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黒:痣の片割れ

 エレナ―ゼを街から追い出し、1カ月の時が過ぎ去った。

 街の人間はエレナリーゼがいなくなったことで、昔から悩まされてきた天災から解放されるのだと大いに喜び、街はこれまでにないほど活気に満ち溢れていた。

 そんな時もあった。

 エレナリーゼを魔王へ生贄に捧げて2週間はたしかに街の人間達は平穏な暮らしを送ることができていた。

 だが2週間後、街はこれまで以上の災いに見舞われることになったのだった。


 ある日の日暮れ時、街の男たちは集会場に集まり、最近起こっている災害について話し合っていた。


「魔獣の駆除の方はアイギリス帝国へ騎士団の派遣を依頼したのであと数週間で片が付くかと。井戸の汚染の方は魔導士協会の方へ水の魔導士様を遣わしていただけるように依頼しました」

「農業地区の方の土砂災害の方は……その……未だ行方不明者が数名……おそらくは、もう……」


 集会場に漂う不穏な静けさの中、淡々と被害の報告があげられていった。

 この数週間で起きた尋常ではない災害のせいで、死者が何人も出ていた。その事実に耐えかね、移住を始める住民の姿もちらほらとあった。

 街は徐々に衰退し、滅びの道を辿っているところだった。

 男たちの悲惨な報告に耐えかねた街の代表は、突然机を叩いた。


「何故じゃ! 何故あの娘がいなくなったのに災いがなくならないのだ!」


 代表の老人の叫びを聞いた周りの男たちは互いに目を見合わせた。

 それは皆が思っていた事であり、ある1つの推測へと辿り着かせる事実でもあった。


「もしかしたら、あの痣は伝承に残る痣なんてものじゃなかったんじゃ……普通にただ単に羽に似た形をしてただけだったとか……」

「実は俺も最近そう思い始めてたんだよ……本当にあの子が災いの子だったなら、死んだ今もこの街に災いが降りかかるなんてわけが……だとしたら、あの子には悪いことしたなって」


