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第1章

 第一章


 教室の窓から入る陽光は暖かく、開いた窓から初夏の風が穏やかに流れ込んでいた。

 心地良い。

 だから寝るのは仕方がない。

 ましてや、教室中に眠りを誘う朗々とした声が響いているでは。

 安らかに寝れるよ、これは……。

 だが、安眠は破られた。

 授業をしていた男性教師は、教科書を読み上げるのを止めたのだ。

「コスギ」

 理不尽だ。

 ヤマト・コスギは、そう思った。

 これだけ眠りを誘発しときながら、眠りを妨げるのは。

「ヤマト・コスギ」

 もう一度、呼ばれた。起きるしかない。

「ふぁい」

 ヤマトは返事を上げる。だが、声は未だ寝たままだったらしい。

 クスクスと笑いを忍ぶ声が、あちらこちらから聞こえる。

 教師は呆れた様子でヤマトを見ていた。

「別に授業中寝るのは構わんが、テストで散々な目にあってもしらんぞ」

 同級生達が同情的な目を向けてくる。

 ヤマト・コスギ。今年、十七になる。背は高め、細目に見えるが程良く筋肉もついた体つきをしていた。普段は強い意志を感じさせる目も、今は眠気で半分とじられていた。

「すいません」

 ヤマトが殊勝な態度を取った事で、気が晴れた男性教師は授業に戻っていた。

 といっても教科書の要約を、ただ読み上げ、黒板に連ねていくだけの授業。

 だが、成績が悪かった時には、ノート提出が救済措置となるのは周知の事実。

 そのノートに、今やよだれが垂れている。

 ヤマトは、顔をしかめながら、黒板の方を向く。

 すでに、ヤマトがこれまで書き写していた箇所は見当たらない。

 後で、誰かにノートを借ようと決めたヤマトは、ヨダレの跡を拭きとり、教室の前方を見た。

 ヤマトは、未だ自分を見る人間がいる事に気がついた。

 漆黒の長い髪の女子生徒だ。サヤカ・フジムラ。

 肌は透き通るかのような白く、凛々しいという印象をいだかせる女生徒だった。

 笑った顔がかわいいと、男性生徒からの人気はかなり高い。

 だが、ヤマトに向けられた視線は……。

 睨まれている……

 どうして?

