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異常調査部〜院内発砲事件〜【2】  作者: 月ノ羽ルナ


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13/24

見ていた者

杉野千すぎのせは、冬葵ふゆきについて生徒達から話を聞くと、約束してくれた


それと同時に、闇雲に聞き回ったりは出来ないとも言った。三年一組の生徒とは数人顔見知りなので、機会が出来れば聞く程度で、収穫は見込めないし、時間も掛かってしまう…


そう説明してめぐる達を見送ったが、杉野千すぎのせは、薄々だが生徒達が冬葵ふゆきについて、何か知っていると確信していた



それが必ず事件に関わっているかまでは分からないが、教師が知らない面は必ずあるだろう


本来なら、生徒達の不安を煽ったりしたくないし、危ない事から護るのが教師の務めの一貫だと思っていたが、めぐるの話を聞いて、自分が護るべき生徒の中には、冬葵ふゆきも居るのだと気づいた


だからこそ、学校側と相反する行動と分かっていながらも、協力すると決めたのだった

そんな杉野千すぎのせを見て、めぐるは改めて6年前の彼女ではないのだと思った


協力してもらう事により、変な事に巻き込んでしまうかもしれないと躊躇ったが、杉野千すぎのせはちゃんと自分の意志と、協力する意味を持っていた


そこに彼女の気持ちがあるのだと知ると、めぐる杉野千すぎのせの協力を拒む事は出来なかった


皐月さつき しゅう

「杉野千先生の協力を得られましたが、現状は手詰まり状態です」


校門に向かって歩く、皐月さつきの表情は暗かった


そうなるのも無理はない。冬葵ふゆきの交通事故については、新たな可能性が見つかりはしたが、だからと言って父親の隅田すみだが、穢佇えだちと手を組んでいる理由と結びつけるのは難しい


皐月さつき しゅう

「隅田さんの娘さんについて知るには、事故当時について知っている方に、話を聞いた方がいいかもしれません……奥さんの事を考えると、避けたかったのですが…」


隅田すみだの奥さんは、とても繊細で気弱な人なのを、皐月さつきは知っていた。だから、できれば事故当時の事を思い出させたくはなかった


それに、夫である隅田すみだが悪に手を染めているかもしれない今、どんな顔をして話せばいいのか分からない


皐月さつき しゅう

「他に、お話を聞ける方がいれば良いんですけど…」


蔡茌さいし めぐる

「事故当時の関係者か」


他に思い当たる人物がいないかと、二人が頭を悩ませながら、校門をくぐると死角から人影が飛び出てくる


蜂笑はちえ

「やっと出て来た!杏果っちの先輩さん」


突然の事に驚いた二人は、一瞬思考を停止させたが、目の前に現れたのが先程、職員室の前で何かしていた子だと気がつくのに、そう時間は掛からなかった


二人とも遠目だったが、蜂笑はちえは長身で明るい赤髪なので、印象に残るには十分な見た目だろう


蔡茌さいし めぐる

「杏果っちって…まさか杉野千の事か?えぇーと、君は学生じゃ、授業は…」


どう反応して良いか分からず、困るめぐるを見て蜂笑はちえは笑った


蜂笑はちえ

「あはは、マジメ〜。俺早退したからその辺は、大丈夫大丈夫〜」


蔡茌さいし めぐる

「そ、そうか?」


若干、彼から感じ取れる若者感に気圧されてしまう


蜂笑はちえ

「それよか、杏果っちの先輩さんって警察なんじゃん?」


蔡茌さいし めぐる

「なん…じゃん…?」


皐月さつき しゅう

「多分、彼は蔡茌さんに"警察ですか"と、聞いてるんじゃないでしょうか」


隣で皐月さつきがフォローを入れ、めぐるはようやく蜂笑はちえが、自分に質問しているのだと理解できた


蔡茌さいし めぐる

「確かに警察だけど、どうかしたのかい?」


蜂笑はちえ

「やっぱしか!待った甲斐があった」


無邪気に笑う蜂笑はちえに対し、めぐる皐月さつきは驚きながらも顔を見合わせた


この状況で警察に会いに来た理由…もしかすると、事件に関わる事かも知れない


蜂笑はちえ

「俺さ、三年一組の蜂笑。昨日捕まった穢佇達と同級生なの、どーしても言いたい事があってさ、散歩がてら聞いてくんない」


皐月さつき蔡茌さいし

「?!」


予想が的中し、二人は目を見開いた


蜂笑はちえ

「ぷっ、あはは驚き過ぎじゃん」

 

