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異常調査部〜院内発砲事件〜【2】  作者: 月ノ羽ルナ


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16/24

復讐

3事件【もう一つの真実】

院内発泡まで…あと1時間


取調室から出た黎ヰ(くろい)を待っていたのは、曳汐ひきしおだった。彼女は頭を丁寧に下げ、労いの言葉を口にする


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「お疲れ様です」


黎ヰ(くろい)

「俺は楽しく喋ってただけ♪自分の行いを見返して、受け止めたのはこっち♪」


中にいる穢佇えだちを褒めるように、取調室の扉を軽く指し示す


黎ヰ(くろい)

「誰にでも出来る事じゃねーよ」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「……私は、てっきりお説教をするのかと思ってました。最初からそのつもりは無かったんですね」


黎ヰ(くろい)

「ずっと孤独の中で戦ってたあいつを、説法で説き伏せさせれる程、徳積んでねーよ。それに、どんな理由であれ一生懸命にもがいた奴の人生を"間違い"なんて、簡単な言葉で括りたくなかった」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「そういうものでしょうか?」


普通なら、"間違い"だと言う事で"止められる"と考えるだろう。実際に数十分前、電話口でめぐる曳汐ひきしおにそう言っていたように…


だからなのか、曳汐ひきしお黎ヰ(くろい)の考えが、イマイチ理解できず首を横に傾けた


黎ヰ(くろい)

「身勝手な正義論。それって俺にも言えるだろぉ?相手の境遇や立場、それに伴って培われていく思考や行動。そいつの人生にすら関わってなかった俺が、その全部を否定して偉そうに自分だけの偏見(せいぎろん)語るってのは、まさしくーー」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「身勝手ですね」


黎ヰ(くろい)

「だろ♪」


悪戯な笑みで返す黎ヰ(くろい)に、曳汐ひきしおは思う。人は職業や地位によってさまざまな権力を手に入れる


与えられた権力は義務となし、いつしか自分本位で物事を捉えるようになってしまう。それは個人だけに留まらず集団になると、その考えは間違っていないと錯覚する


そんな人間ばかり…いや、人間だからそうなって当たり前なのに目の前の人物は、人間らしい考えを当然のように否定してしまう


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「神や悪魔も結局は、自分に利益をもたらすので、黎ヰさんにはやっぱり異常がピッタリですね」


黎ヰ(くろい)

「主語がないが…だいたい理解できちまうなぁ」


唐突な曳汐ひきしおの言葉に、黎ヰ(くろい)は彼女が少しの沈黙の中で、何を考えていたのか想像し、苦笑いを返す


それは、異常だと言われたからではなく、主語がなくても会話が成立してしまい、すっかり曳汐ひきしおがその会話力で、黎ヰ(くろい)以外の人とも接してしまっているからだ


黎ヰ(くろい)

(紾ちゃんとの距離感も、半分はこれのせいだよなぁ)


そんな事を思いつつも、特に相談されている訳でもないので、黎ヰ(くろい)は下手に口出しできずにいた


そんな時、ふと違和感に気づく


黎ヰ(くろい)

「そういや、出てきたら一課の連中が、すぐにでも身柄を抑えにくると思ってたが…」


穢佇えだちの取り調べは、捜査一課からすると嫌がらせのようなもので、一秒でも早く彼の身柄を引き取りたい筈だ


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「はい。最初は遠くの方で此方を見張っていたんですけど、気づけば全員居なくなってたんですよね」


不審に思った曳汐ひきしおは、一度ドアの前から離れて様子を伺ってみたが、結局は何の変化もなかった


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「確か、黎ヰさんのストーカーさんも同じ頃に姿を消していたかと」


ストーカー。そう言われて、思い浮かんだ顔の存在すらすっかり忘れていた事に気づく


黎ヰ(くろい)

「居たな」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「黎ヰさんって、自分の危機管理には少し疎くなりますよね」


痛いところをつかれ、気まずそうに視線を逸らす


黎ヰ(くろい)

