次の一手ー1
終章
警視庁内会議室にて
元警視庁・捜査一課長、隅田弦次郎が起こした発泡事件から一日が経ち、警視庁内でも事件の全体像が明らかになっていた
警視総監である驪 聖は、記者会見での真摯な受け答えにより世論に誠意を示した
とは言え隅田は、廃校舎でも不当逮捕をしている。そして次は私怨の為に拳銃を持ち、病院に立てこもり人を殺害しようとしたのだ
その事実は警視庁だけでなく、全国の警察機関をまとめる警察庁からも重大視されている
数分前もこの件に関して、警視庁と警察庁は会議をしていた所で、さまざまな思惑が飛び交うなか打開策の為、前代未聞とも言える新たな部署設置が決定された
会議が終わる頃合いを見計らった警視庁・管理官、世瀬 哲乙は、会議室へと訪れた
世瀬 哲乙
「居た居た…人を呼び出しといて忘れるの、いい加減やめてもらえませんかね警視総監殿」
静まり返った会議室の中には、眉間に皺を寄せた驪がたたずんでおり、視線だけを世瀬へと向ける
驪 聖
「警察庁の老害共が動き出しやがった」
その言葉の意味する事が分かり、世瀬は面倒そうに口を開いた
世瀬 哲乙
「遂に警備局に喧嘩を売る決心がついたってか。怖い怖い…若者達の巻き添え食らう前に、さっさと退職したいもんだ」
普通なら警視総監相手に、こんな軽口を叩けない立場だが旧知の中でもある二人は、立場上の言葉使いなど気にしない
世瀬 哲乙
「どーせ、元一課長の件が後押しにはなったんだろ。まったく俺に似て抜け目がないやつだわ」
世瀬の息子である芯也は、今回の一件で警備局だけでは警視庁の内部を把握しきれていないと指摘し、新しく警察官の不正を暴く部署を設置するよう発案した
だが、それを認めてしまうと言う事は、最初からその役目を担っている公安などに対し、大々的にお前らは役立たずと公言しているようなものだ
驪 聖
「これはあくまでカモフラージュだ。組織改革とか立派な言葉で取り繕ってやがるが、老害も貴様の倅も狙いが異常調査部なのは明白だ」
前例のないどころか、各方面から敵をつくりかけない発案など却下されて当たり前だったーーだが、事件が露見した元となった人物に、お偉方は彼はやはり邪魔者だと再認識したのだ
世瀬 哲乙
「出る杭は杭ごと破壊しないと、安心できないってか」
黎ヰの存在が、目障りだと思っている人間は、警視庁でも警察庁でも数え切れないだろう
普段からの態度や素行などもあるが、一番の理由は黎ヰが警察庁の人間を何人か脅し、今の地位を手に入れた事にあった
眉唾物として語られてはいるものの、この場にいる驪も世瀬も事実だと知っている
でなければ、警察組織の中で権力を持たない黎ヰが、自由勝手にできる訳がないだろう。警察庁は、黎ヰの持つ取引材料に怯えていた
世瀬 哲乙
「警察庁は邪魔者を消したい。俺の息子は異常調査部へ居座る奴を辞職させたい。利害が一致した結果、警備局公安課へと喧嘩を売りました、に繋がる訳ね。で?警視総監殿はどうよ」
興味本位で驪へと質問をなげかける。彼は相変わらず渋い顔のまま答えた
驪 聖
「どうもしない。奴の管轄は貴様だろうが、退職の心配なんてしなくても問題があれば貴様毎、斬り捨ててやる。せめてもの情けだ感謝しろ」
世瀬 哲乙
「本当にそうなら涙流して感謝してやるよ。実際にはズタボロになるまで、俺を使い続けるのは見え見えでーす」
驪聖と言う男の性格を知り尽くしている世瀬は、彼の言葉を否定した
世瀬 哲乙
「不器用で世渡り下手な辺り、奴と似てるよ。お前はさ…他人の為だけに人生賭けるって面でもな。斬り捨てるどころか、聖の目的の為には欠かせないだろうに」
驪 聖
「今のところは、だ。発案書の最終決定を下したのは警察庁長官だからな」
黎ヰが警察庁を脅してまで、異常調査部へ居続ける理由を知っている二人は、彼の存在が邪魔どころか警察庁の不正について、役に立っていると自覚していた
世瀬 哲乙
「なんにしろ、これであの日の真実に近づくだろ。英雄の死一つで警察機関が、ここまで狂わされるとはな」
ふと、物思いにふけながら世瀬がそんな事を言った
驪 聖
「生者が死者に取り憑かれるなんざ、まるで亡霊だ。どいつもこいつも情に左右されやがって、クソがっ」
苛立ちを隠さない驪だったが、その言葉の背景には隅田弦次郎がいた
世瀬 哲乙
「荒れるな荒れるな。気持ちは分かってやれるけどもな……真面目な奴ほど道を踏み外すって言うのは、警察じゃよくある事だろ」
隅田と言う男は、警察官として見る限り職務に真面目に取り組んでおり管理官という立場上、一緒に仕事をする場面も多かった世瀬は、心の中で彼を憐れんだ