どうして、蜂笑はちえが笑っているかは分からなかったが、彼の登場のお陰で風向きが変わった様な気がした


蜂笑はちえ

「俺さ、案内したい場所があんだよね。歩きながら、昔話聞いてよ」


マイペースな蜂笑はちえだったが、真剣めいた表情と雰囲気から、悪ふざけではないと思った


蔡茌さいし めぐる

「皐月君、付いて行ってみよう」


皐月さつき しゅう

「はい」


こうして、ゆっくりな歩幅で歩く蜂笑はちえに二人は付いていく事に…

彼が口を開いたのは、学校から少し離れてからだった


蜂笑はちえ

「でさ、なんで穢佇とか捕まったの?もしかして、冬葵っちと関係あったり?」


皐月さつき しゅう

「それを、いま調査している所なんだ。詳しくは言えないけれど、何か知っているなら教えてくれないかな」


こっちから、質問したい事はあったが、皐月さつきは彼が最初に言った"話したい事"が引っかかっていた


学校を早退し、待ち伏せをしてまで彼が"話したい事"とは何か…それを聞いてからでも、質問はできるだろう


蜂笑はちえ

「あちゃー、やっぱし事件について教えてくんないか…興味あったんだけどな」


少し残念そうにした後、蜂笑はちえは頭の後ろで腕を組んだ


蜂笑はちえ

「まぁ、いいか。どっちの話もしたかったし」


皐月さつき しゅう

()()()()と、言うのは?」


蜂笑はちえ

「冬葵っちと穢佇。なんとなく話しといた方がいいって、思ってさ」


まさに、知りたい二人の名前が出てきて皐月さつきは、目を見開いた。そんな反応に気づかない蜂笑はちえは、そのまま喋り出す


蜂笑はちえ

「冬葵っちの交通事故があった次の日さ、クラスの全員がスッゲー驚いたし悲しんでた」


昨日まで、仲良く喋っていた同級生が次の日に植物状態となり、会えなくなってしまった。クラス中は大騒ぎで、誰とでも優しく接してた冬葵ふゆきの事故を、当然のように悲しんだ


蜂笑はちえ

「本当はさ、クラスの誰もが冬葵っちの交通事故について協力できるなら、したいって思ってる。でも…」


捜査一課長…つまり、冬葵ふゆきの父である隅田すみだが交通事故の後、学校へと乗り込み生徒達に無理な調査をしようとした


学校側はなんとか止めたが、生徒達は隅田すみだの剣幕に気圧されてしまい、誰もが怖くなり口を閉ざしてしまった


もちろん、その話を聞いた保護者からも学校側へ苦情が入り、結局生徒達はそういった大人の事情により、事件に関わる事を禁止されてしまったのだ


蜂笑はちえ

「特に同じクラスの俺たちは、絶対ぜーたい何も言うなって、釘刺されてさー。まっ、大人に言われて傍観者決め込んだこっちも、こっちなんだけどさ」


それくらいで黙ってしまったのなら、きっと自分達の中では()()()()の事だったのかもしれないと、話しながら蜂笑はちえは思った


蔡茌さいし めぐる

「色んな事が重なってしまっただけだ。事件に巻き込みたくないと言う、大人達の判断は当たり前だし、君達が不安や恐怖で口を閉ざしてしまうのも、むりはないし何も悪い事じゃないよ」