 理由がわからない。

 サヤカ・フジムラは、どちらかといえば、真面目な性格だが、授業中に寝てたくらいでは、睨んでくるような生徒ではない。

 気に障るような事をした覚えはない。

 ……はず。

 気にしても、始まらないか。

 気を取り直し、ヤマトは、ただひたすら板書していく教師の方を見る。

 つまらない授業が続いていく。

 飽きたヤマトは外を見た。

 軽やかに風が吹き、木々が揺れる。

 そう、穏やかな風景。

 なのに……この都市、ニュートーキョーの外は……。


 教卓のいた教師が、しゃべるのを止めた。

 同時に予鈴がなる。

「今日の授業、これまで」

 そう言い残し、挨拶もそこそこに、教師は教室を出て行った。

 とたん教室は騒がしくなった。

 ヤマトは、机の中からバイト情報を検索するため端末を取り出した。

 ヤマトは条件にあった募集要項にで目印をつけていく。

「何、お前、またバイトさがしてるのか」

 時給が高めの募集を見つけ、念入りに読み始めたヤマトは、話かけられた。

 級友のテルアキ・スズキであった。

「ああ、短期でね。先月の食費代が高くついちゃってさ」

「ふーん、それよか。お前、よく寝てたな」

「ああ。もう、ぐっすり」

 ヤマトは顔を上げた。テルアキの人なつっこい顔が目に入った。

「いびきかいてたぞ」

「まじで」

「そりゃ、注意されるわな」

 格好のネタ提供したヤマトに、クラスの男共がからかいにやってくる。

「うるせ」

 ふてくされたヤマトは、机に伏せた。

 離れた場所からヤマトを見ていた人間がいるのに気がついた。

 視線が合う。

 サヤカ・フジムラだ。

 未だに彼女はヤマトの事を睨んでいた。

「……」

「……」

 ぷいっと視線を外すサヤカ。

 彼女は、そのまま何ごとも無かったように、他の女子と会話を始めた。

「?」

「どうしたヤマト?」

 首をかしげるヤマトにスズキが声をかけてきた。

「……いや、べつに」

「まだ寝ぼけてるのかよ」

「ちげーよ、ちょっとな」

 ヤマトはあることを思い出した。

「……そういえばスズキ。お前フジムラと同じバイト先だったよな」

「? ああ、そうだけど。それが?」

「俺の事で何か言ってたか?」

「は? フジムラが、何でお前の事を話題にすんだよ」

 テルアキの呆れた声に、ヤマトは釈然としなかった。

「まあ、そうなんだけど。何か、さっきから睨まれてる気がしてさ」

「……何かしたのか、お前?」

「わからないから、聞いてるんだろ。……何だよ、その軽蔑な目は?」

「……」

「何もしてないぞ、俺」

「どうだか」

「お前、何か誤解してないか?」

 弁明をしようとした時、ヤマトの名が呼ばれた。

『ヤマト・コスギ、サヤカ・フジムラ、職員室に来なさい』

 全校生徒用の呼び出し、校内放送という奴だ。

 教室は、シーンと静まり返っていた。

 サヤカはスクッと立ち上がると、ヤマトを一瞥した後、教室を出て行ってしまう。

 とたん、教室中が騒がしくなった。

「やっぱりお前、フジムラに何かしたのか?!」

「してねーよ! とにかく、行ってくる」

 ざわめく男子達を余所に、ヤマトもまた教室を後にした。


 呉越同舟というのは、こういう事なのかと、ヤマトは思った。

 職員室に行ったヤマトは、そのまま車に乗せられた。

 サヤカもだ。

 後部座席にヤマトとサヤカの二人のみ。

――――気まずい。

 サヤカは、車に乗ってから、ずっと窓の外をみていた。

 ヤマトは、当初「何のようなんだろうな」など、話しかけた。

 だが、沈黙だけが返ってきた。

 ヤマトも和平交渉は諦め、窓の外をただ見ていた。

 車は、郊外に向かっていた。初夏らしい青々とした木の葉が、流れていった。

 木々の間から差し込んでくる日の光はまぶしい。

 すでに街を抜けており、もう民家はない。

 もう車で十分程、走っていた。

 ヤマトは木々の間に、光る何かを見つけた。

 目を凝らすと、のどかな風景には、ふさわしいくないものだと気づいた。

 人影だ。しかも表面を金属で覆われている。

 そいつは、まわりに木々よりも背が高く、思っていたよりも遠く離れた所にいた。

 7m~9mの金属の人影。

 Tactical Armared Lodar。

 戦術的武装機動兵器。

 そいつがそこにいた。

「TALだ」

 ヤマトは、思わず言葉をこぼれしていた。

 意外な事に、今まで沈黙を守っていたサヤカがこれに返事をした。

「当然でしょ、軍基地に向かってるんだもの」

「は?!」

 思ってみてもいない一言に、ヤマトは驚く。

「いや、ちょっと、お前」

「何、あたふたしてるの」

 サヤカの声は冷たい。それにめげずに返す。

「お前、知ってるなら、最初に。てっいうか、軍基地?!」

「そうよ。ほら」

 サヤカが話すのもめんどくさいように、首で前方を示す。

 そこに軍基地の検問所があり、車はまっすぐにそこに向かっていた。


 軍基地に入ったヤマト達は、応接室に通された。

 小さいテーブルを挟んでソファが二つ。

 どれも、お世辞でも高級品とは呼べない。

 軍基地らしく窓はない。

 落ち着かない。

 せめて、外が見えていれば別なのに。

 サヤカは、だんまりに戻ってしまった。

 沈黙に耐えきれなくなった頃、応接室の扉が開いた。

「すまないね。待たせたね」

 入ってきたのは二人。

 初老の男性と若い女性だった。

 初老の男性は、ロマンスグレーとう言葉がぴったりな男だった。軍服を着ており、彫りの深い整った顔立ちをしていた。男性は、齢には似合わない筋肉質な手を差し伸ばしてきた。

