捜査一課
2事件【偽りの取調室】
黎ヰが騒ぎに駆けつけ、店の外に出た瞬間、ゴミ箱が飛んできた
黎ヰ
「おっと」
ガシャン
それを、軽いステップで避けた黎ヰは、状況を確認する為外を見渡す
すると三人の青年達が、一人の男から逃げようと走りながら、手当たり次第に物を投げているのが見えた。だが、男に距離を詰められ、一人の青年が捕まる。仲間を助けようと、もう一人が勢いをつけ男に殴りかかった
バシッ
黎ヰ
「ちょい待ち」
青年が男を殴る前に、一瞬で間に入った黎ヰは、拳を手の平で受け止めた
がっしりと、拳を捕まえられた青年ーー雨野は、自分の手が引っ込められず、動揺する
雨野
「なんだテメェ!離せっ、離せよ」
雨野が、もう一方の腕を使い抵抗する前に黎ヰは、腕を掴み背後に回ると、素早く彼の身柄を拘束した
皐月 周
「貴方はっ?!」
青年達を捕まえようとしていた男ーー皐月 周は、いきなりの黎ヰの登場に驚きの声を上げる
西川
「離せっ、離せっ」
その一瞬の隙に、皐月に捕まっていた青年ーー西川は、体制が崩れるよう、身体を大きく揺らす
皐月 周
「暴れるなって…うわっ!」
隙を突かれた皐月の身体は、狙い通り体制を崩した。何とか踏み止まろうとするが、水溜まりにより足を滑らせてしまい、黎ヰの方へと倒れる
黎ヰは咄嗟に、自分が拘束している青年がぶつからないよう、軽く被さるようにして皐月を避けた
バシャンッ
行き場を無くした皐月の身体は、そのまま地面へと直撃し、派手な水飛沫が上がる
黎ヰ
「怪我はないよな?」
その言葉は皐月ではなく、拘束している雨野へと掛けられた
雨野
「くそが…最初から利用するだけの存在だったって訳か!馬鹿にしやがって」
黎ヰ
「利用…ねぇ〜、一体誰の事だぁ」
雨野
「決まってんだろ、お前らサツだよ!」
逃げられないと察したのか、雨野はキツく黎ヰを睨みつけた。どうして警察だと分かったのか、黎ヰが疑問に思ったのも束の間、別の青年の叫び声が響く
西川
「くそ、離せよ!このアマ!」
皐月の拘束から、逃れた筈の西川だったが、黎ヰの後を追って来た曳汐に捕まっていた
曳汐 煇羽
「取り敢えず捕まえたんですけど、どうしましょう?」
咄嗟の状況判断で動いた曳汐は、指示を仰ぐように黎ヰを見る
黎ヰ
「そのままで頼む。紾ちゃんはもう一人を…」
言いながら、視線で紾を探していた黎ヰは、不意に言葉を止め笑う
黎ヰ
「言うまでもなかったか」
視線の先には、三人目の青年を捕まえながら、こちらへと歩いてくる紾の姿があった
皐月 周
「蔡茌さん!!!」
地面に激突したせいで、全身泥だらけの皐月は、喜びの声を上げた
蔡茌 紾
「皐月君、一体どうして」
皐月 周
「見回り中にこの子達を見つけて、僕が警察だって言った途端に逃げ出したんです」
蔡茌 紾
「成る程、そうだったのか」
二人が話す中、黎ヰは紾が捕まえた青年が、やけに大人しい事に気づく。他の青年達の様に、逃げ出す隙を伺っているのかとも思たが、その表情には余裕がある様に思えた
皐月 周
「君達、どうして逃げ出したりしたんだい?何かあるなら話してごらん」
西川
「は?俺らを逮ほーー」
穢佇
「いいから黙ってろ!」
西川
「?!」
今まで黙っていた穢佇が、急に西川の言葉を遮り怒鳴った
穢佇
「俺たちに用が無いなら帰してくんない」
捕まって居るにも関わらず、堂々とした態度で接する穢佇
皐月 周
