仕事病
午後18時00分
休日の夕食どきの時間帯、どこの飲食店も混み合って来る中、不審な人物達が人混みから外れた場所へと集まっていた
雨野
「どうすんだよっ、影上の奴サツに捕まったぞ!なんでまた、盗みなんてしたんだ、あの野郎!」
西川
「俺に言われたって知らねーって!!どうするんだよ!」
二人の視線を受けた人物… 穢佇は、苛ついた顔で携帯を操作していた
穢佇
「騒ぐな。今、隅田に連絡してる」
雨野
「つってもよ…隅田も所詮はサツだし、いつ裏切るか分からないだろ。施設にも連絡あったぐらいだし…いずれ連んでた俺たちにもーー」
穢佇
「分かってるって!!いいから黙れよ」
パニックになっている雨野を一喝すると、持っていた携帯がピカリと光った。隅田から返信が来たのだと思い、穢佇は直ぐにメールを開く
『お前の仲間が口を割る前に、事件の容疑者として引き取った。お前達も逮捕する、口裏を合わせろ』
その内容は、雨野が予感していた様に"裏切り"とも取れた。読み終えると、穢佇は俯く
雨野
「な、なぁ…隅田は何て言ってんだ…」
西川
「貸せ!」
力なく項垂れる穢佇から携帯を取り上げると、開いたままの隅田からの返信を読む
西川
「んだよ…これ、逮捕するって…マジかよ」
雨野
「やっぱり隅田の奴、裏切りやがった。くそっ!」
見放された怒りから、雨野は壁に拳を叩きつけた。穢佇は俯いたまま口を抑え、ふらふらと二、三歩進むと、その場でしゃがみ込み肩を震わせた
雨野と西川の二人は、今まで見た事のない仲間の反応に、お互い顔を見合わせ戸惑う
西川
「穢佇が一番信頼してたんだよな、無理もないか」
雨野
「大人なんて信じるんじゃなかった」
背後から聞こえて来る会話に、穢佇は必死に笑いを抑えていた
穢佇
(馬鹿な奴ら)
穢佇からすれば、逮捕なんて怖くはなかった。警察である隅田とは、お互いが利用し合っていたに過ぎない
影上が捕まり、俺たちと関係がある事をバラされる前に手を打っただけだ。…自分の身可愛さに俺たちを捕まえる…確かに"裏切り"かもしれない
だが、雨野と西川は知らない…予め隅田とは、仲間の誰かが逮捕されれば全員道連れにすると決めていた
だから、証拠にできるようにわざと、関連付くロゴマークまで作った
少し意外だったのは、あの気弱な影上が、誰かの命令もなしに、朝から窃盗をした事ぐらいだ
穢佇
(全員捕まって当然の奴ら。やっと縁が切れると思うとせいせいする)
携帯を取られる前に、居場所をメールで教えた。隅田は直ぐに来るだろう
隅田だって、早くにこいつらを逮捕したかった筈。なのに危険を犯しわざわざ連んだのは、俺と同じだから
穢佇
(賢い奴は、汚れた服を雑巾にして使い、最後は捨てる…)
こいつらを道連れにして、罰を与え罪人を裁けるのなら、逮捕の一つや二つ構わない
勿論、これで終わるつもりじゃない…むしろこれをきっかけに、何度だって罪人に制裁を与えてやる
薄暗い闇の中、穢佇は冷たい目で闇を見据えていた
ーーー ーーー ーーー ーーー
同時刻
休日の夕飯時という事もあって、どこの飲食店も並んでこそいないが、混み合って居た
天気予報通りに、昼から降り出した雨は、とっくに本降りになっており、そのせいか色んな飲食店からたまに、出前用のバイクが何台か走っていく
そんな様子を、待ち合わせ場所として指定された、店の軒下で話しながら、見ている二人の男女が居た
蔡茌 紾
「つまり杉野千は、俺が鑑識課に移動した情報しか知らなかったらしい。昔から、書類整理とか事務的な事は苦手だったからな…そんな俺の姿を見ていたからこそ、鑑識課の仕事が向いてないと、思い込んだらしい…」
そう言われた曳汐は、仕事中の紾を少し思い返してみた
