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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生令嬢、エロ漫画を描いたら追放される。今更新刊が欲しいと言われてももう遅いですわ。

作者: 生徒会副長

コミックマーケット3年ぶりの夏開催おめでとうございます。


「ユリア・ムーンライト侯爵令嬢! 貴様との婚約を破棄し、お前をムニエフ王国から追放処分にする!! 貴様のような邪悪な淫売は私の婚約者に相応しくない! お前の妹の、清廉潔白で知識に富んだアリア・ムーンライトこそ、我が婚約者に相応しい!」


 秋風が感じられる季節に開かれた社交パーティーの場。そこで「大事な話がある」と言って壇上に上がり、声高らかに婚約破棄を宣言したのは、17歳にして身長175cmを超える、金髪で長身の貴公子、ワイズ・スカーレット公爵令息でした。

 ワイズ様の傍らでは、小柄で銀髪のショートヘアに、つぶらな緑の目を持つ令嬢が腕を絡めています。私の2つ下の妹、アリア・ムーンライトです。そして彼に指を差されている、流れる長い銀髪、切れ長の青い眼を持つ17歳の私こそが、ユリア・ムーンライトです。

 私はたった今、 “前世の頃、小説や漫画でよく目にした、断罪と婚約破棄イベント”の中心に立たされています。

 5歳の頃、一枚の尊い絵画を見たのをきっかけに、「21世紀の日本でデザイナーとして働いていた」という前世を思い出しました。しかし、この世界が別に前世で見知った物語の世界という訳でもなかったので、普通の侯爵令嬢として過ごしてきました。それがまさか婚約破棄を言い渡されるなんて……。

 あ……いや……。1つだけ普通の侯爵令嬢と違うことがありますが……。そんなのを理由に婚約破棄の上、国外追放なんてされませんよね?


「心当たりがないとは言わせんぞユリア! 貴様は美しい肖像画や風景画を数多く描いていたが……。それを隠れ蓑に、おぞましい絵画を数多く描き、それを本に纏めていただろう!! そうだな、アリア!」


 アリアが身体を震わせ、涙ながらに答えました。


「はい……。お姉様に用事があってお部屋に呼びに行った際、お姉様が留守だったのでたまたま目に入ってしまったのですが……。それはあまりにもおぞましい内容で、それを見つけた日の夜は怖くて眠れませんでした……」


 心当たりが的中してしまったのですが、こんなことで婚約破棄はともかく、国外追放なんて冗談ではありません。

 前世でコミケに本を出すほどの趣味だった、同人誌を描いてたぐらいで! しかも同人誌といっても、自分の分1冊ずつしか描いてませんのに!


「お言葉ですがワイズ様。あれは自分で読む為に各1冊ずつしか作成していないものです。言わば日記のようなもの。日記に書いてある内容を根拠に国外追放されたり、反逆罪に問われたりした貴族など前例がございません」

「前例がないぐらいには、みな日記の管理や内容には気を配っているのだろうなぁ、お前と違って! 『国王なんて死ねばいい』とか『こうすれば王城なんて俺でも3日で落とせる』とか書いてある日記が見つかったら、そいつは間違いなく死刑だぞ!」

「私は例に挙げられるような畏れ多い内容を本に描いた覚えはございませんが」

「往生際の悪い奴め! ならば貴様が描いた本の内容のおぞましさを、この場で罪として公表してやる!! アリアが吐き気と涙をこらえながら時間をかけて必死に集めてくれた内容だ……。とくと聞くがいい!」

「くっ……!」


 自分用に描いてた同人誌の内容を、自分以外に向けて発表されるのは正直死ぬほど恥ずかしいのですが……。こうなったら私の性癖が、ここにいる貴族各位の性癖に刺さることを祈るしかありません!


