見ていた者
杉野千は、冬葵について生徒達から話を聞くと、約束してくれた
それと同時に、闇雲に聞き回ったりは出来ないとも言った。三年一組の生徒とは数人顔見知りなので、機会が出来れば聞く程度で、収穫は見込めないし、時間も掛かってしまう…
そう説明して紾達を見送ったが、杉野千は、薄々だが生徒達が冬葵について、何か知っていると確信していた
それが必ず事件に関わっているかまでは分からないが、教師が知らない面は必ずあるだろう
本来なら、生徒達の不安を煽ったりしたくないし、危ない事から護るのが教師の務めの一貫だと思っていたが、紾の話を聞いて、自分が護るべき生徒の中には、冬葵も居るのだと気づいた
だからこそ、学校側と相反する行動と分かっていながらも、協力すると決めたのだった
そんな杉野千を見て、紾は改めて6年前の彼女ではないのだと思った
協力してもらう事により、変な事に巻き込んでしまうかもしれないと躊躇ったが、杉野千はちゃんと自分の意志と、協力する意味を持っていた
そこに彼女の気持ちがあるのだと知ると、紾が杉野千の協力を拒む事は出来なかった
皐月 周
「杉野千先生の協力を得られましたが、現状は手詰まり状態です」
校門に向かって歩く、皐月の表情は暗かった
そうなるのも無理はない。冬葵の交通事故については、新たな可能性が見つかりはしたが、だからと言って父親の隅田が、穢佇と手を組んでいる理由と結びつけるのは難しい
皐月 周
「隅田さんの娘さんについて知るには、事故当時について知っている方に、話を聞いた方がいいかもしれません……奥さんの事を考えると、避けたかったのですが…」
隅田の奥さんは、とても繊細で気弱な人なのを、皐月は知っていた。だから、できれば事故当時の事を思い出させたくはなかった
それに、夫である隅田が悪に手を染めているかもしれない今、どんな顔をして話せばいいのか分からない
皐月 周
「他に、お話を聞ける方がいれば良いんですけど…」
蔡茌 紾
「事故当時の関係者か」
他に思い当たる人物がいないかと、二人が頭を悩ませながら、校門をくぐると死角から人影が飛び出てくる
蜂笑
「やっと出て来た!杏果っちの先輩さん」
突然の事に驚いた二人は、一瞬思考を停止させたが、目の前に現れたのが先程、職員室の前で何かしていた子だと気がつくのに、そう時間は掛からなかった
二人とも遠目だったが、蜂笑は長身で明るい赤髪なので、印象に残るには十分な見た目だろう
蔡茌 紾
「杏果っちって…まさか杉野千の事か?えぇーと、君は学生じゃ、授業は…」
どう反応して良いか分からず、困る紾を見て蜂笑は笑った
蜂笑
「あはは、マジメ〜。俺早退したからその辺は、大丈夫大丈夫〜」
蔡茌 紾
「そ、そうか?」
若干、彼から感じ取れる若者感に気圧されてしまう
蜂笑
「それよか、杏果っちの先輩さんって警察なんじゃん?」
蔡茌 紾
「なん…じゃん…?」
皐月 周
「多分、彼は蔡茌さんに"警察ですか"と、聞いてるんじゃないでしょうか」
隣で皐月がフォローを入れ、紾はようやく蜂笑が、自分に質問しているのだと理解できた
蔡茌 紾
「確かに警察だけど、どうかしたのかい?」
蜂笑
「やっぱしか!待った甲斐があった」
無邪気に笑う蜂笑に対し、紾と皐月は驚きながらも顔を見合わせた
この状況で警察に会いに来た理由…もしかすると、事件に関わる事かも知れない
蜂笑
「俺さ、三年一組の蜂笑。昨日捕まった穢佇達と同級生なの、どーしても言いたい事があってさ、散歩がてら聞いてくんない」
皐月&蔡茌
「?!」
予想が的中し、二人は目を見開いた
蜂笑
「ぷっ、あはは驚き過ぎじゃん」
どうして、蜂笑が笑っているかは分からなかったが、彼の登場のお陰で風向きが変わった様な気がした
蜂笑
