事件の後
杉野千が川に落とされた後、死にかけた彼女を助けたのは、たまたま別件で交番所を訪れた警察官だった
誰も居ない交番所で、暫く待っていたが一向に帰ってくる気配がなく、不審に思い辺りを見回っていた最中に、高田の叫び声を聞き、紾よりも先に駆けつけたのだった
助け出された杉野千は気を失っており、直ぐに救急搬送された
杉野千 杏果
「…次に私が目を覚ましたのは病院で…しかも、足首にヒビが入っちゃいまして」
曳汐 煇羽
「だからご退職を?」
ポツリポツリと小雨だった雨は、次第に勢いをましていく
杉野千 杏果
「まぁ、それも理由の一つなんですけど、リハビリすれば…まだ続けられたんです……でも…私、怖くなっちゃって…」
川に落ちた杉野千が見たのは、無限に広がり続ける暗闇だった。このまま闇に吸い込まれてしまうんだと、その恐怖心だけが彼女の記憶に深く刻み込まれてしまった
入院した後も、彼女は何日も川に落ちた瞬間の夢を見た。それだけではない、思うように動かせない身体に苛立ち苦しみ続けた
杉野千 杏果
「馬鹿ですよね…一度怖い思いしたからって、辞めちゃうとか……私、自分が辞めたせいで、先輩が思い詰めて移動しちゃうとか、全然考えてなくて…ほんと、自己中心的って言うか…」
頬に流れ出す涙は、やがて雨の雫と共に混じり合う
親身になってくれた紾を巻き込んでしまった事に、杉野千はずっと後悔していた
話を聞いていた曳汐は、彼女が決めた事なら例え自己中心的だったとしても、選択した先の彼女が笑えているなら何も問題はないと…そう思った
以前の曳汐がそうだったように…
曳汐 煇羽
(私は自分の事で精一杯なのに、杉野千さんは誰かの事まで考えてる…少し羨ましいかも)
曳汐は、かつての…黎ヰと出会う前の自分の事を思い出す
状況は違えど杉野千のように、警察という職業を辞めようとした。誰の為でもなく自分自身の為だけに…でも、気づいた時には心はすでに蝕まれており、目の前には真っ暗な道だけしか残されていなかった
そんな時、苦しむ彼女を見つけて声を掛けてきたのが、黎ヰという人物だった。初対面にも関わらず、全てを見透かしていた黎ヰは、曳汐が思いもしなかった様な選択肢を与えてくれた
その中で彼女が選んだのが、黎ヰと共に新しくなった異常調査部のメンバーとして警察官を続ける事だった
もし、黎ヰが声を掛けて来なければ、きっと彼女は今ここには居なかっただろう…
曳汐 煇羽
(そう考えると、杉野千さんとこうやってお話ししているのって不思議な縁)
杉野千 杏果
「すみません、私ばかり話しちゃってて…迷惑ですよね」
いつまでも黙ったままの曳汐を見て、怒っているのではと勘違いした杉野千だったが、返ってきた言葉は意外なものだった
曳汐 煇羽
「貴方の悩みは貴方だけでは解決できないかと思います」
杉野千 杏果
「へ?」
曳汐の言葉を合図に、先程から二人の話に耳を傾けている人物が動き出すと、頭の上に大きな影ができ雨が遮られる
蔡茌 紾
「誤解だよ、杉野千」
振り返ると気まずそうな顔をした紾が、大きめの蝙蝠傘を二人に差してくれていた
杉野千 杏果
「せん、ぱい」
荒兎から速く追いかけろと言われ、追いかけて来た紾だったが、出るタイミングが見つからず、気づけば昔話を最後まで聞いてしまっていた。それに気づいていた曳汐は、紾が出てきやすくなるよう、話を振ったのだった
蔡茌 紾
「確かに、何も思わなかったと言えば嘘になる。でも俺が移動したのは君が原因じゃない、ずっと気に掛けてくれてたんだな…本当にすまない」