「1冊目! 女騎士が植物の蔦のようなものに絡みとられ、辱めを受ける本だ! 貴様この本を見るに、いつか異界から魔物を召喚し、貴族令嬢各位や、国を守る騎士に暴力や陵辱を行いたいと企んでいたのではないか!?」


 あぁ、あの本ですか……。前世で見た「最強二刀流でハーレムを!」っていうアニメのキャラデザと作画と声優さんの演技がすごく良かったから、それを思い出しながら描いたんですよね。アニメでは描かれなかった本番行為まで描いたのは、同人誌ではよくあることです。


「後半はワイズ様の妄想です。その本に登場する国家も女騎士も魔物も、私が自分で考えた架空の存在であり、現実の国家・人物とは一切関係ございません。また、私がそのような内容を見たり描いたりしたいのは絵の中に限ったことで、現実でそのような痛ましい出来事が起こって欲しいなどとは断じて考えていません」


 私はそう弁明し、本の裏表紙にも形式美としてそれは書いてあるのですが、貴族達の反応は冷ややかでした。


「ユリア・ムーンライト侯爵令嬢は悪魔を信仰しているのか……?」

「女騎士を辱めたいだなんて、女の風上にも置けないわね……」

「そもそも女騎士なんて歴史上に何人もいないだろ。歴代の女騎士に対する侮辱だ」


 そんな声を聞いたワイズ様は、ニヤニヤと満足気な表情を浮かべています。


「2冊目と3冊目はまとめて紹介させてもらう。2冊目では女同士があられもない姿で同衾し、3冊目では男同士があられもない姿で同衾している! 貴様同性愛者だったのか!! そんな輩と結婚など誰かするか淫売め!!」


 2冊目は多分前世の大人気RPG「時をかける運命航路」の女主人公ちゃんとヒロインちゃんが元ネタで、BL本は3冊ぐらい描いてたので本番があるというだけだとどの本か分からないですね。どれも攻めと受けの本編中の絡みが尊くて、ベッドでの本番が描き上がったときは本当に嬉しかったですよね。攻めと受けの絡みが尊ければ性別とか関係ないですよね。

 まぁ私は同性愛者じゃないですけど。百合漫画を描いてる女性作家が全員レズの訳がないでしょうに。

 それにこの世界の宗教の教義には、同性愛を否定するような内容は書いていませんから、大っぴらに同性愛者を迫害するのも如何なものでしょうね? まぁ容認する内容も書かれていないので、百合漫画もBL漫画も大っぴらに売ったり見せたりしていなかった訳ですが。

 アリアがまたも涙ながらに訴えます。


「うぅ……。ワイズ様! 私も、姉が同性愛者だと知ってからというもの、いつ姉に襲われて貞操を奪われるか不安で不安でたまらなかったのです……!」


 だから違うんですって。

 それにどちらかというと、アリアには苦労させられることの方が多かったんですけどね。甘え上手で、欲張りで。その割にカメラのようなものを含む魔導具の扱いに長けているせいか、私の絵画を陰で小馬鹿にしてましたし。


「ワイズ様。まだ紹介にあずかってませんが、男と女が純粋に愛し合う本も私は描いております」


 これは本当です。「天空の王子と地底の花嫁」っていう小説が元ネタのものと、「救国のシグルド」って漫画が元ネタのもので2冊は描いてるはずです。


「そしてその本に描かれているのは、私でもアリアでもワイズ様でもありません。全て架空の人物です。私、ユリア・ムーンライトは、たったいま婚約破棄されるまで、婚約者であるワイズ様に操を立ててきました。ふしだらな行いや誤解を招く振る舞いも致しておりません。むしろ、たったいまアリアと腕を組んで立っておられるワイズ様の方が、貞操観念においては恥ずべきお立場ではないかと思われますが?」


 カッと目を開いて、ワイズ様は語気を荒らげました。


「貴様のような淫乱と一緒にするな! アリアとは、貴様の罪を明らかにする目的で会っていたのみで、下心などない! 加えて、我がスカーレット公爵家とムーンライト侯爵家の関係を保つには、お前の代わりにアリアが私と婚約するのが最善なのだ!」


 嘘半分真実半分でしょうかね。ワイズ様も私の絵より妹アリアの魔導具コレクションに興味があるような雰囲気でしたし。アリアもワイズ様が侯爵邸を訪れる度、妙にそわそわしていましたし。で、私と婚約破棄する大義名分を探していたら、あの同人誌を見つけたと。