なんとなく、蜂笑はちえが自分を責めているような気がしためぐるは、思わず言葉を掛けた


蜂笑はちえ

「杏果っちの先輩さん、優しすぎじゃん。多分だけど冬葵っちも似たような事言ってくれる気がする」


冬葵ふゆきは、父親の肩書きなど関係なく誰にでも手を差し伸べる子だった


蜂笑はちえ

「テレビ見てさ、冬葵っちが不良と車に乗ってたって知った時、相手は分かんねーけど状況自体は、まったく不自然って思んなかったんだよね」


むしろ、自然だとすら思ってしまった。それは隅田すみだ冬葵ふゆきをよく知る人物なら、全員同じ事を思っただろう


皐月さつき しゅう

「それは…どうして?」


蜂笑はちえ

「だって、冬葵っち不良とか気にしないしさ、実際うちの学校に居る影上とも、めっちゃ仲良いし」


世間から見た隅田(すみだ冬葵ふゆきは、真面目で優等生…そんな子が深夜に元とは言え、不良と扱われる男と車に乗っているなんて、まさにあり得ない事だ


それだけで世間は、非があるのは彼女ではなく、同乗していた男の方だと思うだろう


対して、冬葵ふゆきと共に学校生活を送っている者達からしたら、彼女ならあり得る事だと受け入れてしまえる。その理由は彼女をよく知っているからだ


蜂笑はちえの話を聞いて、めぐる皐月さつきは、やはり冬葵ふゆき自身、車に乗る理由があった可能性が高いと思った


蜂笑はちえ

「とは言ってもさ、穢佇だけはブレなかったんだけど」


皐月さつき しゅう

「風十君が?もしかして、冬葵さんとトラブルがあったのかい」


急に穢佇えだちの名前が出てきた事で、皐月さつきは不安を覚えた。だが、蜂笑はちえはそれとは対照的に笑った


蜂笑はちえ

「あはは、違う違う。トラブルとかじゃないって!なんつーかさ冬葵っちと穢佇って、似て非なる存在…的な?誰にでも優しい冬葵っちに対して、穢佇は誰にでもツンケンな態度って感じ。でも、どっちも大人は信用してなくて、そう言う所は一緒なんじゃん?」


"大人は信用してない"蜂笑はちえから放たれたその言葉に、取り調べの時に接した穢佇えだちの冷たい表情が二人の頭に浮かんだ


蜂笑はちえ

「冬葵っちは、父ちゃんの肩書きがスッゲー窮屈だってボヤいてた。家でも学校でも不良とは付き合うなって、何度も言われたって」


皐月さつき しゅう

(だとすると、あの日…不良と車に乗っていたのは、隅田さんに対する反発から)


あえて駄目だと言われる事を、していたのかもしれない。それはいわゆる思春期にはよくある事だった


数々の少年犯罪と向き合ってきた皐月さつきは、ふとそんな風に考えた


蜂笑はちえ

「冬葵っちは、その人をちゃんと見てた。キッカケは多分…反抗心からだったかもだけど、自分の判断で不良達と真っ直ぐに接してた。でも、それは娘を大事にする親からすれば、スッゲー怖い事だったのかも…」


隅田すみだが、学校に乗り込んで来た時の事を思い出し、あの時の彼の目は捜査一課長と言うよりも、事故に巻き込まれた娘を心配する、父親の目に蜂笑はちえは思えた


皐月さつき しゅう

「人を見るのに、不良とか育ちなんかは、関係ない筈なのに」


勝手な大人達の振り分けのせいで、冬葵ふゆき穢佇えだちは心を閉ざしてしまったのだと、改めて二人は思った


かと言って、子を思う親の気持ちが理解出来ない訳でもなく、視点が違うだけでこうも見方が変わってしまうのかと、皐月さつきめぐるも居た堪れない気持ちになった


蜂笑はちえ

「俺さ思うんだよねー。さっき、杏果っちの先輩さんが言ってたようにさ、どっちも悪くないんじゃん。冬葵っちも冬葵っちの父ちゃんも、自分の大事なモンを守りたかった…冬葵っちは自分の信じた人を、父ちゃんは冬葵っちを…なんで、すれ違っちまうんだろうなー」


