な物である。なんとなく気がひける。
画面に表示された物を見て、ヤマトは驚いた。
さらに無骨な物が表示されていたからだ。
画面の脇に『Name:[グングニル]』と表示されていた。
その他にも、色々と書かれてあった。ヤマトは二、三行みて気づいた。
「これって……。粒子砲か?」
サヤカは黙って、頷く。
「いや、ちょっと、待て。何故、いきなりこれを?」
「前にドゥームシティに行ったでしょ」
「ああ」
「そこで、見つけた部品の完成させた姿よ」
黙って聞くヤマトに、サヤカが補足を加えた。
「TAL用の装備よ。しかも[ワルキューレ]用に開発したものみたい」
話を聞いて、ヤマトは変に思った。
「ちょっと、待て、これ追加武装だろ。[ワルキューレ]専用って、どういうことだ」
おかしな話である。追加武装の[ワルキューレ]専用というのが、である。
[ワルキューレ]は、かなり珍しい機体ではある。TAL一万機にあって、一機もない、それくらい珍しい機体なのだ。だが、[ワルキューレ]は、それほど特別的に強い機体という訳ではない。そんなTALの専用武装を開発しても、あまりメリットは無い気がした。
「……[ワルキューレ]って、大戦時に実際に戦闘していた部隊が保有していた機体じゃないの。TALの開発部が持っていたものなのよ」
「そうなのか」
サヤカが説明をし始めた。
「新しいTAL用部品や、新兵器の開発用に調整された機体なの。だからセンサー系や情報系の装備が、普通のTALなんかよりも豊富なんだけど」
「……。その[グングニル]とかいう粒子砲も、新兵器の一つというわけか」
再び、サヤカが頷いた。
「だけど、きちんと完成されなかったみたいで、サブシステムが、あの[ワルキューレ]にしか入っていない」
「で、そのサブシステムは、ブラックボックス化してて、取り外しも複製も今の技術じゃ不可能になっていると」
「そう。さらに、そのサブシステムが無いと、[グングニル]は発射どころか、粒子のチャージもできない」
「わかった。それは[ワルキューレ]専用って言っても、過言じゃないわな」
疑問は、解けた。
聞いた後で気づいたが、知らなくても良かったかもしれない。
サヤカは、さらに説明を続けた。
「[グングニル]が放つ粒子は、[イ・コール]と呼ばれる粒子なの」
「それって、TALの主エネルギーだろ」
「ドレイク達のエネルギーでもあるわ」
「?」
話がきなくさい方向に移っていったが、サヤカはそのまま続けた。
「大戦中、敵であったドレイクは、当時の科学技術力を持ってしても撃退するのが難しかった」
「ああ」
「人類が、彼らに敗退した理由。それは、彼らがこの粒子を自在に扱っていた、人類よりもね。
この粒子砲は、彼らに対抗する為に開発した武器の一つ」
「ちょっと、待て。話が大きくなってや、しないか?」
「もう一つ」
そう言ったサヤカは、ヤマトを無視し、端末を再びあやつった。
表示されたのは、一枚の地図。見憶えがあった。
「これは、ドゥームシティの地図だろ。これが」
「ここが、[ワルキューレ]を発見した場所。で、ここが[グングニル]があった場所」
地図には、三か所に印がついていた。
「ん、あとの一個は?」
「あそこで見つけたコンピューターにあった、データから分かったんだけど」
「これって」
「この場所にドレイクが眠っている」
最後のポイントをさして、サヤカは言った。
「ちょっと、待て」
「……」
サヤカは、素直にだまってくれた。
あの廃墟と化した街に人類の敵であるドレイクが眠っている。
そこにドレイクに対抗しうる[ワルキューレ]と粒子砲[グングニル]が隠されていた。
当初から[ワルキューレ]も[グングニル]もあの街にあった訳ではないだろう。そしてこれらを隠したであろう思い当たる人物もいる。
「辻褄は合うってことか」
「そう」
「……」
「……」
沈黙が流れた。ヤマトは、サヤカが自分の次の行動を見守っているのを肌に感じた。
一泊の間を置いて、ヤマトが口火を切った。
「それで?」
これは、サヤカにとって予想外だったのだろう、ガタンとサヤカが立ち上がった。
みるみると顔色が怒りに染まっていくのが分かった。
「……」
サヤカは、拳をぎゅっと握り、怒りに染まった目をまっすぐにヤマトに向けていたが、一拍置くと、そのままそっぽをむいた。
「……。単に途中経過報告よ」
サヤカは絞り出すように声を出し、そのまま椅子に座り直した。
「……」
「……」
またの沈黙。
「ドレイクの撃退は、俺ら民間の仕事じゃない。軍の仕事だ」
「そう……だけど。……だけど!」
「何?」
「ドレイクって、聞いて何も思わないの!」
「……」
「ドレイクに対抗できるのは、TALだけなのよ」
「……それで」
「私達は、TAL乗りになるんでしょ。だったら!」
そうTAL乗りは、一般的には求められている役割は二つある。
