次の一手ー2
それぞれの思惑が交差する中、何も知らない紾は、杉野千と会う約束をしていた
待ち合わせ場所へと早く着いてしまった紾は、駅の前を通り過ぎる人達を眺めながら昨日の狭硯との話を思い返しては、ため息を吐き出した
病院自体に慣れていない紾は、狭硯の質問に上手く答えられず、気づけば曖昧に返答をしてしまっていた
狭硯 秋悟
『ゆっくりで良いですよ。来週も受診して下さい、焦らず少しずつ話をしていきましょう』
失礼と取られても仕方ない紾の態度に、狭硯は嫌な態度一つせず、心理士としてしっかりと向き合ってくれた
蔡茌 紾
(とは言ってくれたものの狭硯先生、肝心の書類にはサインしてくれなかったんだよな)
精神的に安定し問題がないと言う書類に、医師のサインが貰えないと最悪の場合、休暇になりかねない
蔡茌 紾
(俺に必要なのは身体を休める事とは言われたけど、家に居てもかえって逆に休まらないんだよな)
今日が休みという事もあり、黎ヰにもこの事は言えておらず、紾はどうしようかと頭を悩ませていた
杉野千 杏果
「先輩!もう着いてたんですか、待たせちゃいました?」
紾の姿を見つけた杉野千が、慌てて駆け寄った
蔡茌 紾
「俺が少し早く着いただけだから、大丈夫だよ」
紾の言葉に杉野千は、ホッと胸を撫で下ろし笑った
杉野千 杏果
「よかった〜、私から誘っておいて遅刻はできませんから!」
今日、紾を誘ったのは杉野千の提案で、お世話になった區鬥 叶眞にお礼を言いに行こうというものだった
紾は區鬥に6年前、会ってはいたが自分の事で精一杯だったせいで、ろくに挨拶も出来ておらず、この提案に賛成した
蔡茌 紾
「ところで、本当に場所分かるのか」
肝心の區鬥の居場所については、杉野千が自信満々に任せて下さいと言い切ったので、任せてはみたものの…紾は少し不安だった
そんな不安を吹き飛ばすように、杉野千は元気に返事をする
杉野千 杏果
「お任せ下さい!一度も行った事はないんですけど、結構有名なんで大丈夫大丈夫!」
そして紾の静止の声も聞かずに、迷わず歩き出した。慌てて追いかける紾の腕には、花束が抱えられていた
ー
ーー
ーーー
紾の不安が的中し、二人が目的の場所へ着いた頃には太陽が登りきっていた
杉野千 杏果
「あはは…やっぱり男の人は地図が読めるって本当だったんですね」
蔡茌 紾
「読めないなら先に言ってくれ」
何故、地図が読めないのにあんなに自信満々に先頭をきっていたのかと、紾は思ったが口には出さなかった
杉野千 杏果
「あれ、誰か居ます」
目の前に人影を見た杉野千が、不意に足を止めたので紾も目を凝らした
その人影はしゃがんでいたが、立ち上がると名残惜しそうにその場を離れ、帰り道である紾達の方へと踵を返した
その人物は、紾達に気づき足を止めた
「あなた…どうして?」
そして、その女性は何故か紾を見るなり驚いたように呟いた
杉野千 杏果
「先輩、知り合いですか」
明らかに紾を知っている態度の女性に、杉野千は小声で喋る
蔡茌 紾
「いや?あの何処かで会いましたか」
身に覚えのない顔に紾は、直球で話しかけるとその女性は首を横に振った
「いいえ、あなたは私を知らなくて当たり前ね。ごめんなさい驚いただけ気にしないで」
蔡茌 紾
「は、はぁ」
まるで紾を知っているかのような口振りに、どう反応をすれば良いか迷っていると、杉野千が声を掛けた
杉野千 杏果
「私、杉野千杏果です。區鬥さんは命の恩人で、今日はお礼を言いに来ました」
素直な杉野千の自己紹介に、女性はにっこりと微笑んだ
「ありがとう。あなたの名前は知ってるわ、川で溺れた新人警官でしょ」
杉野千 杏果
「え?!私、そんなに有名!」
驚き声を上げる杉野千に、女性は人差し指を立てた
「ここで騒がないで」
杉野千 杏果
「す、すみません」
すっかりと静かになった杉野千を無視し、女性の視線は紾へと向いていた
蔡茌 紾
「あ、あの、なにか…」
あまり異性から視線を向けられる事がない紾は、緊張のあまり固まってしまい、すっかり自己紹介を忘れてしまっていた
「あなた、私に会いに来たんじゃないのね」
蔡茌 紾
「え?!俺が!」
思ってもいなかった言葉に、今度は紾が声を上げた
「ここで騒がないで、何度言わせる気?」
蔡茌 紾
「はい、すみません」
やや呆れられながらも女性は、品定めをしているかのように紾をジッと見ていた
「まっいいわ。今はプライベートだしね、ただこれだけは言っておかないとね」
そこで言葉を区切ると、女性は鋭い眼差しを紾へと向けた
「あなたには直接の恨みはないけど、上司は別よ。叶眞の為にも必ず不正を暴いてみせる。逃げるなら今のうちよ」
蔡茌 紾
「な?!」
女性が何を言っているのか理解できなかったものの、誰にも言い返させないオーラに気圧されて、黙ってしまった
「私はく……須山戯。叶眞にちゃんと挨拶していきなさいよ」
それだけ言い残すと、須山戯と名乗った女性はそのまま立ち去った。静かなせいだろうか、彼女が歩くたびにする砂利の音がやけに印象的だなと紾は思った
杉野千 杏果
「怒られちゃいましたね」
完全に砂利の音が消えてから、杉野千は口を開いた
蔡茌 紾
「あ、あぁ」
返事を返す紾だったが、手の平や背中に汗が滲んでいた。先程の女性の射抜くような眼差しに、緊張してしまっていたのだと気づく
蔡茌 紾
「一体、何だったんだ?上司って…黎ヰの事か?」
戸惑う紾に、杉野千は少し悲しそうな顔をする
杉野千 杏果
「多分、いまの人…區鬥さんの婚約者だと思います。だって、名前を言う時に區鬥って言い掛けたから」
蔡茌 紾
「婚約者」
どうして、婚約者が紾を知っていたのかは、いくら考えても二人には分からなかった
杉野千 杏果
「とりあえず、區鬥さんに挨拶しましょうか」
杉野千の提案に紾はうなづき、二人は區鬥 叶眞の眠る墓石へと近づいた
蔡茌 紾
(杉野千に教えられるまで知らなかったけど、區鬥さんは亡くなっていた…)
墓地に居るせいだろうか。その事が、なんとなく胸に突き刺さり嫌な予感が紾の身体中を、駆け巡ったのだった
異常調査部〜院内発泡事件〜【終】