自傷気味に笑いながらも、当時の事件を思い出し話を続けた
蔡茌 紾
「本来なら、あの子達は窃盗罪と君への殺人未遂で裁かれる筈だった。でも、親である市長が示談金で全て揉み消したのは…知ってるよな」
杉野千 杏果
「はい…被害者全員にお金を渡して……私もその内の一人でしたから。本当はお金なんてどうでも良かったんです、ただ悪い事をしてもあの子達は親に怒られるどころか、興味すら持たれてなくて…そんなの見ちゃったら、私なんだか悲しくなっちゃって…」
事件後、高田も永谷も深く反省し、入院中の杉野千の元まで行き、頭を下げた
杉野千は、怒りや悲しみよりも二人がちゃんと罪を認めてくれたのが嬉しくて、きっと償ってくれると思っていた…
だが、市長である永谷の父親がそれを許さなかった。本人達の意見を無視し、お金により手回しをした結果、二人は償いのチャンスすら与えてもらえなかったのだ
杉野千 杏果
「あの子達は、ちゃんと罪を認めてたのに…やり直すチャンスを奪われて、しかも…精神が不安定だからって、遠くに引っ越させて……本来なら私達、警察が捕まえてあげなきゃいけなかったのに…」
引っ越しの前日、高田は杉野千の元へ訪れもう一度頭を下げた。そして、裁かれなかった自分がどうなるのかも話したのだ
真実が闇に葬り去られた中で、杉野千だけは、理解してくれていると思ったのだろう…
曳汐 煇羽
「あの、もしかしてその市長って永谷治郎さんですか?」
杉野千 杏果
「へ?そうですけど、なんで?」
当事者でもない曳汐の口から、知った名前が出てきた事に驚きを隠せない杉野千だったが、逆に曳汐は納得がいった様にうなづく
曳汐 煇羽
「成る程。では、その事件は例の汚職事件と関係があるみたいですね」
蔡茌 紾
「あぁ、そうだけど…どうして知ってるんだ」
曳汐 煇羽
「有名ですから、その事件。"區鬥叶眞の英雄譚"として、ですけど」
區鬥叶眞。その名前を聞いた途端に杉野千は、「あ!」と声を上げた
杉野千 杏果
「その人です、溺れた私を助けてくれた人!でも、なんで區鬥さん?」
杉野千が混乱するのも無理はないだろう。自分を助けてくれた警察官が、この話に関わっているのだから
曳汐 煇羽
「その答えはきっと、蔡茌さんがご存知かと」
なんとなく察している曳汐が、再び紾に話を振る
蔡茌 紾
「正直、英雄譚って言うのは知らないんだ。俺が知ってるのは事件の後、區鬥さんと世瀬が必死になって、君が死にかけた事を無かった事にさせないと、市長に罪の重さを理解させようとしていた事だ」
杉野千 杏果
「…え…」
蔡茌 紾
「同僚である警察官が死にかけて、しかも退職した。なのにも関わらず、お金で事件そのものを揉み消されてしまい、その事を知った區鬥さんは必ず捕まえてみせると言ってくれたんだよ。そして、別件で逮捕して市長の今までの汚職を明るみにした」
杉野千 杏果
「う、そ…私、そんな話…聞いてない」
当の本人である杉野千は、知らない事実に目を点にさせる
そんな彼女を見て紾は後ろめたさから、目を逸らした
蔡茌 紾
「何度か話そうとも思ったんだ、でも…出来なかった。すまない…」
杉野千が警察を退職した。それを聞いた紾は居ても立っても居られず、彼女の病室まで足を運んだ
そして見たのは、病室で声を押し殺し泣いている彼女だった…一番辛いのは杉野千なんだと、当たり前の事を思い知り、警察官じゃない彼女をこれ以上巻き込む事は出来ず、それっきりとなってしまったのだ
だが、今その話をしてしまうのは逆に杉野千を責めている様な気がして、紾は言えなかった
曳汐 煇羽
