選手交代
静まり返った取調室の中、皐月の第一声は、相手の警戒心を解くかのような明るい挨拶だった
皐月 周
「僕の名前は皐月周だ。よろしくね」
丁寧に接し、優しく微笑んだ皐月に、穢佇は舌打ちで返す。そんな対応にも関わらず笑顔を崩さない皐月は、言葉を続けた
皐月 周
「良ければ君の、名前を教えてくれないかな?先ずはお互い自己紹介から始めよう」
穢佇
「は?知ってんだろ、わざわざ言う必要ないし」
笑顔が妙に苛立った穢佇は、皐月を睨み黙っていた口を開く
皐月 周
「僕と話してくれて、ありがとう」
穢佇
「うざっ、最初からそのつもりだったのかよ」
皐月の狙いが、口を開かせる事だと分かった穢佇は、気分を害し視線を逸らす
そんな皐月のやり方を、隣で見ていた紾は、素直に感心する。先程、一人で穢佇と対峙した時、紾は口を開かせる所か、話を聞く事すら出来なかったからだ
因みに説明されてないが、取り調べの経験が無い紾が、黎ヰに言われ一人で、取調室に入れらたのには、理由があった
捜査一課の苦情を聞かせないのと、先に紾と対峙させる事で、穢佇が舐めて掛かれるようにする為だ
一度目に何も話せなかった紾が、二度目に来たとしても、穢佇は警戒しないだろう。そんな狙いがあるとは知らない紾は、真面目に皐月の取り調べを見ていた
皐月 周
「君の名前は…穢佇風十君だね」
皐月は、ついさっき黎ヰから貰った資料に目を通す
【穢佇 風十】
男性、18歳。城音高校三年生。5歳の時に児童施設へ保護されて以来、現在も施設で暮らす
そこまで読むと皐月は、穢佇の人を馬鹿にしたような態度は、周りに舐められない為のいわゆる、虚勢なのかもしれないと思った
皐月 周
「風十君って呼んでもいいかな」
穢佇
「キモい、馴れ馴れしいしマジで、うざったいんだけど。そうやって親しく接して油断を誘うつもり?笑えるね、魂胆が見え透いててさ」
口が悪く傍若無人な態度だが、必死に相手を拒絶しているようにも取れた。皐月も紾も、刺刺しい穢佇の態度の中にある、思春期独特の言い寄れぬ、寂しさや苛立ちを感じ取った
そんな穢佇を見ていると、紾は6年前の過去の事件を思い出す
蔡茌 紾
(あの二人は寂しい環境で育ち、誰かに見つけて貰いたくて、過ちを犯してしまった)
その結果、杉野千が死にかけてしまい、彼らは犯してしまった罪と、ずっと向き合っていく事になった
もし、目の前の穢佇が、彼らのように心の未熟さから、過ちを犯しているのなら紾は、それを止めたいと思った
皐月 周
「風十君は、一課長とは知り合いだね」
簡単に心を開かない穢佇を見るに、遠回しに質問しても意味はない。そう思った皐月は、話題を核心的なものに切り替え、反応を伺う
穢佇
「てかさ隅田と暴行罪、なんか関係あんの?」
どこか淡々と答える穢佇に、先程までとは違う雰囲気を感じ取る。そして狙い通りにボロを出した
皐月 周
「一課長が誰の事か良く分かったね」
名前ではなく、役職で誰の事か分かった穢佇に、すかさず突っ込みを入れるも、穢佇は動揺するどころか、顎を高くし鼻を鳴らした
穢佇
「だから?ここに連れて来られる前に、隅田一課長に取り調べられてんだから、当たり前だろ。間抜けなお前と一緒にすんなつーの」
これは完全に見くびられているのだと、二人は察した
もしかすると、ボロを出したのもワザとかもしれない…挑発する事で、感情的にさせようとしているのだろう。黙秘を決め込むと思っていたが、どうやら穢佇はこの取り調べを、楽しんでいる可能性が高い
皐月 周
「成る程。じゃあ…話を戻そうか」
皐月は穢佇の挑発を軽く受け流す
皐月 周
「風十君が、芥と言う人にぶつかったのには、理由があると思うんだけど」
穢佇
「あくた?そんな名前だったんだ、別に興味無いけど」
隅田の名前を出した時とは違い、芥については、本当に何も知らないのだとその態度で分かる
そして裏を返せば、やはり穢佇は隅田を知っていると言う事になる。その事に気づいた皐月は、どうにかして二人の関係を、暴こうと口を開いた
