発泡
隅田が引き金を引くーーその時、誰かが走って来る足音がした
皐月 周
「やめてください!隅田さん!」
銃声のお陰で、場所が特定できた皐月は隅田に向かって叫んだ
隅田 弦次郎
「…来たのか。皐月」
なんとなく、こうなる事が分かっていたのだろう…隅田は視線だけを、皐月の声がした方へと向けた
皐月 周
「もう、やめてください。こんなことっ、間違ってます!」
隅田 弦次郎
「ふっ、お前はそう言うだろうな。甘い考えだ…俺は復讐さえ果たせれば、死んでも構わない。もしかすると、臓器移植で冬葵が助かるかもしれないしな」
なんとなく、思いつきで出た言葉に隅田自身が、そうなれば良いと心から願った
ようやく皐月が暗がりの中、姿を現したかと思えば、両手で握っていた拳銃を隅田へと向けていた
隅田 弦次郎
「これは、驚いたな。まさかお前に銃口を向けられる日が来るとは…」
皐月 周
「あなたに、人は殺させません!」
隅田 弦次郎
「言うようになったな。おっと、それ以上は近づくな…もちろん、後ろに回ろうとしてるお友達もだ。すぐに出てこないなら、こいつを殺す」
二手に分かれ、皐月が気を引いている隙に、紾が背後から取り押さえる作戦は、最初からバレてしまっていた
人質を殺すと言われてしまえば、出ざるをえない
蔡茌 紾
「っ、分かりました!」
紾は、出来るだけ隅田を中心に皐月と板挟みにできるよう、出ていこうとするが…
隅田 弦次郎
「皐月の隣に行け」
蔡茌 紾
「ぐっ、」
今まで凶悪犯を、何人も相手にしてきた隅田には、通用せず言う通りに従う
隅田 弦次郎
「もう、足音は聞こえないな…ここへ入ってきたのはお前達だけか」
皐月 周
「はい」
作戦があっさりと見破られてしまい、皐月が悔しそうに顔を歪ませた時、隅田の銃口が皐月を捉え銃声が響いた
バンッ
皐月 周
「っつ?!」
ガチャン
銃弾は、皐月の拳銃へと目掛けて放たれた
隅田 弦次郎
「油断し過ぎた。俺が狙ってたら死んでたぞ、甘い考えは捨てろ。人を殺す道具がある場所は、何処だって戦場に変わりはない」
隅田が忠告めいた言葉を掛ける中、紾は慌てて皐月に駆け寄った
蔡茌 紾
「皐月君!!」
皐月 周
「だ、大丈夫です…銃に当たっただけなので、僕は無傷です」
蔡茌 紾
「よ、よか、た」
ホッとするのも束の間、隅田はまたリボルバーを回し、腰が抜けて座り込んでいる立石へと向けた
隅田 弦次郎
「下手に動けば、殺す」
"誰を"とは、聞かなくてもその行動で理解できてしまう。皐月と紾は目で頷き合う
皐月 周
「分かりました。その代わり、隅田さん僕を人質にして下さい」
拳銃はもう一つある。紾が持っているとバレていない内に、なんとかして隙をつくしかないだろう
隅田 弦次郎
「それで、全員解放しろと?話にならんな、お前達も嗅ぎ回ってたんだ、俺の目的ぐらい理解してるな」
皐月 周
「……娘さんの、復讐ですよね。そんな事をしても、何にもならないのは隅田さんなら、分かるはずです。あなたは犯人を捕まえる側の人間だ、犯人側じゃない」
隅田 弦次郎
「知った口を聞くな!」
それは、隅田が初めて感情的に声を荒げた瞬間だった。言葉の中には、彼の中に渦巻く後悔や怒り悲しみが含まれていた
隅田 弦次郎
「どれだけ凶悪犯を捕まえても、不良共を務所へと送ったってな、大事な家族を守れないなら意味はないっ!」
隅田は、二ヶ月前…いや、それよりもずっと前から、"家族"を守れなかった事への、怒りの矛先を求めていたのだろう
蔡茌 紾
「娘さんは、まだ生きてます。目覚めた時に、あなたが自分の為に人を殺したと知れば、必ず悲しみます!それで良いんですか」
隅田 弦次郎
「冬葵が目を覚ます…か…」
植物状態となってしまったいま、隅田はそんな望みは既に手放していた
隅田 弦次郎
