第2話 出会い
「僕達と一緒に、日本を守らないか?」
俺は今、頭のおかしい勧誘を受けていた。きっかけは昨日の夜に遡る。
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あの後、突如発生した火災と焼け跡の一切無い校舎には学校側も対応に困った様子だったが、一旦は休校という事になり俺達は家へと返された。
「……マジで夢じゃないんだ、これ」
今日手に入れた力が信じられない。最初はただのビックリ人間かと思ったら、ビックリ人間がビックリするビックリ人間くらいのポテンシャルはありそうだ。
テレビでは【神力】を手に入れた者、神力者が日本各地で出現している事、また日本を覆う謎の大きな黒い壁が形成された事が主に報じられていた。
神力者は現在推定で100人程だそうだが、現在も増え続けている。そして黒い壁は何をぶつけても壊れず、他国との輸出入、外出が不可能となった。資源関係がかなりヤバいらしい。
さらにはこの壁、電波すらも通さないらしく日本は完全に孤立してしまったそうだ。
とはいえ俺が想定していた程の大騒ぎにはなっておらず、人間の適応能力の高さを思い知った。
ただ単純に、皆が神力の事を自分事だと思えていないだけかもしれないが。
チャンネルを変えると泥の巨大な怪物が立てこもり事件を起こしてるというニュースが報道されていた。警官が何十人と包囲している。多分泥のやつは神力者なんだろう。
(【神力】の事、誰かに言うべきか?……いや、こういうのって政府に知られたら実験とかされちゃうんじゃね? やめとこやめとこ……)
この事は母にも友達にも話していない。幸いにも俺が【神力】を使ってる所を見たのは那由多とロン毛だけ。
ロン毛はまず捕まらないだろうし、自発的に言うような事もないだろう。リスクが高すぎる。
那由多は大丈夫。いい子だもん。
「この力がありゃ本当にヒーローになれるかもな……いや、無理か。だって撃たれたら死ぬもんな…………ほんとに死ぬのか……これ」
実際、自分の頑丈さや強さを確かめたいという気持ちが強まってきていた。今なら力に溺れる悪役の気持ちがよく分かる。
「つっても本気なんて出せないしな……ロン毛と戦ってた時は本気出せたけど…………あ」
「行ってきます!」
俺は自分の部屋で黒のウィンブレを手早く上下羽織り、マスクを着けて家を飛び出す。
「えぇ! ちょっと待って、こんな時間にどこ行くの?」
「ランニングだから! 気にしないで!」
「あら、そう。あまり遅くならないでね。いってらいっしゃい」
あの泥の神力者が暴れてたのは家から南にしばらく行った繁華街だ。
あいつと戦うとなると人目に付くのは目に見えているが、自分の力を試したい欲に完全に負けた。
例の建物が近づいてくると何やら騒がしい。急いで曲がり角を曲がるとそこには、テレビに写っていたよりも何倍も大きい泥の巨人がいた。
ニュース映像では警察が包囲していたが、今ではその巨人のおもちゃのように泥の触手で捕らわれていた。
(……いやいやいや、流石にヤバいだろ!?
俺が勝つビジョンがまるで見えねぇ…………でも……)
「……うぅ…………いてぇ………………」
誰の声だろうか、警察官の声か、それとも市民の声か。まるで分からないが、知らない人だ。那由多とは話が違う。頭では理解していた。
だが、体が納得していなかった。
「くそったれ泥野郎がぁぁぁ!!!」
俺は思いっきり泥の方へと走る。泥野郎が俺に気づいた途端、泥の触手が何本も伸びて来た。
俺はビックリ人間なりに頑張って避ける。
(クソッ、キツすぎる! やっぱ来なけりゃ良かった!
つーかこいつどうやって倒すんだ!? 泥だし殴れるのか?)
そんな事を考えてる内にも泥が迫ってくる。ほんとにヤバいかもしれない。俺は10分前の自分の安易な考えを呪う。
(せめてビリビリさえ来れば……!)
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ー数時間前 アレスの精神世界ー
「モーターて……他になんかないのか?」
「他か……『体内で発電機を回し、電力を体中に張り巡らせる感覚』と言えば良いのだろうか……」
「はぁ……」
「…………あのな、私だって教えるのは初めてなんだ。そんな無茶ぶりされても出来る訳無かろう」
「だとてモーターと発電機て……こちとらまだ高2なりたてだよ。科学の初歩しか習ってねぇんだよ。もっとわかりやすく例えろよ」
「ぐっ…………それなら、洗濯機を開けたまま回しーー」
「回転から離れろよ!!!」
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「ッ!」
俺がアレスとの会話を反芻していると一本の触手に右足を掴まれた。引きずられながら巨人の方へと引き寄せられていく。
「クソッ!」
俺は咄嗟に石を数個掴んで巨人へと投げつけた。
すると数個の内1つが巨人の頭に当たり、鈍い音を立てた後に俺と数人の警察官や市民を離した。
「あっぶねぇ……」
泥の巨人が少し静止した後、こちらへと迫ってくる。
「もうビビんねーよ!」
(今の投石で分かった。こいつには攻撃の当たる本体がある!)