真っ直ぐに放たれた蜂笑はちえの疑問に、二人はどう答えればいいのか迷い、言葉を詰まらせた後、先に沈黙を破ったのはめぐるだった


蔡茌さいし めぐる

「…きっと、分かり合える筈だ。今はすれ違っていても親子なんだから」


皐月さつき しゅう

「隅田さんは、そう言う人です。娘さんが目を覚ましてくれれば…きっと、そうなります」


二人から掛けられた言葉は、まるで二人自身に言い聞かせているように蜂笑はちえは思えた。だが、そこを突っ込むのも違う気がして、悩んだ末に結局は、曖昧に頷いたのだった


蜂笑はちえ

「…そっか」


風がそっと三人の髪をゆらした時、賑やかな子供達の声が聞こえてきた


めぐるが声のする方を見ると、草で作られた塀の隙間から、子供達が走り回ったり、砂遊びをしているのが見えた


蔡茌さいし めぐる

「ここは?」


蜂笑はちえ

「俺が案内したかった場所!」


そう言いながら、蜂笑はちえは両手を広げ笑った。その真上には、ちょうどアーチ状に作られた看板があり"児童施設おひさま"と書かれていた


皐月さつき しゅう

「児童施設…まさか、風十君達の!」


いち早く察した、皐月さつきが声を上げる


蜂笑はちえ

「そっ!二人とも話分かる感じだし、直接見てもらおうって思ってさ」


ニッカリと笑い、蜂笑はちえは軽い足取りで施設の中へと入って行った



ーー


ーーー


「あっ、ハチお兄ちゃんだぁ!」


施設の中に入るなり、砂場で遊んでいた女の子が走りながら、蜂笑はちえに飛びつく


蜂笑はちえ

「おっ、元気そーで良かった。今日は何してんの?」


「えへへーせんせいがね、遊んでいいって、だからーおしろ作ってたの」


蜂笑はちえ

「そっかそっか」


小さな女の子と話す蜂笑はちえを見て、彼は何度もここへ足を運んでいるようだった


蜂笑はちえ

「俺の母ちゃんの前の勤め先、つっても一回潰れてっけどね」


蔡茌さいし めぐる

「立て直されてるのかい?」


蜂笑はちえ

「母ちゃん曰くちょーブラックでさ、市の調査で経営困難ってなったらしいよ。母ちゃんはその前にすぐ辞めてたけどね。俺もよく母ちゃんの仕事が終わんの待っててさ、立て直された後もたまに寄ってんの」


皐月さつき しゅう

「それなら、風十君達とも仲が良かったんだね」


児童施設に居る穢佇えだち達とも、学校内以上に付き合いがあるのだろうか…そう思った皐月さつきだったが、蜂笑はちえは首を横に振る


蜂笑はちえ

「そーでもないかも、俺が来てるのも知らないっぽいし」


言いながら蜂笑はちえは、施設の奥へと入っていく


皐月さつき しゅう

「職員の方に、風十君達の事を聞けるかもしれませんね」


蔡茌さいし めぐる

「もし、隅田さんと関わりがあるなら目撃情報もあるかもしれない」


てっきり、職員の居る場所へと案内されるかと思っていた二人は、そんな話をする


だが、蜂笑はちえが足を止めた場所は、施設の車がある小さな駐車場だった。唯一、施設内でコンクリートがあるその場所で、蜂笑はちえはしゃがんだ


皐月さつき しゅう

「えっと、ここは…」


蜂笑はちえ

「いーからいーから、ほらっ!この落書き見て見て」


蜂笑はちえが指を指した方…地面を見ると、子供達の落書きが沢山書いてあった


最初は、どうしてこれを見せたいのか理解出来なかった二人だったが、よく見てみると見知った文字を発見する


皐月さつき しゅう

「これは…かざ、と…くんの…」


よくある子供の落書きだったが、マントをつけた穢佇えだちらしき人物の横に、でかでかと"かざとお兄ちゃんヒーロー"と文字が書かれていた


その絵をじっくり見てみると、ヒーロー風十の前には敵が倒れている。他の場所を見てみると、同じくヒーロー風十がお姫様を助けていたり、敵を倒していたりと色んな場面が描かれていた