 男たちの同情的な言葉を聞いた老人は怒り、力いっぱい机を叩いて立ち上がった。


「バカを言え! この街は昔から異常なほどに災害が起こっていたではないか! 今思えば災害が増え始めたのはあの娘が生まれた頃とも合致しているのじゃぞ!」


 自分が魔王へと差し出した娘がただの勘違いで命を落としたなどと思いたくなかったのだろう。


「しかし……」

「お前はこの立て続けに起こる災害の原因がわかるというのだな?」

「あ、いえ……おっしゃる通りだと思います……」


 反論しようとした男は、老人のムキになっている姿を見て言葉を続けることはできなかった。


「ふん。続きの報告を」

「は、はい」


 誰もが釈然とはしない中、報告は淡々と続けられた。

 新しい災害の発生や、解決に向かっていたはずの事に問題が生じ停滞しているなど、次々と問題があがり、皆の表情が曇っていく。

 そんな通夜のような雰囲気の中、まだわずかに幼さの残る少年の1人が床に視線を落としたまま佇んでいた。顔は青く染まり今にも倒れそうな状態だった。

 横に立っていた男が、小声で少年に話しかけた。


「おい、キリア。大丈夫か?」

「あ、ああ。大丈夫だよ、おじさん。最近あんまり眠れなくてさ。多分それが原因」

「そうか……」


 キリアという少年は困ったように笑っていた。

 その痛々しい笑顔をするキリアの頭に、叔父はポンと手を乗せた。


「すまんな。お前まで駆り出さないといけなくなって」

「仕方ないよ。人手が足りないんだろ?」

「それは、そうなんだが」


 街にはまだ他に男手は残っているのだが、それぞれが対処しなければならない案件を抱えてしまっていた。

 そのため、まだろくに緊急時の指導を受けていないような若手までがぶっつけ本番で駆り出される事態になっていて、慣れない仕事にどの少年も疲弊しきっていた。

 現に、初めて目の当たりにした無残な光景のせいで目の下にクマができ、やつれたような風体をしている少年の姿がちらほらとある。

 大人がそんな少年達に対して申し訳なく思うのは当然のことだ


「……無理はするなよ?」

「ああ。大丈夫……大丈夫さ」


 キリアは自分に言い聞かせるように言った。





 集会は現状とそれに対する対処の報告が行われ、そのままお開きとなった。

 キリアも叔父に送られ帰路についた。

 送ってもらうような年ではないと反発したものの、顔色が悪いからと無理やり押し切られてしまったのだ。

 家に辿り着くと、一応のお礼を言って叔父と別れ、そのまま家の扉を開いた。

 奥からは夕飯のおいしそうなにおいが漂ってくる。匂いに誘われキッチンへ行くと母親が夕飯を作っているところだった。


「ただいま」

「おかえり、キリア」


 キリアの帰宅を、母親は明るく出迎えた。

 数週間前の日常なら、その出迎えに鬱陶しさを感じていただろう。

 朝から悲惨な現場に駆り出され疲弊していた心は、母親の出迎えで日常に戻って来たのだと錯覚していた。キリアからほっとした笑みがこぼれた。

 母親は夕飯を作りながらキリアに尋ねた。


「街、どんな様子だって?」


 その問いにキリアの表情は曇った。


「魔獣の事と井戸の事はもう手を打ってあるらしい。けど昨日、隣街へ行く途中の橋が落ちて、今は山を迂回して移動しないといけなくなってるらしい」

「そう……」


 隠そうとしていたようだが、母親が動揺したのは明らかだった。

 母親のそんな声に、この事態が実は自分のせいかもしれないという思いが引き出され、キリアの心臓がずきりと痛んだ。


「なあ、母さん……やっぱり、災いって本当は俺のせいなんじゃ……」


 突然何かが床に落ちる、カシャンという音がした。

 見ると母親はキリアの事を顔を歪めながら見ていた。

 その表情にキリアの心が痛んだ。


「母さん?」

「そんなわけないでしょ!」

「け、けどさ……エレナがいなくなっても災害が無くならないし。むしろひどくなってる気がして……」


 母親はズカズカとキリアの元へ歩いて行き、両肩を掴んだ。


「いてっ!」

「悪いのはあの子! あなたにはもうそんな痣なんてないでしょ!」


 母親の怒鳴るような、はたまた縋るような言葉にキリアはたじろいだ。

 違うかもしれないと思いつつも、キリアは母親の言葉に縋らなければやっていけないように感じていた。


「そう、なのかな。俺はもう関係ないのかな」

「そうよ。あんな言い伝えなんて気にしなくていいの。あれはもう焼き捨てたんだから」


 キリアの左腕には大きなやけどの跡がある。

 キリアが4歳のある朝、その腕に突然うっすらとした痣が現れた。

 はじめは気づかないうちにどこかで打ちつけてできた痣で、気にすることはないだろうと母親も父親もそう思い込んでいた。

 けれどその痣はいくら待てども消える気配はなく、むしろ黒く染まっていった。

 このままでは自分の息子が殺されるかもしれないと慌てた母親は、キリアの腕に火のついた薪を押し当て、皮膚がただれるほどの大やけどを負わせてその事実を隠蔽したのだった。

 痣を隠したキリア自身も親に諭され、自分は関係などないと高をくくりっていた。

 だからエレナリーゼが痣を持って生まれた人間だと知ると、周りと同じように彼女に対して冷遇な態度をとった。

 エレナリーゼも消え、これからは街を災害が襲う事もなくなる。これで何の不安要素もなく平穏に過ごせるんだ。キリアはそう思った。

 だがエレナリーゼがこの世を去った今もまだこの街は大きな災害に襲われ続けた。

 キリアはその事実に押しつぶされそうになった。

 誰にも言えずにいるけれど、何時この災いが自分のせいだと言われ、エレナリーゼが受けたような仕打ちを受けることになるのかと思うと、恐怖で眠れなくなっていた。いなくなったエレナリーゼにすべてを押し付けておかなければ、自分の心が壊れてしまいそうだった。

 キリアは不安に耐えられなくなり、母親にしがみつくと自分に言い聞かせるように言った。


「そう、だよな。俺は関係ないんだよな。悪いのは全部エレナだったんだ。きっとエレナが起こしてた災いがまだ収まってないだけ。そうなんだよな」

「ええ、そうよ。今起こってることは全部あの子のせい。キリアは関係ないわ」

「……ありがとう。母さん」

「いいのよ。何があっても、私はあなたを見捨てたりしないから」


 母親は不安に寄り添うように、しがみついてくる息子の背中に手を回し、強く抱きしめた。

 お読みいただきありがとうございます。

 お気づきかと思いますが、サブタイトルの頭にある”黒”はエレナリーゼとは別の人物に視点をあてて書いているという事でつけています。この黒は"黒い羽の痣を持つ人物”という事です。

 でわ、また次回!

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