第9話 約束
剣双さんは頭を掻きながら俺達を見つめ、剣さんに声を掛ける。
「ジジィ、こいつらが?」
「あぁ。そうだ」
彼が例の剣双さん。話に違わぬ特徴的な角と整えられていない髪、そして背中の双剣だ。
(……つか何で俺以外の神力者は皆イケメンなんだよ…………)
「剣双さん。僕たちHOPEsは……」
「大丈夫だ、じじぃから話は聞いてる。HOPEsとやらには入らない。悪いな」
改めて、今回の俺達の目的はスサノオの神力者である桐生剣双の勧誘である。が、今失敗した。
俺はホルスに囁く。
「おい! どーすんだよ!」
「うるさい。今考えてるからちょっと待ってろ……」
(考えるったって本人が拒否してんだから……もう無理なんじゃねーのか?)
「……」
その時、剣さんの方をふと見ると、なんだか難しそうな顔をしていた。
「あ、あの……剣さーー」
「皆さん、夕飯の準備が整いました」
俺の言葉を遮ったのは剣心さんだった。
「わかった。剣双! しっかりと泥を落せよ! お前ら二人は儂に付いて来い」
「「は、はい」」
剣さんの後に付いていくと大きな部屋に着く。
「ほれ、そこに座れ」
俺たちは言われた通りに座る。目の前には豪華な懐石料理が並んでいた。
「うは〜〜これほんとに食って良いんすか!?」
「……別にそんなに高くはないぞ。剣心の料理の腕が良いだけだ」
「え!? これ剣心さん作ってんすか!?」
(え!? これ剣心さん作ってるの!?)
「……おい、そこの」
「颯真です。どうしました?」
「夜にそこの縁側に来てくれるか? その馬鹿も連れて」
「わかりました。馬鹿も連れて行きます」
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「うむ、すまんな。こんな夜更けに」
剣さんの目線の先には無数のホタルが飛び交っている。
「何の用ですか? も、もしかして、これを見せる為に……」
「違う座れ」
良かった。これだったらちょっと怒ってた。
「昼間はすまなかった。あんなことを言うつもりはなかったんだが、お前らが命を捨てようとしているように見えてしまってな」
剣さんから意外な一言が飛んでくる。正直、クソジジィなんじゃねーかと思ってたが訂正したほうが良さそうだ。
「それを言うために?」
「いや、今のはただの謝罪だ。本題は剣双の事だ。……率直に言う」
剣さんは真剣な表情で話しだす。
「奴をなんとかここから連れ出してくれ。頼む、この通りだ」
そういうと剣さんは正座して両手を床につき、こちらに頭を下げた。
「え?……つ、剣さん! 頭あげてくださいよ!」
俺がそう言ってから数秒後、剣さんは顔を上げる。
「……何か訳があるんですか?」
「……あぁ。奴は必死に剣を振ってはいるが、あれは本人の望みではない。今の奴は、いわば亡霊のようでな…………見ていられないのだ」
「亡霊?」
「あぁ、剣心と剣双。昔はそれにもう一人弟がいたんだ。名を剣生と言う」
「もう一人? ていうか二人って兄弟だったんすか?」
突然のカミングアウトだった。三兄弟とはどこかで聞いたような話だ。
「あぁ。ここから長くなるが、良いか?」
俺たちは頷く。
「昔な、剣生を抱えた剣心と剣双がこの道場にやって来た。奴らは5歳、4歳、1歳と若く、儂には跡取りがいなかったのもあってな、三人を養う事に決めたんだ。
三人はとても仲が良く、剣にも興味を持った。
やがて剣心は剣士達の手本たるような人格を、剣生は強くなりたいと願う志を、剣双は人を守りたいと願う優しさを身に着けていった」
話しているうちに剣さんの顔が段々と優しくなっていく。親の表情だ。
「それから10年ほどが経ち、奴らはどんどんと力をつけた。だがそんな時に剣双が剣の道を降りたいと申してきたのだ。訳を聞くと『剣を学んでも誰も幸せにならない。俺は人の役に立ちたい』と言うことでな」
「人の役に……」
「そうだ。随分と悩んだ様子だったからなぁ。儂と剣心は本人が望むならそうさせてやろう、と考えたが剣生だけは違った。