「一つ、青二才に忠告しといてやろう。お前も警察の端くれなら、奇跡なんて信じるな。信じて良いのは目の前の現実だけだ」
隅田は知っていた。その目で無残な死体をいくつも見て来たのだ。もちろん、中には救えたかもしれない命だってあった…だが、ほとんどは残酷に命を落とす
そこには、加害者も被害者も悪人も善人も関係ない。人はその時が来れば、簡単に死んでしまうのだ
蔡茌 紾
「あなたが、信じてあげないでどうするんですか!」
皐月 周
「そうです、家族が大切だと言うのなら、こんな事はやめて下さい!誰も望んでませんっ」
バンッ
二人を黙らせるかのように、天井へ向けて銃弾を放つ
隅田 弦次郎
「言葉では俺を止められない。どうしても止めたいなら、行動で示せ」
いま彼を、突き動かしているものこそが復讐だ。そんな隅田には、どんな言葉も届かない
ピーーピーー
隅田 弦次郎
「?!ぐっ、なんだ」
その時、耳鳴りのような高音が聞こえた。まるで耳の鼓膜が突き刺されているような激痛に、隅田は両耳を抑え苦しんだ
皐月 周
「一体、なにが」
音が聞こえていない皐月には、急に苦しみ出した隅田を見て、何が起こっているのか理解できなかった
医師
「ぐっ、や、やめてくれ」
看護師
「苦しい」
その音は、聞こえている者と聞こえていない者とがいるらしく、とても奇妙な光景が広がっている。紾にも音は聞こえていなかったが、何となく似たような経験をした記憶があり、思い出そうとしたーーその時だった
隅田 弦次郎
「誰だっ!」
いつの間にか、隅田の背後に人が回り込んでおり、遠慮なく回し蹴りを繰り出した
寸前で反応した隅田は、音が止んでいるのを確認すると、耳から手を離し銃口を向ける
が、その人物は身を低くしながら一直線に突進してくる。早すぎて狙いが定まらず、舌打ちをすると隅田は、拳銃を持ったまま身構えた
暗がりの中、繰り出される拳の連打に隅田は、冷静に対処し振り払っていく…攻撃を受けていく中で、相手が自分よりも小柄な人物だと知ると、腕を強く掴む
が、掴んだと思った腕は袖だけで、動揺した一瞬を相手は見逃さなかった
黎ヰ
「おらっ!」
拳銃を持つ手を蹴ったつもりだったが、隅田が咄嗟に肩を引いた事により、狙いが外れてしまう
隅田 弦次郎
「くそ、」
それでも、胸部を強打したのには違いはなかったが、隅田から拳銃を奪えず黎ヰは、顔を歪ませた
黎ヰ
「一筋縄じゃいかねぇか」
捜査一課長の肩書きも、伊達じゃないらしい
隅田 弦次郎
「あぁ、お前か。どれだけ俺の邪魔をすれば気が済む」
声から正体を見破った隅田は、目の前でニヤリと笑い立つ黎ヰへと、銃口を向ける
隅田 弦次郎
「なぜ、隠れなかった。あれだけ俊敏に動けるなら出来ただろう」
目の前に立てば、銃弾の餌食になるのは分かっていたはずなのに、あえてそれをしない黎ヰには、何か他の狙いがあるのではと、隅田は警戒する
黎ヰ
「隠れたって、人質を理由に脅すだろぉ?だったらその一手間飛ばしてやろうっていう、俺の親切心」
隅田 弦次郎
「その余裕が、仇にならなければいいがな。動くな!お前達、こいつを殺したいのか」
黎ヰに気を取られている隙に、皐月と紾は取り押さえようと近づいていたが、足音でそれに気づいた隅田は一喝する
蔡茌 紾
「黎ヰ?!」
近づいた事で、隅田に奇襲をかけた人物が、黎ヰだと分かると同時に、銃口を向けられている事で、紾は思わず声を上げてしまう
黎ヰ
「紾ちゃん、そのままだ!いいか、絶対動くな」
真剣な声音に紾は、驚いて動きを止めた
隅田 弦次郎
「ふっ、異常だと謳われているお前でも、命は惜しいか」
黎ヰ
「いやいや、命は普通に惜しいもんだろぉ?それに、復讐が果たされるまでは捕まる訳にはいかない、だったら、動かない標的よりも動く標的を撃つよなぁ〜」
隅田 弦次郎
「……」
黎ヰの言う通り、たった一人の隅田が警戒するのは、自身の身を捉えられる事。そうならない様に、先程から人質や拳銃を使い、自分に近づく人物達に牽制している