「永谷治郎さんは、警察庁の上層部とも繋がっていたので、區鬥さんが暴いた事でその方々も辞職。報道はされてませんが上層部が辞職した事で、次々と警察庁の黒い部分が暴かれてしまい、関わった全員が摘発されてます」
その日を境に、區鬥叶眞と言う男は、警察庁や警視庁で有名になり、いつしか"區鬥叶眞の英雄譚"が出来上がっていったのだった
蔡茌 紾
「そうだったのか」
曳汐 煇羽
「蔡茌さんはご存知なかったんですね?」
曳汐は、多少なりとも関わりがあった筈の紾が、事件の終幕をしらないのを不思議に思う
蔡茌 紾
「情けない話だけど、世瀬の親父さん…管理官が世瀬と俺に區鬥さんの巻き添えを食らわないよう、移動を勧めてくれたんだ」
警察庁の数人と繋がっている市長を追い詰めようとすれば、必ず繋がっている警察庁の人間も動く。だから、自分の息子である世瀬芯也とその友人の蔡茌紾を遠ざけ、事件に関わらない様にした
蔡茌 紾
「俺は鑑識課に…だけど、世瀬は話を突っぱねて區鬥さんに着いて行ったんだ…親友ながら立派だよ」
警察官が死にかけたと言うだけで區鬥は、一人警察庁の闇の部分と戦おうとした。世瀬は、そんな彼に感激を受けたのかもしれない…
だから、世瀬が紾には何も言わず、區鬥に協力したのも、きっと巻き込みたくなかったのだろう
蔡茌 紾
「俺が移動したのは自分の身可愛さなんだ…だから、杉野千が悔やむ事なんてないんだよ」
全てを知った時には全てが終わっていて、結局は何も出来なかった
もう過去の事だと思っていたが、杉野千に会い、話していると自分が情けないんだと、実感してしまう
杉野千 杏果
「私、全然知らなくて…ううん…きっと知ろうとしなかったんです。警察の限界を知った気になっちゃって、目を背けてきたから」
どんよりとした空気に、曳汐は思考を巡らし掛ける言葉を考えるが、何を言っても二人を励ます事は出来ない気がした
そんな時、雨音に紛れて足音が聞こえて来た。いまこの通りには、紾達しか居ない…真っ直ぐに向かって来るその足音に、いち早く警戒したのは曳汐だった
曳汐 煇羽
(蔡茌さんを覗いていた人)
紾が杉野千の話を立ち聞きしていた時、紾を見るなり同じように足を止め、隠れる様にしてこちら側を覗いていた人物が居たのを、曳汐は見逃さなかった
白いビニール傘を持ったその人物は、足早に近づくと片腕を上げ三人に気づかれるよう、声を掛けた
世瀬 芯也
「こんな所で、お前ら何やってんだ」
蔡茌 紾
「世瀬っ?!」
連続して知り合いにばかり会い、紾は素っ頓狂な声を出してしまう
世瀬 芯也
「そんなに驚くなよ、そっちは誰だ…」
杉野千 杏果
「まさか、世瀬先輩ですか!」
世瀬 芯也
「は、え?誰だよ、何で俺の名前知ってんだ」
杉野千 杏果
「私です!杉野千ですよ!ほら、新人だった杉野千杏果です!」
なかなか、気づかない世瀬に杉野千は、長い髪を半分くらい持ち上げて当時の長さに寄せた
聞き覚えのある名前と、あどけない顔に世瀬は過去の事を思い出す
世瀬 芯也
「あぁ、思い出した。交番勤務の時の……」
杉野千に気づくなり、世瀬は一瞬驚いた表情になり、数秒すると眉間に皺を寄せ、怪訝そうに二人を見つめた
世瀬 芯也
「…何でまた揃ってんだ。お前らアレっきり会って無かったんだろ?」
杉野千が警察を辞めた後、世瀬は紾と話し合い、事件を思い出させない為に、安易に会わないようにしようと示し合わせていた
そんな二人が会っているのを発見してしまえば、世瀬からすれば不審でしかないだろう
杉野千 杏果
「えっと…まぁ、色々とありまして…」