皐月 周
「僕はね、風十君が連行される際、隅田さんに何か言われたんじゃかいかと考えてるんだ。だから、動揺してぶつかったんじゃないのかい?」
穢佇
「……」
皐月 周
「もし風十君の精神が不安定な状況だったのなら、暴行罪については、咎められない様に出来るかもしれないんだ。だから隅田さんとの関係を話してくれないかな」
黙っていた穢佇は、皐月の言葉に強く反応を示し、より一層彼を睨んだ
穢佇
「は?何それ、精神が不安定な奴って、弱い人間じゃん。俺は至って正常。んな事も分かんないとか、マジで無能」
皐月 周
「風十君?」
穢佇の表情が、憎悪に満ちたものに変わったのに、黎ヰは気づく
皐月と紾も違和感を覚え、手元の資料をみやる。そこには、穢佇の両親は薬物により、精神に異常をきたしていたと言う事が記されていた
皐月 周
(だから、風十君は反応したのか…僕とした事が…隅田さんとの繋がりに夢中になり過ぎた)
皐月は、今までにも何人もの未成年達を取り調べている。だが、彼の取り調べは、あくまでも容疑者に寄り添い、再発を防止する為の話し合いの様なもので、一課のように最初から容疑者を、犯人だと疑い問い詰める方法とは、無縁だった
皐月 周
「すまない、今のは僕が無神経だった。そう言う意味じゃなかったんだ」
皐月は、自分の焦りのせいで、穢佇の触れられたくない心に、土足で踏み込んでしまったのだと気づいた
皐月が弁解するも、穢佇は不愉快そうに、顔を歪ませているだけだった
蔡茌 紾
「決して、弱くは無いよ」
今まで黙っていた紾が、急に喋り出し思わず穢佇は反応した
穢佇
「は?なに?」
"弱い人間"だと言う穢佇に紾は、彼が薬に頼ってしまった両親の事を、言っているのだと思うと、どうしても黙って頷く事が出来なかった
蔡茌 紾
「俺は、去年まで警察犬の訓練士として働いていたんだ。一般の人よりも遥かに、沢山の犬達と触れ合ってきた。そしてその中には、人間達に酷い目に合わされた子達も居たんだ」
穢佇
「あっそ、だからなんなわけ?」
話の意図が読めず、穢佇は威嚇するかのように、目を釣り上げる
蔡茌 紾
「そう言う子達のほとんどは、心にトラウマを抱え、人を嫌ったり怯えたり、いずれも心の殻に閉じ籠ってしまう」
穢佇
「で?」
急に犬の話をしだす紾に、穢佇は結局何を言いたいのか分からず、不機嫌に舌を鳴らす
蔡茌 紾
「彼らは、また人と共に過ごす為に、自分のトラウマと向き合い努力する。俺はそんな彼らに、自身の弱さを受け入れ克服する力がある事を、学ばせてもらった」
穏やかな表情の紾は、穢佇の目を真っ直ぐに見ながら、話を続けた
蔡茌 紾
「人間だって同じだ。薬に頼ったとしても、それを克服する力は必ず持ってる。だから、弱くは無いんだと…俺は思うんだ」
その言葉に、動揺した穢佇は反射的に俯く
薬のせいで、子育てを放棄した穢佇の両親を、周りの大人達は憐れみ蔑んだ。だけど当時、5歳の穢佇からすれば、そんな事どうでも良かった
自分の両親が悪い事をしたのは、なんとなく理解していたが、大切な両親を悪く言って欲しくなかった。だから、紾が両親を弱く無いと言ってくれた事が、心に突き刺さった
すでに諦めていた言葉を、こうも簡単に聞けてしまった穢佇は、純粋に世の中は皮肉だと思った
穢佇
(望んだ時には、誰も言ってくれなかったじゃん…今さらなんだよ)
いつだって彼の周りに居るのは、腐った人間ばかりだった
穢佇
(世間は加害者じゃなくて、騙され虐げられ力を持たない、被害者が悪いと責め立てる。強者を立派だと誉め称えられ、弱者は可哀想な目で見られる…そんな奴らしか居なかった…だから、だから俺様は強者になったのに…)
ゆっくりと、顔を上げた穢佇の目は完全に人を拒絶していた
穢佇
「そんな説教、今の俺にはもう要らないから」
もっと早くに、紾に会っていたら何かが違ったのかもしれないと、そう思いながら穢佇は、隅田との出会いを思い出した