「このことは、王宮からも父上からも、ムーンライト侯爵からも了承を得ている! 貴様に味方などいない! 逃げ道や後ろ盾もないと思え!」


 味方はいない。その言葉を証明するように周囲の貴族達はザワザワと話し始めました。


「ユリア・ムーンライト令嬢の風景画は購入したことがあったが、そんな下品なことを考えながら描いていた絵だったなんて……」

「不潔だわ……。私達のこともそういう目で見ていたのではないかしら……」

「男同士とか意味が分からん……。分かりたくもない……」


 どうやら、私の性癖が貴族各位に刺さって味方になってもらう作戦は、失敗したようです。


「自分の罪深さを理解したなら、さっさと荷物を纏めてこの国から出ていけ! たった今から国境を越えるまでは監視をつける。今のところは殺すほどの大義名分がないため国外追放処分で済ませているが、余計なことをしたら不敬罪なり国家反逆罪なりで死刑にしてやるからな!」


 これが一度は婚約した相手に対する言い草でしょうか。

 言いたいことは山程あります。百合が成就するまでの過程の尊さとか、BLにおける受けの行為前と行為後のギャップとか、ノマカプは何と言っても合法的に(?)子どもを作ってイチャイチャできるシチュが最高だとか。

 とはいえカップリングの尊さを叫びながら死ぬのは御免です。


「……承知つかまつりました」


 私は万感を込めてそう返事をし、使用人と衛兵に連れられて会場を去る他ありませんでした……。



――※――



 荷物を纏めるために侯爵邸に戻ると、信じられないことが起こっていました。

 我が父、シード・ムーンライト侯爵が、私の画材や描きかけの絵画を炎に焚べていたのです!


「父上! なんて酷いことをなさるのです!」

「うるさい! この悪女め! お前が描きかけていた絵画なら、今回の騒動のせいで、こっちが違約金を払ってキャンセルになったわ! 貴族として別に恥ずかしい趣味ではないし、儲かるし、貴族間での進物としても優れていたからと、好きなように絵を描かせていたが……。陰であんな邪悪な絵を描いていたとはな!」

「……父上は、私の絵を愛して下さっていた訳ではないのですかっ……」


 庇い切れなかったことを悔やんでくれてはいないかと、期待していた私が馬鹿だったようです。父上にとって私の絵は、美しい訳でも尊い訳でもなく、ただの政治と金の道具に過ぎなかったのです。


「国外追放処分になったことで薄々気づいているだろうが、お前はムーンライト侯爵家から除籍、貴族籍も剥奪だ! 私とお前はもう親でもなければ子でもない! 私達の知らないところで、勝手に娼婦をやるなり乞食になるなり、さもなくば死んでしまえっ! 最低限の路銀と衣服と、とびきり旨い携帯食だけは持たせてやる。」


 お金があれば食料は買えるのに、わざわざ携帯食を持たせるということは……。それには間違いなく毒が盛られているであろうことが、私には容易く想像出来ました。

 結局私は、地位も名誉も画材も……おおよそ普通の貴族の基準で考えれば全てを失いました。残ったのはこの17歳の身体と、当面のお金と、荷物と、毒入りの携帯食ぐらいのものでした。

 普通なら潔くその毒を服していたでしょう。しかし私はその毒入りの携帯食を国外追放される道中のゴミ箱に捨てました。

 一番大事なものだけは奪われず、捨てもしなかったからです。


(前世で例えれば、地震で家も職場もパソコンのデータも全部吹っ飛んだようなものでしょう!? 今回の新刊は出せなくても、その程度の逆境で筆まで折る訳ないでしょうがっ!!)


 それは推しカプへの愛です。前世で好きだった少年漫画「幕末封神伝」のナタ×沖田総司カプを元ネタにした本をこっそり描いてたのを、多分没収されたか燃やされたと思うのですが、いつか絶対に続きを描いてやる――と、私は心に誓ったのでした。