都市国家の軍隊という役割。
だが、それよりも重要視されている役割があった。
それが、今でも数年に一度、都市や町を襲うドレイクの駆除。
ドレイクの一匹は、弱い個体でもTAL数機分の戦闘力を持つ。だから、戦争が終わった後も、時折現れる脅威に、人類は都市国家という狭いコミュニティーで過ごせざる負えないのだ。
だが、この都市には正規軍があり。きちんとTALも配備されている。
民間であるヤマトやサヤカが負う必要はないのだ。
「だったら、何?」
「……」
サヤカは下唇を噛んだ。不服に思っている事はありありと伝わってきた。
「言っただろ、それは軍の仕事だ。それに俺達は、学生で……」
「……分かってるわよ」
そこまで、話した時だった。
「ちょっと、良いかな。君たち?」
ヤマトとサヤカが座っている席の目の前に、一人の男が立っていた。
痩身という印象の男だった。だが、痩せている訳ではない、常人よりもしっかりとした筋肉がついている。長距離ランナーや、減量したボクシング選手のように、極限まで体を引き絞めているのだ。初夏だというのに、長袖のコートを着ていた。
今いる、メルヘンチックな店には、まったく合わない風体の男だ。
「?」
ヤマトが、その男を見た時、妙な既視感に襲われた。
「何か?」
「デート中、ごめんね。聞きたい事があるんだ」
デート中……。そのわりには険悪な雰囲気を漂わせて、店の雰囲気に合わない話題をしていたよなと、ヤマトは妙な所にひっかかった。
「君ら〈ヴァルハラ〉の人だよね」
「そうですが?」
素直に返事をするサヤカだったが、ヤマトは眉をひそめた。
――――なぜ知っている?
男は、ちらりとヤマトに視線を合わしたが、そのまま話を続けた。
「そう、良かった。じゃあ、二人とも一緒に来てくれるかな?」
大袈裟に左腕を動かしながら、男は気楽な調子で言ってのけた。
「は? 何よ急に」
サヤカが男に抗議しようとするが、ヤマトがあわてて手で制した。
「何よ!」
制止の意味が分からなかったサヤカは、文句を言った後に、やっとヤマトの行動の意味が分かった。
男の右腕は、サヤカの腹に向けられており、その手には何か黒いモノが握られていた。
「大人しくしてくれると助かる。これはあまり使いたくない。硝煙の臭いがきついんでね」
男は黒いモノが何なのか、暗に示した。
「こんな奴……」
抵抗の意思を示そうとするサヤカを、ヤマトは再度、止めた。
「馬鹿、囲まれてるんだぞ」
「えっ」
そう言われたサヤカは驚き、動きを止めた。
「ほう」
男は感嘆な声を上げた。ヤマトが気が付いていた事が意外だったらしい。
男はヤマトに質問を投げかけた。
「何人いるか、分かるか?」
「……」
「素直に答えてくれるかな」
「目についたのは一人。アンタが左腕を動かした瞬間に、それに合わせて動いた」
「おしい」
男は口端を上げた。何が楽しいのか、ヤマトには分からない。
「二人だ。もう一人は君の後。死角だったからねェ。まァ、状況は分かったね」
世間話を済んだとばかりに、
男はまるで友人に買い物を頼むように事無げに要望を述べた。
「ついてきて貰えるね。血は流したくない。明日、朝刊の記事になりたいなら別だが」
抵抗する意志がない事を示したヤマト達を見て、男はニヤリと笑った。
ヤマト達は、郊外の廃工場にいた。
廃工場内の大きな広間にヤマト、サヤカ、そして誘拐犯である四人。
さらには、ヤマトの知らないTALが四機。
あの後、安物の車に乗せられ、ここまで連れて来られたのだ。
後手に縛られた状態で、安物の木椅子に座らされ、足も椅子にくくりつけられていた。
ヤマトの目の前には、痩身の男がいた。憮然とした表情をしていた。
逆に、男の仲間は、三人とも声をあげて笑っていた。
男の仲間は三人いた。店にいた二人の他に、逃走用の車に控えた男がもう一人いたのだ。
男達が笑いだしたのは、ヤマトが自分の名を告げた時だった。
「こりゃ、おかしい」
「縁ってやつかい」
何がおかしいのか、よく分からないヤマトは痩身の男を見た。
痩身の男は、未だ憮然とした表情でいた。
「……」
ヤマトと痩身の男を見て、他の誘拐犯達は、腹を抱えて笑い始めた。
「感動のご対面って奴だな。これは」
なぜ笑われているのか分からないヤマトは、サヤカを見たが、サヤカも首をかしげていた。
痩身の男は、ヤマトに尋問を始めた。
「答えろ。お前、孤児院育ちか」
「? ……ああ」
痩身の男が村の名前を出した。
それはまさしくヤマトがいた昔いた孤児院の場所だった。
これを聞いた誘拐犯達は、さらに爆笑した。
その中の一人が、痩身の男に向かって言った。
「何の因果かね。なあケイイチ・コスギさんよ」
痩身の男は、苦虫をつぶしたような顔になった。
「?」
ケイイチ・コスギは、ヤマトの父親の名だ。
――――なぜ、ここで父親の名がでてくる?