「そう言う訳にはいかないよ。君達が何かを隠しているのは分かってる、話を聞くまでは帰せない」
穢佇
「っち」
舌打ちをした穢佇に、皐月と紾は困った顔を見合わせる。この太々しい態度を見れば、一筋縄ではいかない事は誰でも分かった
皐月 周
「とにかく、一度署に連れて行きます」
隅田 弦次郎
「待って貰おうか」
長丁場を決意する皐月達の前に、スーツ姿の男達がゾロリと現れた。その先頭にいる中年の男ーー隅田は、胸元から警察手帳を出し開く
そこには"警視庁・捜査一課長"と書かれていた
隅田 弦次郎
「後は我々、警視庁捜査一課が引き受ける。ご苦労だった」
言葉でその場を制すると、部下達に指示を出し青年達に手錠を掛け確保させる。黎ヰが何も言わずに引き渡しているのを見て、曳汐も大人しく青年を一課へと渡す
隅田が残った穢佇に、手錠を掛けようとすると、皐月が前に立ちはだかった
皐月 周
「その前に、隅田さん説明して下さい。どうして一課がこの場に?それに手錠まで掛けるなんて、どんな関係があるんですか」
たまたまと言うには、タイミングが良すぎるような気がして、何かが引っかかった皐月は、強引なやり方に意を唱えるように、説明を求めた
隅田 弦次郎
「そんな義理はない。と、言いたい所だが仕方ない…そいつらはある事件の重要参考人だ。此方で調べさせて貰う」
皐月 周
「重要参考人って、一体何のですか」
隅田 弦次郎
「関係ない。これ以上、邪魔をするなら捜査妨害だ。いいな」
皐月の肩を掴み強引に横へ避けさせると、後ろにいた穢佇へと手を伸ばし、手錠を取り出した
蔡茌 紾
「抵抗してないんですから、何も手錠を掛けなくても…」
紾の言う通り、穢佇は抵抗どころか、すんなりと両手を差し出していた。無抵抗の相手に手錠を掛けるのを、黙って見てられず口を挟んでしまう紾を、隅田は鼻で笑った
隅田 弦次郎
「はっ、なんだお前は?部外者は黙ってて貰おうか」
そう言われてしまえば、黙っているしかなかった
黎ヰ
「挨拶が遅れて失礼した。異常調査部・部長の黎ヰだぁ」
そんな、やり取りを見ていた黎ヰが名乗りを上げる。異常調査部の存在に気づいた隅田は、表情をより一層厳しいものへと変えた
隅田 弦次郎
「異常調査部か、署の膿がこんな所までしゃしゃり出て来るとはな」
黎ヰ
「隅田捜査一課長と言えば、廃校事件の田文誠吾を不当逮捕した名だなぁ」
挑発する黎ヰに、隅田の部下達が騒ぎ出す
「不当逮捕だと!何をいい加減な」
「好き勝手してるお前らのせいで、こっちはいい迷惑だぜ」
隅田 弦次郎
「お前達、落ち着け。安い挑発だ」
挑発にのった部下達を、片手で制した隅田は、冷静に言葉を続ける
隅田 弦次郎
「結果がどうであれ、我々は我々の正義を通しただけだ。部外者には関係ない。勿論、今回の事もな…それとも邪魔する気か」
隅田の言う通り、現段階で異常調査部が一課のやり方に、どうこう言える立場ではないだろう
黎ヰ
「ククククッ…それ最高。試してみるか?」
理解していて尚、態度を変えない黎ヰに隅田は目を細める
黎ヰの狙いは分かっていた。…挑発し出来るだけ情報を、引き出させようとしているのだろう
相手にするだけ無駄とでも言うように、隅田は黎ヰを無視し、穢佇に手錠を掛け彼を捕らえる
皐月 周
「隅田さん」
何かを伝えようと、皐月が呼ぶ。一瞬、立ち止まった隅田は、彼の方を見た
隅田 弦次郎
「……」