――※――


 紆余曲折を経て、1年半後。19歳の春に、私はムーンライト侯爵邸に戻ってきていました。

 私を受け入れてくれたベスケニア帝国と、私を追放したムニエフ王国間の戦争の、講話会談の使者として。

 ベスケニア帝国の皇帝、ファルザ・ディルサイト陛下の婚約者として。

 一番の上座に座っておられる、短めの黒髪が艶めき、紅く鋭い眼光を放つ、身長180cmは超えておられるであろう超美男子が、愛しのファルザ陛下。

 向かいの席には、白髭をたくわえたムニエフ王国の国王陛下。それに、かつて私を追放したワイズ・スカーレット公爵令息や、かつて私の父だったシード・ムーンライト侯爵などが、やつれたような怯えたような表情で座っています。

 講話会談ということにはなっていますが、まぁほぼムニエフ王国の負けですもんね。


「さて。ムニエフ王国の、本を焼くのが趣味のお歴々。貴公らは火炙りの刑と絞首刑、どちらをお望みかな? 俺としては本を焼いた罪は己が身を焼いて償うべきだと思うが?」


 そうファルザ陛下が発言すると、ムニエフ王国の国王陛下がビクッと震えて、異を唱えます。


「何を馬鹿なことを……! 処刑されるぐらいなら徹底抗戦してやるわい!!」

「我々ベスケニア帝国は、貴公らに虐げられた民の名誉と権利を救う為に軍を興したのだ。無益な殺生はしたくない。これだけ国力と兵力の差を見せつけてまだ分からぬのか。徹底抗戦しても結局貴公らは死ぬ宿命だ」


 私がムニエフ王国を追放された後――。

 私は、花嫁修業で覚えていた外国語がかろうじて通じそうで、多民族国家ゆえに移民も受け入れている、ベスケニア帝国に辿り着きました。そしてなんとか絵の才能をアピールして、親切なおばさんが経営する雑貨屋さんにて、住み込みで働かせて貰えることになりました。画材も服飾品も置いてあり、前世の日本に在ったならオタクから人気出そうだな、といったお店です。

 その後雑貨屋さんにお忍びで変装してやってきたファルザ・ディルサイト陛下に出会ったのです。

 ……但し、そのときファルザ陛下は女装していましたが。


『帝王学の一環で変装術を学んだ際、女装が一番俺の心に合っていたというか……。ハマってしまってな……。市井の様子を見るために仕方なく女装していると配下には言いつつ、本当は女装することの方が目的なのだ……』


 女装を看破して声を掛けた私に、ファルザ陛下はそう告白して下さいました。

 まぁ看破したとは言っても、黒髪ロングの令嬢に化けたファルザ陛下は凄まじく完成度が高かったのですが。一度美男子皇帝としてのファルザ陛下を見ていたこと、前世で売り子をしてくれた女装のコスプレイヤーさんから知識を得ていたことなどの偶然が重なっていなければ、絶対見破れませんでしたね。

 その後はあれよあれよという間に、宮廷画家としてスカウトされ――。

 ファルザ陛下から女装のアドバイスを求められ――。

 勇気を出してファルザ陛下に女装男子が主役の同人誌を作って見せたところ、大変気に入られて――。

 相思相愛となった私とファルザ陛下は、婚約することになったのです。


 一方のムニエフ王国は――。

 私を追放した後、私が描いた普通の風景画や肖像画まで焼かれ始めたり、ムーンライト侯爵家が名誉回復の為に教会に接近したりしたこと等により、教会の過激派が発言力を持つようになりました。

 結果、恐ろしい言論統制と表現規制が始まったのです。


 谷間が描かれている女性画は修正もしくは焼却。

 娼館は全て営業停止。

 性交を連想させる童話や小説は、記述の書き換えや黒塗りを強制され、ひどい場合は物語そのものを封印。


 その後も規制は更にエスカレートしていきました。男性器を連想させる形状の果物や武器、建造物は廃棄。

 肌の露出が多い衣服は売買禁止。

 教義をかなり強引に拡大解釈して、同性愛者は処刑することが決定。

 ついには胸が大きい女性に対して、胸を小さく見せる下着の着用まで義務付けられるようになりました。


 当然そんなことをされれば、多種多様な品を扱う商人や、娼館で働いていた娼婦等は生きられません。賄賂で規制の目を掻い潜る裏社会に身を落とす者が出始めました。一方、私がファルザ皇帝に認められた噂を聞きつけ、帝国に移住する人も大勢いました。


