7/24 オフ会をしよう
ティンローン♪
そんなラインの通知音に俺はスマホを手に取った。
『カフェテラス』というグループにいる大塚からだった。
彼の名前を見て「また飲みの誘いか?」と思ったが、送られて来た文面を見てちょっと興味を持った。
(大塚)今度みんなでオフ会しないか?
そのオフ会というフレーズに、俺はただの飲み会じゃないなと感じた。
大塚はこのカフェテラスのグループメンバーを良く飲みに誘う。俺もたまに誘われ、日付が変わるまで飲まされるのだが、大塚以外に古い付き合い連中もいることもあり、それなりに楽しい時間を過ごしていた。
その大塚が「飲みに行かないか」ではなく「オフ会しないか」と誘ってきたのだ。
オフ会。
大塚との付き合いは本当に長く、今や当然のようにあるインターネットの前身、パソコン通信時代からの付き合いだ。そう聞くと今の若者世代には考えられないほど古い時代に感じるだろう。
パソコン通信とは何なのかという事は後で語るとして、パソコン通信のチャットで知り合った彼が、そのオフ会、つまりオフライン会の誘いをしてきたのだ。
(白滝)たまにはいいが、何でまたオフ会なんだ?
白滝というのは俺の名前、いやハンドルネームだ。
ラインでも当時のハンドルネームを使っていた。このグループ以外には誰だか分からず「本名を使え」と言われるのだが、まぁ、その話はここでは割愛しておく。
(大塚)実は、俺、今年で定年退職になるんだ。
(白滝)おお、そうか。いままでお疲れ様。
(小百合)お疲れ様~。
おっ、小百合も出てきたな。
(大塚)だからさ、久し振りにみんなで集まって、俺を祝ってくれ。
(東)なんでわざわざ集まってまで、お前を祝ってやらないといけないんだよ。
(大塚)おお、東。まぁ、いいじゃないか。そういう理由を作らないとみんな集まってくれないだろ。
(白滝)まぁ、それはあるかもな。最後にみんなと会ってから十年以上も経っているもんな。
(小百合)もう、そんなに経ってるんだね。
そう、まだ二〇代の頃は良くオフ会を開いていたが、それぞれが結婚をして、子供ができると、なかなか全員が集まるということが難しくなったのだ。
(大塚)あの時五歳だった娘は、もう嫁いじまったもんな。
(東)白滝の子供ももう大きくなったんじゃないか?
(白滝)あぁ、娘はもうあの時の俺の年齢になっちまったよ。
(小百合)ほんと、可愛い子になったよね。
このカフェテラスのメンバーの中では割と早くに結婚した方だ。
(大塚)あの時って、初めてのオフ会か。楽しかったよなぁ。
(東)小百合にはびっくりしたけどな。
(白滝)俺は気分的にオフ会どころじゃなかったけど。
(大塚)お前は女ったらしのサイテーなやつだったからな。
(白滝)サイテーとか言うなよ。ダラダラとチャットしていただけなんだからさ。
(小百合)君は八方美人なんだよ。だからみんなが自分に気があるんじゃないかって勘違いしちゃうんだよ。
(東)それでいて優柔不断だから一人に選べなくて、トンデモない目に遭うんだからさ。
(白滝)どうとでも言ってくれ。
オフ会が開かれるたびに、このネタで俺はボロクソに言われるのだ。まぁ、それも、もう慣れたが。
(大塚)また聞かせてくれよ、何だっけ? 八方美人がトンデモない事になった話。
(白滝)八方美人で優柔不断の俺がダラダラとチャットしてたらトンデモないことになった話か?
(大塚)おお、それそれ。お前のサイテーな恋愛話が面白すぎるんだよ。
(白滝)だからサイテー言うなよ。そういうことは、小百合だけで十分だ。
(小百合)あはは。わたしはねほりはほり聞いたよ。
(樺菜)その話はやめろ! 黒歴史だ!
(東)おっ、出てきたな。
(白滝)樺菜。そもそも、あのログはお前の許可を得たようなものだけどな。
(樺菜)あぁ、あれが今なお語り継がれるなんて、あの時代に戻って自分自身に言ってやりたいよ。ログを作らせるなって。
そんなことしたら、また違った人生が送れたかもな。
(大塚)そんなわけだから、オフ会を企画するから、白滝、久し振りに当時の話を聞かせてくれ。
(小百合)私も久し振りに聞きたい。
(東)俺も繋ぎ繋ぎで聞いてるからしっかりと聞きたいな。
(樺菜)白滝、黒歴史のログを消してやるからな。
(白滝)USBメモリーに保存して隠してあるから、無理だよ。
(大塚)そういうわけで、みんな、オフ会のこと、よろしく。
大塚の音頭に俺は彼らたちと出会った一九九六年の出来事を思い出した。
あの大塚が言う「サイテーな恋愛話」はこの年の出来事で、俺が思春期真っ盛りの高校三年生の時の話だ。
ライングループ「カフェテラス」の面々は全員で十名、当時パソコン通信で出会った仲間たちだ。
俺がこれから語る内容は、このパソコン通信で起きた出来事だ。
ディスプレイの向こうで俺は多くの人と出会い、他愛もない会話をし、笑い、ケンカをし、そして恋をした。
今、俺の前のディスプレイには一つのログファイルが映し出されている。
このログファイルには、俺が体験した会話ログが記録されている。
ちょっと書き加えたところはあるが、当時パソコン通信で交わした会話ログだ。
お互いディスプレイに向かい合い、語らい合うだけの約二ヶ月の出来事を記録した会話ログ。
俺にとって掛け替えのないその時間は、今でも忘れない。
俺は、当時の思い出のログを読み返すことにした。
修羅場になる話か? いや、ハッピーエンドだから安心してくれ。
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