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異常調査部〜院内発砲事件〜【2】  作者: 月ノ羽ルナ


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10/24

選手交代

静まり返った取調室の中、皐月さつきの第一声は、相手の警戒心を解くかのような明るい挨拶だった


皐月さつき しゅう

「僕の名前は皐月周だ。よろしくね」


丁寧に接し、優しく微笑んだ皐月さつきに、穢佇えだちは舌打ちで返す。そんな対応にも関わらず笑顔を崩さない皐月さつきは、言葉を続けた


皐月さつき しゅう

「良ければ君の、名前を教えてくれないかな?先ずはお互い自己紹介から始めよう」


穢佇えだち

「は?知ってんだろ、わざわざ言う必要ないし」


笑顔が妙に苛立った穢佇えだちは、皐月さつきを睨み黙っていた口を開く


皐月さつき しゅう

「僕と話してくれて、ありがとう」


穢佇えだち

「うざっ、最初からそのつもりだったのかよ」


皐月さつきの狙いが、口を開かせる事だと分かった穢佇えだちは、気分を害し視線を逸らす


そんな皐月さつきのやり方を、隣で見ていためぐるは、素直に感心する。先程、一人で穢佇えだちと対峙した時、めぐるは口を開かせる所か、話を聞く事すら出来なかったからだ


因みに説明されてないが、取り調べの経験が無いめぐるが、黎ヰ(くろい)に言われ一人で、取調室に入れらたのには、理由があった


捜査一課の苦情を聞かせないのと、先にめぐると対峙させる事で、穢佇えだちが舐めて掛かれるようにする為だ


一度目に何も話せなかっためぐるが、二度目に来たとしても、穢佇えだちは警戒しないだろう。そんな狙いがあるとは知らないめぐるは、真面目に皐月さつきの取り調べを見ていた


皐月さつき しゅう

「君の名前は…穢佇風十君だね」


皐月さつきは、ついさっき黎ヰ(くろい)から貰った資料に目を通す


穢佇えだち 風十かざと

男性、18歳。城音しろね高校三年生。5歳の時に児童施設へ保護されて以来、現在も施設で暮らす


そこまで読むと皐月さつきは、穢佇えだちの人を馬鹿にしたような態度は、周りに舐められない為のいわゆる、虚勢なのかもしれないと思った


皐月さつき しゅう

「風十君って呼んでもいいかな」


穢佇えだち

「キモい、馴れ馴れしいしマジで、うざったいんだけど。そうやって親しく接して油断を誘うつもり?笑えるね、魂胆が見え透いててさ」


口が悪く傍若無人な態度だが、必死に相手を拒絶しているようにも取れた。皐月さつきめぐるも、刺刺しい穢佇えだちの態度の中にある、思春期独特の言い寄れぬ、寂しさや苛立ちを感じ取った


そんな穢佇えだちを見ていると、めぐるは6年前の過去の事件を思い出す


蔡茌さいし めぐる

(あの二人は寂しい環境で育ち、誰かに見つけて貰いたくて、過ちを犯してしまった)


その結果、杉野千すぎのせが死にかけてしまい、彼らは犯してしまった罪と、ずっと向き合っていく事になった


もし、目の前の穢佇えだちが、彼らのように心の未熟さから、過ちを犯しているのならめぐるは、それを止めたいと思った


皐月さつき しゅう

「風十君は、一課長とは知り合いだね」


簡単に心を開かない穢佇えだちを見るに、遠回しに質問しても意味はない。そう思った皐月さつきは、話題を核心的なものに切り替え、反応を伺う


穢佇えだち

「てかさ隅田と暴行罪、なんか関係あんの?」


どこか淡々と答える穢佇えだちに、先程までとは違う雰囲気を感じ取る。そして狙い通りにボロを出した


皐月さつき しゅう

「一課長が誰の事か良く分かったね」


名前ではなく、役職で誰の事か分かった穢佇えだちに、すかさず突っ込みを入れるも、穢佇えだちは動揺するどころか、顎を高くし鼻を鳴らした


穢佇えだち

「だから?ここに連れて来られる前に、()()()()()に取り調べられてんだから、当たり前だろ。間抜けなお前と一緒にすんなつーの」


これは完全に見くびられているのだと、二人は察した


もしかすると、ボロを出したのもワザとかもしれない…挑発する事で、感情的にさせようとしているのだろう。黙秘を決め込むと思っていたが、どうやら穢佇えだちはこの取り調べを、楽しんでいる可能性が高い