パソコンと向き合って居る時、心底死にそうな顔をしていたし、書類整理とかも性格からは、想像できないくらいに雑さと言うか…不慣れさが目立っていた気がする
曳汐 煇羽
(納得)
曳汐は口には出さないが、心の中で紾の言葉にうなづいてしまう
それと同時に、彼女の異様なぐらいの心配にも納得する事が出来た
最近の異常調査部の仕事は、かなり地味な作業が多かった挙句、目に見えた他部署からの嫌がらせ……
そう言ったものに慣れていないせいで、かなり疲れ切っていた。彼女は、そんな顔の彼を見て、鑑識課の仕事がピークにきていると、早とちりしてしまったのだろう
曳汐 煇羽
(あながち間違いじゃない気もするけど)
蔡茌 紾
「訓練士の事を伝えたら、早く言ってくれって怒られたよ」
曳汐 煇羽
「異常調査部の事も伝えたんですか?」
蔡茌 紾
「あぁ。刑事課程度にしか説明してないけど」
流石に、警察署内で恨まれている、異常調査部と言う事までは言えなかった
蔡茌 紾
「そしたら、直ぐに俺が辛そうなのも納得だって…そんなに、顔に出てるかな」
最後の方は、紾の独り言だった。曳汐も特に反応を示さない
蔡茌 紾
「色々と巻き込んでしまって、すまない」
本来なら、全く関係のなかった筈の曳汐は、二人の話に巻き込まれてしまった
それを申し訳なく思い、紾は深々と頭を下げる
曳汐 煇羽
「私は杉野千さんと、お話ししてただけなので。とにかく、誤解が解けた様で良かったですね」
蔡茌 紾
「あ、あぁ…ありがとう」
いまいち、曳汐の反応が分からず、曖昧な返事をしてしまう
先に待ち合わせ場所に着いた二人。紾は丁度良いと思い、置き去りにしてしまった事を誤ったのだが「杉野千さんとは、どうなりましたか?」と話題を振ってきたのは、彼女だった
巻き込んでしまった以上、事の顛末を話した方が良いと思い、追いかけた後の話をした紾だったが、反応を見るに果たして正解だったのかは、分からなかった。むしろ迷惑だったのではと、不安になってしまう
蔡茌 紾
「……」
曳汐 煇羽
「……」
雨音と、背後の店から微かに聞こえる人の声が、やけに騒がしく聞こえる
すごく、気まずい空気が流れている気がした紾は、落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回す
曳汐 煇羽
「黎ヰさんから、電話で聞いていましたし、雨に濡れたぐらいで体調を崩す様な体でもありません。ご心配なく」
ふと、何の前触れもなく曳汐が言った
蔡茌 紾
「…え…」
あまりにも突然で、脈絡がなかったせいもあり一瞬、何を言われて居るのか分からなかったが、紾はすぐに、出会い頭にした話題の続きだと気づいた
蔡茌 紾
(曳汐なりに、気を遣ってくれたの…か?)
そう考えてみるも、なんだか少し違う気がした
芥 昱津
「早いね…二人、とも」
肩に手が置かれ、予想してなかった紾は寒気と共に驚く
蔡茌 紾
「?!」
曳汐 煇羽
「今晩わ、芥さん」
最初から芥の存在に、気づいていた曳汐は、呑気に挨拶をした
芥 昱津
「や、煇…羽ちゃん、驚かそうと…した、のに…失敗」
残念そうに笑う芥に、紾は眉をひそめる
蔡茌 紾
「だったら、どうして俺の方に?」
芥 昱津
「だって…煇、羽ちゃんの、背後に近づいて…投げ飛ばされたら、痛い…もん」
蔡茌 紾
「投げ飛ばすって、いくらなんでも、それはーー」
窃盗犯が吹っ飛んだ時の事が、フラッシュバックしてしまい"ない"と言い切れず、言葉を詰まらせる
曳汐 煇羽
「ご懸命な判断かと。予期しない場面だと、相手を先に牽制してしまいますから」
芥 昱津
「えへへ〜だと、思っ…た」
にっこりと笑い合う二人に、紾は聞き慣れない物騒な会話に、突っ込む気も起こらず、苦笑いをする
カラン
黎ヰ
「まだ早いってのに、全員揃ってるね〜。いらっしゃい」
