第97話 果てに
「……っはぁ…………俺の……はぁ……勝ちだ……!…………ゼウス……!」
仰向けに倒れたゼウスは何度も立ち上がろうとするも一切身体は動かない。
視界は常にぼやけており、先程まで鮮明に感じられた痛みすらも薄れつつあった。
「…………負けたのか、俺は…………」
「あぁ……」
「……そうか……」
「はぁっ…………っく……!」
勝利とも言えぬ程の辛勝。当然アレスの身体も無事では済まない。
アドレナリンが切れたアレスはその場に膝を付く。
「っはぁ……はぁ……」
(身体が……重い…………言う事聞かねぇ…………)
「…………良かったな、アレス」
「ん……何が?」
「目的は達成しただろう?……お前はこれで……全部救った訳だ……」
「…………全部じゃねぇ」
「……?」
跪きながらもゼウスを見つめるその目は、鋭く輝いていた。
「まだ…………お前がいる……」
「…………なぁ、アレス」
「あ"……?」
「1つだけ……頼まれてくれないか……?」
和らいでいく苦しさの中、風で掻き消えてしまいそうな程か細い声でゼウスは言葉を紡ぐ。
「……何だ?」
ゼウスの表情はどこか穏やかだった。
「あの子を……HOPEsに入れてやって欲しい……」
「は……?」
あまりにも唐突な提案にアレスは戸惑う。
その様子を見てゼウスは背中を押すように話し始めた。
「カスミはまだ……一人も殺していない……それにガイアの神力は災害救助にも役立つ…………」
「そういう話じゃねぇよ……! どういう風の吹き回しだ……?」
「俺は……っ……悪の道しか教えられなかったが……お前は違うだろう?」
その言葉にアレスは俯いて数秒黙り込む。
「………………コッチが良くても、アイツから願い下げだろ」
「そこは心配いらない……俺をあの子に会わせてくれれば何とかなる……」
「信じられるかよ、そんなの…………」
「……HOPEs全員が一堂に会したという事は、あの子も負けたのだろう……ならば危険は無い筈……」
「…………つか、死ぬみたいな雰囲気で話してんじゃねぇよ……」
「死ぬさ……」
「死なせねぇよ絶対」
「…………」
「……とにかく、ふたつ返事で了承は出来ねぇ」
「つまり……検討はすると……?」
「そうじゃねぇけど……」
(ッ……誰か来る……!?)
背後からの気配にアレスは瞬時に振り向く。
しかし誰も居ない。
そう思いかけた時、足元を這う一人の少女が目に映った。
「秋斗……!……秋斗…………!!」
「ガイアッ……!」
頭から大量に血を流す少女は、一心不乱にゼウスを目指す。その背後に永遠と続く血痕を残して。
アレスはすぐにガイアを抑えつけようと動き出すも身体は言う事を聞かず、立ち上がる事すら困難だった。
「待てっガイアッ……!」
「秋……斗…………っ!」
しかしガイアのダメージも並のものでは無い。傷付いたその身体では神力を使うどころか這って移動するので精一杯のようだった。
そんな様子のガイアを見て、ゼウスは様々な感情を顔に浮かばせる。
「…………」
「秋斗……何で……っ!」
「……もう動くな…………それ以上動けばお前の身体が持たない」
ガイアは必死にゼウスへと近付いていく。
「でも……このままじゃ…………ここは引こう……!」
「…………無理だ」
「何で!」
「俺は……もう死ぬ」
その言葉でガイアの抑えていた涙がポロポロと溢れだした。
「……やだ…………」
「仕方の無い事だ……負けたのだから」
「何で諦めるの!? まだ助かるって……!」
「……分かっているだろう?」
「っ…………」
「……」
(そんな顔をするな。俺は所詮、悪人なんだから…………)
ゼウスの意識が遠のき始める。
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雨音の中、俺は目を開く。
「……なんだ、ここは」
辺りを見渡すとそこは、先程までいた島とは似ても似つかない街中だった。