施設育ちってだけで、人は可哀想な目を俺様に向ける。そいつらが言う台詞はいつだって「親が居なくて可哀想」だった
だけど、都合が悪くなれば見て見ぬふりをする。俺様が虐められていても、誰もが"遊び"だと言い、助けるどころか「相手はそんなつもり無かったから、勘違いだよ。許してあげなさい」なんて、見当違いの言葉を吐く
助けを求めた大人ですら「やり返せ」だの「強くならないといけない」だの、時代錯誤の木偶の坊ばっかりだ。虐める奴等を殴ろうと思った事だってあった…でも、小さい時の俺様は、暴力を振るうのは自分が振るわれるのよりも、ずっと怖かった
だけど、大人達はそんなのを俺様に求めてなかった。親の居ない施設育ちの奴に求めるのは、いつだって自立心だけ
穢佇
(俺様はただ、誰かに助けて欲しかった。なのに…いつだって、弱者の声は届かないじゃん。誰も聞いてくれないじゃんか…)
常に強者は、傲慢で強欲で残酷だ。そいつらは俺様だけじゃなく、周りにいる施設の子供達にも、日頃の鬱憤をぶつけてやがった。その時に思った…
殴る事を恐れてた自分そのものが、弱者の考え方だった。ゴミを掃除するのに、心を痛める必要なんて要らない。施設の子達が虐められて泣いてるのを見て、ようやく気づいた
だから、俺様は殴った。強者になる為に、何度も何度も殴って殴って…気づけば身体中が血だらけで、目の前には泣いて逃げ出す奴ら…正直、清々したし面白かった。初めて心から笑えた気がした
穢佇
(それでも、世の中は強者の味方だ)
逃げたそいつは親に言い、学校や施設で大事になった。「両親のように精神がイカれてる」「愛情を知らないから人の痛みが分からない」そんな事を、謝まるまで言われ続けた。世の中全てが憎くって仕方なかった
…それでも施設の子達だけは、悪くないって言ってくれたんだ。それだけが唯一の救いだった。だから、役立たずな大人や汚い強者から守ろうって誓った
そんな時だった、中学三年…放火の犯人として警察に逮捕されたのは。身に覚えどころか、放火場所にすら行った事がなかったし、何がなんだか分からなかった
でもすぐに、犯人は虐めてた奴だって分かった。中学三年で受験を控え苛立ったそいつは、放火してその罪を"親の居ない可哀想で愛情を知らない奴"になすりつけた
周りは直ぐに信じて、警察も俺様の声を聞いてはくれなかった。まだ俺様は弱者なんだって思い知らされた。身を守るだけじゃ駄目だった…今度こそ強者にならないと、いずれ守りたい子達も守れなくなる事を思い知った
だからあの日、そいつの家に火を放とうとした俺様に「暴力じゃ、なにも解決しない」そう言って止めたのが隅田だった
隅田は、俺様に暴力以外の方法を教えた。大人で警察とか反吐しか出なかったけど、言ってる事は理解できた。要は利用すれば良いんだって…俺様が強者の弱味を握ってそいつらを使う
そうやって自分の兵を持って、新たな強者を潰していく…馬鹿みたいだけど、そのやり方は俺様向きだってすぐに分かった
穢佇
(ゴミを使ってゴミを掃除する)
そのやり方は、抑止力になって周りはだんだん静かになっていった。たまに反発してくる奴らも居たけど、ゴミを使って対処したし、それが本当に楽しかった
穢佇
(まさか何年かした後に、隅田からあんな提案されるとは、思ってなかったけど)
同級生が不良と事故に遭って、そのまま目を覚さなくなった。それが隅田の娘だった
何かが吹っ切れた隅田は、俺様に言った「罪から逃れる悪を提供しろ」と…俺様のやり方はあくまで抑止力にしかならない。でも、悪を警察へ渡せたなら、逮捕する事が出来る…そうすれば、本当の意味でのゴミ掃除になる
穢佇
(それが、俺様が隅田と手を組んだ理由)
もし二人の関係性がバレたら、今まで俺様が隅田に売ったゴミ共も解放してしまう。そんな事になれば、悪が野放しにされるのと同じだ
穢佇
(そんな事、絶対にさせてたまるか)
過去への憎悪が今の穢佇を奮い立たせていた
暫く黙った後、肩を震わせる穢佇に、紾と皐月はお互いに困った顔を見合わせる