「ん、まぁ…肝に銘じとく」


ストーカーと例えたが、実際の名前はくろうま あおい。彼は黎ヰ(くろい)に、かなりの恨みを持つ人物なのを、二人ともがその苗字から知っていた


取り調べの最中に横槍を入れたり、わざわざ取調室の前で待っていたのも、黎ヰ(くろい)が何かしでかすのを待ち、付け入る隙を伺っていたからだろう


黎ヰ(くろい)

「にしても、諦め早すぎじゃね?いや、一課も…となると何かあったか………?!」


はっ、として黎ヰ(くろい)は辺りを見回し、この場に人の気配が全くない事に気づいた


黎ヰ(くろい)

「あー、すげぇ嫌な予感しかしねーな」


状況的に、嫌な予想が頭を駆け巡る。つられて曳汐ひきしおは、自分が持っていた無線の電源が付いているかどうかを確認した


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「すみません、無線機の電源入れ忘れてました」


言いながら、スイッチを回して電源を入れる


黎ヰ(くろい)

(隅田と関係がなければ、最悪の事態じゃなさそうだが)


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「……」


無線から聞こえてくる声を、イヤホン越しで聞いていた曳汐ひきしおは、真剣な表情で黎ヰ(くろい)を見た


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「双葉医院で立てこもり事件です。犯人は一名、男性で拳銃を所持していると、直ちに近場の警官は拳銃を携帯した後、現場へ急行するよう指示が出されています」


黎ヰ(くろい)

「立てこもり、そう来たか」


嫌な予感…と言うよりは、八割型推理によって導き出されてしまう答えに、黎ヰ(くろい)は顔をしかめる


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「犯人に心当たりがあるみたいですね。蔡茌さんからも病院のワードが出てきましたけど」


それを聞いた黎ヰ(くろい)の顔が、ますます険しくなった事で曳汐ひきしおは、何か関係があると確信した


黎ヰ(くろい)

「状況的にかなりヤバいかもしんねぇな、おそらく立てこもってんのは隅田だ」


先に結果を述べ黎ヰ(くろい)は、曳汐ひきしおからめぐる達の調査報告をザックリと聞いた


黎ヰ(くろい)

(成る程ねぇ〜児童施設に行ったのか、もしそこで薬の話をしたんだとすれば、隅田が聞いていた可能性があるなぁ)


穢佇えだちからの話だと、隅田すみだは施設を援助していたり何かと気にかけている。なら、昨晩に穢佇えだち含め四人が捕まった事で、パニックになっている施設の職員達へ説明を行っていたとしても、不思議じゃなかった


黎ヰ(くろい)

「…もし、娘を奪った新田が生きていれば、隅田はそっちへ復讐しに行っただろうが、植物状態ならそれも叶わない。だが、そうなった原因は"薬"によるものだと知った」


おそらく最初は、新田が薬を持っていたと思ったに違いない。だから薬を売っている奴らのルートを調べた、娘を植物状態に追いやり薬を売買している奴等を、根絶やしにする為に…


黎ヰ(くろい)

「だが、偶然にも薬は娘が看護師から奪い、手に入れたものだと知っちまった。なら、当然そっちに復讐しに行くだろうなぁ〜」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「目に見えない敵よりも、見える敵の方が的を絞りやすいですからね」


肝心な薬のルートについて、黎ヰ(くろい)は本能的にアリババの存在を感知していた


隅田すみだも伊達に捜査一課長と言う肩書きを持っている訳ではない。ありとあらゆる手段を使って探せば、薬のルートぐらいは掴めそうなものだ


それが掴めなかったからこそ、目先の標的に的を絞ったのだろう…でなければこんなに直ぐ行動に移す筈がない。隅田すみだは娘を失った日から、怒りの矛先をずっと探していたのかもしれない


黎ヰ(くろい)

(警察の情報網ですら、すり抜けられる奴がいるとしたら…アリババだ)


奴が廃校舍で青年を殺害した手段も薬だった。こう身近に薬を生み出す組織が、いくつもあるとは考えにくい


そこまで思考を行き着かせた黎ヰ(くろい)だったが、不意に眉をひそめる


黎ヰ(くろい)

「……妙だ。何か見落としてるな」


"薬""アリババ""交通事故"そんな三つの単語がまとわりつく


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「現場に向かいますか?」


そう問われた黎ヰ(くろい)は、少しだけ黙ると首を横に振った


黎ヰ(くろい)