「俺さ、案内したい場所があんだよね。歩きながら、昔話聞いてよ」
マイペースな蜂笑だったが、真剣めいた表情と雰囲気から、悪ふざけではないと思った
蔡茌 紾
「皐月君、付いて行ってみよう」
皐月 周
「はい」
こうして、ゆっくりな歩幅で歩く蜂笑に二人は付いていく事に…
彼が口を開いたのは、学校から少し離れてからだった
蜂笑
「でさ、なんで穢佇とか捕まったの?もしかして、冬葵っちと関係あったり?」
皐月 周
「それを、いま調査している所なんだ。詳しくは言えないけれど、何か知っているなら教えてくれないかな」
こっちから、質問したい事はあったが、皐月は彼が最初に言った"話したい事"が引っかかっていた
学校を早退し、待ち伏せをしてまで彼が"話したい事"とは何か…それを聞いてからでも、質問はできるだろう
蜂笑
「あちゃー、やっぱし事件について教えてくんないか…興味あったんだけどな」
少し残念そうにした後、蜂笑は頭の後ろで腕を組んだ
蜂笑
「まぁ、いいか。どっちの話もしたかったし」
皐月 周
「どっちのと、言うのは?」
蜂笑
「冬葵っちと穢佇。なんとなく話しといた方がいいって、思ってさ」
まさに、知りたい二人の名前が出てきて皐月は、目を見開いた。そんな反応に気づかない蜂笑は、そのまま喋り出す
蜂笑
「冬葵っちの交通事故があった次の日さ、クラスの全員がスッゲー驚いたし悲しんでた」
昨日まで、仲良く喋っていた同級生が次の日に植物状態となり、会えなくなってしまった。クラス中は大騒ぎで、誰とでも優しく接してた冬葵の事故を、当然のように悲しんだ
蜂笑
「本当はさ、クラスの誰もが冬葵っちの交通事故について協力できるなら、したいって思ってる。でも…」
捜査一課長…つまり、冬葵の父である隅田が交通事故の後、学校へと乗り込み生徒達に無理な調査をしようとした
学校側はなんとか止めたが、生徒達は隅田の剣幕に気圧されてしまい、誰もが怖くなり口を閉ざしてしまった
もちろん、その話を聞いた保護者からも学校側へ苦情が入り、結局生徒達はそういった大人の事情により、事件に関わる事を禁止されてしまったのだ
蜂笑
「特に同じクラスの俺たちは、絶対ぜーたい何も言うなって、釘刺されてさー。まっ、大人に言われて傍観者決め込んだこっちも、こっちなんだけどさ」
それくらいで黙ってしまったのなら、きっと自分達の中ではその程度の事だったのかもしれないと、話しながら蜂笑は思った
蔡茌 紾
「色んな事が重なってしまっただけだ。事件に巻き込みたくないと言う、大人達の判断は当たり前だし、君達が不安や恐怖で口を閉ざしてしまうのも、むりはないし何も悪い事じゃないよ」
なんとなく、蜂笑が自分を責めているような気がした紾は、思わず言葉を掛けた
蜂笑
「杏果っちの先輩さん、優しすぎじゃん。多分だけど冬葵っちも似たような事言ってくれる気がする」
冬葵は、父親の肩書きなど関係なく誰にでも手を差し伸べる子だった
蜂笑
「テレビ見てさ、冬葵っちが不良と車に乗ってたって知った時、相手は分かんねーけど状況自体は、まったく不自然って思んなかったんだよね」
むしろ、自然だとすら思ってしまった。それは隅田冬葵をよく知る人物なら、全員同じ事を思っただろう
皐月 周
「それは…どうして?」
蜂笑
「だって、冬葵っち不良とか気にしないしさ、実際うちの学校に居る影上とも、めっちゃ仲良いし」
世間から見た隅田冬葵は、真面目で優等生…そんな子が深夜に元とは言え、不良と扱われる男と車に乗っているなんて、まさにあり得ない事だ
それだけで世間は、非があるのは彼女ではなく、同乗していた男の方だと思うだろう
対して、冬葵と共に学校生活を送っている者達からしたら、彼女ならあり得る事だと受け入れてしまえる。その理由は彼女をよく知っているからだ
