犯人探し
双葉医院は、腕の良い医師達が居ると評判高い。建物の構造は二階建で一般用のエレベーターが一つと、搬送用の大きなエレベーターが一つ。階段は中に一つと、非常用として外へと繋がっているのがある
一階のスペースは、主に診察用となっていて、たまに会社や学校の定期検査なども請け負っている。二階は小規模だが入院スペースがある
いつもなら、夕ご飯の配膳の準備に取り掛かっている時間帯だが…現在、院内の中は電気が全て落とされ、患者達は部屋へと押し込まれていた。医師と看護師は一階の待合室に集められ、銃口を向けられている
全員が顔を強ばらせ震えている中、一人だけ冷酷な表情で拳銃を突き付けている人物がいたーー隅田 弦次郎だ
隅田は、事件の捜査だと警備員に言い、隙を見て彼らを警備室へと閉じ込めた。そのあと直ぐに、電圧室へと向かうと、全ての電源を落としたのだ
その狙いは、暗闇にする事で身動きを封じて院内に居る人間を、逃がさないようにする事だった
医師
「頼む。今は予備電源でなんとかなっているが、このままだと患者の命が危なくなってしまう。せめて、患者達の様子を診させてくれないか」
膝をつき両手を上げながら言う医師に、隅田は銃口を彼へと向け、何の躊躇いもなく膝ギリギリの位置に狙いを定めてーー撃った
バンッ
医師
「ひっ!」
あまりの恐怖に、医師の身体は硬直してしまう。周りにいた者達も、極限状態の恐怖により声が出せず、息をするのがやっとの状態だった
隅田 弦次郎
「患者を助けたいのなら、娘を追いやった女の看護師を出せ。そうすれば、お前らや患者には何もしない」
身に覚えがない出来事に、医師や看護師達は何を要求されているのかすら、理解できていない。ただ分かるのは、目の前の男は銃弾を撃つことに躊躇いがなく、その気になれば、人を殺してしまえると言う事だけだ
何か言わなければいけないのに、やはり誰も喉から声が出せず、ただただ殺される恐怖に震えるしかなかった
恐怖により完全にその場を支配していた隅田は、思念により苛立ったからと言って、銃弾を撃つタイミングが早すぎたと反省した
隅田 弦次郎
(これじゃ話にならないな。つくづく、病院とは相性が悪い)
隅田の幼少期は、時代のせいもあり決して恵まれたものではなかった。その中でも、呪いのようにまとわりつき、彼を不幸へと突き落とすのはいつだって"不良"と"病院"だ
医師の判断ミスのせいで、父親は病の発見が遅れ突然死した。まだ幼かった隅田と母親は、田舎の祖父母の家へと転がり込んだ
幼い隅田の薄れゆく記憶の中では、自給自足をしながら、祖父母達と楽しく暮らしていた。決して、楽な生活ではなかったが心は豊かだった
だが、そんな生活は一年も経たずに終わりをむかえる。花火をしていた不良達の火の不始末が原因で、畑に火が燃え広がってしまった
田舎だった事もあり、消防車も救急車も到着した頃には、煙を大量に吸ってしまった祖父母は、息を引き取り家も全焼していた
母親も幼い隅田を守って亡くなってしまった。その時の出来事は、断片的にしか覚えてはいないが、だいぶ後になって事件の記事を読み、彼は知ったのだ
そこからは、身寄りがない隅田の施設生活が始まり、環境も粗悪の中、彼は生き抜いていく…自分を馬鹿にする奴を黙らせ、一人で生きていく為にひたすらに勉強に明け暮れた
気がつけば、警察官としての立場を勝ち取り、最愛の女性と結ばれた。あの日以来、家族を失った隅田に家族が出来たのだ
だから、妻の妊娠を知らされた時も、誰よりも喜び、嬉し涙を流した。妻に気が早いと怒られながらも、毎日毎日、隅田は赤ちゃんの服や玩具を買い、お腹に耳を当てた
少しずつ命が芽生えていく喜びを噛み締め、彼は家族を守ると誓ったーーなのに、定期検診で病院へ向かう途中、隅田の妻は産気づき近くにいた青年達に、救急車を呼んでほしいと頼んだ
だが、青年達は救急車を呼ばなかった所か、面白半分で彼女を支えるフリをして手を離し転ばせた。彼女はお腹の子を助ける為に、顔を傷だらけにして両腕でお腹を守った
力を振り絞り隅田に電話し、彼女は気を失った。異変に気づいた隅田は、携帯のGPSで探し、路地裏に倒れている妻を見つけた