「よろしく、スタン・カーリー少将だ」

 ヤマトは、思わず起立してしまった。

「よろしくお願いします」

 もう一人は、綺麗な人だった。長い金髪を持った長身の女性であり、スーツを着てるのもあってか、デキル女という物を絵にかいたような姿をしていた。だが、堅い印象は与えない、柔らかい雰囲気に包まれた女性だった。

 カーリー少将の秘書だろうか?

 そう思った束の間、カーリー少将が、女性を紹介してくれた。

「こちらはカンパニー『ヴァルハラ』の社長だ」

「こんにちは、君がヤマト・コスギ君ね」

「はい」

 出された手を、ヤマトはしっかりと握った。

「私はイーシュ・フジムラ」

「フジムラ?」

「そうよ、私の姉」

 相変わらず、視線を合わそうとすらしないサヤカが、ぶっきらぼうに答えた。

 どこか誇らしげである。

「おお! サヤカちゃん」

 破顔の笑みでカーリー少将がサヤカを両の手を拡げる。

 サヤカは、カーリー少将に万面の笑みを向ける。

「カーリー叔父様、こんばんは」

 サヤカは、眉一つ動かさずに、抱きしめようとした手をヒラリと避けてしまう。

「……ああ、うん。久し振りだね」

 どこかさびしそうなカーリー少将だった。


 カーリー少将はソファに腰をかけた。

「さっそくだが、本題に入らせて貰うが、いいかね」

 イーシュもサヤカの横に腰を掛ける。

「どうぞ」

「ぶしつけで悪いが、コスギ君、君の父親は?」

 ヤマトは、渋面になる。

 初対面の人間に切りだされる話ではないが、応える。

「十年前にいなくなっています。それが」

「連絡とか、無いのかね」

「はい」

「……。君の父親の遺留品が見つかった」

「えっ……」

「見つけたのは、彼女等だ」

 戸惑うヤマトに、イーシュはにっこりと笑いかけた。

 サヤカは相変わらず、そっぽを向いたまま。

「やっ、……でも」

「どうしたかね。言って御覧なさい」

「遺留品があったというのはわかりました。でも何故、警察でなく、軍で?」

「やっかいな遺留品でね」

 カーリー少将は机の上に手を添える。

 するとテーブルの上に変化が現れた。

 人の姿をした立体映像が飛び出したのだ。

「TAL?」

「そうだ。W―KLA105[ワルキューレ]だ」

 立体映像には、『全高:7.25m   重量:6.15t ……』等が表示される。

 このTALの細かいスペックなのだろう。

「これが、何か?」

「あまり発見されない、めずらしい機体でね。主に大戦時に新武装の実験等に扱われた機体だ。

 センサー系が豊富で、大抵の環境でも、運用が可能なように設計されている」

「カーリー少将、話がずれ始めてます」

「ああ、すまん。すまん。こいつが君の父親の遺留品だよ」

 カーリー少将が告げると同時に、抗議の声があがった。

「違う」

 これまで黙っていたサヤカだった。

「それは、私達の父親の機体よ」


 あまりのサヤカの怒気に部屋の空気が凍った。

 カーリー少将とイーシュは、困った顔でサヤカを見た。

「まあ、そう言わないでくれ」

「サヤカちゃん」

 また、サヤカは不機嫌そうにそっぽを向いた。

「続きを話そう。このTALは、既に軍のデータベースに登録されていたのだよ」

「はい」

 当然の話だ。TALのような危険な物を軍部が管理しない訳がない。

「ただし、二件」

「どういうことですか?」

「TALの民間使用者は、所有者、搭乗者を軍部に登録する義務がある。だからTALの

 機体番号さえあれば、それらが分かるはず……なんだが」

「この機体の場合、それが二人分出てきたってこと」

 いぶかしげな顔なヤマトに、イーシュが助け舟を出した。

「普通なら一件しか、出てこないのに」

「それって登録ミスってことじゃ?」

「そういうな。こちらとしては、判断がつかないのだよ。だから当事者に来てもらった訳