彼の真っ直ぐな瞳に、隅田は娘の事を思い出し、その強張った表情が悲しみを帯びた
穢佇
「さっさとしてくんない」
隅田 弦次郎
「あ、あぁ…そうだな」
思い出から離れた隅田は、その表情をまた強張ったものへと変えた
青年と隅田が見せたやり取りに、黎ヰは明らかに、初対面ではないものだと気づき、違和感を覚える
隅田は、皐月がこれ以上何かを言う前に、去り際に彼の肩へと手を乗せ冷たく言い放つ
隅田 弦次郎
「君はこれ以上、この件に首を突っ込むな…いいな」
忠告めいた言葉に、皐月は何も言えず、去って行く後ろ姿を見る事しか出来なかった
芥 昱津
「もう…終わった…かな?」
今まで、店の中で騒ぎが収まるのを待っていた芥は、静かになったのをきっかけに、外に出ようと店のドアを開けた…
その時
穢佇
「なっ、」
丁度、手錠を掛けられ歩いていた穢佇がそこに居て、よく見てなかった芥は、外開きのドアを思いっきり開け切ってしまった
穢佇
「?!」
危うくドアに、ぶつかりかけた穢佇だったが、後ろに下がりギリギリの所で避けた
芥 昱津
「あ…ごめ、ごめんなさ…い」
恐る恐る謝る芥に対し、穢佇は苛立ちながら、悪態を突いた
穢佇
「うざったい、てかキモ過ぎ」
舌打ちをした後、お返しとでも言うように、思いっきり芥の肩にぶつかる
芥 昱津
「うわ、わ、」
予想してなかった事に、芥はバランスを崩しそのまま後ろへと尻餅をついた
隅田 弦次郎
「おい!大人しくしてろ」
穢佇
「はいはい」
隅田に一喝され、穢佇は転けて自分より下に居る芥を睨みつけ、そのまま連行されて行く
黎ヰ
「芥、大丈夫か?」
直ぐに黎ヰが手を差し伸べる。芥は涙を浮かべ黎ヰに、勢いよく抱きついた
芥 昱津
「く、く、くろい…くーん」
黎ヰ
「おっと、と」
バランスを崩さないよう、踏みとどまると黎ヰは、芥の背中を優しく叩く
黎ヰ
「あーはいはい。怖かったなぁ〜」
黎ヰが芥を宥めている中、曳汐がそっと話しかけた
曳汐 煇羽
「…誰かに見られてます」
黎ヰ
「十中八九、ストーカーだろうなぁ」
既に気づいていた黎ヰは、自分から接触するべきか悩み、思い切って視線の先を見た。すると、慌てて人影が消えていく
黎ヰ
「分かりやすく尾行したり隠れたり、随分と忙しいストーカー様だねぇ〜」
曳汐 煇羽
「今のは黎ヰさんではなく、芥さんじゃないですか?」
芥 昱津
「えへ、へへ…今ね、目が…合ったよ…えへへ」
首を少し後ろへと傾けた芥は、バッチリと謎の人影と目を合わせていた。暗がりの中で、薄ら笑みを浮かべた不気味な芥の顔は、いい意味でも相手に印象を与えるには効果的だろう
曳汐 煇羽
「確かめますか」
黎ヰ
「そのうち、向こうから会いに来るだろうからなぁ〜わさわざこっちが、時間を割かなくても良いんじゃね?それより、今は捜査一課の方が面白そうだ」
さっきのやり取りの中で、黎ヰは青年達と隅田の間で、何かあると結論づけていた
曳汐 煇羽
「と,言う事は…」
黎ヰ
「しちゃうか、邪魔♪」
お得意の不敵な笑みと共に、異常調査部の次の仕事が決まった
そんな事など知らない紾は、悔しそうに俯いている、皐月に声を掛けた
蔡茌 紾
「顔が真っ青だ、大丈夫か」
皐月 周
「え、えぇ…」
紾の声で、我に返った皐月は曖昧に返事をする
蔡茌 紾
「もし、何か出来る事があれば言ってくれ。必ず協力するよ」
皐月 周