青年達から赤ちゃんを守ろうと、必死に逃げそこへとたどり着いたのだ。だが、路地裏という事もあり通行人に、見つけてもらえなかった
隅田は、直ぐに救急車を呼んだが……残酷な事にすでに手遅れだと…救急車の中で流産を告げられた
この時からだ、隅田が全てを忘れるかのように、仕事に打ち込んだのは…気がつけば捜査一課長まで駆け上がっていた
そして、冬葵が産まれた。可愛い女の子で赤ん坊の頃は、仕事以外はずっと側を離れなかった。今度こそ、絶対に守ると誓って…
隅田 弦次郎
(あの子は妻に似て優しすぎる。悪人も善人だと思ってしまうんだ…だから、不良には近づかせたくなかった)
娘が不良と仲が良いのは聞いており常日頃から、付き合うなと言い付けていた、のにも関わらずその言い付けは、守られなかった…
隅田は、人生を通して自分を不幸にしてきた"不良"を、知らず知らずのうちに恐れていた。いつか、冬葵も失ってしまうのではないかと…
隅田 弦次郎
(その結果が、このザマだ)
二ヶ月前の交通事故の知らせを受けたのは、まだ警視庁内で仕事をしていた時だった。直ぐに搬送先の中央警察病院へと駆けつけた時には、まだ意識があった
冬葵と新田は、同時に手術を受けていた。しばらくして医師から、手術は成功したと言われた隅田は、病室に運ばれる娘に寄り添った
会話こそ出来なかったが、目を細めて微かに微笑んだ娘に、隅田は心の底から安堵した。そして、同じ様に運ばれる新田を見ると、腹の底から怒りが込み上がってきた
怒りのままに声を荒げた隅田を、止めるべく警備員が彼を外へと連れ出したーー二人が植物状態だと診断されたのは、その数分後だった
一瞬、隅田は医師に言われている事が理解出来なかった。さっきまで、微笑んでいた娘が僅か数分で、植物状態になるものなのだろうか
何かがおかしいと引っ掛かった隅田は、自分が警備員に追い出された空白の時間を怪しみ、徹底的に調べ上げた
その結果、二人が植物状態になった原因は、薬を飲んだ事による意識不全の可能性が高いと分かった
だとすれば、新田による無理心中と考えるのが妥当だ。だから彼の周辺を探り、使用したであろう薬のルートを調べあげたが…妙な事に薬の出所は、掴めなかった
それもその筈だ。薬を使ったのは新田ではなかったのだから…
隅田 弦次郎
(まさか、看護師だったとはな)
もう少し早く、この事に気づけていたのなら、もっと計画的に事を運べていたのかもしれない。だが、隅田の精神は既に限界を越していた
薬の情報を手に入れたのは、黎ヰが推測したように、児童施設でだった。穢佇達について、説明しに行った帰りに、窓から皐月の姿を見つけた
咄嗟に隠れた隅田は、そこで蜂笑が話した内容を聞いてしまった
『俺、事故の少し前…冬葵っちが揉めてるの見たかも。あの時は、検査の日だったんだけど、その帰りに冬葵っちが看護師のねーちゃんと喧嘩してたの見た…』
『冬葵っちに聞いても答えてくんなかったから、気にしてなかったんだけど…多分、なんか取ってた気がする、薬…かな?』
この話を聞いた隅田は、こう解釈する
同級生のお見舞いで、双葉医院へと訪れる事が多くなった冬葵は、看護師と知り合いになった
そこで冬葵は、看護師が飲めば死に至る薬を持っていると気づき、捨てるように言った。薬の用途は、おそらく誰かに使うのか…誰かに渡すのか…
医療関係の職場でのよくある事件に、内部の者達による違法な薬の売買というのは、有名な事例の一つだ
もしかすると、看護師は小遣い稼ぎに裏で病院の薬を売り捌いていたのかもしれない…その事が冬葵にバレてしまった
存在が邪魔になった看護師は、彼女の交通事故を知り、あの日中央警察病院へ紛れて、冬癸に薬を飲ませ殺害しようとした…薬を使用すれば、自殺に見せかける事ができると考えたのだろう
実際、蜂笑の話を聞くまでは隅田だって、その場にいた新田が無理心中をしようとしたのだと考えた
隅田 弦次郎
「ここは、中央警察病院とも連携し、緊急時には医師も派遣してる!冬葵の情報を手に入れるのだって、簡単なはず…紛れて殺害する事もな!」
一切確証のない解釈だが、復讐心しかない隅田には何も見えていなかった。冬葵が薬を奪ったどうこうの話など、隅田からすればどうでも良かった