当たり前の様に、店の中から出てきた見知った顔に、今度は三人が目を丸くして驚いた
曳汐 煇羽
「これは…驚きました」
蔡茌 紾
「黎ヰっ?!」
黎ヰからは、振り返り間抜けた三人の顔がよく見え、愉快とでも言うようにニヤリと笑う
黎ヰ
「その反応、最高っ!取り敢えず、中へどーぞ」
説明を求める前に、黎ヰに促された三人は顔を見合わせ、そのまま店の中へと足を進めた
案内された部屋は、大きい窓ガラスが特徴的な個室で、真ん中にある机の上には、チーズがたっぷりと入った鍋と、一口サイズのパンやウィンナー、チキンに温野菜などが置いてあった
蔡茌 紾
「…チーズ、フォンデュ」
好物のチーズ料理に、自然と紾の目は輝く
黎ヰ
(お昼は大体、チーズ食べてんもんなぁ〜)
昼食時、紾が作ってきていたお弁当や、買ってきた物には、必ずチーズがあるのに気づいていた黎ヰは、予想が当たり小さく笑った
曳汐と芥も今晩のご飯会は、疲れている紾に対しての、気分転換なのを察していたので、チーズだらけの食事に関しては、特に疑問に思わなかった
黎ヰ
「念の為、酒類は無しの方向で。今日は、色々あり過ぎたからなぁ〜こう言う日は、油断しないに限る」
心当たりのある、紾と曳汐とは違い、何も知らない芥は黎ヰの袖を引っ張った
芥 昱津
「ね〜え、なんの…話し?」
黎ヰ
「食べながらにしねぇ?普通に、腹減った」
その言葉を合図に、四人は座り机を囲った
そこで、今日一日の出来事を何も知らない芥に、紾達はそれぞれ説明していった
先ず、紾と曳汐が、窃盗犯と遭遇し捕まえ、紾の昔の後輩と会った事…
流石に、過去の話までは込み入っているので省き、窃盗の被害に遭った喫茶店の子と知り合い、美味しいデザートを、ご馳走になった事までを話した
黎ヰ
「俺は、紾ちゃんと曳汐の代わりに、交番に挨拶しに行っただけ」
曳汐 煇羽
「そう言えば、様子はどうでした?」
黎ヰの話で思い出し、曳汐は交番の様子を聞いた
黎ヰ
「俺が着いた頃には、少年課に送られてた。明日辺り、皐月周にでも聞けば、情報ぐらいはくれそうだけどなぁ〜」
隣でそんな話しを聞いていた紾は、黎ヰがあの場に居た理由を知ると、頭を下げた
蔡茌 紾
「休みの日に面倒を掛けて、すまなかった」
黎ヰ
「それが俺の特権♪」
申し訳なさそうに謝る紾に対し、黎ヰはピースをしニヤリと笑みを返す
黎ヰ
「それに、街の平和守ったんだから、胸張っときな」
そう言われた紾だったが、パッとせず素直にうなづけなかった
蔡茌 紾
「少し、大袈裟じゃないか。捕まえたのは曳汐が居たからでーー」
曳汐 煇羽
「対応して下さったのは、蔡茌さんです」
曳汐が遮った事で、言葉の行き場をなくし、紾は微妙な顔をし困ってしまう
芥 昱津
「なら…曳汐ちゃんと、紾君と、黎ヰ君の…リレープレーだね」
蔡茌 紾
「それを言うなら、チームプレーだろ」
"チームプレー"自然と出たその言葉…何かに気づいた紾。それを察した黎ヰは、ハサミを伸ばし彼の頬を、柄で突いた
蔡茌 紾
「……何するんだ」
黎ヰ
「クククク…確かにチームプレーだなぁ。曳汐が犯人制圧して、紾ちゃんが引き渡してくれた。その場に居なかった俺じゃ、関わる事すら出来なかった事件だ。だから二人とも、関わらせてくれて、あんがと」
そう言った、黎ヰの目は"何事も一人じゃ出来ない"と、伝えてくれている様な気がした
黎ヰの言わんとする事が分かり、紾は少し照れ臭いながらも、頷いた
蔡茌 紾
「あぁ」
芥 昱津
「それに…しても、皆んなして…仕事病、だね」
千切れたパンを、そのまま食べていた芥が、半ば呆れつつ言った
曳汐 煇羽
「休日でしたし、何となく見回りをしていただけなんですけどね」
苦笑いをし、自覚のあった曳汐が同意する
芥 昱津