剣生は、剣双が剣を愛していると言う事に気づき本人にそれを気付かせた」
「……? 剣道が好きだったのにやめようとしてたんですか?」
「剣双はな、優しい奴なんだ。後から聞けば『今も世界で誰かが死んでいるのに剣道なんか自分がしてて良いのか』と考えていたらしい。
優しさも限度を越えると厄介な物だ」
「成る程……」
「その時から奴は少しずつ自分のための行動を取るようになっていった。自分を一度許したことで厳しすぎた自分から解放されたようだった。
確かその頃に剣双の夢は消防官になる事になっていたな」
「…………」
「……まぁ、剣生もまだ幼かった。ただ仲間が減るのが嫌なだけだったのかもしれん。その後、三人は自分達が離れかけていた事に気づき、すぐにある約束を結んだのだ。幼い頃からの唯一の家族。悪く言えば共依存であったのかもな」
「……その約束ってのは?」
俺は我慢出来ずに口を挟む。
「あれを見ろ」
さっきまで外を見ながら話していた剣さんが今度は部屋の中を指差す。そこには掛け軸が掛かっており、【世界最強の剣士】と書いてあった。
「あいつらは三人の内誰かが世界最強の剣士になるという約束を交わした。
それからというもの、3人はそれまで以上に剣に打ち込んでいった」
そこまで言うと剣さんの顔が曇る。
「……?」
「……だが、とある日の事。いつも通り三人は鍛錬に山へと入っていった。夕飯の時間に剣心と剣双は帰ってきたが、剣生の姿は無かった」
「っ!」
「儂らは総出で山へと入り、剣生を探した。その日は何故か山が焦げ臭くてな、その原因はすぐに分かった。
山陰になり見えなかった北の森で山火事が起きていたのだ」
「火事……ですか」
「そうだ。原因不明の火事……儂達はすぐさま燃え移らぬよう木々を伐採し火を食い止めたが、儂らが発見した頃にはかなり大規模な山火事になっていて森の半分が焼けてしまったんだ」
剣さんは大きなため息をついた。
「……そして火を止めた後、儂らは三日三晩剣生を探したが…………出てきたのは剣生の付けていた指輪だけだった」
「…………それで、剣双さんは剣にのめり込むようになったと」
「あぁ…………実の所、剣心には才能が無くてな。剣双は二人との約束を一人で背負う事を決めたんだ」
俺もホルスも言葉を上手く紡げない。
「でもな……世界最強の剣士なんて何をすれば達成するのかも分からん程の抽象的な目標。きっと奴は、このまま人生の全てを剣に捧げる気だろう。
それに、剣生が死ぬまでは真剣ながらも笑顔があった。だがあの事件からの5年間、儂は奴の笑顔を1度たりとも見ていない」
「……」
「だから、頼む。奴を連れ出してくれんか。あいつは優しい。人を助けたいという感情が誰よりも強い男なんだ。
だが今は約束に縛られ自分で自分を追い詰め、責め続けている。『早く世界一にならなければ』、『なってみんなを助けなければ』とな。
……儂にはお前らと共にいるのが奴の幸せかどうかは分からん。だが、これだけは言える。こんなの剣生は望んでなどいない」
「……俺もそう思います」
「!」
剣さんは少し驚いた顔をする。
「助けたいです。俺も、剣双さんを」
「僕も同意だ」
「……そう言ってもらえると、助かる…………」
「でも、ただHOPEsに入れるだけじゃダメです」
剣さんの表情が少し怪訝に変わる。だがこれは曲げられない。
「どういう事だ?」
「こんな状態でHOPEsに入っても、きっと剣双さんは救えない。だから、彼を縛る約束を断ち切ります。それが彼を救う唯一の方法です」
「……それが出来たらとうにしておる……奴らの絆は硬い。断ち切れる物ではないわ」
「…………俺に、策があります」
俺がそう言うとホルスと剣さんは疑うような顔で俺を見つめた。
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剣双はいつも通り朝早くから山に向かおうとしていた。
(……なんだか違和感を感じる)