その上何故か平気で立てている。右腕は依然無かったが、息苦しさも感じない。
「夢……いや、走馬灯か」
走馬灯だとすればこの状況には覚えがある。
ふと後ろを向くと、やはり一人のガキがうずくまっていた。
「……秋斗、服破れた」
気が付くとカスミはそこに立っていた。先程よりも明らかに成長している。
こちらを見つめるその顔は先程よりも血色が良い。
この髪型は……8歳の頃か。この頃から自分の意思や要望を口に出すようになったな。
そう考えている内にカスミはみるみる成長していく。と同時に、雨が少しだけ弱くなった。
「秋斗? この漢字なんて読むの?」
次は12歳の時だった。当時は色んな事に興味を持ち始めたカスミに手を焼きながらも子供の成長速度に驚いた記憶がある。
そして自分の中にこれまでは無かった感情が芽生えている事に困惑していた。しかし、この時はまだそれが何かは分からなかった。
また、雨が弱くなる。
「秋斗〜、新しい洗濯機買おうよ〜?」
そこに居たのは現在のカスミだった。
「これが俺の走馬灯か……まぁ、そうだよな」
あの時、ほんの気まぐれで拾った子供はいつの間にか俺の心に入り込み、やがて全てになった。
この子が泣けば俺も悲しくなり、この子が笑えば嬉しくなる。
初めて出来た自分よりも大切な存在。
それに悪しか教えられぬ罪悪感。これまで、どうすればこの子が幸せに生きられるかを俺は必死に考えてきた。
「……なら、まだ死ぬ訳にはいかんな」
もう雨は降り止んでいた。
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ゼウスが目を覚ますと、ガイアはすぐ目の前まで迫っていた。
「……秋斗…………起きて……!」
「全く……隠れていろと言ったのに……こんなにボロボロになって」
「……っ」
「昔はあんなに従順だったが…………これが反抗期という奴か?」
「……ごめん」
「謝るな、俺は怒ってない……カスミ」
弱々しい声で呼ばれたカスミの目からは更に大粒の涙が溢れる。
それを見たゼウスの身体は、少しづつではあったが動き始めた。
「秋斗……?」
大きな手のひらがカスミの頭をそっと撫でる。
「ごめんな…………」
「っ……」
「結局……っ…………お前に何もしてやれなかった」
「………………」
2人の体は小刻みに揺れる。
「お前の人生に……俺は要らなかった……」
「そんな事無いっ……! 僕は……秋斗がいれば…………」
「いいや、要らなかったんだよ…………こんなに傷付いて……挙げ句の果てに泣かせて……」
「……やだ……ねぇやだよっ!!」
溢れて止まらないカスミの涙をゼウスは優しく拭う。
「カスミ……お前のお陰で俺は…………人間に戻れた……愛を知った…………」
「……生きてよッ…………!……お父さん……!」
「………………それは出来ない……俺はお前の人生の邪魔だ……」
そう言うとゼウスの頬が光り輝く。
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眩いその光は俺の目にも届いていた。
「っ……何だ急に……!?」
「……み……ぇ…………だ……」
「…………と……」
2人の言葉は無音に掻き消されて聞こえない。
「……み……あ…………た」
2人の様子がおかしい。特にガイアの方がやけに落ち着いているというか、気を失っているように見えた。
俺は歯を食いしばり、全身に力を込める。
(立たなきゃ……このままじゃアイツ……死んじまう!!)
「……っおりゃあッ!!」
俺の身体は願いに応えた。まだ頭は痛いし足もフラフラだが、動く。
「……っぐ…………っ」
ズタボロの身体にムチを撃ち、一歩ずつ進んでいく。
この時、何故か俺はゼウスの脅威や謎の光の事なんかすっかり忘れていて、ただ『2人の元へ行かなければ』という強い使命感に駆られていた。
「くッ……はぁ……はぁ……っ!」
気が付くとすぐ目の前にはガイアの姿があった。
そう、倒れたガイアの姿だけがあったのだ。




