かつての…
院内発砲事件まで…7時間
取調室から追い出された、皐月と紾は、曳汐から黎ヰが渡さなかった資料を受け取ると、ある理由で署から近い公園へ向かった
資料には穢佇、雨野、西川、影上の4人が、同じ児童施設で育ち、学校の同級生だと言う事が書かれていた
そして、不起訴になっているが穢佇は、三年前に放火犯として逮捕されている。放火の場所が空き地だったのと、出火元が消し忘れの煙草の火と言う事もあり、故意じゃないと証明された
雨野と西川は、小学生の頃から何度か万引きで捕まっていたり、気に入らない相手に喧嘩をふっかけたりもしていたらしく、施設内では有名な悪だった
今回、白昼堂々とナイフを振りかざし、強盗に及んだ影上は、中学の時に下級生相手に暴力事件を起こしていた。下級生側にも被があったと、目撃証言により分かり、警察沙汰にはならずに済んだ
皐月 周
「信じられません!黎ヰさんは、どうして先に僕達にこれを見せなかったんですか。分かっていれば、もっと違う聞き方だって出来ていましたよ!」
だいたいを読み終えた、皐月の第一声は黎ヰへの文句だった
その怒りは最もだが、きっと黎ヰなりの理由があるのだと思うと、紾は怒る気になれなかった
蔡茌 紾
「ま、まぁ。今こうして資料を見れたんだから良しとしよう」
皐月 周
「優しすぎます。確かに今さら責め立てても仕方はありませんけど…」
納得出来ないのか、ムスッとする皐月。なんて言おうかと悩んでいた矢先、のそのそと歩く中年の男が現れ、公園のベンチに座った
皐月 周
「蔡茌さん、あの方です」
見知った顔を発見すると、気持ちを切り替えた皐月は、紾と共に男の元へと行く
茂望
「何だ、君達は」
紙コップに入っているコーヒーを飲みながら、その男は不愉快そうに二人を見上げる。ギラリと光る目には、只者ではない雰囲気が漂っている
皐月 周
「毎週、この時間に必ず現れると言う噂は本当だったんですね。元捜査一課の茂望さん」
茂望
「何処かで見た顔かと思えば、少年課の餓鬼か」
皐月の事を良く知っている茂望は、どこか懐かしそうに目を細めた
皐月 周
「その節はどうも。こちらは、刑事課の蔡茌さんです」
当時、揉めていた事を思い出し、苦笑いを返す皐月は、隣に居る紾を紹介した
蔡茌 紾
「刑事課、異常調査部の蔡茌紾です」
茂望
「刑事課?成る程…ついに、隅田が何かやらかしたか」
隅田とは付き合いの長い茂望は、二人が自分に会いに来た理由を当てた
皐月 周
「その事で、お話を伺いたく」
茂望は、胸元から煙草とマッチを取り出すと火をつけた
茂望
「…ふぅ。俺らぁ一ヶ月前に刑事辞めた身だ、何も話す事はない」
空へと上がる煙を見つめる茂望は、そのまま言葉を続けた
茂望
「まぁ、でも…隅田が関係してるなら話は別か、あいつは変わっちまった。一課の奴らも薄々は気づいてる、だが信じたくないんだろう。お前はどうだ少年課の餓鬼」
皐月 周
「皐月です。隅田さんはずっと少年課の僕達を助けてくれました、茂望さんだってご存知でしょう」
茂望
「あいつ、俺が事件にするなって言っても聞きやしない…お陰で仕事ばっか増えるわ、上からお小言をくらうわ、少年課と関わって良い事なんて、一つもないのにな」
吸った煙を皐月目掛けて吐き出し、皐月はゴホゴホと咳をしながら、煙を片手で払う
茂望
「だいたい、こちとら何件もの凶悪事件抱えてんのに、何が悲しくて未成年犯罪の手伝いしなきゃならないんだか…刑事課のあんたなら分かるだろ」
蔡茌 紾
「は、はぁ」
話を振られた紾は曖昧に返事を返す
茂望
「未成年と言えど完全な"白"じゃない、何かしらある…だからと言って、それをいちいち事件にしてたら、きりがない」
皐月 周
「それが少年課と一課の確執です。何でもとは言いませんが、僕達は未成年者事件の再発防止の為に事件化をお願いします。ですが、茂望さんのような意見が殆どで…」
蔡茌 紾
「なるほど…」
万引きや喧嘩を繰り返す、雨野と西川が捕まっても、すぐに釈放される理由でもあるのだろう
茂望
「それを隅田はいちいち話し合って、親身に接してた…俺がどうして少年犯罪を気にかけるって聞いたら、娘に顔向け出来ない事はしたくないんだとさ」