「現場には俺が行く。曳汐には別件を頼みたい」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「別件とは、何でしょうか」


黎ヰ(くろい)はポケットから何枚か写真を取り出し、曳汐ひきしおへと渡す。視線を写真へと向けたものの、写っているのは女性物の服や日常品ばかりだった


黎ヰ(くろい)

「ここに写ってるのは昨日、曳汐が紾ちゃんと逮捕した窃盗犯の盗品だぁ」


どさくさに紛れ黎ヰ(くろい)は、ちゃっかりと写真を撮っていた


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「確かその窃盗犯って…」


黎ヰ(くろい)

「影上。隅田の娘とその恋人と関わりがあった人物だぁ、いまは送検されて話せる状態じゃないがな」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「では、何をすれば?」


黎ヰ(くろい)

「この盗品が隅田冬葵の物かどうかを、隅田の家に行って調べてきて欲しい」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「構いませんが、もし盗品が娘さんの物だとするなら、とても妙な事な気がするんですけど」


曳汐ひきしおが疑問を抱くのも当然だった。影上かげうえが植物状態の冬葵ふゆきの日常品を盗んだ所で、どうなると言うのだろうか


仮に、影上かげうえ冬葵ふゆきを想い、元気だった頃の彼女の思い出に浸りたいと、行動したのだとしても、何故昨日だったのか……いや、それ以前に彼は絶対的に不可解な行動を起こしている


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「何故、白昼堂々とナイフを振り回したのでしょうか」


黎ヰ(くろい)なら、何となく答えを知っている気がした曳汐ひきしおは、疑問をぶつけてみる


黎ヰ(くろい)

()()に関しちゃ、イレギュラーが起こったのかもしんねぇな。俺もまだ断言は出来ねぇが、盗みと奇怪な行動は、切り離して考えた方がいい」


全部をまとめて推理してしまうと、複雑な糸は余計に絡まってしまう。こう言う時は、一つ一つ切り離して考えた方が、意外と答えは近づいてきてくれる


黎ヰ(くろい)

「人の感情は複雑だからなぁ〜。事件ってのは、常にその感情とのやり取りのようなもんだろ」


おそらく黎ヰ(くろい)には、今回の事件の全貌が見えているのだろうと、曳汐ひきしおは思った。そして先ほど頼まれた事は、この事件にとってとても重要な事だということも、彼女は理解していた


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「写真の件、承りました。隅田さんのご自宅へ向かいます」


心の中で納得した曳汐ひきしおは、それだけ言うと、軽くお辞儀をしてから歩き出した


黎ヰ(くろい)

(さてと、俺も早いとこ行かねーとな。上手いこと、紾ちゃんと合流できればいいが…)


黎ヰ(くろい)は一度、電話を掛けようかと思ったが、もし先にめぐる達が医院の中へと入っていたとしたら、命を危険に晒す可能性があるので、やめておいた方が賢明だと判断する


黎ヰ(くろい)

(署内に人が居ない所を見ると、誰が立てこもってるのか嗅ぎつけてるな)


これは、ただの立てこもり事件ではない。現役捜査一課長が主犯の立てこもり事件だ。警察の汚名どころか、人の命が奪われる事があれば、上層部の首がいくつも飛ぶだろう


それを阻止する為に、警察の動員を増やしているのが手に取るように分かってしまう


黎ヰ(くろい)

(って事は、紾ちゃん達にもその情報は当然いってるよなぁ〜、なんなら説得要員にされてる…いや、紾ちゃんなら進んで名乗り出るだろうなぁ)


