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10/22 夏に逢った少女

■■OCTOBER 22 TUESDAY 22:11

■■MAIL FROM 市川渚



「こんばんはー。こんなに遅く連絡して悪いね。……でも、パソコンを動かしてなかったね。


 う~ん。久し振りに連絡したのにいないんじゃつまらないね。それでも、今日は遅くまで起きてるつもりだから一二時ぐらいまでなら起きてるよ。


 そう言えば、久し振りだから名前を書いておかなきゃいけないのかな?

 ってまてよ、留守番ならず留守通信って『FROM 何々』って書いてあるから十分か。


 一応書いておくから。市川(いちかわ)(なぎさ)だよ。覚えているよね。ほら、夏に会ったじゃない。覚えてないなんて言わせないよ。


 IDを入れておくから、連絡ちょうだい。それじゃ」



■■CLOSE MAIL



 あぁ、メールが届いたのか。


 市川渚。


 彼女のことは当然覚えている。彼女からメールが届くまで、たまに思い出してはやっぱり俺なんかのこと忘れているんだろうな、と思っていたのだ。


 彼女は俺と同い年で、栗色のちょっとくせっ毛のある長い髪をした、笑顔が素敵な女性だった。


 あまり遅くなる前に連絡を取ろう。



■■OCTOBER 22 TUESDAY 23:03

■■CONTACT TO 市川渚



「おーい。起きてるかーい」


 ちょっとコンタクトを取るの遅かったかな。まだパソコンを動かしてないみたいだ。まぁ、しばらく出てくるのを待とうか。


 これから一対一の対話、いや、文章による通信をするのだ。


 つまり、チャットだ。


 ここの通信会社(正確にはホスト)では、これを「トーク」と呼んでいる。


 …………。


「おっと、遅れてゴメン。ようやく掛かってきたね」


「いやいや、勉強をしていたら寝ちゃったもんでね」


 これは紛れもない事実だ。気付いてみたらこの時間だったのだ。


「それより、久し振りだね。パソコンを立ち上げてみたら、君からメールが来てて驚いたよ」


 驚いたが、連絡してくれてちょっと嬉しかったりもする。


「確か夏だったよね。君がこっちにやって来た時だったから、丁度三ヶ月振りかな?」


「そうだったよな」


 夏休みに家族旅行で訪れた土地で彼女と知り合ったのだ。


「もう、私の事なんて忘れてた?」


「忘れてはいなかったけど、連絡が来るの遅かったから、きっと俺のこと忘れているんだろうなと思ったよ」


「ごめんごめん。

 パソコンの設定をしたり、ここの繋げ方をレクチャーしてもらったりとかしてたからね」


 そうだったな。確か出会った時にはまだパソコンがなかったんだよな。


「それより、ビックリしたよ、その三ヶ月前に会って以来の君から通信してくるから」


「いやぁ、あの時会った青年はどうしているのかなってね」


「俺は元気にしてたよ」


「実はちょっと忘れてたってのもあるんだよね。

 メモ帳を見返してたらね、君のIDを見つけたから連絡してみたんだ」


「結局、忘れてたんだ」


「ほら、友達と連絡とってたりしてたらね、パソコン通信の仕方とかも教わったり。

 ちょっと落ち着いた頃に、ふとあの夏の青年は今頃どうしてるかなってね。

 あれ? さっき同じフレーズ言ったっけ?」


 あとで調べてみよう。


 それより、渚についてちょっと気になることがあるのだ。


「それにしても、君はどうしてパソコン通信を始めようと思ったんだ?」


「いやね、もともとパソコン通信は姉貴がやってたんだ。それを見て感動したね。このパソコン通信の向こうに夢が詰まってるってね」


「夢?」


「そう、何人もの人がそこで会話してるんだよ。びっくりしちゃったよ」


「チャットをしているのを見たんだな」


「だから私もそんな世界に入ってみたいって思ったんだ」


「ようこそ、パソ通の世界へ。って感じだね」


「えへへ。

 ねぇ、せっかくだからもうちょっと話しできる?」


 俺は壁に掛けられた時計を見上げた。まだコンタクトして十分ちょっとしか経っていない。


「もちろん」


 チャットは打ち込みが遅いと時間が経つの、早いんだよな。特に彼女は片手打ちなのか遅い気がする。


「良かったぁ。

 ねぇ、そっちって共学?」


「当然共学だよ」


 こっちは田舎だからどの学校も共学だ。


「私たちの学校って女子校なんだけど、

 女子校って教えたよね」


「いや、初耳」


 女子校だったんだ。


「うん、うちの学校女子校なんだけど、怖いところだよ」


「怖いって、周りに男子がいないもんだから本性を現しまくるってこと?」


「それもあるかな。

 聞きたいの?」


 期待を持たせてそんな質問すんなって。


「大体、想像がつくなぁ。男子がいないから、暑いからってスカートをパタパタするやつ?」


「そうそう、それそれ。

 あとはね、そう、藤恵美なんて恐ろしいのなんのって。

 あの娘、超オカルト好きなんだよ。だから、霊感体質の原田雅美と一緒に黒魔術とか言って何やら始めると、教室中がざわめき出すの」


 女子校が怖いって、そっちの怖いかよ。


「えっと、ざわめき出すってどのように?」


「詳しい名称は分からないんだけど、えっと、何て言ったっけかな? 簡単なところでポルターガイストとか、ほら、ゴトンとかっていう音。あれなんて言ったっけ?」


「ラップ音?」


「そうそう、それ。多分それ。

 恵美が黒魔術らしきものをやってる最中なんて、周りで騒いでいた連中なんて静かになっちゃってさ、音がはっきり分かるの。酷い時なんて、花瓶が床に落ちるんだよ。怖いよ、あの二人が一緒だと」