短くなった煙草を、地面へと捨てると足で踏み火を消しながら、茂望が呟く
茂望
「…そーいや三年前、煙草が原因で捕まった未成年者が居たっけか」
紙コップのコーヒーを一気に飲み干すと、踏んづけた煙草を拾い、その中へと入れる
茂望
「そん時は、確か放火が多発しててな。まっ、俺から言わせれば、受験シーズンにはよくある事だ。被害者は居ないし、どれもボヤ騒ぎ程度で、結果的に言えば連続放火じゃなく、連鎖的な犯行だった」
蔡茌 紾
「もしかして、穢佇君の事ですか」
先程、読んだ資料を思い出す
茂望
「そこまで掴んでんのか、なら話は早い。俺達は複数犯の連鎖的犯行だって掴んでた、だがある日穢佇と言う少年が逮捕された。聞けば目撃証言があったらしい…それを知った隅田は、必死こいて何とか連続放火じゃないと証明させてたが、一件だけはどうにも出来なかった。裏の権力ってやつだな…」
手持ち無沙汰になった茂望は、二本目の煙草を取り出すが、火をつけずにもて遊ぶ
茂望
「結局、放火事件は穢佇って奴が頭下げて、不起訴で終わっちまった。急に事件にしゃしゃり出て来た警部が居てな、真犯人はそいつの息子だって事は分かっちゃいたが、もうどうにもならんかった。気の毒だが仕方ない事だ」
皐月 周
「そんな事が、許されるんですか!」
怒りのあまり皐月は、思わず拳を握りしめた。それと同時に、穢佇が警察を嫌い拒んでいた理由が分かり、悔しがった
怒鳴られた茂望は、予想通りの反応をする皐月には目も暮れず、隣で絶句している紾を見る
茂望
「あんたは、この話を聞いてどう思う?」
何か試されているような、そんな目を向けられ紾は、正直に口を開く
蔡茌 紾
「…当時の事件について、俺は何か言う気はありません。ですが、穢佇君はその事が原因で、自分の人生を犠牲に隅田さんと、何かしようとしてるんじゃないですか」
茂望は全てを知っている。そして、それを話すかどうか試されているのだと、紾は自分を探ろうとしている目を見て思った
茂望
「……この仕事で、一番ツライ事は何だ?」
持っていた煙草を指で折ると、茂望はベンチに腕を回し空を見上げた
一瞬、話を逸らされたと思った皐月だったが、茂望の物悲しそうな雰囲気に仕方なく答える
皐月 周
「事件の再犯を許してしまう事です。一度捕まえて説得しても、少年犯罪はなかなか解決しないのが、現状ですから」
茂望
「お前さんは?」
紾は、この間の事件を思い出した。廃校舎で発見した死体は、どうして死ななければならなかったのか…その理由を追っても、未だ答えを見つける事が出来ていない…そんな自分を不甲斐ないと、ずっと思っている
蔡茌 紾
「奪われた命を救えず、その理由すら解明出来ない事が…俺は、どうしようもなく…辛いです」
茂望
「奪われた命…か、刑事課らしい。俺はな…被害者だった奴が加害者になる事が、何よりもツライ。権力や金で罪から逃れた奴を、被害者側の人間が恨みを晴らしちまう。何十年も捜査一課で働いてるとな、たまにそう言った事件に出会しちまうんだよ」
曇り空を見ていた茂望は、そのまま話を続ける
茂望
「正直な所、俺はな…罪から逃れた奴らに制裁が下されたとしても、自業自得だと思っちまう。だからと言って、新たな罪を見逃しはしないがな」
自傷気味に笑う茂望に、二人は何も言えなかった。その顔にいくつもの犯罪に対しての、葛藤と戦い続けた、かつての警察官としての生き様を感じたからだ
茂望
「酷い話だろ。被害者に同情しながら俺は、彼等を逮捕してる。だが…それも所詮は、他人事だから出来た事だった」
暫くの沈黙の後、茂望は何かを決心したように、ゆっくりと口を開いた
茂望
「…2ヶ月前…例の警部の息子が、隅田の手により逮捕された、決定的な証拠と共にだ…罪状は、三年前と同じ放火。誰が撮ったか分からない動画に、現場には髪や指紋までが検出された、放火にしちゃ不自然なまでにな。それからだ…誰も言い逃れできない証拠と共に、隅田が少年犯罪を撲滅していったのはな」
明らかに、不自然過ぎる隅田の行動には、誰か協力者が居る。遠回しながらも茂望は、そう伝えていた
茂望
「俺には隅田を止める気はないし、その権限すら持たない。罪を容認しちまった時点で、俺は警察官の資格も、あいつの友人を名乗る資格もない」