蜂笑の話を聞いて、紾と皐月は、やはり冬葵自身、車に乗る理由があった可能性が高いと思った
蜂笑
「とは言ってもさ、穢佇だけはブレなかったんだけど」
皐月 周
「風十君が?もしかして、冬葵さんとトラブルがあったのかい」
急に穢佇の名前が出てきた事で、皐月は不安を覚えた。だが、蜂笑はそれとは対照的に笑った
蜂笑
「あはは、違う違う。トラブルとかじゃないって!なんつーかさ冬葵っちと穢佇って、似て非なる存在…的な?誰にでも優しい冬葵っちに対して、穢佇は誰にでもツンケンな態度って感じ。でも、どっちも大人は信用してなくて、そう言う所は一緒なんじゃん?」
"大人は信用してない"蜂笑から放たれたその言葉に、取り調べの時に接した穢佇の冷たい表情が二人の頭に浮かんだ
蜂笑
「冬葵っちは、父ちゃんの肩書きがスッゲー窮屈だってボヤいてた。家でも学校でも不良とは付き合うなって、何度も言われたって」
皐月 周
(だとすると、あの日…不良と車に乗っていたのは、隅田さんに対する反発から)
あえて駄目だと言われる事を、していたのかもしれない。それはいわゆる思春期にはよくある事だった
数々の少年犯罪と向き合ってきた皐月は、ふとそんな風に考えた
蜂笑
「冬葵っちは、その人をちゃんと見てた。キッカケは多分…反抗心からだったかもだけど、自分の判断で不良達と真っ直ぐに接してた。でも、それは娘を大事にする親からすれば、スッゲー怖い事だったのかも…」
隅田が、学校に乗り込んで来た時の事を思い出し、あの時の彼の目は捜査一課長と言うよりも、事故に巻き込まれた娘を心配する、父親の目に蜂笑は思えた
皐月 周
「人を見るのに、不良とか育ちなんかは、関係ない筈なのに」
勝手な大人達の振り分けのせいで、冬葵や穢佇は心を閉ざしてしまったのだと、改めて二人は思った
かと言って、子を思う親の気持ちが理解出来ない訳でもなく、視点が違うだけでこうも見方が変わってしまうのかと、皐月も紾も居た堪れない気持ちになった
蜂笑
「俺さ思うんだよねー。さっき、杏果っちの先輩さんが言ってたようにさ、どっちも悪くないんじゃん。冬葵っちも冬葵っちの父ちゃんも、自分の大事なモンを守りたかった…冬葵っちは自分の信じた人を、父ちゃんは冬葵っちを…なんで、すれ違っちまうんだろうなー」
真っ直ぐに放たれた蜂笑の疑問に、二人はどう答えればいいのか迷い、言葉を詰まらせた後、先に沈黙を破ったのは紾だった
蔡茌 紾
「…きっと、分かり合える筈だ。今はすれ違っていても親子なんだから」
皐月 周
「隅田さんは、そう言う人です。娘さんが目を覚ましてくれれば…きっと、そうなります」
二人から掛けられた言葉は、まるで二人自身に言い聞かせているように蜂笑は思えた。だが、そこを突っ込むのも違う気がして、悩んだ末に結局は、曖昧に頷いたのだった
蜂笑
「…そっか」
風がそっと三人の髪をゆらした時、賑やかな子供達の声が聞こえてきた
紾が声のする方を見ると、草で作られた塀の隙間から、子供達が走り回ったり、砂遊びをしているのが見えた
蔡茌 紾
「ここは?」
蜂笑
「俺が案内したかった場所!」
そう言いながら、蜂笑は両手を広げ笑った。その真上には、ちょうどアーチ状に作られた看板があり"児童施設おひさま"と書かれていた
皐月 周
「児童施設…まさか、風十君達の!」
いち早く察した、皐月が声を上げる
蜂笑
「そっ!二人とも話分かる感じだし、直接見てもらおうって思ってさ」
ニッカリと笑い、蜂笑は軽い足取りで施設の中へと入って行った
ー
ーー
ーーー
「あっ、ハチお兄ちゃんだぁ!」
施設の中に入るなり、砂場で遊んでいた女の子が走りながら、蜂笑に飛びつく
蜂笑
「おっ、元気そーで良かった。今日は何してんの?」
「えへへーせんせいがね、遊んでいいって、だからーおしろ作ってたの」