もしそれが破られれば、迷いなく向かって来る人物に撃つつもりだった
黎ヰ
「何発も撃ちまくったのは、暗がりでもちゃんと命中するか、確認してたんだろ。それとも過去に囚われ、怒りのままに引き金を引いたのか…五分五分ってところか?」
隅田 弦次郎
「口振りから察するに、俺を調べたな。食えない奴だ」
お互いが視線を逸らさず、相手の動向を探っていく
黎ヰ
「百発百中の腕は見事と言わざる得ないが、その拳銃はどこで手に入れた?」
警察が持つ拳銃の装弾数は、だいたい五発だ。弾丸数に制限があるなら、無闇に撃つ訳がない。その行動から、五発以上の装弾数があるのは明白だった
隅田 弦次郎
「知りたいなら、吐かせてみろ」
黎ヰ
「ツンデレだねぇ〜。まぁでも、その様子から見るにまだまだ弾には余裕がありそうだなぁ」
隅田 弦次郎
「試しに踊ってみるか」
バンッ
バンッ
バンッ
わざと足元を狙った隅田は、三発の銃弾を放つ。黎ヰは落ち着きながら、素早く身を引き後退した
黎ヰ
「おっと、うまい具合に距離を取らせたか」
軽口を叩きながらも頭の中では、一度発砲された拳銃が次に発砲するまでの時間を計算する
黎ヰ
(装填する時間と合わせても、最速で五秒あるかないか…拳銃の扱いに慣れてたとしても、明らかに短すぎだな。弾が床に弾いた音も、妙に軽すぎだ…距離があれば殺傷能力は下がるが、詰められたら普通にお陀仏だなぁ〜)
隅田 弦次郎
「射程距離に入れば確実に殺す。今ので理解したな」
どうやら隅田は、最初から黎ヰに拳銃の性能を知らしめるつもりで撃ったらしい
隅田 弦次郎
「俺は復讐を果たしたいだけだ。黙って見てるなら見逃してやる。そうでないならーー殺す」
黎ヰ
「犯人にそう言われて、下がる警察官は居ないって分かってんだろぉ」
その時、ふと黎ヰは先程の銃撃のせいで、自分と隅田との距離が離れている事に疑問を持った
もし言葉通りに殺すつもりなら、射程距離内に入れておいた方が何かと有利にもっていきやすい。なのに、どうしてそれをしなかったのか…
まさかと思い、紾と皐月の位置を確認した黎ヰは、隅田の狙いに気がつくと歯を噛み締めた
二人とも、完全に射程距離内に入ってしまっている
黎ヰ
「さすが、捜査一課長様様だぁ。えげつない方法をよくご存知で」
隅田 弦次郎
「だが、これが一番効く」
暗がりの中でも、隅田が笑っているのだと分かる
黎ヰ
(さて、どうしたもんか。皐月は問題ないとしても…紾ちゃんはヤバいかもしんねぇな)
いつ銃弾が飛んでくるかもしれない状況下で、冷静に判断できる程、蔡茌紾はこういう状況には慣れてはいない
黎ヰは何とかして隅田の標的を、紾から逸らす方法を考えるが…
隅田は銃口を既に、紾へと向けていた
蔡茌 紾
「っ…」
自分へと向けられた銃口に、紾は一瞬心臓が止まったかと錯覚する。無意識に手に持っていた拳銃を強く握りしめる
隅田 弦次郎
「状況が飲み込めたなら、全員下がれ」
言いながら、隅田は片手で立石の髪を掴み、無理矢理上へと引っ張り上げ立たせると、逃げられないよう、首元へと軽く腕を回した
立石
「や、しにたく…ない、いや」
銃口はまだ、紾に向いたままだが、すぐ側にいる事でいつ殺されてもおかしくはないのだと、立石は身体を震わせた
皐月 周
「お願いです、人質なんて止めてください!」
隅田 弦次郎
「人質だと?この女は冬葵を殺した。人質なんかじゃない、処刑台へ上る罪人だ」
本当に殺すつもりなのだと、この場の全員が悟った
立石は、恐怖で何も考えれなくなっていく中、あれだけ死にたいと思っていたのに、いざ殺されるとなると…こんなに、怖くなってしまう事が不思議だと感じる
立石
(そっか、死なないでって…冬葵ちゃんが言ってくれたんだ…友達だから、辛い事も悲しい事も相談しようって…支えになるって…そう、言ってくれたから…生きていてもいいって思ったのに…)