いまだ、状況についていけてないヤマトに、別の男が問いた。
「どうだい、坊主。オヤジさんの顔は?」
「……。はっ?」
ヤマトは、素っ頓狂な声をあげてしまった。
――――オヤジの顔? 何がだ?
憮然とした顔の痩身の男。父親と同じ名。父親の顔。そして初めて顔を見た時の妙な即視感。
ヤマトの中で線が繋がっていった。
――――こいつが、……父……親?
様々な感情がヤマトの中で渦巻いた。だが、一番強いのは、怒りと困惑という感情だった。
憮然とした顔のまま、痩身の男ケイイチ・コスギが口を開いた。
「……それよりも仕事だ」
それでも仲間達か、笑いを辞めなかった。
「ああ、おかしい。十年ぶりくらいだろ、いいのかよ?」
「そうだな、こう抱き合うのが定番だろ。感動、涙もののシーンだぜ」
さすがに苛立ちを隠せなくなったコスギは、ヤマトの胸蔵を掴んだ。
「おい。答えろ」
渦巻く感情が止まらないヤマトは、真っ正面からコスギの目を睨んだ。
――――こんな所で、何してやがる?!
そんなヤマトにお構いなしに、コスギが述べた。
「お前も、いまさらって感覚だろ」
「……ああ」
これを聞いたコスギの仲間が、口を挟んできた。
「ひどいねェ、自分が捨てた子供に」
「うるせえよ」
コスギは、ヤマトを見下した。
「その通り。俺はお前を捨てた」
「捨てたって親が、あんたみたいな外道でよかったよ」
「そいつはどうも」
そう言うと。コスギはヤマトを殴りつけた。
ヤマトは、そのまま地面に倒れ込んだ。
「おら、手前等、仕事に戻るぞ」
「はあ、笑った。笑った」
先程までの笑い声が、嘘のように消えた。
誘拐犯の男達は全員、真剣な表情になった。
そのまま、サヤカとヤマトの前に誘拐犯の一人がたった。
「聞きたい事は、一つだ。どこまであの会社は掴んでいる? [ワルキューレ]と[グングニル]の件だ」
「……」
沈黙を決め込むサヤカとヤマト。
「……」
「まあ、いい。時間はたっぷりある。しかも」
誘拐犯の一人が、何かを取り出した。
「それは!」
サヤカが叫んだ。誘拐犯が取りだしたのは、サヤカの電子端末であった。
「これで、だいたいの事はわかりそうだしな」
「……」
「その前に、少しやっておきたい事がある」
別の男が、口を挟んできた。
そのままサヤカの目の前の立ち、サヤカの首を掴んだ。
「きゃあ!」
「何を!」
そう叫んだヤマトは、起き上がろうと藻掻いた。
すると、ヤマトの目の前にコスギが立ち、
「?」
コスギは、ヤマトの腹に蹴りを入れた。
「ぐはぁっ」
ヤマトは、口から空気は吐かされながら、そのまま顔面を踏みつけられた。
その間も、サヤカの悲鳴は続く。
「落ち着きな」
「えっ、ちょっと!」
「あんたらが、大人しくついてきてくれたお陰で、予定がかわってね」
「こんな物まで、用意してたのによ」
顔面を踏みつけられたヤマトに目の前に、手榴弾がぶらさげられた。
「そんなもの、あの店で使う気だったのか!」
「まあな。お前らが、暴れた場合な」
サヤカの首を、男が片手でおさえつけた。
「動くな。叫ぶな。手もとが狂うからな。ちょいと髪を切るだけさ」
目だけで、サヤカは反抗の意思を男に伝えた。
「おいおい、犯されないだけありがたく思ってくれよ」
「犯されるのが、お好みなら、話は別だけどな」
「こいつ、アブノーマルな性癖だぜ」
「お前は一番最後だよ。病気をうつされたら、かなわん」
男達は、げらげらと下品に笑った。
サヤカはくやしさで、歯をくいしばった。