先程までのやり取りを思い出し、杉野千は気まずそうに目線を泳がしてしまう
世瀬 芯也
「色々ね」
説明を求めるように、今度は紾の方へ視線を向ける
蔡茌 紾
「たまたま会ったんだ」
世瀬 芯也
「今度は、たまたまか。まぁいいが、何を話し込んでたんだ」
紾が会話に加わった後も、三人は長く話し込んでいた。その様子を遠目で見ていた世瀬は、場の空気的に深刻な話をしていると悟っていた
蔡茌 紾
「それはーー」
杉野千 杏果
「待った!待った!ストップ!!」
観念したように口を開いた紾に、慌てて杉野千が遮った
彼女からすれば、世瀬も自分のせいで、巻き込んでしまった一人だった。今はまだ真実を知ったばかりで、気持ちの整理がついていない。彼女は、どんな顔を向ければ良いのかさえも分からなかった
杉野千 杏果
「あの私、用事あるんで!失礼します、曳汐さんも本当、付き合わせてごめんなさい!」
一礼すると杉野千は、すぐさまその場から逃げる様にして去って行ってしまった
あまりにも早い行動に、誰かが口を挟む余裕すらなかった
世瀬 芯也
「どうしちまったんだ、俺に聞かれるとまずい話でもしてたのか」
蔡茌 紾
「いや、そうじゃないんだ…」
誤解を解く為とは言え、結局真実を話してしまった。紾には、杉野千が戸惑っているのが良く分かった
蔡茌 紾
「…俺は一体、何してんだ…」
6年経った今でも苦しめている、紾は何も成長出来ていない自身に、胸が痛むのを覚えた。それと同時に、このままではいけない気がした
何をどうすれば良いのか分からないが、考えるよりも早く紾は足が動き、杉野千を追いかけていた
世瀬 芯也
「何処行くんだ、って…なんだってんだ一体。そこのあんたは知ってるか?」
世瀬は助けを求めるかのように、今まで傍観していた曳汐に向けて声を掛けた
曳汐 煇羽
「ご存知無いんですか?私の事。第一声がお前らなのに」
世瀬 芯也
「…」
曳汐 煇羽
「私は杉野千さんとは違い、3年前とは見た目もあまり相違ないかと思います。例え記憶に残ってなくとも、現異常調査部メンバーの顔と名前は一致させているのではないでしょうか」
世瀬 芯也
「おぉっと、手厳しいなこりゃ。でも今はお互い知らないフリの方が都合が良いだろ」
曳汐 煇羽
「そうしたいのは山々なんですけど、貴方がこの場に居るのは黎ヰさん関係ですよね」
曳汐に見抜かれ世瀬は、軽く舌を鳴らした
世瀬 芯也
「休日の居場所まで連絡取り合ってんのかお前ら」
曳汐が黎ヰの居場所を知っているのは、さっき電話した際、二人が捕まえた窃盗犯について、身柄を引き取った交番へ上司として挨拶しに行くと聞いていたからだ
つまりは偶然と言うか、彼女が責任を押し付けた結果であって、世瀬の言い方に語弊がある様な気もしたが、曳汐は特に訂正はしないしその必要が無い事も分かっていた
曳汐 煇羽
「説明が無くとも既にご存知かと、黎ヰさんが交番へ行くと言う情報の元来られたんですよね」
彼がこの場に居合わせたのなら、それは偶然ではない。おそらく黎ヰの行動を把握しており、何か伝える為に探していた…と言う方がしっくりくる
そして、その経由で窃盗犯を捕まえた、紾と曳汐が共に行動している可能が高い事も…だから、予想だにしなかった杉野千に会った時、世瀬は面食らった表情をしたのだろう
世瀬は下手に喋らず彼女の次の言葉を待った
曳汐 煇羽
「ご安心下さい。黎ヰさんから、そろそろ動き出す頃合いだと伺っています。恐らくこれからの私達の行動も、蔡茌さんを通して筒抜け状態だと言う事も」