皐月さつき しゅう

「成る程。じゃあ…話を戻そうか」


皐月さつき穢佇えだちの挑発を軽く受け流す


皐月さつき しゅう

「風十君が、芥と言う人にぶつかったのには、理由があると思うんだけど」


穢佇えだち

「あくた?そんな名前だったんだ、別に興味無いけど」


隅田すみだの名前を出した時とは違い、あくたについては、本当に何も知らないのだとその態度で分かる


そして裏を返せば、やはり穢佇えだち隅田すみだを知っていると言う事になる。その事に気づいた皐月さつきは、どうにかして二人の関係を、暴こうと口を開いた


皐月さつき しゅう

「僕はね、風十君が連行される際、隅田さんに何か言われたんじゃかいかと考えてるんだ。だから、動揺してぶつかったんじゃないのかい?」


穢佇えだち

「……」


皐月さつき しゅう

「もし風十君の精神が不安定な状況だったのなら、暴行罪については、咎められない様に出来るかもしれないんだ。だから隅田さんとの関係を話してくれないかな」


黙っていた穢佇えだちは、皐月さつきの言葉に強く反応を示し、より一層彼を睨んだ


穢佇えだち

「は?何それ、精神が不安定な奴って、弱い人間じゃん。俺は至って正常。んな事も分かんないとか、マジで無能」


皐月さつき しゅう

「風十君?」


穢佇えだちの表情が、憎悪に満ちたものに変わったのに、黎ヰ(くろい)は気づく


皐月さつきめぐるも違和感を覚え、手元の資料をみやる。そこには、穢佇えだちの両親は薬物により、精神に異常をきたしていたと言う事が記されていた


皐月さつき しゅう

(だから、風十君は反応したのか…僕とした事が…隅田さんとの繋がりに夢中になり過ぎた)


皐月さつきは、今までにも何人もの未成年達を取り調べている。だが、彼の取り調べは、あくまでも容疑者に寄り添い、再発を防止する為の話し合いの様なもので、一課のように最初から容疑者を、犯人だと疑い問い詰める方法とは、無縁だった


皐月さつき しゅう

「すまない、今のは僕が無神経だった。そう言う意味じゃなかったんだ」


皐月さつきは、自分の焦りのせいで、穢佇えだちの触れられたくない心に、土足で踏み込んでしまったのだと気づいた


皐月さつきが弁解するも、穢佇えだちは不愉快そうに、顔を歪ませているだけだった


蔡茌さいし めぐる

「決して、弱くは無いよ」


今まで黙っていためぐるが、急に喋り出し思わず穢佇えだちは反応した


穢佇えだち

「は?なに?」


"弱い人間"だと言う穢佇えだちめぐるは、彼が薬に頼ってしまった両親の事を、言っているのだと思うと、どうしても黙って頷く事が出来なかった


蔡茌さいし めぐる

「俺は、去年まで警察犬の訓練士として働いていたんだ。一般の人よりも遥かに、沢山の犬達と触れ合ってきた。そしてその中には、人間達に酷い目に合わされた子達も居たんだ」