 すると、武力でムニエフ王国の圧政を正すべきだという世論が活発化。いざ開戦してみれば、賄賂の横行で腐敗し、商人の国外逃亡で経済力が落ちぶれていたムニエフ王国は、ベスケニア帝国にあっさり追い詰められてしまい、この講和会談に至るという訳です。

 会談の場がムーンライト侯爵邸なのは、ここが私の生家であり、この戦争の最前線だからです。私が勝手知ったる屋敷なので、暗殺の備えを万全に出来たのも理由の1つです。


「ファルザ陛下。ひとつよろしいでしょうか?」


 他の秘書や召使いといった面子に倣って、ファルザ陛下のすぐ後ろで控えていた私は、そうお声掛けしました。


「一度死なせてしまえば、もう取り返しがつきません。この場は一度命を助け、その後の処遇は、ムニエフ王国の民の意見を聞いたり余罪追及したりしながら、決めればいいのではないでしょうか」


 ファルザ陛下はムッと不満そうな顔をされました。


「せっかくお前のことが好きになったと思ったら、お前の過去の作品がことごとく焼かれていたというのを知ったときの、俺の無念と怒りが分からんのか? 死に方を選ばせてやってるだけ情があるだろう」


 まあ確かに、私だってもし、前世で神絵師さんや好きなアニメが権力に踏みにじられたら、頭の血管が切れそうなぐらい怒り狂う気はしますけど。


「個人的な感情で一国の在り方を即決してしまうのは、浅慮であるかと存じます。我が子同然だった作品達を焼かれた私自身が、国と民の未来を案じて嘆願しております。どうかご英断を」


 私も正直、ムニエフ王国の王侯貴族には、火炙りにしたい程の憎しみがあります。しかしここで一時の感情に身を任せれば、只でさえ戦争なんてものが起こってしまったのに、その災禍が更に広がることになります。ムニエフ王国の民を救うという本来の目的から考えれば、権力を全て奪って僻地に送れば済むぐらいのはずです。

 ファルザ陛下は溜息をついてから言いました。


「分かった……。お前が冷静なのに、俺がこうも熱くなってはいかんな。では、主だった王侯貴族は、一旦軟禁して後日軍事裁判で処遇を決めることとする。その後の治世については――」


 結局――。

 ムニエフ王国は降伏し、帝国の属国となりました。主権はかなりの制限をかけた上で、帝国と内通し迫害されていた民衆を密かに保護していたガーデ公爵家に譲渡されました。ムニエフ王国には王家とそれを支える4つの公爵家がありましたが、ガーデ公爵家以外の公爵家と王家本丸はお取り潰しとなりました。圧政と迫害の中心になっていた人物達には後日軍事裁判が開かれたのですが、そこでは信じられない事実が明らかになったのです。

 なんとムニエフ王国の国王陛下に表向き召使いとして仕えていた女性達が、実際には娼婦より桁違いに扱いが悪い性奴隷として働かせられていたことが判明したのです。


 国王――いえ、元国王と言うべきでしょうか――を尋問したところ……。


「表現規制をきっかけに経営が立ち行かなくなった娼館や商人や下級貴族から金で買い取ったのだ。そういう生き方、稼ぎ方しか出来ない不真面目な人生を送ってきた連中が悪いのではあるまいか?」


 こういった内容を話して開き直ったそうです。


 さらに私の生家であるムーンライト侯爵家と、その婚約相手だったスカーレット公爵家は、教会と手を組んであるものを作り、裏市場で売り捌いていました。それはなんと、性的で残虐な内容の映像媒体や写真などです。現代日本で通じる言い方だと「違法ポルノ及び違法アダルトビデオの撮影と販売」です。

 最初の言い出しっぺは教会で、場所と被写体を用意していました。撮影に使う魔導具は、私の妹のアリアが提供し、教会との連携は私の父シード・ムーンライト侯爵が行い、スカーレット公爵家が外堀を埋めていました。

 教会上層部の1人は、こう話したそうです。


「被写体になった女優達は、元々娼婦や、淫ら表現によって生計を立てていた芸術家や商人の関係者および子ども。すなわち背信者なのです。背信者に相応しい仕事を得て、教会への寄進という形で神に贖罪する機会を得られたのですから、我々がやっていたのは、神の視点に立てば救済に他なりません。その救済活動で得た利益で私腹を肥やしたのは、神に仕えし聖者として当然の権利です」