紾と友人である事を利用し、世瀬は異常調査部の情報を引き出している
それだけではない、警察内の恨みを逆手に取った事で、情報は流れてしまっているのだと、皮肉にも今ここに世瀬が居る事が裏付けとなった
普通なら、警察は仲間を売る様な行為はしないだろう…だが異常調査部となれば話は別だった
それ程までに異常調査部は、恨まれ忌み嫌われている。だがその理由に、曳汐や芥や紾は殆ど結びつかない。全員の恨みの対象になっているのは黎ヰであり、世瀬の狙いも彼だった
世瀬 芯也
「さっきの、あいつの様子を見るからに、まだ誰も伝えてないんだな。そこまで解ってて野放しにしてるって事は、流石に人の良い紾には言えなかったか?なら情報提供者にした甲斐もあったってもんだ」
曳汐を伝って黎ヰに、最初から見透かされていると察し、世瀬は彼女の話の内容を肯定する
世瀬 芯也
「黎ヰの事は俺がケジメを付けなきゃならないし、それが異常調査部を立ち上げた俺の最後の仕事だ」
曳汐 煇羽
「警察内部で囁かれている噂程度で、黎ヰさんをどうこう出来ないかと。ケジメだと仰るのなら、貴方もそれなりの覚悟で向き合った方が良いですよ」
世瀬 芯也
「火のない所に煙は立たない。それに俺はあいつの異常性を知ってる、あいつをこのまま暴走させるつもりは無いんでな」
迷いのない瞳を曳汐へと向けるが、その奥には執念めいたものが渦巻いていると、彼女は思った
世瀬 芯也
「まぁ、こっちの準備も順調だ。そう焦らなくても直に挨拶…いや、宣戦布告に行くさ。お前達の部長にも伝えてくれ、今日はそれだけだ」
言いながら、世瀬は紾達の跡を追おうと、そのまま横切ろうとしたが、曳汐によって行き先を阻まれてしまう
「この先は通さない」彼女の目がそう告げていた
世瀬 芯也
「あのな…てか、傘はどうした?持ってないのか」
強まったり弱まったりはしているが、数分以上雨ざらしになった曳汐の髪はびしょ濡れになっており、今更ながらも世瀬は、バツが悪そうに頭をかいた
曳汐 煇羽
「ご心配なく。貴方が去れば、私もこれ以上この場に留まる事はないので」
世瀬 芯也
「はぁ、出来れば曳汐家とは争いたくない。お互いの親の都合もあるだろうからな」
曳汐 煇羽
「それが何か?」
世瀬 芯也
「……」
曳汐家の祖父と世瀬の父は、旧知の中でもあり、それを利用し彼女を牽制しようとするが、手応えはなかった
曳汐との接触で、新たな情報を得ようとしたが、相手が悪かったのか彼には、彼女の言葉も感情も読みとる事は出来なかった
一体、なにをどうすればこんな人間が出来上がってしまうのか、世瀬は異常達が集まった部署と言われる理由を再確認した
世瀬 芯也
(蒼が騒ぐから黎ヰの様子を見に来ただけだしな…あの二人に関しては追いかけ無くても大方予想がつく、ここは引いても問題はないか)
これ以上、女の子を雨ざらしにする訳にもいかず、仕方なく世瀬は差していた傘を地面に置くと、自分は濡れたままで、クルリと後を向いた
世瀬 芯也
「良ければ使え」
我ながらカッコつけてると思いながらも、背後で反対側へと立ち去る足音が聞こえた。彼女も潔く引いてくれたのだと胸を撫で下ろした
さっき言った事は嘘では無く、世瀬としても曳汐家の人間と揉め事を起こしたくはない
チラリと振り返り見てみると、地面には当然の様に自分が置いた傘が残っていた
姿は見えないが曳汐が、恐らく曲がり角に居るだろう事は、何となくだが世瀬にも分かった
世瀬 芯也
「ったく、あの女可愛くなさすぎだろ」
世瀬は、濡れた髪をかき上げながら、苛立った様に舌を鳴らした