蜂笑
「そっかそっか」
小さな女の子と話す蜂笑を見て、彼は何度もここへ足を運んでいるようだった
蜂笑
「俺の母ちゃんの前の勤め先、つっても一回潰れてっけどね」
蔡茌 紾
「立て直されてるのかい?」
蜂笑
「母ちゃん曰くちょーブラックでさ、市の調査で経営困難ってなったらしいよ。母ちゃんはその前にすぐ辞めてたけどね。俺もよく母ちゃんの仕事が終わんの待っててさ、立て直された後もたまに寄ってんの」
皐月 周
「それなら、風十君達とも仲が良かったんだね」
児童施設に居る穢佇達とも、学校内以上に付き合いがあるのだろうか…そう思った皐月だったが、蜂笑は首を横に振る
蜂笑
「そーでもないかも、俺が来てるのも知らないっぽいし」
言いながら蜂笑は、施設の奥へと入っていく
皐月 周
「職員の方に、風十君達の事を聞けるかもしれませんね」
蔡茌 紾
「もし、隅田さんと関わりがあるなら目撃情報もあるかもしれない」
てっきり、職員の居る場所へと案内されるかと思っていた二人は、そんな話をする
だが、蜂笑が足を止めた場所は、施設の車がある小さな駐車場だった。唯一、施設内でコンクリートがあるその場所で、蜂笑はしゃがんだ
皐月 周
「えっと、ここは…」
蜂笑
「いーからいーから、ほらっ!この落書き見て見て」
蜂笑が指を指した方…地面を見ると、子供達の落書きが沢山書いてあった
最初は、どうしてこれを見せたいのか理解出来なかった二人だったが、よく見てみると見知った文字を発見する
皐月 周
「これは…かざ、と…くんの…」
よくある子供の落書きだったが、マントをつけた穢佇らしき人物の横に、でかでかと"かざとお兄ちゃんヒーロー"と文字が書かれていた
その絵をじっくり見てみると、ヒーロー風十の前には敵が倒れている。他の場所を見てみると、同じくヒーロー風十がお姫様を助けていたり、敵を倒していたりと色んな場面が描かれていた
それだけで充分、穢佇風十が施設の子達に慕われているのが分かった
蜂笑
「この絵の中のヒーロー風十ってさ、めっちゃ笑ってんじゃん」
蔡茌 紾
「確かに、すごく笑顔だ」
蜂笑
「一回だけだけど、俺も見たことあんだよね。もう想像できねーってくらい、穏やに笑ってる穢佇をさ…あん時はマジで、誰か分かんなかった」
大袈裟に言う蜂笑だったが、確かに取り調べをした段階では、こんなに笑う穢佇を想像していなかった。どちらかと言うと、嘲笑う様なイメージが強い
紾も皐月も頭の中で必死に笑う穢佇を想像してみたが、やはり上手くはいかなかった
蔡茌 紾
「施設では、こうなのか…?」
数刻前、杉野千が生徒達は学校と家とでは見せる顔が違う。と話していたのを思い出す
蜂笑
「つーよりは、子供の前だとすっげぇお兄ちゃんしてんの。そん時さ…俺、思ったんだよね」
不意に蜂笑は、真剣な声音で続けた
蜂笑
「穢佇の幸せは子供達の側なんだって。学校でも浮いてっし、大人も信用してなくて、友達も作らない…そんな穢佇の守りたい大切な人が、子供達なんだ!って思ったんだ」
そこから蜂笑は、少しだけ語り出した
お互いに小学校にも通っていない頃、小さなボロアパートで穢佇と蜂笑は、家が隣りどおしだったのだと
穢佇の両親が特殊だった事もあり、付き合い自体はなかったが、後から蜂笑は母親から、穢佇は幼稚園や保育園にも通わせていなかったと聞いた
蜂笑が、よく一人で家にいる時、隣の部屋からドカドカと物音が聞こえたり、奇声が聞こえたりしていた
小さい時の彼は、それが何なのか分からず、楽しそうにしているなっと、今にして思えば全く見当違いの事を思っていた
そんなある日、母親と出掛け先から帰った時…アパートの前に人だかりが出来ており、その中心には手に何かを持っていた、小さい穢佇が佇んでいた。大人達はその手にある物を見て取ると、直ぐに警察を呼んだ