泥野郎はまたも触手を伸ばしてくる。だが俺も流石に慣れてきた。軌道が読める。
泥野郎は普通の触手では埒が明かない事を悟ったのか、今度はどでかい一本の触手を作り出した。
「……まぁそう来るよなっ!」
巨大な触手が縮こまったかと思うと一気にそれを解放し、その勢いのまま真っすぐにこちらへと伸ばしてきた。
俺は思いっきり横に飛んで地面を転がりなんとか避ける。そして拾った小石をショットガンのように泥野郎へと投げつけた。
すると、泥の巨人の頭に当たった石だけが跳ね返ってくる。
(やっぱ頭部が本体か……!)
そう思ったのも束の間、泥野郎は俺が躱した触手をブンブン振り回しながら体へと引き戻し始める。
すると当然、俺は泥野郎と触手に挟まれてしまった。
(クソっ! あれじゃ軌道が読めねぇ……右か……左か…………いや!)
俺は上へ高く飛ぶ。
「っ!」
なんとかギリギリで触手を避けると、勢い余った触手と泥野郎がぶつかり泥が弾けた。
俺はその隙を突いて壁へと飛び、思いっきり壁を蹴って泥野郎の頭部へと迫る。
「お縄だ、泥野郎ッ!!!」
殴られた泥野郎の動きが止まる。
その泥の体は段々と小さくなっていき、中から150cm位のおっさんが出てきた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「おい、おっさん! 何でこんな事したんだ?」
俺はおっさんに近づく。
「この力があれば何でも出来ると思って……ほら! ニュースでも色々やってるだろ?学校が襲撃されたとか!……みんながやってるんだ。『私だけやってはいけない』なんて筈がないだろ!」
「いい加減にしろよおっさん!」
「ひぃッ……!」
おっさんは俺の声に驚いて小さく震える。
俺は湧き出る怒りを抑えて胸ぐらを掴んだ。
「『周りがやってるから自分もやっていい』だなんてガキみたいな事言ってんじゃねーぞ。そんなのがまかりとぉぉぉぉぉ!?」
(何だ!?……う、浮いてる!?)
急に体が宙に浮いたと思えば、足にさっきの触手が纏わりついていた。出元を辿るとやはりおっさんだ。
「やはり正義感のあるガキなんてのは大抵アホだな。死ね」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
俺の体は思い切り振り上げられたかと思うと、今度は急降下を始める。
(やばい! 叩きつけられる!)
「勝負あったなガキ!」
「クソッ……離せッ!!」
「嫌だね……それにしても随分と外れの【神力】を引いたらし……」
そこでおっさんの声は途絶える。同時に触手が消え、自由落下が始まった。
(あぶねぇ……助かっ……た?)
俺は安堵するも自分の置かれた状況を思い出す。俺は地面に向かって勢いよくキスをしようとしていた。
「結局ピンチじゃねーかぁぁぁ!!…………?」
だが地面に打ち付けられる事は無かった。
恐る恐る目を開けると、俺はイケメンの腕の中にいた。
「ケガはないか?」
イケメンは自身のセンター分けを掻き上げながら、ゆっくりと俺を座らせる。
「え、あっはい。…………アレ、あんたが?」
おっさんが立ってた方を見ると、死んだかのように綺麗に寝ていた。頭にはたんこぶが出来ている。恐らくこのイケメンが倒してくれたのだろう。
(……というか、アレ寝てるだけだよね? 大丈夫だよね?)
「あぁ。それより、さっき君…………ちょっとごめんね……もしもし、はい、はい、分かりました。すぐ向かいます。
ごめん。呼ばれてるから行くね。きっと君とは縁がある。それじゃ!」
「え? いや、こいつの後始末どうす……」
イケメンは俺が泥のおっさんを見ている内に忽然と姿を消していた。
何だったんだ、今の爽やかを体現したかのような生物は。俺が女だったら落ちてたぞ。
(まぁ、何はともあれ……助かった)
あの後俺は全員の安否を確認するとすぐに帰宅し、家ではゆっくりと安静にしていた。
死の危険に遭った事なんてこれまでの人生で一度も無かったのに、立て続けに二回も遭ったら誰だって疲れる。
(……この力じゃヒーローにはなれねぇのかなぁ……ビリビリも出なかったし……)
ふとそんな事を思う。正直あの泥とか幻とかのほうが全然使い道が広そうだ。イケメンもきっと神力者なんだろう。
『ピロン♪』
(ん……那由多からだ)
俺はメッセージを開いた。
『勇斗、今日はありがと。あれって【神力】? すごいね! なんかヒーローみたいだったよ!』
その先も文章は続いていたがそれ以上は読めなかった。
何故だろう、ただの例え話なのに。この力でヒーローになんて成れるはず無いのに、嬉しくて堪らなかった。
それと同時に、ロン毛野郎と対峙した時に折れた心に気を取られ、一瞬でも那由多を諦めようとした罪悪感が押し寄せてくる。
2つの感情が混ざり、俺は泣く事しか出来なかった。
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気が付くと窓の外が明るくなっていた。玄関からチャイムの音が鳴り響く。
(…………寝てたのか。誰だよこんな朝っぱらから)
普段は出ないが、何だか理由もないのに自分が出るべきな気がしたので階段を降り玄関を開ける。するとそこには
「おはよう。僕達と一緒に、日本を守らないか?」
昨夜遭遇した、白いジャケットに身を包んだ爽やかなイケメン……いや、あたおかイケメンが立っていた。