彼女はもう居ないんだと、立石は改めて残酷な現実を思い知った
隅田 弦次郎
「……何の真似だ?」
蔡茌 紾
「彼女を…放して下さい。でなければ…撃ちます」
立石が殺されてしまうと焦った紾は、守りたい一心で拳銃を構えた
隅田 弦次郎
「馬鹿が。この暗闇の中で俺だけを狙える程の腕前じゃないだろ。それとも、この女も道連れにするつもりか?…脅すならもっと早くにしとくんだったな」
隅田は、その構え方で紾が拳銃の扱いに慣れていないと見抜くと、嘲笑うかのように鼻を鳴らす
隅田の意識が紾へと向いた…その一瞬の隙だった…風を切り裂く音と共に、隅田の鼻筋に硬い何かが当たった
隅田 弦次郎
「っ、ぐわ」
全く予想してなかった痛みに、隅田は大きく後退し、立石を掴んでいた腕を緩ませた
立石は逃げようと身体を動かすが、上手くいかずに前のめりに転けてしまう。彼女は知らないが、それが功をなし隅田の全身がガラ空きになった
黎ヰはそれを見逃さず、先程と同じようにハサミの柄の部分を先頭にして、彼の両腿目掛け2本投げた
完全に的になってしまっている隅田には、避ける事ができずに命中する
痛みのあまり腰を屈めた瞬間ーー黎ヰが走り拳銃を握っている手に蹴りを繰り出す
隅田は拳銃を蹴り上げられる前に、威嚇しようと引き金を引いた
バンッ
暗闇の中、銃声だけが響き渡る
蹴り上げる直前、銃口が天井を向いていた事を確認していた黎ヰは、発砲された事よりも早く隅田を捉えようとするも、彼は空中で拳銃を掴み取り、銃口を真下に居る黎ヰへと向ける
隅田
「ぐっ、」
だが、先程蹴られた手に激痛が走り、とてもじゃないが二発目は撃てそうにない。おそらく指が何本か折れているのだろう…
冷静に相手の状況を読んだ黎ヰは、すぐさま大勢を立て直した
蔡茌 紾
「黎ヰっ?!」
暗闇の中、紾が唯一分かるのは黎ヰに向けられた銃口が光っている…それだけだった
黎ヰ
(まずい!)
紾は声からも分かるくらい焦っていた。相手が引き金を引けない事を知らないのなら、この反応は当然だろう
だが、悠長に説明している暇はない…今できる最善の策は隅田を捉える事だと黎ヰは判断するーーその数秒の間だった
せめてもの抵抗か、または抑止力の為か隅田は黎ヰの額に銃口を当てた
ガチャンと額にまだ生暖かい鉄の感触がする
黎ヰ
「撃つな!!」
咄嗟に叫んだ言葉は、隅田ではなく紾へと向けたものだったが、皮肉な事にそれが合図となり
バンッ
もう一発の銃声が鳴った
それは間違いなく、紾の手に握られていた拳銃から放たれた音だった
黎ヰは咄嗟に隅田を庇うように、肩をぶつけて突き飛ばす
瞬間ーー耳たぶの辺りに、銃弾が突き抜けた。突き飛ばしていなければ、隅田に当たっていただろう
黎ヰ
(あっっぶねー。てか、狙撃の才能開花させるにしても、絶対いまじゃねぇ〜んだよなぁ)
なんて事を思いつつ、勢いのまま黎ヰの身体は、床へと倒れた
顔を上げると、突き飛ばされうつ伏せに倒れている隅田と、皐月が床に落とした拳銃を拾い、転んだままの立石が視界に入る
その状況に、まだ黎ヰ以外は気づいていない
立石
(このままだと、殺される…死にたくない)
震える手で銃口を隅田へと向けるが、黎ヰが拳銃をそっと上から抑え、向きを床へと変えた
立石
「っ!わ、たし…なにを…」
我に返った立石に、黎ヰは人差し指を自分の唇へ当て"内緒"と伝えると、優しく彼女の頭を撫でる
立石
「ゔっ…うぅ…」
色んな感情が込み上げ、立石は涙を流した
そんな様子を倒れた隅田は見ていた。指が折れ拳銃は使えないが、このまま彼女の首を絞めるくらいはできる
そう思ったが、泣いている顔が…娘の冬葵と重なって、彼はその場から動く事ができなかった
隅田 弦次郎
(冬葵……ごめんな…お父さん、お前を助けてやれなかった)