それだけで充分、穢佇えだち風十かざとが施設の子達に慕われているのが分かった


蜂笑はちえ

「この絵の中のヒーロー風十ってさ、めっちゃ笑ってんじゃん」


蔡茌さいし めぐる

「確かに、すごく笑顔だ」


蜂笑はちえ

「一回だけだけど、俺も見たことあんだよね。もう想像できねーってくらい、穏やに笑ってる穢佇をさ…あん時はマジで、誰か分かんなかった」


大袈裟に言う蜂笑はちえだったが、確かに取り調べをした段階では、こんなに笑う穢佇えだちを想像していなかった。どちらかと言うと、嘲笑う様なイメージが強い


めぐる皐月さつきも頭の中で必死に笑う穢佇えだちを想像してみたが、やはり上手くはいかなかった


蔡茌さいし めぐる

「施設では、こうなのか…?」


数刻前、杉野千すぎのせが生徒達は学校と家とでは見せる顔が違う。と話していたのを思い出す


蜂笑はちえ

「つーよりは、子供の前だとすっげぇお兄ちゃんしてんの。そん時さ…俺、思ったんだよね」


不意に蜂笑はちえは、真剣な声音で続けた


蜂笑はちえ

「穢佇の幸せは子供達の側なんだって。学校でも浮いてっし、大人も信用してなくて、友達も作らない…そんな穢佇の守りたい大切な人が、子供達なんだ!って思ったんだ」


そこから蜂笑はちえは、少しだけ語り出した


お互いに小学校にも通っていない頃、小さなボロアパートで穢佇えだち蜂笑はちえは、家が隣りどおしだったのだと


穢佇えだちの両親が()()だった事もあり、付き合い自体はなかったが、後から蜂笑はちえは母親から、穢佇えだちは幼稚園や保育園にも通わせていなかったと聞いた


蜂笑はちえが、よく一人で家にいる時、隣の部屋からドカドカと物音が聞こえたり、奇声が聞こえたりしていた


小さい時の彼は、それが何なのか分からず、楽しそうにしているなっと、今にして思えば全く見当違いの事を思っていた


そんなある日、母親と出掛け先から帰った時…アパートの前に人だかりが出来ており、その中心には手に何かを持っていた、小さい穢佇えだちが佇んでいた。大人達はその手にある物を見て取ると、直ぐに警察を呼んだ