「蔡茌君は…気づいてなさ、そう…」
蔡茌 紾
「休みの日でも、不審者がいれば捕まえるだろ。仕事病じゃなくて、職業柄仕方ない事なんじゃないか?」
黎ヰ
「紾ちゃん〜芥が言ってんのは、そもそも論」
紾は、窃盗犯を捕まえた事についてだと思ったが、黎ヰの口調からするに、どうやら違うらしい。なら一体、何の事を言われているのか…
紾が頭を悩ませていたら、机の上に腕と頭を乗せた芥が、えへへ〜と笑いながら喋る
芥 昱津
「仕事以外にも…調査現場に…行ってるでしょ、だから…仕事病〜」
蔡茌 紾
「そうか、あの場所は…」
照井ユミが失踪した場所だった。何となくで行ったと思っていたのに、自分でも気づかないうちに、連日調査に訪れていた場所へと、足が向いていたらしい
蔡茌 紾
「はぁ…そうだったのか…」
紾は額に手の平をのせ、ため息をついた
曳汐 煇羽
「落ち込む必要はないかと。結局は、人の役に立ったんですし」
言いながら曳汐は、紾の空になっていたコップに、お茶を注いだ
芥 昱津
「そう、だよ。僕なんて…新作のゾンビ映画…観てただけだし」
次は芥が、紾の取り皿にブロッコリーと鶏肉を、積み木みたいに積んでいく
黎ヰ
「この場で、仕事関連の話しばっかしてる事自体、仕事病の集まりじゃね?つーわけで…」
フォンデュ用のフォーク2つを持つと、黎ヰは目に入ったトマトを適当に刺した。そのうちの1つを紾へと差し出す
蔡茌 紾
「…皆んな、ありがとう」
気遣いが嬉しくて、紾は感謝の言葉を口にし、黎ヰが差し出してくれた、フォークに刺さったトマトを受け取った
黎ヰ
「んじゃ、乾杯」
コツンと、黎ヰがトマト同士を軽くぶつける。その独特な乾杯の仕方に、紾は可笑しくなり顔を綻ばせた
それから、四人は世間話をしながら、熱々のチーズフォンデュを楽しんだ
曳汐 煇羽
「ところで、黎ヰさん」
黎ヰ
「ん?どうした」
曳汐 煇羽
「どうして、先にお店の中に居たんですか」
黎ヰの表情が苦いものへと変わる
何て言おうかと考えるも、一番最初に思いついた言葉がしっくりくる気がして、そのまま口にする
黎ヰ
「ストーカー」
蔡茌 紾
「なっ?!」
曳汐 煇羽
「あら、それは大変ですね…良ければ撃退しましょうか」
紾は、物騒な事を言う曳汐を慌てて止める
蔡茌 紾
「暴力は駄目だ。黎ヰ、相手は分かってるのか」
黎ヰ
「……多分」
煮え切らない答えに、いつの間にか、背後に移動していた芥が、黎ヰに飛びついた
芥 昱津
「それって…金髪の男の子…でしょ〜、ここに来る途中で…この辺りをぐるぐるしてた子…見たもん…」
黎ヰ
「芥、重めぇ〜。やっぱ、まだ居たか」
黎ヰが昼前に紾と話した後の事だった。その人物は、黎ヰの自宅の周りを彷徨って居た
自宅に入った後も相手は何もせず、ただマンションを見張っていただけだった。そして、黎ヰが外に出たのを確認すると後をついて来た
曳汐から、世瀬 芯也が接触して来たと聞いた事もあり、何となく正体に気づいた黎ヰは、害はなさそうだが、せっかくのご飯会を台無しにされたくもないので、相手の尾行を振り切ったのだった
そして、雨を理由に先に店の中へと入れさせて貰っていた
黎ヰ
「まだ害はーー」
その時だった
大きな窓に、足音と共にいくつもの人影が横切るのが映った
「待ちなさい!」
「逃げろ、くそっ」
「なんでサツが居んだよ!」
「馬鹿がっ、慌てるな」
誰かが誰かを追う声と、必死に逃げようとする声が聞こえた。抵抗してるのか、外で物が倒れたりと大きな音が響く
かなりの騒ぎになっていると判断し、黎ヰがいち早く、外へと駆け出す中、曳汐と紾も直ぐに続く
芥 昱津
「えぇ〜…僕を、置いてかないで…」
正直、暴力騒ぎには関わりたくなかったが、心細さの方が勝ち、芥は嫌々ながらも後を追った