 もちろんこんな無茶苦茶な教会など放置出来ません。今まで王国と帝国の教会は宗派の違いから互いに距離を取っていましたが、王国側の教会は全て帝国側の宗派に改宗となりました。

 ワイズ・スカーレット公爵令息を尋問したところ……。


「エロがこんなに裏市場で儲かるだなんて知らなかったのに、それに気づかせてしまったユリアと教会が悪い!! 金が欲しいならいくらでもやる! お前ら帝国も結局金が欲しいんだろうが!!」


 こんな風に逆ギレしたそうです。

 ユリアもまぁ、婚約者のワイズと似たような言い草だったそうです。


「私の写真や映像が、姉さまの絵画ほどの価格や需要を得られなかったことが許せなかったのよ! えっちな映像を撮影したら姉さまの絵画の何倍もの値段で売れて気持ち良かったわ! どうせみんな変態なのよ! 変態相手に荒稼ぎして何が悪いのよ! えっちな映像を作った私が悪いんじゃなくて、どんな法外な値段だろうと欲しがる変態が悪いのよ!!」


 私への嫉妬を口走りながら、世の変態達に責任転嫁したらしいです。

 そしてシード・ムーンライト侯爵は、やはり私を追放した頃から変わらず守銭奴でした。


「ユリアがいなくなってからというもの、貴族も商人も我が侯爵家に冷たくなり、財政が悪化した。財政が悪くなければ、誰がこんな危ない橋など渡るものか。全てユリアが悪いのだ! ユリアの絵画ほど原価率と粗利が良いものを知ってしまった後にそれを失ったら、まともな財政などできる訳がないだろうが!!」


 こんなことになるなら、絵画得た利益は私のポケットマネーにするべきだったでしょうか。いや、どの道侯爵令嬢の娘が当主たる父親相手に価格交渉なんて無茶でしょうね。


 ムニエフ王国の属国化から3ヶ月後の夏――。

 王家と教会、スカーレット公爵家と、ムーンライト侯爵家の、主だった人物は結局火炙りの刑となりました。

 彼らの所業を公表したところ、「早く死刑にしろ」というデモ活動が激しく展開され、もはや誰も擁護など出来ませんし、しなかったのです。

 主犯、共犯、隠蔽工作の協力者、出資者など、合わせて50人を超える大処刑劇になってしまいました。罪人全ての身体が真っ黒になるまで、夏の日差しが強く強く処刑場に降り注ぎ、雨は一滴も降りませんでした。

 私の空想に過ぎない同人誌を焼いておきながら、自分達は現実で性的搾取を繰り返していたような人達です。元肉親だろうと、元婚約者だろうと、もう同情など私には出来ませんでした――。


――※――


 戦後処理が一段落した、19歳の秋。

 帝国に戻った私とファルザ陛下は、ついに結婚式を挙げることになりました。

 私の肉親は全て戦後処理で処刑されてしまっていたので、私の親代わりに、あの雑貨屋のおばさんが出席して下さいました。

 ウェディングドレスのデザインには、元同人作家の私と女装癖のあるファルザ陛下がこと細かにオーダーをして、白を基調とした素晴らしいデザインになりました。

 最愛の人と、最高のウェディングドレスを着て、最上の結婚式を迎える――。

 それだけでも十分すぎる程幸せでしたが、もう1つ面白い趣向が凝らされていました。

 それは結婚披露宴のお色直しでのことです。

 来賓各位は、お色直しした私とファルザ陛下が出てくるものと思っていたことでしょう。

 しかし実際に出てきたのは、蒼いカラードレスを纏った私と、ピンクのカラードレスを纏った長身で黒髪ロングの令嬢でした。


「誰だあの令嬢は!?」

「ユリア皇后に勝るとも劣らない美女だぞ……。あんな令嬢、帝国の貴族に居たか?」

「ファルザ皇帝陛下は何処へ行かれたのだ!?」


 会場がざわめく中、黒髪ロングの令嬢は完璧なカーテシーを見せて、来賓各位に話し始めました。

 ――皇帝として政治も軍事もエスコートも完璧なのに、カーテシーまで完璧にこなすなんて、自分の夫ながら本当に凄い人だと思います。


「来賓の皆様、ご機嫌麗しゅう。このような身なりでございますが、わたくしは紛れもなく、ユリア・ディルサイトの配偶者、ファルザ・ディルサイトでございますわ。わたくし実は、女装が趣味でございますの。結婚のご報告とともに、わたくしの趣味を皆様に公表できて、誠に喜ばしく思っておりますわ」