皐月 周
「そうやって、あなたは逃げたんですか」
間違いを犯す隅田の近くに居ながら、何もしなかった茂望に、皐月は厳しい目を向けた
茂望
「……何十年も人間を見てきて、分かった事がある。間違った道でなければ、生きていけない奴だって居るってな」
自分の人生を通し見てきた事柄に、茂望はそう結論付けた
茂望
「俺が話すのはここまでだ。後は、自分達で真実を見つけろ、若い時の苦労は死ぬまでしろって言うだろ」
皐月 周
「言いませんよ。蔡茌さん、行きましょう」
わざと、言い間違いをする茂望を冷たくあしらった皐月は、スタスタと歩き出す。一秒でもここに居たくないと言うのが、その苛立った背中からひしひしと伝わった
茂望
「これだから、あいつはいつ迄も餓鬼のままだ…なぁ、あんたも俺が逃げたと思うか」
この質問は、単に茂望の好奇心からだった
蔡茌 紾
「いいえ」
茂望
「どうして、そう思う」
蔡茌 紾
「決まった時間にここに居るのは、俺達を…隅田さんを止めれる人間を、待って居たからじゃないですか」
でなければ紾達が、退職した茂望をこんなに簡単に見つける事は出来なかった筈だ
茂望
「どうとでも思ってくれ」
素直に頷かない茂望に、紾は頭を下げると、皐月が歩いて行った方へと足を進めた
茂望
「"英雄"が居た頃は、警察もこんなんじゃなかった。光が消え去ると闇が全てを覆い隠す。世界ってのはそういうもんだ」
ふと背後から、そんな言葉が聞こえた
蔡茌 紾
「あの、英雄って…」
何となく気になり、紾が振り向くと、ベンチに座っていた茂望は、すでに反対側に向かって歩き出していた
蔡茌 紾
「……」
去っていく茂望の後ろ姿を見つめながら、紾は理由もなく騒つく胸を押さえたのだった
ー
ーー
ーーー
無事、皐月に追いつく事が出来た紾は、茂望から聞いた話をまとめる
蔡茌 紾
「隅田さんと穢佇君は、三年前に接点があったんだ」
皐月 周
「はい。風十君は冤罪で捕まり、隅田さんは知っていながら、どうする事もできなかった…きっと悔しかったに違いありません」
隅田の気持ちを代弁する皐月に、紾は今まで、聞こうかと悩んでいた疑問を口にする
蔡茌 紾
「隅田さんが、変わってしまった理由は…昨日言っていた娘さんが原因なのか」
皐月 周
「…すみません、ちゃんと話さないといけませんね。分かってはいたんですけど」
きっと、皐月君は複雑な気持ちを抱えているんだろう。彼が隅田さんを、どれだけ慕っているのかは、話を聞いていれば良くわかる
そんな存在が、間違った道を行こうとしている…茂望さんと会うまでは、まだ半信半疑だった事も、今では確証になってしまった。心の整理がつかないのも無理はない
蔡茌 紾
「謝るのは俺の方だ。話は気持ちが落ち着いてからでいいよ」
優しく声を掛けた紾に、皐月は首を横に振った
皐月 周
「駄目です。…一緒に捜査をしてくれている蔡茌さんに失礼ですから。2ヶ月前に隅田さんの娘さんは事故にあって、現在も植物状態なんです」
彼が聞いた話によると、いわゆる不良と隅田の娘は何故か同じ車に乗っており、そこで事故にあってしまった
皐月 周
「すぐ警察病院に運ばれたのですが、隅田さんが駆けつけた頃には、医師によって植物状態と判断されたんです」
蔡茌 紾
「2ヶ月前…不良…」
皐月 周
「隅田さんが少年犯罪を撲滅していった時期に、少年犯罪にこだわる理由…偶然ではないでしょう」
自分の大事な娘が、不良によって奪われてしまった。隅田は三年前のような…悔しさと絶望感に囚われたのかもしれない
蔡茌 紾
「皐月君、もう少し詳しく娘さんについて調べてみないか?」
先程、会った茂望は隅田を止める事は出来ないと言っていた。それは恐らく、隅田がしている事に、同情だけではなく理解する事が出来たからだろう
でなければ、茂望が警察を退職する事はなかった筈だ……紾は、この事件に関わる人物達は、自分の人生を犠牲にしても、悪を裁いていく…そんな執念を感じ取った
蔡茌 紾
「俺達はまだ、この事件の上部だけしか知らない…そんな気がしてならないんだ」
皐月 周