皐月 周
「少し休もうか」
穢佇
「ぷっ、はは…あはははは」
心配するのも束の間、穢佇は大声で笑い出した
穢佇
「お前ら馬鹿過ぎ、取り調べだろコレ。さっきからぬる過ぎなんだけど、やる気あんの税金泥棒」
皐月 周
「なっ?!」
穢佇の変化に、マジックミラー越しの黎ヰと曳汐は気づく
曳汐 煇羽
「変わりましたね」
黎ヰ
「だな。どう思う?」
曳汐 煇羽
「最初は、取り調べを楽しんでいる様な印象でした。ですが、今は最初の頃の様な余裕が感じられません」
黎ヰ
「紾ちゃんと話してから、明らかに動揺はしてたなぁ。で、物思いに耽ったかと思えば、顔つきが変わった」
そこから考えるに、きっと紾ちゃんの言葉が心に刺さったのかもしれない。だからか、隅田と手を組んだ理由を再度確認し、決意を新たにする事で、揺らいだ気持ちに蓋をした
今の穢佇は、かなり警戒してる
黎ヰ
(…逆に警戒した今なら、口を割りそうだが…)
言ってはいけないと思うほど、人は無意識に自分にプレッシャーをかけてしまう
黎ヰ
(おそらく穢佇は、時間まで黙秘する事から離れて、取り調べ自体を早く終わらせようとしてる)
きっと、穢佇がそうしたのはこれ以上、優しい言葉を聞きたくないからだろう
黎ヰ
(揺らぎたくないんだろうなぁ)
自分を犠牲にする事を厭わない程だ。そうまでする理由が必ずあり、今なら穢佇は口走るかもしれない…
黎ヰはそれを探る為、注意深く穢佇を見た
蔡茌 紾
「どうしたんだ」
穢佇
「別に、思った事を言っただけだし。てかさ、俺様が故意にぶつかったかどうかだろ。したした、はいこれで取り調べ終了ー」
皐月 周
(穢佇君は、早く終わらせようとしてるのか…一体どうして?)
横柄な態度を怪しんだ皐月と紾は、その真意を知ろうとする
穢佇
「もういいだろ、認めたんだから…暴行罪でもなんでもどーぞ」
皐月 周
「そういう訳にはいかない。風十君が隅田さんと関わりがあるのは分かってるんだよ。取り返しが付かなくなる前に、教えてくれないかい?このままじゃ、風十君は逮捕されてしまうんだよ」
話の中で、少なくとも隅田との関わりはあるのだと勘づいていた皐月は、頑なに認めない穢佇に自身の胸の内を打ち明ける
皐月 周
「お願いだから、事実を言って欲しい。罪のない子に、罪を着せたくないんだ」
穢佇
「うっざ、そうやって良い人ぶってても、お前らもどうせ証拠だけで、踊らされるんだろ」
だが、固く閉ざされた彼の心には、皐月の願いは届かなかったようだ。苛立った穢佇は言葉を続けた
穢佇
「本当、偽善者さまさまーって感じ。お前らみたいなのが悪を取り逃すんだろ、そのせいでどれだけ弱者が虐げられてるかも知らないでさ。そんな無能が、のうのうと警察名乗ってるって思うと鳥肌が立つね」
苛立った、穢佇の本音の言葉に黎ヰは、ようやく自分を犠牲にする理由を、理解する事ができた
黎ヰ
("悪を取り逃す"ねぇ〜)
謎が解けニヤリと笑うと、ここからは自分の出番だと言うように、取調室の中へと入って行く
蔡茌 紾
「…黎ヰ?どうしたんだ」
突然の登場に、紾だけじゃなくその場の全員が黎ヰに注目した
黎ヰ
「紾ちゃん、片手あげな」
蔡茌 紾
「?こ、こうか…」
脈略のない言葉に戸惑いながらも、取り敢えず言われた通りに片手を、頭の位置ぐらいまであげる。と、黎ヰの手が弾くように重なった
パチン
ハイタッチされ驚き固まる紾に、楽しそうに言い放つ
黎ヰ
「二人とも、あんがと。選手交代って、事で」
皐月 周
「なっ、あ、貴方には任せられる訳ないでしょう」
黎ヰに対して、良い印象がない皐月は真っ先に否定する
黎ヰ
「紾ちゃんの意見は?」
話を振られた紾は、自分に向けられた瞳をじっと見つめる
蔡茌 紾
「…分かったよ。何か掴めたんだな」
黎ヰの真意までは分からないが、穢佇の突破口を掴めたのだと察した。きっと黎ヰなら、固く閉ざされた彼の心も開いてくれる…そう思えた。だから、紾は席を立つ
皐月 周