穢佇えだち

「あっそ、だからなんなわけ?」


話の意図が読めず、穢佇えだちは威嚇するかのように、目を釣り上げる


蔡茌さいし めぐる

「そう言う子達のほとんどは、心にトラウマを抱え、人を嫌ったり怯えたり、いずれも心の殻に閉じ籠ってしまう」


穢佇えだち

「で?」


急に犬の話をしだすめぐるに、穢佇えだちは結局何を言いたいのか分からず、不機嫌に舌を鳴らす


蔡茌さいし めぐる

「彼らは、また人と共に過ごす為に、自分のトラウマと向き合い努力する。俺はそんな彼らに、自身の弱さを受け入れ克服する力がある事を、学ばせてもらった」


穏やかな表情のめぐるは、穢佇えだちの目を真っ直ぐに見ながら、話を続けた


蔡茌さいし めぐる

「人間だって同じだ。薬に頼ったとしても、それを克服する力は必ず持ってる。だから、弱くは無いんだと…俺は思うんだ」


その言葉に、動揺した穢佇えだちは反射的に俯く


薬のせいで、子育てを放棄した穢佇えだちの両親を、周りの大人達は憐れみ蔑んだ。だけど当時、5歳の穢佇えだちからすれば、そんな事どうでも良かった


自分の両親が悪い事をしたのは、なんとなく理解していたが、大切な両親を悪く言って欲しくなかった。だから、めぐるが両親を弱く無いと言ってくれた事が、心に突き刺さった


すでに諦めていた言葉を、こうも簡単に聞けてしまった穢佇えだちは、純粋に世の中は皮肉だと思った


穢佇えだち

(望んだ時には、誰も言ってくれなかったじゃん…今さらなんだよ)


いつだって彼の周りに居るのは、腐った人間ばかりだった


穢佇えだち

(世間は加害者じゃなくて、騙され虐げられ力を持たない、被害者が悪いと責め立てる。強者を立派だと誉め称えられ、弱者は可哀想な目で見られる…そんな奴らしか居なかった…だから、だから俺様は強者になったのに…)


ゆっくりと、顔を上げた穢佇えだちの目は完全に人を拒絶していた


穢佇えだち

「そんな説教、今の俺にはもう要らないから」


もっと早くに、めぐるに会っていたら何かが違ったのかもしれないと、そう思いながら穢佇えだちは、隅田すみだとの出会いを思い出した


施設育ちってだけで、人は可哀想な目を俺様に向ける。そいつらが言う台詞はいつだって「親が居なくて可哀想」だった


だけど、都合が悪くなれば見て見ぬふりをする。俺様が虐められていても、誰もが"遊び"だと言い、助けるどころか「相手はそんなつもり無かったから、勘違いだよ。許してあげなさい」なんて、見当違いの言葉を吐く


助けを求めた大人ですら「やり返せ」だの「強くならないといけない」だの、時代錯誤の木偶の坊ばっかりだ。虐める奴等を殴ろうと思った事だってあった…でも、小さい時の俺様は、暴力を振るうのは自分が振るわれるのよりも、ずっと怖かった


だけど、大人達はそんなのを俺様に求めてなかった。親の居ない施設育ちの奴に求めるのは、いつだって自立心だけ


穢佇えだち

(俺様はただ、誰かに助けて欲しかった。なのに…いつだって、弱者の声は届かないじゃん。誰も聞いてくれないじゃんか…)


常に強者は、傲慢で強欲で残酷だ。そいつらは俺様だけじゃなく、周りにいる施設の子供達にも、日頃の鬱憤をぶつけてやがった。その時に思った…


殴る事を恐れてた自分そのものが、弱者の考え方だった。ゴミを掃除するのに、心を痛める必要なんて要らない。施設の子達が虐められて泣いてるのを見て、ようやく気づいた


だから、俺様は殴った。強者になる為に、何度も何度も殴って殴って…気づけば身体中が血だらけで、目の前には泣いて逃げ出す奴ら…正直、清々したし面白かった。初めて心から笑えた気がした


穢佇えだち

(それでも、世の中は強者の味方だ)


逃げたそいつは親に言い、学校や施設で大事になった。「両親のように精神がイカれてる」「愛情を知らないから人の痛みが分からない」そんな事を、謝まるまで言われ続けた。世の中全てが憎くって仕方なかった


…それでも施設の子達だけは、悪くないって言ってくれたんだ。それだけが唯一の救いだった。だから、役立たずな大人や汚い強者から守ろうって誓った


そんな時だった、中学三年…放火の犯人として警察に逮捕されたのは。身に覚えどころか、放火場所にすら行った事がなかったし、何がなんだか分からなかった


でもすぐに、犯人は虐めてた奴だって分かった。中学三年で受験を控え苛立ったそいつは、放火してその罪を"親の居ない可哀想で愛情を知らない奴"になすりつけた


周りは直ぐに信じて、警察も俺様の声を聞いてはくれなかった。まだ俺様は弱者なんだって思い知らされた。身を守るだけじゃ駄目だった…今度こそ強者にならないと、いずれ守りたい子達も守れなくなる事を思い知った