「分かりました、僕も覚悟を決めます。相手が隅田さんなら中途半端な捜査は出来ませんから、この事件を必ず止めましょう」
皐月と紾は、頷きあうと隅田の娘が通っていた学校へと向かった
ーーー ーーー ーーー ーーー
警視庁・捜査一課長。その肩書きは残酷にも俺と家族を切り離した
娘の誕生日すらまともに祝えない、駄目な父親に家族はいつだって笑顔で「今日も無事に帰ってきてくれて良かった」と言ってくれた。それが、嬉しくて家族に会えない時間も頑張れた
凶悪犯がはびこる中、せめて娘が大人になる頃には今より、平和な国にする。そうやって意気込んで、仲間と共に事件を解決した
中には、俺の力ではどうする事も出来ない事件もあった。その中でも穢佇は、理不尽な世の中に打ちのめされ苦しんでいた…その様子は、かつての親がいない事で蔑まされ育った、俺にそっくりだった
職業柄、人間の醜悪を嫌と言うほど目の当たりにした、どんな聖人も人間である以上、誰かを恨み憎しむ。それを我慢する者か耐えきれず横暴に生きる者か…それだけだ
穢佇は間違いなく後者だった。冤罪を強要された、あの日…犯罪者になりかけた奴を止めたのは、娘と同じ歳で昔の自分と重ねた穢佇を、ほっとけなかったのかもしれない
隅田
「暴力じゃ何も解決できない」
穢佇
「なんだよそれ!じゃぁ、泣き寝入りしろって、それじゃ、いつまでも悪は滅びないじゃんか、それじゃ駄目だ…あの子達を守れない。お前らがやらないから!俺様がやるんだっ!」
穢佇は、泣きながら俺に言った。その時に、奴にも守りたい存在がある事を知った。そして、罪を逃れた放火犯はいずれ、父親と同じ警察官になるだろう。そんな奴が警察になんてなれば、同じような悲劇が繰り返されるのは、俺だって簡単に想像できる。もちろん奴もそうだった…
穢佇
「居るんだよっ、将来は警察になりたいって子が!その子に、あいつは何て言ったか知らないだろ!施設育ちは金が無いから無理だって、親が居ない奴に夢は叶えられないって……そう言われても、歯食いしばって頑張ってる。なのに、そいつは親と金の力で罪を逃れる。そんな奴を警察官になんてさせてたまるかっ、あの子が必死に夢見る世界に、ゴミは必要ない俺様が殺してやる!」
穢佇の殺意は、自分の怒りではなかった。奴は、あくまでも同じ施設の子達を想っていた。それは、俺が家族を想うのと何も変わらない
だからこそ、怒りの理由は痛いほど理解も出来た。根元を消さない限り、虐めは何度だって繰り返される
隅田
「なら、お前がそいつらを制しろ」
それは子供だった俺が、助けを求めた大人に言われた言葉だった。その時の俺には力があった、馬鹿にする奴は片っ端から黙らせる事が出来た
だが、穢佇にはそれが無かった。そんな奴にしてやれるアドバイスがあるとすれば、頭脳で相手を制する事ぐらいだ
弱みを握り手を出させないようにする。そうして身を守れ…その方法に、穢佇は違う捉え方をしたのか、調子づいたのかは分からないが、同じ施設の不良達を兵に、別の不良を潰させ黙らせた
最後にそんな事を風の噂で聞いたが、それは奴が選んだ人生だ。犯罪にならないのなら、俺がとやかく言う筋合いなんてない
それでも、少年犯罪は無くならない。時代が過ぎるたびに、酷くなる犯罪に俺は少年課の皐月に、愚痴感覚で「あいつらを、どこまで信じられる」と聞いた
皐月 周
「僕たちの仕事は、どうして事件が起こったのかを調べ、彼らと寄り添い真実を見極める事です。そして、罪を犯したのなら、彼らの為にもちゃんと理解させます」
偉そうに真っ直ぐな目で皐月は、俺に言ったんだ。後ろで茂望が、一本取られたなって笑ってたな。不思議と悪い気がしなかった
皐月は、娘に似ていた。真っ直ぐで正義感が強くて、あの子は誰だろうと分け隔てなく接する子だった
だからこそ、利用されてしまう。優しい子ほど、この世界は残酷な運命を課せる。妻も親切を装った奴を信じて流産になった。やっと命を宿した俺の大事な娘に、そんな事はさせない、もう誰も俺の家族を傷つけさせない
そう思っていた…なのに、なのに…俺はまた我が子を失ってしまった
隅田
「俺はもう、悪を許す事は出来ないんだ」
隅田は、娘の写真と産まれる事が出来なかった子供のエコー写真を、しっかりと握りしめた