駆けつけた警察はそのまま、穢佇えだちの両親を覚醒剤所持と使用で逮捕したのだと、理解したのは蜂笑はちえが、何年後かに母親と会話をしていた時だった


それから、クラスが一緒になり、なんとなく穢佇えだちの事を気にかけていたが、その頃かは既に彼は誰も信じず、常に一人で過ごしていた


蜂笑はちえ

「最初は、友達になろうかなーとか思ってたんだけどさ…」


施設の子供達と接する穢佇えだちを見ると、何となく蜂笑はちえは、その必要はないように感じたのだった


皐月さつき しゅう

「昔から彼を知っていた…だから風十君を、気にかけてくれたんだね」


蜂笑はちえ

「俺の存在なんて、きっと穢佇は知らないんだろうけどさ……そー言えば、穢佇を名前呼びしてる人、初めてかも」


興味ありげな視線を向けられた、皐月さつきは苦笑いを返す


皐月さつき しゅう

「本人からは拒否されたけどね」


蜂笑はちえ

「しそー。でも、名前で呼んでくれてんだ、いつか響くかもね」


決して嫌味などではなく、今の穢佇えだちの心を揺らすものは、施設の子達しか居ないのだと、蜂笑はちえは思っていた


皐月さつき しゅう

「だと良いんだけど」


蜂笑はちえ

「……やっぱし、これも言っとこーかな」


黙っているつもりだった蜂笑はちえだったが、二人なら穢佇えだちを変えてくれるかもと思った


自分では出来なかった事を、もしかすると目の前の二人なら出来るかもしれない。だからこそ、蜂笑はちえは意を決して口を開いた


蜂笑はちえ

「俺さ、小さい頃から身体弱くて…」


蔡茌さいし めぐる

「大丈夫かい?どこか座れる場所を探そうか」


突然そんな風に話を切り出され、勘違いしためぐるが慌てて声を掛けるが、対照的に蜂笑はちえは笑う


蜂笑はちえ

「あはは、大丈夫大丈夫。何回か手術して、今はだいぶマシになってるから、マジメ過ぎじゃん?あっ、これは嫌味とかじゃないから」


蔡茌さいし めぐる

「そ、そうか…」


蜂笑はちえ

「高一の時、入退院繰り返したせいもあって留年してさ、そしたら噂が広まって、色んな奴から絡まれて、馬鹿にされてたんだよね。何かある度に、身体の事いじられて、過剰に心配されたりもした」


クラスで"心配する"生徒に、教師は何も言わないし、むしろ褒めた。でも、実際は蜂笑はちえが、言われたくない事や気にして欲しくない事を、生徒たちは分かっていて面白おかしく、からかっていた


蜂笑はちえ

「まっ、いわゆる虐めってやつじゃん?」


自分の事なのに、どこか他人事のように話す蜂笑はちえに、二人はどう言っていいものか困った


蜂笑はちえ

「俺ん家さ、父ちゃん居ねーから母ちゃんが、入院費の為に毎日必死に働いてくれてっから、虐められてますーなんて言えなかったし、その頃は友達とかも居ないつーか、巻き込みたくないから、むしろ一人で居るようにしてたかなー」


虐められているのに、それを隠し平気なフリを続けて、誰にも頼れない…そんな事、大人でも辛いだろう


蜂笑はちえの、年齢の割にはどこか達観している感じは、きっとこういった出来事を体験したからかもしれない


皐月さつき しゅう

「そんなに辛い事が……」


少年課として、皐月さつきは助けを求めている子供達を、自分は救えていないのだと、改めて思い知る


蜂笑はちえ

「どうして良いか分かんなくてさー、本当に虐めなのかな?とか思ったりもしたけど、体の事言われんのは、やっぱ嫌だったし辛かった。そんな時さ…噂で不良をシメてる奴が居るって聞いてさ……その時ぐらいからかな、ピタリと虐めがなくなったんだ」


蔡茌さいし めぐる

「それって、まさか」


蜂笑はちえ

「そっ、穢佇グループ!グループって言って良いかは分んねーけど、穢佇と西川と雨野と影上の4人だった。虐めとかしてる奴を片っ端から、やっつけて黙らせてた」


まるで見た事があるかのような言い方に、めぐる皐月さつきは引っかかりを覚えた。それが表情から伝わったのか、蜂笑はちえは聞くよりも早く言葉にする


蜂笑はちえ

「何度か目撃した奴らも居るし、俺も実際見た事あんだよね。流石にドラマとかアニメで観るような、フルボッコって感じじゃなかったけど…あいつらは二、三発殴って言葉で脅してた」


皐月さつき しゅう

「…それは、風十君以外の子が力で押さえ込み、脅していたのは風十君だったんじゃないかな」


蜂笑はちえ

「当たり!すげぇ、この話だけでそこまで分かんだ」


関心する蜂笑はちえに対し、皐月さつきめぐるはそのやり方に納得していた


穢佇えだちの見た目は、明らかに体育会系ではないし、体にも喧嘩などの怪我の跡は見当たらなかった。それに、取り調べ中の態度からしても、穢佇えだちらしいやり方と言えば、頷けてしまう