「蔡茌さん?!……」
紾が承諾した事で、暫く考える皐月
黎ヰ
「二人には、隅田について調べて貰いたい。そこから接点が掴めるかも知れないからなぁ〜」
黙っていた皐月は、重い口を開いた
皐月 周
「……分かりました。ですが!彼を傷つけるような事は言わないと、約束して下さい」
黎ヰ
「傷が付くかどうかは、穢佇風十によるが…一般的だとされる暴言や脅迫、強要はしねぇって、約束する」
皐月 周
「引っかかる言い方ですけど、ここは蔡茌さんの顔を立てましょう」
渋々、了承した皐月は席を立ち、端にいる記録係に頼み事をする
皐月 周
「もし、この人が異常な行動に出たら、直ぐに叩き出して下さい!」
黎ヰを、指差しながら言う皐月に、紾は呆気に取られ、当の本人である黎ヰは、愉快そうに笑っていた
そんな中、話しかけられた記録係は深く被っていた帽子を外し、勢いよく立ち上がった
驪 蒼
「ふっ、そうはいかせない!!この取り調べは明らかに、当初の目的から外れている!よって、この僕が無効とする!」
……
勢いよく言い放った驪は、得意げな顔で場を制す。昨晩、世瀬に止められていたにも関わらず、彼は記録係として紛れ込み、ずっと様子を伺っていたのだ
もちろん、その存在に初めから気づいていた黎ヰは、無言で驪の背後へと回る
驪 蒼
「な、な、なんだっ!暴力か!ふんっ、そんなものに驪家が屈するとーー」
黎ヰ
「曳汐〜頼む」
驪を無視し、外にいる曳汐に声を掛けると、予め言われていたように取調室のドアが開かれた
それを確認すると、トンッと背中を押す
驪 蒼
「な、な…」
押された勢いで前へと足が進み、気がつけば取調室の外へと出ていた。普通に追い出されたのだと気づいた驪は、我にかえると後ろを向き、文句を言おうと口を開こうとするが…
皐月 周
「ちょっと!押さないで下さい!」
抗議する声と共に、同じく皐月が無理矢理押し出される
驪 蒼
「うわっ、わ、来るなっ!」
皐月 周
「退いて下さい!」
なんて言葉も虚しく、二人はぶつかり合い転んだ
黎ヰ
「んじゃ紾ちゃん曳汐、後は頼んだ」
蔡茌 紾
「あ、あぁ…」
何か聞こうかと思ったが、なんとなくそんな雰囲気でもなく、仕方なく紾は大人しく外に出る
曳汐 煇羽
「お任せ下さい」
紾が出て来たのを確認し、曳汐は閉めたドアを背にして立った
蔡茌 紾
「ひ、曳汐?何をしてるんだ?」
何となく嫌な予感がした紾は、恐る恐る聞いてみる
曳汐 煇羽
「黎ヰさんのご命令です。誰も取調室に入れるな、と」
皐月 周
「なっ!そんな事が許されると思ってるんですか」
転んでいた皐月は、直ぐに起き上がると曳汐に詰め寄る
曳汐 煇羽
「異論があるのなら、私を引き退らせてからにして下さい」
皐月 周
「ゔっ…」
明らかに顔を歪ませる皐月。それもその筈で、曳汐家と言えば、天皇家と関わりの深い関係と有名だ
警察官なら大体は耳にする名前で、絶対敵に回すなと、上司や先輩に教えられる存在でもある
その中でも恐ろしいと言われているのが、煇羽の祖父であり、元皇宮警視監である"曳汐猩蕊"。彼の現役時代を知る者は、恐怖のあまり口を閉し「絶対に怒らせるな」とだけ後世へと伝え残したと言う…
だが、別に曳汐は家名を使い脅した訳じゃなく、言葉通り物理的に引き退らせてみろ、と言っているだけだ。もちろん黎ヰも、曳汐家の名前を使い、脅すような真似はさせない
だが、曳汐の短い言葉だけでは伝わらず、結果的に皐月は押し止まる
その様子を見ながら、驪はふんっと鼻を鳴らし、自身の服についた埃を払った
驪 蒼
「まぁ、良いだろう」
大人しく引き退ったかのように見えるが、驪には算段があった。もし、穢佇が黎ヰの取り調べに対して「脅迫・強要された」と言えば、それだけで黎ヰを潰せる
驪 蒼
「僕は、暫く此処へ居させて貰おう」
彼にとって事実かどうかは、全く関係ない。要は穢佇に言わせる事が出来ればいい
驪 蒼
(あいつを潰すだけなら、僕だけで充分だと言う事を証明してみせる)