隅田 弦次郎
「名乗りでないなら、一人ずつ両手両足を撃っていくからな」
閉めたカーテンから、灯りが漏れている事に気づく。警察が集まっていると察した隅田は、SATが到着し突撃してくる前にケリをつけなければ、取り押さえられるのは、時間の問題だと急いだ
だが、どれだけ脅した所で恐怖心により、硬直してしまっているせいで、全員が同じ反応しかしない。暗がりと言う事もあり、表情から怪しい人物がいないかを読み取るのも不可能だ
隅田 弦次郎
「…女だ。女の看護師は前へ出て来い」
しばらく考え仕方なく、揺さぶりをかけていく作戦にする
隅田は、犯人が女としか知らない。いくら復讐の為にいるとはいえ、無差別に殺すつもりはなかった。あくまでも娘を追いやった奴だけが標的だ
隅田 弦次郎
「早くしろ」
命令された通りに、女性の看護師達は震える身体を動かし、隅田の前に並んで膝まづく
隅田 弦次郎
「三人か。ここに入退院を繰り返している、城音高校の男子生徒が居るな」
三人の看護師達は、答えなければ殺されてしまうと思いながらも、声が出せなかった。どれだけ喋ろうとしても、言葉にならない
そんな様子を見て、隅田は銃口を下ろした
隅田 弦次郎
「イエスなら首を縦に、ノーなら横に振れ。さっき言った城音高校の男子生徒を知ってるな」
看護師の一人は首を横に振り、二人は縦に振った。隅田は、首を縦に振った看護師達を見る
隅田 弦次郎
「お前らに質問だ。その男子生徒の見舞いに、よく来ていた女子生徒を知ってるか。名前は隅田冬葵だ」
二人の看護師は、恐る恐る首を縦に振る。隅田は獲物を狩る動物のように、ジッと二人を見た
隅田 弦次郎
「次の質問だ。二ヶ月前ぐらいに、冬葵と言い争ったのはどっちだ」
一人の看護師が首を横に振り、もう一人は下を向いたままだった。下げていた銃口をその看護師へと向ける
隅田 弦次郎
「お前はどうなんだ、答えろ」
冷酷な声音が、静まった空間に響く
立石
「…さい、ごめん、なさい…私が、私のせいで…まさか、あの子が使うとは…思わなくて…」
震える声で、泣きながら看護師の立石は謝った
立石
「しに…たかったのは…私のほう。あの薬は飲めば…安楽死できるって、だから…買ったのに…冬葵ちゃんに、見つかって…」
蜂笑の見舞いで冬葵と、顔を合わせる事が多かった立石は、いつしか誰にも言えない悩みを相談する仲になっていた
自分を全く知らない人だから、相談できた二人だったが、立石はハードな看護師業に心が病み、口癖のように死にたいと言うようになっていった
そんな時、冬葵は彼女が怪しい薬を持っている事に気づき問い詰めたところ、自殺の薬だと言われ奪い取ったのだ
立石
「馬鹿なこと、しないでって…ずっとずっと…友達だから、死んで欲しくないって…冬葵ちゃん、私には…そう言ってくれた…のに…なのに…」
立石は、勢のまま顔を上げると隅田をキツく睨んだ
立石
「おま、えが!お前が冬葵ちゃんを、苦しめて追い込んだんだ!」
隅田 弦次郎
「なんだと?」
突然言われた言葉に、隅田は眉をひそめる。周りの医師や看護師達は、気が狂ったのだと顔を青く染めていく
立石
「あの子は、ずっと、ずっと悩んでた!家に帰りたくないって、お父さんと会いたくないって、理解したいのに全然できなくてっ、辛いってずっと泣いてたの!」
一瞬、動揺を見せた隅田だったが、すぐに落ち着きを取り戻す
隅田 弦次郎
「いい加減な事を言うな」
立石
「全部、本当よ!あの子が薬を飲んだのは、お前が追い込んだから!!ぜんぶっ、ぜんぶお前のせいだ!」
隅田は慣れた手つきで、銃口を彼女へ向けると、迷いなく引き金を引いた
バンッ
放たれた銃弾は、彼女の腕をかすめる
痛いだとか熱いだとか、まるで感覚が死んでしまったかのように、立石は恐怖以外は何も感じなかった
立石
「…や、いや、」
静まり返った空間に、カチャとリボルバーを回す音だけが聞こえる
隅田 弦次郎
「犯人は自分が助かる為に、平気で嘘をつく。俺には通用しなくて残念だったな」
今度は外す気がないのだろう、銃口は立石の額へと向けられた