蜂笑はちえ

「でもさ、俺も含めて止めようとする奴は居なかった。なんつーか、直接関わりなければむしろ助かってたし、影では悪を裁くヒーローだって思ったんだ」


言いながら、蜂笑はちえはコンクリートに落書きされている"かざとお兄ちゃんヒーロー"を見た


実際に虐められていた蜂笑はちえからすれば、穢佇えだち達のお陰で助かったのは事実で、その気持ちが分かった二人は、安易に彼を責めるような事は言えなかった


だとしても、どんな理由であれ穢佇えだち達のしている事は、暴力で解決している事に変わりはない


だが、蜂笑はちえのように救われたと思う子もたくさん居て、そういった存在が余計に穢佇えだち達を、奮い立たせてしまったのかもしれない


蜂笑はちえ

「でもさ、なーんか最近…それこそ冬葵っちの事件があってから、雰囲気が変わった気がすんだよねー」


蔡茌さいし めぐる

「一課長の娘さんの事件…つまり、二ヶ月前からかい」


蜂笑はちえ

「んーと、確かに日付で言っちゃえば、そのぐらいからかも?」


感覚でしか分からない蜂笑はちえは、どう説明しようかと悩んだ


蜂笑はちえ

「上手く言えないつーかさ、なんか…怖いって言うか、歪みに輪がかかった…みたいな?」


結局、曖昧な返答しかできなかった蜂笑はちえ。二人はそこまで話を聞くと、少し離れた場所で話をまとめる事に…


蜂笑はちえは先程の女の子と、仲良く砂遊びをしている。次々と彼の周りには子供達が集まり、楽しそうな笑い声が響いていた


蔡茌さいし めぐる

「娘さんの交通事故に不良が絡んでいた。それが理由で隅田一課長は、少年犯罪にこだわり逮捕していった…娘さんを植物状態にした不良と、世の中の不良を重ね合わせたんだろう」


皐月さつき しゅう

「そして、風十君も不良…と括っていいのかは分かりませんが、そう言った人間によって、人生を狂わされています。隅田さんとはそう言った理由で、繋がったんでしょう」


茂望が言っていた、協力者はおそらく穢佇えだち達だろう


蔡茌さいし めぐる

「…穢佇君は、きっと施設の子を守りたかったのかもしれない」


それは、不良と言うよりは自分が今までに受けた、世の中の理不尽からだろう。だから、その根を根絶しようとした


皐月さつき しゅう

「風十君は、優しい子です。だからこそ暴力で解決して欲しくなかった…どうして、周りの大人は彼を助けなかったんでしょう」


もし、誰かが穢佇えだちに寄り添えていたら、また違ったのかもしれない


蔡茌さいし めぐる

「……」


皐月さつきの悔しげな言葉にめぐるは、6年前の出来事を思い出してしまう


あの時も、周りの誰かが彼らに寄り添えていれば、きっと何かが変わっていたのかもしれなかった


蔡茌さいし めぐる

(それは、俺にも言える事だ)