だからあの日、そいつの家に火を放とうとした俺様に「暴力じゃ、なにも解決しない」そう言って止めたのが隅田すみだだった


隅田すみだは、俺様に暴力以外の方法を教えた。大人で警察とか反吐しか出なかったけど、言ってる事は理解できた。要は利用すれば良いんだって…俺様が強者の弱味を握ってそいつらを使う


そうやって自分の兵を持って、新たな強者を潰していく…馬鹿みたいだけど、そのやり方は俺様向きだってすぐに分かった


穢佇えだち

(ゴミを使ってゴミを掃除する)


そのやり方は、抑止力になって周りはだんだん静かになっていった。たまに反発してくる奴らも居たけど、ゴミを使って対処したし、それが本当に楽しかった


穢佇えだち

(まさか何年かした後に、隅田からあんな提案されるとは、思ってなかったけど)


同級生が不良と事故に遭って、そのまま目を覚さなくなった。それが隅田すみだの娘だった


何かが吹っ切れた隅田すみだは、俺様に言った「罪から逃れる悪を提供しろ」と…俺様のやり方はあくまで抑止力にしかならない。でも、悪を警察へ渡せたなら、逮捕する事が出来る…そうすれば、本当の意味でのゴミ掃除になる


穢佇えだち

(それが、俺様が隅田と手を組んだ理由)


もし二人の関係性がバレたら、今まで俺様が隅田すみだに売ったゴミ共も解放してしまう。そんな事になれば、悪が野放しにされるのと同じだ


穢佇えだち

(そんな事、絶対にさせてたまるか)


過去への憎悪が今の穢佇えだちを奮い立たせていた


暫く黙った後、肩を震わせる穢佇えだちに、めぐる皐月さつきはお互いに困った顔を見合わせる


皐月さつき しゅう

「少し休もうか」


穢佇えだち

「ぷっ、はは…あはははは」


心配するのも束の間、穢佇えだちは大声で笑い出した


穢佇えだち

「お前ら馬鹿過ぎ、取り調べだろコレ。さっきからぬる過ぎなんだけど、やる気あんの税金泥棒」


皐月さつき しゅう

「なっ?!」


穢佇えだちの変化に、マジックミラー越しの黎ヰ(くろい)曳汐ひきしおは気づく


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「変わりましたね」


黎ヰ(くろい) 

「だな。どう思う?」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「最初は、取り調べを楽しんでいる様な印象でした。ですが、今は最初の頃の様な余裕が感じられません」


黎ヰ(くろい)

「紾ちゃんと話してから、明らかに動揺はしてたなぁ。で、物思いにふけったかと思えば、顔つきが変わった」


そこから考えるに、きっとめぐるちゃんの言葉が心に刺さったのかもしれない。だからか、隅田すみだと手を組んだ理由を再度確認し、決意を新たにする事で、揺らいだ気持ちに蓋をした


今の穢佇えだちは、かなり警戒してる


黎ヰ(くろい)

(…逆に警戒した今なら、口を割りそうだが…)


言ってはいけないと思うほど、人は無意識に自分にプレッシャーをかけてしまう


黎ヰ(くろい)

(おそらく穢佇は、時間まで黙秘する事から離れて、取り調べ自体を早く終わらせようとしてる)


きっと、穢佇えだちがそうしたのはこれ以上、優しい言葉を聞きたくないからだろう


黎ヰ(くろい)

(揺らぎたくないんだろうなぁ)


自分を犠牲にする事を厭わない程だ。そうまでする理由が必ずあり、今なら穢佇えだちは口走るかもしれない…


黎ヰ(くろい)はそれを探る為、注意深く穢佇えだちを見た


蔡茌さいし めぐる

「どうしたんだ」


穢佇えだち

「別に、思った事を言っただけだし。てかさ、俺様が故意にぶつかったかどうかだろ。したした、はいこれで取り調べ終了ー」


皐月さつき しゅう

(穢佇君は、早く終わらせようとしてるのか…一体どうして?)