「ありがとうございます…その、信じて貰えないと思うんですが、隅田一課長は…本当はあんな人じゃないんです」
隅田の事を、良く知っている皐月は、以前とは違う彼に心を痛めていた
皐月 周
「娘さんの事があってから、変わってしまって…」
皐月は、隅田が変わってしまった理由を知っていた。だからこそ、どうにかして救いたいと思っている
だが、さっきの様に冷たく突き放され、どうにも出来ないのが現状だった
皐月 周
「すみません。今日はこれで失礼します…皆さんご協力ありがとうございました」
礼儀正しく挨拶をすると、皐月は返事を待たず、ふらふらとした足取りでその場を去って行ってしまった
蔡茌 紾
「皐月君」
紾は心配そうに後ろ姿を見ながら、何かできる事はないのだろうかと、考えを巡らせてみる
蔡茌 紾
「捜査一課か、話は出来なさそうだよな」
さっきの、やり取りで溝がさらに深まってしまった気がする
蔡茌 紾
「今日のやり取りがなくても、どのみち難しいよな。せめて何か接点があれば…」
隅田が言っていた様に、何の接点もない異常調査部がこの件に口を挟むのは、お門違いだろう。それに相手は捜査一課で、廃校事件の判決を覆しただけでなく、警察に殆どの責任を負わせた異常調査部との、確執があるのはさっきの様子を見れば分かった
前までの紾なら、一か八かで話し合おうとしていたが、この何日間で恨みの持つ相手の悪意を、素直に受け、そう上手くはいかない事を学んでいた。情報提供どころか、相手にすらされない
蔡茌 紾
「かと言って、皐月君をあのままにしとくのもな」
取り敢えず、明日にでも皐月へ話を聞きに行ってみるのもいいかもしれないと、紾は思った。その数分後に黎ヰから、とんでもない発案をされるまでは…
ー
ーー
ーーー
そんな彼らを物陰から覗いている者が居た。先程、不意に芥と目が合い、隠れたその人物は場所を変え、また彼らを覗こうとした所、別の誰かに肩を叩かれビクついた
世瀬 芯也
「何してんだ、全く」
驪 蒼
「な、なんだ…お前か」
見知った人物に、ホッと胸を撫で下ろす驪とは対照的に、世瀬は眉を寄せる
世瀬 芯也
「"お前"とは随分な言い方だな。上下関係って知ってるよな」
驪 蒼
「ふんっ、下らない。そんな事よりも黎ヰの次の行動が分かった。試すには良い機会だろう」
世瀬 芯也
「"お前"の次は"そんな事"か…全く、胡影は何を教えてたんだか」
呆れながら呟いた名前に、驪は目の色を変えた
驪 蒼
「胡影兄さんは、あいつのせいで人生を潰されたんだ!僕が必ず恨みを晴らす」
世瀬 芯也
「分かってる、その為の俺達だ。だからこそ今は、大人しくしていて欲しい時期なんだよ」
世瀬も、気持ちは驪と同じだった。昼間に、曳汐にも宣言した通り、異常調査部を解散させ、黎ヰを辞任させる為に動いている
世瀬 芯也
「もし、俺の予想が正しければ……隅田一課長の不正が事実なら、それを理由に俺たちの一手が打てる。だからこそ蒼には、傍観していて欲しいんだがな」
捜査一課長・隅田は"黒"だろう事は、世瀬も薄々気づいていた
驪 蒼
「お前の指図は受けない、僕は僕のやり方でやらせて貰う!」
世瀬 芯也
「……おぃ、マジか…頼むから嘘だと言ってくれ」
人の話を聞かない所か、我が道を進む驪に世瀬は頭痛を覚えた
驪 蒼
「あいつが本当に兄さんを陥れた張本人なのかどうか、僕が直々に見極めてやる!」
金色の髪が暗闇の中で、キラリと光った