どちらにしろ、誰よりも後手に回ってしまっている黎ヰ(くろい)は、それを自覚し迅速に行動する




ーーー ーーー ーーー ーーー




曳汐ひきしおが一方的に切った電話に対し、腹を立てている皐月さつきを宥めていためぐるだったが、彼の着信音に気づいた


蔡茌さいし めぐる

「皐月君、電話が鳴っているみたいだぞ」


言われると同時に、携帯に表示された名前を見て皐月さつきは、顔を強ばらせた


皐月さつき しゅう

「…隅田さんからです」


蔡茌さいし めぐる

「?!」


このタイミングで、向こうから接触してきたとなると何かあるに違いない。皐月さつきは、目で合図し応答ボタンを押した


隅田すみだ 弦次郎げんじろう

『もう俺に関わるな』


静かな声音が聞こえてきたかと思えば、最初から返事を待っていなかったのか、電話はすぐに切られてしまった


皐月さつき しゅう

「えっ」


皐月さつきは、隅田すみだが何か取り返しのつかない事を、してしまうのではと言う気持ちに取り憑かれ、冷静さを失っていく


そんな彼にめぐるは、どう声を掛けようか迷ったが、結局言葉が見つからないまま警察署へと戻って来てしまっていた


二人が妙に騒がしい署内の様子に気づくのと、皐月さつきの無線から立てこもり事件の召集がかけられたのは、ほぼ同時だった


皐月さつき しゅう

「……双葉医院は、城音高校や児童施設の地域の中心にあります。蜂笑君が入院しているのは、双葉医院じゃないでしょうか…」


全てを繋げて考えてしまう皐月さつきの、言わんとしている事が分かり、めぐるは慌てて首を振る


蔡茌さいし めぐる

「まだ、決まった訳じゃないだろ。それに隅田さんはあの場に居なかったーー」


皐月さつき しゅう

「だとしても、確かめないと!」


自分に言い聞かせるように、走り出した皐月さつきの後を追いかけた先は、拳銃の保管庫だった


蔡茌さいし めぐる

「……」


射撃練習など、全くしてこなかった事を後悔しながらも、改めて人を簡単に傷つける事が出来てしまうそれを見ると、自然と手が震えてしまう


皐月さつきには、そんなめぐるが目に入っていないようで、保管庫をさっさと出ていってしまう


めぐる皐月さつきを無我夢中で追いかけ、なんとかパトカーに同乗できたものの、彼は違反ギリギリのスピードで双葉ふたば医院へとパトカーを走らせた



……


………


そうして、二人が双葉ふたば医院へと着いた時には、まだ警察官が数人しか到着していなかった


状況の説明を求める為に、皐月さつきが近くにいた警察官へと詰め寄る


皐月さつき しゅう

「犯人は、誰なんですか!男の風貌は!」


警察官

「まだ情報を確認している最中だ」


皐月さつき しゅう

「確認って、中へ入れば良いでしょう」


警察官

「指揮官から現場待機命令が出されている。勝手な事は出来ない。君も少し落ち着きなさい」


冷静じゃない皐月さつきに、警察官は後ろにいためぐるに目配せで、なんとかするように促した


蔡茌さいし めぐる

「皐月君。とりあえず、冷静になって考えてみよう」


皐月さつき しゅう

「蔡茌さん…すみません」


振り返っためぐるの表情が、とても悲しそうな事に気づいた皐月さつきは、はっと我にかえる


蔡茌さいし めぐる

「黎ヰに聞いてみてもいいかもしれない」


皐月さつき しゅう

「あの人ですか…」


黎ヰ(くろい)の名前を聞いた皐月さつきは、嫌悪感を露わにした


蔡茌さいし めぐる

「もし、隅田さんと関わりがあるんだとしたら、その可能性を推理してくれる。普段は掴みどころがないけど、黎ヰは頼りになるよ」


皐月さつき しゅう

「信用はできませんが、蔡茌さんがそう言うなら…」


渋々頷く皐月さつきを横目に、めぐるは携帯を取り出し、黎ヰ(くろい)へと掛けようとしたーー


その時、突然誰かの腕が伸びてきて、携帯を奪い取られてしまう


世瀬よせ 芯也しんや

「よっ、昨日ぶりだな」


驚いたのも束の間、見慣れた顔にめぐるは呆れたように友人を見た


蔡茌さいし めぐる

「世瀬?!一体、何のつもりなんだ」


世瀬よせ 芯也しんや