横柄な態度を怪しんだ皐月さつきめぐるは、その真意を知ろうとする


穢佇えだち

「もういいだろ、認めたんだから…暴行罪でもなんでもどーぞ」


皐月さつき しゅう

「そういう訳にはいかない。風十君が隅田さんと関わりがあるのは分かってるんだよ。取り返しが付かなくなる前に、教えてくれないかい?このままじゃ、風十君は逮捕されてしまうんだよ」


話の中で、少なくとも隅田すみだとの関わりはあるのだと勘づいていた皐月さつきは、頑なに認めない穢佇えだちに自身の胸の内を打ち明ける


皐月さつき しゅう

「お願いだから、事実を言って欲しい。罪のない子に、罪を着せたくないんだ」


穢佇えだち

「うっざ、そうやって良い人ぶってても、お前らもどうせ証拠だけで、踊らされるんだろ」


だが、固く閉ざされた彼の心には、皐月さつきの願いは届かなかったようだ。苛立った穢佇えだちは言葉を続けた


穢佇えだち

「本当、偽善者さまさまーって感じ。お前らみたいなのが悪を取り逃すんだろ、そのせいでどれだけ弱者が虐げられてるかも知らないでさ。そんな無能が、のうのうと警察名乗ってるって思うと鳥肌が立つね」


苛立った、穢佇えだちの本音の言葉に黎ヰ(くろい)は、ようやく自分を犠牲にする理由を、理解する事ができた


黎ヰ(くろい)

("悪を取り逃す"ねぇ〜)


謎が解けニヤリと笑うと、ここからは自分の出番だと言うように、取調室の中へと入って行く


蔡茌さいし めぐる

「…黎ヰ?どうしたんだ」


突然の登場に、めぐるだけじゃなくその場の全員が黎ヰ(くろい)に注目した


黎ヰ(くろい)

「紾ちゃん、片手あげな」


蔡茌さいし めぐる

「?こ、こうか…」


脈略のない言葉に戸惑いながらも、取り敢えず言われた通りに片手を、頭の位置ぐらいまであげる。と、黎ヰ(くろい)の手が弾くように重なった


パチン


ハイタッチされ驚き固まるめぐるに、楽しそうに言い放つ


黎ヰ(くろい)

「二人とも、あんがと。選手交代って、事で」


皐月さつき しゅう

「なっ、あ、貴方には任せられる訳ないでしょう」


黎ヰ(くろい)に対して、良い印象がない皐月さつきは真っ先に否定する


黎ヰ(くろい)

「紾ちゃんの意見は?」


話を振られためぐるは、自分に向けられた瞳をじっと見つめる


蔡茌さいし めぐる

「…分かったよ。何か掴めたんだな」


黎ヰ(くろい)の真意までは分からないが、穢佇えだちの突破口を掴めたのだと察した。きっと黎ヰ(くろい)なら、固く閉ざされた彼の心も開いてくれる…そう思えた。だから、めぐるは席を立つ


皐月さつき しゅう

「蔡茌さん?!……」


めぐるが承諾した事で、暫く考える皐月さつき


黎ヰ(くろい)

「二人には、隅田について調べて貰いたい。そこから接点が掴めるかも知れないからなぁ〜」


黙っていた皐月さつきは、重い口を開いた


皐月さつき しゅう

「……分かりました。ですが!彼を傷つけるような事は言わないと、約束して下さい」


黎ヰ(くろい)