駆けつけた警察はそのまま、穢佇の両親を覚醒剤所持と使用で逮捕したのだと、理解したのは蜂笑が、何年後かに母親と会話をしていた時だった
それから、クラスが一緒になり、なんとなく穢佇の事を気にかけていたが、その頃かは既に彼は誰も信じず、常に一人で過ごしていた
蜂笑
「最初は、友達になろうかなーとか思ってたんだけどさ…」
施設の子供達と接する穢佇を見ると、何となく蜂笑は、その必要はないように感じたのだった
皐月 周
「昔から彼を知っていた…だから風十君を、気にかけてくれたんだね」
蜂笑
「俺の存在なんて、きっと穢佇は知らないんだろうけどさ……そー言えば、穢佇を名前呼びしてる人、初めてかも」
興味ありげな視線を向けられた、皐月は苦笑いを返す
皐月 周
「本人からは拒否されたけどね」
蜂笑
「しそー。でも、名前で呼んでくれてんだ、いつか響くかもね」
決して嫌味などではなく、今の穢佇の心を揺らすものは、施設の子達しか居ないのだと、蜂笑は思っていた
皐月 周
「だと良いんだけど」
蜂笑
「……やっぱし、これも言っとこーかな」
黙っているつもりだった蜂笑だったが、二人なら穢佇を変えてくれるかもと思った
自分では出来なかった事を、もしかすると目の前の二人なら出来るかもしれない。だからこそ、蜂笑は意を決して口を開いた
蜂笑
「俺さ、小さい頃から身体弱くて…」
蔡茌 紾
「大丈夫かい?どこか座れる場所を探そうか」
突然そんな風に話を切り出され、勘違いした紾が慌てて声を掛けるが、対照的に蜂笑は笑う
蜂笑
「あはは、大丈夫大丈夫。何回か手術して、今はだいぶマシになってるから、マジメ過ぎじゃん?あっ、これは嫌味とかじゃないから」
蔡茌 紾
「そ、そうか…」
蜂笑
「高一の時、入退院繰り返したせいもあって留年してさ、そしたら噂が広まって、色んな奴から絡まれて、馬鹿にされてたんだよね。何かある度に、身体の事いじられて、過剰に心配されたりもした」
クラスで"心配する"生徒に、教師は何も言わないし、むしろ褒めた。でも、実際は蜂笑が、言われたくない事や気にして欲しくない事を、生徒たちは分かっていて面白おかしく、からかっていた
蜂笑
「まっ、いわゆる虐めってやつじゃん?」
自分の事なのに、どこか他人事のように話す蜂笑に、二人はどう言っていいものか困った
蜂笑
「俺ん家さ、父ちゃん居ねーから母ちゃんが、入院費の為に毎日必死に働いてくれてっから、虐められてますーなんて言えなかったし、その頃は友達とかも居ないつーか、巻き込みたくないから、むしろ一人で居るようにしてたかなー」
虐められているのに、それを隠し平気なフリを続けて、誰にも頼れない…そんな事、大人でも辛いだろう
蜂笑の、年齢の割にはどこか達観している感じは、きっとこういった出来事を体験したからかもしれない
皐月 周
「そんなに辛い事が……」
少年課として、皐月は助けを求めている子供達を、自分は救えていないのだと、改めて思い知る
蜂笑
「どうして良いか分かんなくてさー、本当に虐めなのかな?とか思ったりもしたけど、体の事言われんのは、やっぱ嫌だったし辛かった。そんな時さ…噂で不良をシメてる奴が居るって聞いてさ……その時ぐらいからかな、ピタリと虐めがなくなったんだ」
蔡茌 紾
「それって、まさか」
蜂笑
「そっ、穢佇グループ!グループって言って良いかは分んねーけど、穢佇と西川と雨野と影上の4人だった。虐めとかしてる奴を片っ端から、やっつけて黙らせてた」
まるで見た事があるかのような言い方に、紾と皐月は引っかかりを覚えた。それが表情から伝わったのか、蜂笑は聞くよりも早く言葉にする
蜂笑
