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悪役令嬢は学校に行く。

 空を何かが飛んでいた。鳥にしてはずいぶんと違和感のあるそれをエリザベスが呆然と見つめていれば、友梨が「あれは、飛行機。」と笑いながら教えてくれた。



 昨日、こちらの世界にきたばかりだというのに、今日は朝から学校に行くためにエリザベスは早く起きた。これを着るようにと友梨がクローゼットから出してくれた制服は、エリザベスの通う学園のものよりはだいぶ質素なものだ。貴族のお嬢様が、こんな服を着てくれるのだろうかと心配した友梨だったが、エリザベスにとっての問題はそこでは無いらしい。



「こ、こんな破廉恥なものが、制服なのでございますか?」


「エリたん、敬語は控えめにね。」



 エリザベスの口調が、こちらの世界では大袈裟すぎるので、平民らしく喋るように家族会議で言われたにも関わらず、エリザベスは驚くとどうしても仰々しくなってしまうようだ。



「こんな、破廉恥なものが、制服なの?かしら?」


「うーん、スカート丈が短い?でも、これ以上長くできないしなぁ。」



 絵梨の制服のスカートは、きっちり校則通りの短くないものだったが、エリザベスにとってはそれでも短いという。履いてはみたものの、やはり恥ずかしいらしく、スカートの裾を引っ張っているが、どう頑張っても伸びるものではない。



「これでは、な、中が、見えてしまいます。ああ、あああんな、頼りないしたっ、下着なのに!ひ、卑猥です!」



 風呂上がりに用意されていた下着にも、悲鳴をあげたエリザベスだ。卑猥という言葉をこれほど聞いたことがあっただろうかと、友梨はだんだん遠い目になる。



「うーん、でもそれ以上長いと格好悪いし、かえって目立つよ? 昔のヤンキーの人みたいだし、逆の意味で先生に捕まる気がする。」



 ほらほら、私のスカートなんてこんなだよ…と友梨が見せたスカートの丈は膝が見えている。振り返ってその生足を見てしまったエリザベスが、両手で顔を覆う。



「そ、そういう、ものなのですか?」


「そういうもんよ。外に出りゃわかるから。」



 そう言われて、顔は真っ赤なままではあるが、色々と諦めることにしたらしいエリザベス。そこに、階段を上がってきた母親が「これを履いて行ったら。」と、スパッツを差し出した。ひざ下までの柔らかなズボンのようなそれは、学校の規則的にも問題が無いらしい。それを受け取る時の、友梨の残念なものを見る様な目は気になったが、それでも少しでも足が隠れればとエリザベスは有り難く使わせてもらうことにした。

 それでも、コルセットのない服は、とても着心地が良かった。



「はよっす。絵梨、大丈夫か?」



 玄関を出ると、ひとりの男性が家の前のガードレールに寄りかかっていた。背は高いが、目元に前髪がかかり、その表情が伺えない。

 声を掛けられたエリザベスよりも先に、後ろから出て来た友梨が先に声をかけた。



「おはよ、健太郎。これ、絵梨だけど、エリザベス。」



 健太郎と呼ばれた彼は、絵梨のほうを向いたまま「いや、なんだよ。その設定。」と怪訝そうに呟いている。

 エリザベスは、今日これからお世話になるということで、両手でスカートを摘まみカーテシーの姿勢をとった。



「はじめまして。私、エリザベス・ヴァリエールと申します。エリザベスとお呼びください。」



 ゆっくりとエリザベスが姿勢を戻すと、乾燥してしまいそうなほどに見開かれた目が前髪の向こう側に見えた。



「ご、ご丁寧にどうも。健太郎です。」


「健太郎様とお呼びしても?」


「は、まあ、それで、良い、です。」



 しどろもどろになる健太郎に、「ね?」と友梨が得意げに言う。幼なじみの健太郎と、親友の美知には事情を説明してあると言われていたエリザベスは、(この方が、健太郎様…。)と思いつつ、あまりジロジロと視線を向けないように気をつけながら「ご迷惑をおかけいたします。よろしくお願い致します。」と頭を下げた。


 向こうの世界の男性達とは全く違った雰囲気の健太郎の後を付いていくように歩きながら、エリザベスは思わずその背中越しに観察してしまっていた。シンプルな白いシャツのに包まれた身体は、とても華奢に見えるし、隠された瞳は、とても穏やかなものに見えた。何を考えているのかわからないような、向こうの世界の貴族の子息達とは、根本的な何かが違う。

 そんなことを考えながら、歩いて駅へ向かう途中、エリザベスは健太郎に既視感があることに気がついた。どこかで見た気がするが、それが思い出せない。誰かに似ているというよりは、彼の姿絵のようなものがどこかにあった気がする…。

 向こうの世界ではとても貴重な姿絵が、こちらでは写真という本物そっくりに写す技術のお陰であちらこちらに溢れていたことを思い出す。



(どこかに、健太郎様の写真があったのかもしれない。)



 あれも魔法ではないなんて…そんなことを考えていたエリザベスの前で、友梨が立ち止まり、思わずぶつかりそうになって顔を上げると、3人の前に黄色い棒が下りて来ているところだった。



「これ、は?」


「ああ、これは遮断機。この音が聞こえたら、この先に入っちゃダメよ。死んじゃうから。」



 恐ろしい言葉が聞こえたが、まわりの人たちも、車と呼ばれる馬車とは違った乗り物も、みなその遮断機というものの前で止まっている。エリザベスがそわそわとその様子を伺っていると、突然「ファーン!」という音がして、轟音と突風に襲われた。目の前を大きな何かが走っていく。思わずよろめきそうになったエリザベスの背中を、健太郎がそっと支えてくれた。



「あ、ありがとうございます。今のは、何か恐ろしい生き物でも通過したのでしょうか?」



 そういって、エリザベスが目をぱちぱちさせていると、ゆっくりと遮断機と呼ばれるものが上に上がっていく。それと共に、人と車も動き出した。



「なあ、本当に学校行かせるのか?」


「まあ、どうにかなるでしょ。」



 質問に言葉が返ってこないことに首をひねりつつ、エリザベスも友梨の後について踏切を渡る。下に敷かれている銀色のレールがずっと向こうまで伸びているのを見ながら、エリザベスはこの上を何かが走って行ったのだと理解する。まさか、それに自分が乗ることになるとは全く思っていなかったのだが。






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