「傷が付くかどうかは、穢佇風十によるが…一般的だとされる暴言や脅迫、強要はしねぇって、約束する」


皐月さつき しゅう

「引っかかる言い方ですけど、ここは蔡茌さんの顔を立てましょう」


渋々、了承した皐月さつきは席を立ち、端にいる記録係に頼み事をする


皐月さつき しゅう

「もし、この人が異常な行動に出たら、直ぐに叩き出して下さい!」


黎ヰ(くろい)を、指差しながら言う皐月さつきに、めぐるは呆気に取られ、当の本人である黎ヰ(くろい)は、愉快そうに笑っていた


そんな中、話しかけられた記録係は深く被っていた帽子を外し、勢いよく立ち上がった


くろうま あおい

「ふっ、そうはいかせない!!この取り調べは明らかに、当初の目的から外れている!よって、この僕が無効とする!」


……


勢いよく言い放ったくろうまは、得意げな顔で場を制す。昨晩、世瀬よせに止められていたにも関わらず、彼は記録係として紛れ込み、ずっと様子を伺っていたのだ


もちろん、その存在に初めから気づいていた黎ヰ(くろい)は、無言でくろうまの背後へと回る


くろうま あおい

「な、な、なんだっ!暴力か!ふんっ、そんなものに驪家が屈するとーー」


黎ヰ(くろい)

「曳汐〜頼む」


くろうまを無視し、外にいる曳汐ひきしおに声を掛けると、予め言われていたように取調室のドアが開かれた


それを確認すると、トンッと背中を押す


くろうま あおい

「な、な…」


押された勢いで前へと足が進み、気がつけば取調室の外へと出ていた。普通に追い出されたのだと気づいたくろうまは、我にかえると後ろを向き、文句を言おうと口を開こうとするが…


皐月さつき しゅう

「ちょっと!押さないで下さい!」


抗議する声と共に、同じく皐月さつきが無理矢理押し出される


くろうま あおい

「うわっ、わ、来るなっ!」


皐月さつき しゅう

「退いて下さい!」


なんて言葉も虚しく、二人はぶつかり合い転んだ


黎ヰ(くろい)

「んじゃ紾ちゃん曳汐、後は頼んだ」


蔡茌さいし めぐる

「あ、あぁ…」


何か聞こうかと思ったが、なんとなくそんな雰囲気でもなく、仕方なくめぐるは大人しく外に出る


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「お任せ下さい」


めぐるが出て来たのを確認し、曳汐ひきしおは閉めたドアを背にして立った


蔡茌さいし めぐる

「ひ、曳汐?何をしてるんだ?」


何となく嫌な予感がしためぐるは、恐る恐る聞いてみる


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「黎ヰさんのご命令です。誰も取調室に入れるな、と」


皐月さつき しゅう

「なっ!そんな事が許されると思ってるんですか」


転んでいた皐月さつきは、直ぐに起き上がると曳汐ひきしおに詰め寄る


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「異論があるのなら、私を引き退さがらせてからにして下さい」


皐月さつき しゅう

「ゔっ…」


明らかに顔を歪ませる皐月さつき。それもその筈で、曳汐ひきしお家と言えば、天皇家と関わりの深い関係と有名だ


警察官なら大体は耳にする名前で、絶対敵に回すなと、上司や先輩に教えられる存在でもある


その中でも恐ろしいと言われているのが、煇羽やくはの祖父であり、元皇宮警視監である"曳汐ひきしお猩蕊せいすい"。彼の現役時代を知る者は、恐怖のあまり口を閉し「絶対に怒らせるな」とだけ後世へと伝え残したと言う…


だが、別に曳汐ひきしおは家名を使い脅した訳じゃなく、言葉通り物理的に引き退さがらせてみろ、と言っているだけだ。もちろん黎ヰ(くろい)も、曳汐ひきしお家の名前を使い、脅すような真似はさせない


だが、曳汐ひきしおの短い言葉だけでは伝わらず、結果的に皐月さつきは押し止まる


その様子を見ながら、くろうまはふんっと鼻を鳴らし、自身の服についた埃を払った


くろうま あおい

「まぁ、良いだろう」


大人しく引き退さがったかのように見えるが、くろうまには算段があった。もし、穢佇えだち黎ヰ(くろい)の取り調べに対して「脅迫・強要された」と言えば、それだけで黎ヰ(くろい)を潰せる


くろうま あおい

「僕は、暫く此処へ居させて貰おう」


彼にとって事実かどうかは、全く関係ない。要は穢佇えだちに言わせる事が出来ればいい


くろうま あおい

(あいつを潰すだけなら、僕だけで充分だと言う事を証明してみせる)

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