「何度か目撃した奴らも居るし、俺も実際見た事あんだよね。流石にドラマとかアニメで観るような、フルボッコって感じじゃなかったけど…あいつらは二、三発殴って言葉で脅してた」
皐月 周
「…それは、風十君以外の子が力で押さえ込み、脅していたのは風十君だったんじゃないかな」
蜂笑
「当たり!すげぇ、この話だけでそこまで分かんだ」
関心する蜂笑に対し、皐月と紾はそのやり方に納得していた
穢佇の見た目は、明らかに体育会系ではないし、体にも喧嘩などの怪我の跡は見当たらなかった。それに、取り調べ中の態度からしても、穢佇らしいやり方と言えば、頷けてしまう
蜂笑
「でもさ、俺も含めて止めようとする奴は居なかった。なんつーか、直接関わりなければむしろ助かってたし、影では悪を裁くヒーローだって思ったんだ」
言いながら、蜂笑はコンクリートに落書きされている"かざとお兄ちゃんヒーロー"を見た
実際に虐められていた蜂笑からすれば、穢佇達のお陰で助かったのは事実で、その気持ちが分かった二人は、安易に彼を責めるような事は言えなかった
だとしても、どんな理由であれ穢佇達のしている事は、暴力で解決している事に変わりはない
だが、蜂笑のように救われたと思う子もたくさん居て、そういった存在が余計に穢佇達を、奮い立たせてしまったのかもしれない
蜂笑
「でもさ、なーんか最近…それこそ冬葵っちの事件があってから、雰囲気が変わった気がすんだよねー」
蔡茌 紾
「一課長の娘さんの事件…つまり、二ヶ月前からかい」
蜂笑
「んーと、確かに日付で言っちゃえば、そのぐらいからかも?」
感覚でしか分からない蜂笑は、どう説明しようかと悩んだ
蜂笑
「上手く言えないつーかさ、なんか…怖いって言うか、歪みに輪がかかった…みたいな?」
結局、曖昧な返答しかできなかった蜂笑。二人はそこまで話を聞くと、少し離れた場所で話をまとめる事に…
蜂笑は先程の女の子と、仲良く砂遊びをしている。次々と彼の周りには子供達が集まり、楽しそうな笑い声が響いていた
蔡茌 紾
「娘さんの交通事故に不良が絡んでいた。それが理由で隅田一課長は、少年犯罪にこだわり逮捕していった…娘さんを植物状態にした不良と、世の中の不良を重ね合わせたんだろう」
皐月 周
「そして、風十君も不良…と括っていいのかは分かりませんが、そう言った人間によって、人生を狂わされています。隅田さんとはそう言った理由で、繋がったんでしょう」
茂望が言っていた、協力者はおそらく穢佇達だろう
蔡茌 紾
「…穢佇君は、きっと施設の子を守りたかったのかもしれない」
それは、不良と言うよりは自分が今までに受けた、世の中の理不尽からだろう。だから、その根を根絶しようとした
皐月 周
「風十君は、優しい子です。だからこそ暴力で解決して欲しくなかった…どうして、周りの大人は彼を助けなかったんでしょう」
もし、誰かが穢佇に寄り添えていたら、また違ったのかもしれない
蔡茌 紾
「……」
皐月の悔しげな言葉に紾は、6年前の出来事を思い出してしまう
あの時も、周りの誰かが彼らに寄り添えていれば、きっと何かが変わっていたのかもしれなかった
蔡茌 紾
(それは、俺にも言える事だ)
今考えても仕方ないと思いながらも、そんな後悔のような懺悔のような気持ちが、紾の心に重くのしかかった
皐月 周
「蔡茌さん。もう一度、風十君と話してみましょう」
蔡茌 紾
「あぁ。そうだな」
その場を動いた二人に、子供達と遊んでいた蜂笑は、慌てて走り寄った
蜂笑
「もう、いくの?」
急に走ったせいで、顔色が真っ青になっていく
蔡茌 紾
「大丈夫か、直ぐに木陰に入ろう」
すぐさま紾が、ふらふらな蜂笑を支えて、彼を木で影ができていた場所へと連れて行く
ちょうど、窓が開いている施設の壁へと、蜂笑はもたれかかった。窓のさんへ肘をのせ、楽な体制をとる
蜂笑