「怒るなよ。これでも、助けてやってるんだぞ」


蔡茌さいし めぐる

「助けたって…何が?」


世瀬よせは、キョトンとしている二人に近寄り、軽く親指を立て後ろへと、何度か指す。目立っていたのかその先には、こちらを睨んでいる警察官達が居た


世瀬よせは小声で喋り出す


世瀬よせ 芯也しんや

「ここじゃ、その名前は禁止だ。お前は知らないだろうから説明してやるが、黎ヰってのは根深いところまで恨まれてるんだよ」


それはなんとなく、異常調査部を介して分かっていたつもりだったが、世瀬よせの口振りから察するに、想像以上に恨まれているようだとめぐるは思った


世瀬よせ 芯也しんや

「唯でさえ、因縁がある捜査一課絡みとなれば他の奴らだって、嫌でもピリつくに決まってる」


皐月さつき しゅう

「捜査一課絡みって、何の事なんですか!」


気になる言葉に、皐月さつきは思わず声を荒げてしまう。その反応に、世瀬よせは目を細めた


世瀬よせ 芯也しんや

「さっき、一課の連中の話を聞いちまったんだよ。一課長から不審な電話があったっきり、連絡が取れないって。で、そのすぐ後に事件(これ)だ。電話と事件が無関係なら問題ないが、あったとしたら警察としては大問題だ」


二人の顔が青ざめていく様子に、世瀬よせは何かを感じ取った


世瀬よせ 芯也しんや

「まさかとは思うが…お前ら…事件(これ)に関わってんじゃないだろうな」


蔡茌さいし めぐる

「関わってるも何も…」


どう説明したものかと、めぐるが頭を悩ませる中、皐月さつきはやはり立てこもっているのは、隅田すみだの可能性が高いと、歯を噛み締めた


皐月さつき しゅう

「なんとかして…中へ入れれば…」


そんな分かりやすい二人の反応に、世瀬よせは深くため息をつき、さっきよりも小声で喋った


世瀬よせ 芯也しんや

「……偶然なんだが、裏口の窓が半分だけ開いてた気がするな…」


皐月さつき しゅう

「?!」


蔡茌さいし めぐる

「世瀬…お前」


照れ臭そうに頭を掻きながら、世瀬よせはさっさと行けと、促すように片手を払った


あまり騒いで、他の警察官に不審に思われるとまずいので、皐月さつきは頭を軽く下げた。めぐるも決意を込めたように頷くと、二人はそろりと裏口へと回った


完全に二人の姿が見えなくなった頃だった。何も言わない世瀬よせに、痺れを切らした一人の警察官が恐る恐る声を掛けた


警察官

「あの、指揮官…我々は本当に待機のままで、いいのでしょうか」


世瀬よせ 芯也しんや

「あぁ。全員、医院を広く囲んで野次馬やマスコミを寄せ付けないように、もう少しすればSATが到着する。それまでは待機だ」


警察官

「はっ!」


敬礼をすると、直ぐに世瀬よせの指示通りに動きだす


世瀬よせ 芯也しんや

(クソ親父。面倒な事、押し付けやがって)


立てこもり事件の犯人が、捜査一課長である隅田すみだ 弦次郎げんじろうなのは、その行動を怪しんでいた公安からの情報により、世瀬よせの父親であり警視庁・管理官の世瀬よせ 哲乙あきおは既に掴んでいた


今朝方、昨晩の事件で異常調査部が捜査一課と揉めている事も知っていたので、管理官は息子の芯也しんやに全てを一任した


世瀬よせ 芯也しんや

(ここで功績を上げれば、及び腰の連中も発案書に印を押すかと思えば、労働と報酬の釣り合いはとれてるか)


異常調査部を潰す為の一手を、ある発案書と共に上へと提出した。いくら目障りな黎ヰ(くろい)を消す為とは言え、前代未聞の発案内容に上の連中は渋った


その必要性を知らしめるのに、うってつけな舞台がこの立てこもり事件だ


もちろんめぐる皐月さつきを、わざと医院の中へ入らせたのも、世瀬よせの作戦のうちだった


世瀬よせにとって、いま重要なのはこの状況下で黎ヰ(くろい)がどう動くかだ


何でも構わない、黎ヰ(くろい)の些細な行動一つで、全てを彼のせいにできれば、腰の重い上層部を動かせる


執念めいた眼差しで、世瀬よせは獲物が罠にかかるのを、ただじっと待っていた


 

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