「それ怖いわ」


「あれれ、もうこんな時間」


 時計を見てみると、一一時二五分だ。意外と話していると結構時間が掛かってるもんだな。


「それじゃ、そろそろ切るね。

 いやぁ~、今日は久し振りに話し込んじゃった。また明日でもコンタクトしてよ」


「君は一体いつ寝るんだ?」


 それが疑問だ。


「今日はバイトがあったから一〇時に帰ってきたんだけど、

 あぁ、明日もバイトだ。一〇時過ぎならいるから。もし良かったら、コンタクトしてね」


「こっちは、勉強を切り上げるのは一一時ぐらいだけど、気分転換に連絡を入れるよ」


「うん、わかった」


「それじゃあ、おやすみ」


「おやすみ」



■■SHUT DOWN



 渚のことを話す前に説明したいことがある。


 このチャット内容はリアルタイムに記録されてるのだ。ちょっと通信ソフトを改造して、モニターに流れるチャット内容を記録できるようにしてあるのだ。


 これは俺の個人的な趣味みたいなものだ。


 ただ記録するだけではなく、蓄積する会話内容に、俺は思ったことをリアルタイムで書き込みをしている。


 これは返事が来るまで時間が掛かるからできることだ。


 でも、全部が全部リアルタイムで書き込んでいるわけじゃない。ログを読み返して付け加えている場合もある。当時思ったことを忘れないためだ。


 こんな事しているって渚が知ったらどう思うんだろうな。


 さて、この会話ログの保存趣味はこのぐらいにしてだ。


 市川渚って娘は話の内容にも出てきた通りに、今年の夏に知り合った娘なんだ。こう言っちゃなんだけど、結構可愛いんだよね。メールやチャットだけで顔が見られないのは残念だけど。まぁ、理想の可愛い女の子を想像してくれ。


 身長は一六〇くらいはあっただろうか。スラッとした体型で間違いなくスタイルがいい。ってこんなこと言ったら変な目で見られるか。


 出会った場所は水面が眩しい夏の海でも、クラゲが雪のように舞う神秘的な水族館でもない。


 旅行先に訪れた本屋だ。


 現実なんてそんなものだ。


 訪れた本屋でパソ通の本を見ていた俺の隣にいたのが、その渚だった。真剣な顔をしてパソ通関連の本を見ていた。


 話し掛けたのは俺の方。


 そりゃ、もちろん緊張した。


 知らない娘、それだけじゃない、可愛い娘に話し掛けるなんて、俺にとってかなり勇気がいる事だ。


 あの時、大体こんな会話をした。



「パソコン通信に興味あるの?」


 そう俺は聞いた。


 制服を着た彼女は、パソコン通信関係の本を本棚から抜いては中身を確認していた。


 明らかに、今の自分のスキルに合った内容の本を探している感じだった。


 俺はパソコンに関してはそれなりに詳しいつもりでいたし、ましてやパソコン通信に関しては貪欲に情報を集めていた。


 彼女は意外そうな顔をしてこっちを振り返った。


「えっ? えぇ。やっぱり、ネットより、パソ通の方が会話ができるからね」


 ネットは分かってる通りのインターネットの事。あれは既に書かれた文章を読むだけだから、個人的には俺もパソ通の方が好きだ。



(この年のインターネットはまだ個人や企業のホームページを見るかメールだけで、誰かとコミュニケーションを取る手段は少なかった。


 一方パソコン通信は接続先のホストのみの閉鎖的な空間ではあるが、メールの他にチャット、掲示板、専門的なことを話し合う場所であるフォーラムなど、人とコミュニケーションを取る手段としてはインターネット以上のものを持っていた)



「その調子じゃ、まだパソ通はしてないんだ」


「パソコンは姉貴のを譲って貰うつもりなんだけど、……実を言うと、まだパソコンを本気で構ったことないんだ」


 この時に思ったことは、とても話しやすいと感じたことだ。


「そうなんだ、俺も結構ネットよりパソ通に興味がある方なんだ」


「それじゃあさ、私とパソ通しない? パソ通は近いうちにするつもりなんだ」


 眩しい笑顔でそう言う彼女に、俺はちょっとときめいてしまった。


 だってそうだろう。女性に免疫がないのにこんなキラキラした眩しい笑顔を向けられれば、そりゃ、ときめいてしまうのが男ってものだ。


「勿論。それじゃ、そっちができるようになったら連絡入れてよ」


「うん。分かった」



 彼女が接続しようとしている通信先が、たまたま同じだったこともあり、俺は彼女に自分のIDを教えた。


 その後はちょっと散歩がてら、デートらしきものをしたんだけどね。


 夏休み中になぜ制服を着ていたかは、そのデート中に知るわけなのだが、何とも懐かしい思い出だ。


 それにしても、いい時間だ。何だか眠くなってきた。


 それじゃ、そろそろ寝ようか。明日はまぁ、できるだけ早く渚のところにコンタクトするか。


 それじゃ、おやすみ。


『運命の出逢いはロマンチックなんてことないよな』と思った方はブックマークや下の☆☆☆☆☆を★★★★★にお願いします。

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