「あはは、ごめんごめん」
蔡茌 紾
「水はいるかい?薬とかは?」
心配する、紾に蜂笑は力無く笑う
蜂笑
「大丈夫大丈夫。最悪、ここで休ませてもらうからさ」
蔡茌 紾
「親子さんに電話をしようか」
蜂笑
「流石に、警察からじゃ…母ちゃん心臓発作起こすって、もし必要でも施設から掛けてもらうって」
蔡茌 紾
「そ、そうか」
蜂笑の言ってる事も、もっともで施設の人とも知らない仲ではないのなら、判断はそっちに任せたほうがいいと紾は頷いた
蜂笑
「そういや冬葵っちも、先輩さんみたく毎日身体の心配してくれてた、入院した時はお見舞いに来てくれたし……あっ、そー言えば…」
何かを思い出した蜂笑は、どうして今まで忘れてたのかと、一瞬時が止まったような感覚に陥った
蔡茌 紾
「どうしたんだい?」
蜂笑
「俺、事故の少し前…冬葵っちが揉めてるの見たかも。あの時は、検査の日だったんだけど、その帰りに冬葵っちが看護師のねーちゃんと喧嘩してたの見た…」
ガタン
蔡茌 紾
「?!」
皐月 周
「誰か居るんですか」
急に開いた窓から、物音がして皐月が呼びかけるが返答はなく、きっと施設の中で何かが倒れたのだろうと決めつけた
蜂笑
「冬葵っちに聞いても答えてくんなかったから、気にしてなかったんだけど…多分、なんか取ってた気がする、薬…かな?」
皐月 周
「薬?」
蜂笑
「あんまし見ちゃ駄目って思ったから、わっかんない…ごめん。俺の勘…かも…」
蜂笑は、自信なさげに言った。体調がすぐれないのか、だんだんと吐く息が重くなって行く
心配した二人は、このままにしておけず、彼を施設の人に託す事にした。蜂笑は施設の職員とも顔見知りだったようで、職員は彼を見るなり直ぐに状況を理解してくれた
ーーー ーーー ーーー
次に蜂笑が目を覚ましたのは、施設の慣用ベッドの上だった。紾達の姿はなく、彼は自分が数分だけ気を失っていたのだと気づいた
横になりながら、自分の体が落ち着くのを待った。心の中で少しはしゃぎすぎたと、反省する
蜂笑
(車椅子か杖、使えば良かった)
こんなにも長く話したのは久々で、同時に長距離を足だけで移動したのも久々だった。それでも、蜂笑は後悔していなかった
蜂笑
(俺は…傍観してただけだったし、未だに穢佇達が捕まった理由もしんねーし、冬葵っちの件だって何も言えなかった)
同じ学校に通い、同じクラスになった。それは病弱で留年した蜂笑からすると、特別な事に違いなく、今になって常に傍観者でいた自分を責めた
蜂笑
(ほんと、流されてばっか…また会いたいな…)
彼の頭の中で順番に、冬葵や影上…雨野と西川の顔が浮かぶ。もちろん、穢佇の顔も浮かんだ
蜂笑
(……誰か穢佇に気づかせてやってくんねーかな)
穢佇の中には、絶対的な善悪がある。だからこそ悪と決めた相手には、とことん非情でいられる…それは自分の行いに正義があると思っているからだ
蜂笑
「あの二人じゃ、無理っぽいよな」
今の穢佇に必要なのは、肯定や否定じゃない。もちろん寄り添う事でもないのを蜂笑は、なんとなく分かっていた。何もそれは穢佇に限った事じゃない
蜂笑
(思春期は、好きな人に否定されるのを嫌う、嫌いな人に肯定されるのを嫌う。やりたくない事はハッキリしてるのに、したい事はあやふやなガキだ)
つまりは、人を導く教師や警察の言葉は、今の穢佇には響かない
蜂笑
「それこそ、常識に捉われない人じゃないと…」
逮捕された今だと、そんな奴に出会える確率はかなり少ないかもしれない。だって今から穢佇が会う人は、自分の正義しか持たない、大人達だからだ
だんだんと眠くなって来た蜂笑は、薄れゆく記憶の中で思った。もし、今の穢佇と対等に話せる奴がいるのだとすれば、それはきっと…
蜂笑
(異常な奴しかいなさそー)