警察という組織は、上へと昇進していくほど闇が見え、正義なんてのは権力や金で捻じ曲がる。それが身に沁みている二人は道を違えた同胞の人生は、決して他人事ではないと思う
どんな小さな事でも歯車一つ違えれば、いつ犯人側へといくか分からないのだから
世瀬 哲乙
「だとしても、警察官としてのプライドは捨てちゃいなかった。人を撃ち殺すのに隅田が選んだのは別の拳銃だった、殺人に長年連れ添った相棒は使えなかったんだろ」
黎ヰが怪しんでいた通り、隅田は使用していた銃が改造銃だと自供している
肝心のその出どころについては、無言を貫き不明なままだったが、長年この国の表裏を見ている二人には簡単に想像がついてしまう
驪 聖
「この辺りじゃ裏で警察と繋がれるのは、佰喪家以外は居ないだろうな」
世瀬 哲乙
「例の極道か。とは言え、全盛期ならまだしも当主が代替わりしたいま佰喪家だけじゃ、武器の密売は無理だろ」
驪 聖
「だけじゃな」
含みのある言い方に、より一層厳しい顔つきになる驪は溜息混じりに呟いた
驪 聖
「落ちたとは言え、裏の顔と繋がってやがるなら中々に厄介な組織だぞ。分かってんのか」
アリババの存在を認めない警察庁は、無闇やたらに不完全な情報を流す事を禁止しているが、驪は黎ヰが報告する組織について、信憑性があると思っていた
世瀬 哲乙
「分かっちゃいたって、どうもできんでしょーが。極道と繋がってる姿も見えない連中、にどう備えろって?」
驪 聖
「近年各事件や事故からも、出どころ不明の何かが報告されてきてんだろ。明らかにそれだ」
前々から気に掛けていた驪は、この国に根付こうとしている組織の存在を感じていた
世瀬 哲乙
「この事に関しては、内々で異常調査部へ一任してる。武器まで売買するようになってんだとしたら、のんびりはしてられないが…まだ時間が掛かるだろ。にしても、次から次へと問題が山積みだな」
どれも厄介な事柄を目の前に、世瀬は至極嫌そうな顔をした。ふと、机の上に紙が置いてあるのを発見すると、興味本位で手に取った
そこに書かれているのは、芯也が発案した新たな部署に所属する人間の情報が記されていた
部長、世瀬 芯也の後に、須山戯 麛、驪 蒼、小尾檜田 空子と調査員三名の名前が綴られていた
見知った名前がある事に気づいた世瀬が、恨めしい視線を驪へと向ける
世瀬 哲乙
「まさかとは思ったが、ちゃっかり蒼君の名前があるよな」
驪 聖
「次男はずいぶんと胡景に懐いてた、必然と言えば必然だ」
世瀬 哲乙
「あーのーねー仮にも息子だろうが、蒼君は何も知らないんだろ、わざわざ異常調査部撲滅に加わる必要ないでしょうが。父親として止めてやったらどうよ、下手すりゃ警察人生終わるぞ」
警察庁が関わっている以上、その可能性は否定できないだろう。驪もそれは充分に理解してる筈なのに、まるで他人事のように涼しい顔で椅子に座っていた
驪 聖
「最後に息子と仕事以外で、会話したのはいつになるか答えてみろ」
世瀬 哲乙
「いきなりなんだよ。確か芯也と話したのは昨日、いやあれは仕事か……他には…………」
考えたっきり、口を開かなくなった世瀬を見て、驪は答えを勝手に決めつけた
驪 聖
「思い出せないだろ。俺も嫁以外とは、まともに連絡すらとってないし家にすら帰ってない有様だ。三女に関しては何処で何をしてるかもわからん」
だとしても、家族を顧みない選択をした事を後悔していないのだろう、驪は堂々とした態度で話を続けた
驪 聖
「そんな父親の言葉に誰が従うってんだ、今更俺が何を言っても次男は聞かん。貴様もそうだろうが」
世瀬 哲乙
「芯也も結構俺に反発してるからな。まさか聖に親子関係を突っ込まれるとはね、思ってなかったわ。隅田の影響か?」
対する世瀬は後悔しているのだろう、軽口を叩きながらも悲観した表情を浮かべていた。そんな旧友に驪は手の平を差し出す
驪 聖
「一本寄越せ」
世瀬 哲乙
「頼み方ってもんがあんでしょうが。ったく、禁煙はどうした」
言いながらも、胸ポケットから煙草を二本取り出すと一本を口に咥え、もう一本を差し出されている手の上へと置く
驪 聖
「同胞へ向けて、他向けの花代わりだ」
世瀬 哲乙
「そうかい」
ライターで火をつけ、二人は今まで警察組織へ貢献してきた隅田を、労うように煙をふかす
しばらくお互いが何も喋らない中、ふと世瀬が思い出したかのように声を上げた
世瀬 哲乙
「いや、隅田は死んでないだろ」
その言葉に驪は鼻を鳴らし、そっぽを向いて煙草を吸ったのだった