今考えても仕方ないと思いながらも、そんな後悔のような懺悔のような気持ちが、めぐるの心に重くのしかかった


皐月さつき しゅう

「蔡茌さん。もう一度、風十君と話してみましょう」


蔡茌さいし めぐる

「あぁ。そうだな」


その場を動いた二人に、子供達と遊んでいた蜂笑はちえは、慌てて走り寄った


蜂笑はちえ

「もう、いくの?」


急に走ったせいで、顔色が真っ青になっていく


蔡茌さいし めぐる

「大丈夫か、直ぐに木陰に入ろう」


すぐさまめぐるが、ふらふらな蜂笑はちえを支えて、彼を木で影ができていた場所へと連れて行く


ちょうど、窓が開いている施設の壁へと、蜂笑はちえはもたれかかった。窓のさんへ肘をのせ、楽な体制をとる


蜂笑はちえ

「あはは、ごめんごめん」


蔡茌さいし めぐる

「水はいるかい?薬とかは?」


心配する、めぐる蜂笑はちえは力無く笑う


蜂笑はちえ

「大丈夫大丈夫。最悪、ここで休ませてもらうからさ」


蔡茌さいし めぐる

「親子さんに電話をしようか」


蜂笑はちえ

「流石に、警察からじゃ…母ちゃん心臓発作起こすって、もし必要でも施設から掛けてもらうって」


蔡茌さいし めぐる

「そ、そうか」


蜂笑はちえの言ってる事も、もっともで施設の人とも知らない仲ではないのなら、判断はそっちに任せたほうがいいとめぐるは頷いた


蜂笑はちえ

「そういや冬葵っちも、先輩さんみたく毎日身体の心配してくれてた、入院した時はお見舞いに来てくれたし……あっ、そー言えば…」


何かを思い出した蜂笑はちえは、どうして今まで忘れてたのかと、一瞬時が止まったような感覚に陥った


蔡茌さいし めぐる

「どうしたんだい?」


蜂笑はちえ

「俺、事故の少し前…冬葵っちが揉めてるの見たかも。あの時は、検査の日だったんだけど、その帰りに冬葵っちが看護師のねーちゃんと喧嘩してたの見た…」


ガタン


蔡茌さいし めぐる

「?!」


皐月さつき しゅう

「誰か居るんですか」


急に開いた窓から、物音がして皐月さつきが呼びかけるが返答はなく、きっと施設の中で何かが倒れたのだろうと決めつけた


蜂笑はちえ

「冬葵っちに聞いても答えてくんなかったから、気にしてなかったんだけど…多分、なんか取ってた気がする、薬…かな?」


皐月さつき しゅう

「薬?」


蜂笑はちえ

「あんまし見ちゃ駄目って思ったから、わっかんない…ごめん。俺の勘…かも…」


蜂笑はちえは、自信なさげに言った。体調がすぐれないのか、だんだんと吐く息が重くなって行く


心配した二人は、このままにしておけず、彼を施設の人に託す事にした。蜂笑はちえは施設の職員とも顔見知りだったようで、職員は彼を見るなり直ぐに状況を理解してくれた



ーーー ーーー ーーー



次に蜂笑はちえが目を覚ましたのは、施設の慣用ベッドの上だった。めぐる達の姿はなく、彼は自分が数分だけ気を失っていたのだと気づいた


横になりながら、自分の体が落ち着くのを待った。心の中で少しはしゃぎすぎたと、反省する


蜂笑はちえ

(車椅子か杖、使えば良かった)


こんなにも長く話したのは久々で、同時に長距離を足だけで移動したのも久々だった。それでも、蜂笑はちえは後悔していなかった


蜂笑はちえ

(俺は…傍観してただけだったし、未だに穢佇達が捕まった理由もしんねーし、冬葵っちの件だって何も言えなかった)


同じ学校に通い、同じクラスになった。それは病弱で留年した蜂笑はちえからすると、特別な事に違いなく、今になって常に傍観者でいた自分を責めた


蜂笑はちえ

(ほんと、流されてばっか…また会いたいな…)


彼の頭の中で順番に、冬葵ふゆき影上かげうえ雨野あめの西川さいかわの顔が浮かぶ。もちろん、穢佇えだちの顔も浮かんだ


蜂笑はちえ

(……誰か穢佇に気づかせてやってくんねーかな)


穢佇えだちの中には、絶対的な善悪がある。だからこそ悪と決めた相手には、とことん非情でいられる…それは自分の行いに正義があると思っているからだ


蜂笑はちえ

「あの二人じゃ、無理っぽいよな」


今の穢佇えだちに必要なのは、肯定や否定じゃない。もちろん寄り添う事でもないのを蜂笑はちえは、なんとなく分かっていた。何もそれは穢佇えだちに限った事じゃない


蜂笑はちえ

思春期(おれたち)は、好きな人に否定されるのを嫌う、嫌いな人に肯定されるのを嫌う。やりたくない事はハッキリしてるのに、したい事はあやふやなガキだ)


つまりは、人を導く教師や警察の言葉は、今の穢佇えだちには響かない


蜂笑はちえ

「それこそ、常識に捉われない人じゃないと…」


逮捕された今だと、そんな奴に出会える確率はかなり少ないかもしれない。だって今から穢佇えだちが会う人は、自分の正義しか持たない、大人達だからだ


だんだんと眠くなって来た蜂笑はちえは、薄れゆく記憶の中で思った。もし、今の穢佇えだちと対等に話せる奴がいるのだとすれば、それはきっと…


蜂笑はちえ

(異常な奴しかいなさそー)

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