 そう、いま私の隣に立っているのは、女装したファルザ陛下なのです。発声方法も何度も練習し、魔法による補正も入っているので、美しき令嬢が川のせせらぎのように澄んだ声で話しているようにしか思えないでしょうが……。


『結婚披露宴のお色直しで、俺の女装趣味を公表したい。そしてこの国を、二度とムニエフ王国のような痛ましい形で趣味や性癖を縛られることのない、自由の国として発展させていきたい』


 そう相談されたときは本当に驚きましたし、「わざわざ結婚披露宴でなくても」と思ったのですが……。衣装の採寸のとき、女装したファルザ陛下と一緒に写真を撮ったら思ったより尊かったため、その提案を受け入れることにしました。

 その代わりに、私からも提案を1つ陛下に呑んでもらいましたし!

 続いて私もカーテシーを見せて、来賓各位に挨拶しました。


「ファルザ・ディルサイト皇帝陛下の伴侶となりました、ユリア・ディルサイトでございます。陛下のこの美しく自由な御姿を象徴として、夫婦仲良く手を取り合い、全ての国民が自分に正直で、自由に楽しく暮らせる国を作っていきたいと考えております。つきましては私主催で、自由な表現をテーマとした祭典を毎年の恒例行事として創設したいと考えております。詳細は後日となりますが、自由と平和を重んじる国作りに、何卒皆様のご支援ご協力を頂ければ、感激至極でございます」


 そう、『自由な表現をテーマとした祭典』。私が陛下に呑んで貰った1つの提案。

 それは、この世界で『コミックマーケット』を開催することです!!


――※――


 20歳の夏。薄着のコスプレをするには丁度いい日差しの吉日に、ついにこの世界で最初のコミックマーケットが開催されました。

 コスプレコーナーの面々は、神話や童話、小説などの人物に扮している人が多いようで、皆さん開放的でとても楽しそうです。

 まぁ、売り子をしてくれるファルザ陛下の女装は厚着なので、本当はもう少し曇ってくれた方が良かったかもしれませんけど。

 今回の私は『このイケメンが目に入らぬか!悪党がナンパした令嬢は女装した魔王様だった。今更土下座してももう遅い』という前世でアニメ化までしたネット小説を元ネタとした、女装男子2人のBL本で参加しています。

 ……いや。「いました」と言うべきですかね。主催者ですし皇后としてのネームバリューもあるので、桁違いの新刊を刷ったのですが、あっという間に売り切れてしまいました。


「ファルザ陛下……でございますよね? 此度の女装も大変見目麗しいですな! ユリア皇后陛下の新刊はまだございますか!?」


 貴族の男性の方が、金髪ロングでふわふわのフリルドレスを着た令嬢に女装しているファルザ陛下に話しかけてきました。


「あら? いま何時だと思っていらっしゃいますの? 今更新刊が欲しいと言われても、もう遅いですわ」


 ファルザ陛下はそう返事をされました。

 この方に新刊を渡せなかったのは残念ですが、私はこの世界で幸せに生きてます。




最後まで読んで下さりありがとうございます!!


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[良い点] 絵が燃やされてたからと人間を殺しては過激で危ないオタクでしかなかったので、主人公がちゃんと止めてくれて良かったですね。 相手が悪だからどんな制裁をしてもいいの思考では第三者から見ればただの…
[良い点] タイミングをきっちり図っててナイス [気になる点] ムニエフはなんのアナグラムでしょう…フェミ? [一言] 同人だから○mmより○lsite…ということなんですね。 コミケ参加のみなさん、…
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