 だ。二件の内、一件は君の父親」

「もう一件が、私達の父親」

 カーリー少将と、イーシュが何かを訴えるようにヤマトを見た。

 戸惑うばかりのヤマトは、言葉をつなげた。

「急にそんな事言われても、知りませんよ。フジムラの父親に聞けば、分かるんじゃないです

 か?」

「彼女の父親も、行方不明なのだよ」

「……」

 だから、何なのだと思った。だが、その言葉は呑み込む。

「……。で、自分に何をしろと」

「まずは、この機体の正式な持ち主、現状の持ち者を決めたい」

 TAL、その資産額は図り知れない。数人の人間が、一生働いても一機分を購入できる金額になりえないだろう。

 そんな物の持ち主を、今、この場で決めるという。

 うまくすれば、TALが突然と手に入るかもしれない。

 だけど……。

 ヤマトの口が動く。

「フジムラさんの物で、いいですよ」


 その言葉は、場にいた三人には、予想の範囲外だったらしい。

「は?!」

 三人の驚きの言葉が揃う。

「今の俺には、こいつを維持して行く財力がないんでね」

 そんなヤマトの言い訳に、三人が反応し口を開いた。

「そんな問題なら、軍部に貸し出すという形にすれば、問題解決なのだが」

「ヤマト君、よく考えて」

 サヤカが一番、語気が荒く、口数が多かった。

「あんた、家10軒分の価値があるものよ。それを棒に振る気? 

 それにあんたTALパイロット候補生でしょ。こいつで食っていく気だったじゃないの」

 そう、サヤカの言う通り、ヤマトはTALのパイロット候補生だ。

 自前のTALの有る無しで、その待遇、社会的地位も大きく変わる。

 しかし、ヤマトの意思は変わらなかった。

「フジムラさんの物でかまいませんが」

 顔を赤く腫らしたサヤカが立ちあがる。

「自分の父親のでもあるんでしょ!」

「なら、なおさらだ」

「……」

 サヤカはコブシを強く握ったが、イーシュはこれを諭した。

「サヤカちゃん、落ち着いて」

「……バカじゃないの。理解できない」

 そう、つぶやくとソファに座りなおした。

 そんな、やりとりを見ていたカーリー少将が話をつなげた。

「いささか即断すぎる気がするね。回答は急いで欲しいがね。こういう場を設けたのも、

 君が学生であり、TALパイロットを志しているというのを聞いたからだ」

 カーリー少将は、ヤマトの目をまっすぐに見た。

「どうだろうか、データが2件になった理由も、君らの父親の事も含め調査し終わるまで、

 もう少し時間がかかる。それまで考えてみては」

「……」

 ヤマトは、考えを変える気はなかったが、顔を立てるというのも必要であろう。

「そこまで言うのなら、もう少し考えてみます。でも、どれくらいかかりますか」

「データの調査は、二、三日って所だが、調査の方は……」

「カーリー少将」

 ここで、イーシュが突然、カーリー少将の言葉を止めた。

「軍部のデータの方は無理ですが、もう片方の調査なら、こっちでできますが」

「……それは傭兵会社としての発言かね」

「もちろん」

 カーリー少将は、少し困った顔をした。

「君らは、当事者だからね。調査報告書を偽造される恐れがあるんだが」

「今、わが社に軍から借りている人間がいます。彼に監視役を頼めば、どうですか?」

「それでも不安が残るね。何せ当事者が片方だけだからね」

「なら、コスギ君」

 イーシュが、ヤマトの瞳を見つめた。

「はい?」

 イーシュは、にっこりと笑った。

「君も調査に来れば、良いのよ。それで万事解決!」

「は?」

「姉さん?!」

「バイトとして給料も払うわ。これなら、いいでしょ」

 手を叩いて、喜ぶ美女には、有無を言わせない迫力があった。



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