そう思った矢先、
「おい剣双! 俺と勝負しろ!」
アレスは現れた。
「……お前、HOPEsの。
何を企んでるのか知らんが俺はHOPEsには入らない、言っただろ?」
「約束のせいか?」
「!!」
剣双は少し驚く。
「……じじぃの入れ知恵か。いいから帰れ、とにかく俺はHOPEsには入らない」
「怖いんだろ?」
「……は?」
「大切な人を忘れるのが」
剣双は黙る。
「今は一旦、約束の事は忘れろ。そして俺と戦え! 信頼してかかって来い!」
アレスの呼びかけに対し、剣双は少し悩み答える。
「神力者だぞ?俺は」
「俺もだよバーカ」
この言葉を聞いた瞬間、剣双の顔が少し歪む。そしてついにその口からはアレスが求めた言葉が飛び出した。
「……分かった。相手してやる」
そのままアレスと剣双は中庭に向かう。互いに丁度いい木の棒を持ちながら。
神力者には武器が通じない。木刀は武器判定らしく、木の棒を代用する事となった。
中庭ではホルスと剣が縁側でアレス達を待っていた。
アレスの姿を確認すると、ホルスは2人に駆け寄り審判を申し出る。
「それじゃあ、準備はいいか。アレス、剣双さん」
「おう!」
「大丈夫だ」
2人は距離を取り各々の構えを取る。アレスの構えはどこか頼りない。
「向かい合って……初め!」
「うおおおおおおッ!!!」
アレスは思いきり振りかぶって剣双へと飛ぶ。しかし剣双は軽く躱し、反撃を食らってしまった。
「クソッ……いてぇ!」
(なんつー速さだ……! 止まったらだめだな!)
アレスは剣双に対して木の棒で打ち込み続ける。そしてそれを剣双は弾き続けた。
「……お前じゃ勝てない」
「あぁん!?」
「別におかしな話じゃない。剣は俺の領分だ。お前は、自分が俺より優れた剣士だと認めさせて俺らの約束を引く次ぐつもりだろ! これはそういう勝負なんだろ!
分かってんだよソレくらいッ!!!」
剣双は吐き捨てるように言う。
「なんだ、自分が自分を追い詰めてる自覚はあんのかよ!」
「あるさ! だが…………諦める事なんて許されないんだッ!!!」
「っ! しまっーー」
アレスは良い突きを腹に喰らう。そしてそのままその場に倒れ込んでしまった。
「ゔっ…………くそッ………………!」
剣双は振り返りホルスに話しかける。
「……止めなくても良いのか? もう一人のHOPEsさん。確か……ホルスだったか」
勝ちを確信したかのようなその問いに、少し間を開けてホルスは答えた。
「……いや、勝負はまだ終わっていない」
「そうだよ……!勝手に勝った気になってんじゃねーぞ!!!」
剣双は背後からの声に驚き振り向く。そこにはアレスが立っていた。
アレスは力一杯振りかぶっており、すぐに攻撃を仕掛ける。が、手負いの攻撃が剣双に通るはずもなく、防がれ反撃されてしまう。
「カハッ!……はぁはぁはぁ……」
「おい、お前ここで死ぬ気か? もう辞めとけよ」
流れる鮮血には目もくれずにアレスは再び立ち上がる。
「まだまだッ!!」
(クソっ頭痛ぇ! つか全身痛ぇ! でも倒れねぇ!!!)
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ー20分後ー
「はぁはぁ…………いい加減……倒れろよ!」
剣双はアレスを打つ。アレスは体の至る所から出血していた。
「まだだ……お前の約束を……断ち切るまで……俺は倒れねぇ…………ッ!」
アレスがそう言うと、剣双は小さな声で呟いた。
「……断ち切れねぇよ」
「あ?」
「だから! 絶対に断ち切れねぇって言ってんだよ!!」
剣双の言葉にカッとなったアレスは感情的に言い返す。
「なんでだ!? 剣生はお前が苦しむことなんか望んでないっ!」
「望んでんだよ!!!」
「……確かにお前より……剣生の事は知らねぇよ。でも仲良い兄弟に……苦しんで欲しいなんて思わねぇよ……!」
「…………違う……違うんだよ……!」
剣双は苦しそうに自分の襟を掴む。
「…………?」
「剣生は……俺が殺したんだよ…………」