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成り上がりの王女

「王女様王女様! 今日は向こうの川にお魚釣りに行きましょう!」


 エレナリーゼは彼女を遊びに連れて行こうとする小さな魔物達に手を引かれていた。


 魔王と初めて対面しあの日、エレナリーゼは魔王に連れていかれた先で瀕死だった全ての魔物の命を救ってみせた。

 その功績により、エレナリーゼは魔王レオニヴェル・キングハイズの治める魔物の国で、現在王の次に権力を持つ“王女”という地位を不覚にも得てしまった。

 身分不相応だという事はわかっている。ここに来る前の家柄が良かったわけではない。努力をして手にした称号でもない。

 だからエレナリーゼ本人はその呼び方はあまり好きではなかった。

 けれど嬉しそうに「王女様」と呼ぶ魔物達に対してそんな呼び方をしないでとは強くは言えなかった。


「アウアウウ」

「こいつも早く行こうよって言ってるよ! 王女様、早く行こ!」

「ちょっ、ちょっと待て!」


 この国に来てから、エレナリーゼは魔物の中には人と同じ言葉を話せる魔物がちらほらといることを知った。エレナリーゼによく纏わりついて来る集団の中にも人語を話せる魔物がいて、他の魔物の通訳をしてくれる。

 会話はできているはずなのに、エレナリーゼの言葉など届いていないかのように魔物達は早く早くと腕を引っ張るのを止めてはくれない。


「待ってってば。私、一応この国に置いてもらってる身だし、あんまり勝手なことは……」


 エレナリーゼはちらっと横目である魔物の事を見た。

 その魔物とは、この国に来てからずっとエレナリーゼの監視兼護衛をしている、魔人に近い姿をした女形の魔物だ。名前はスカラ。

 スカラは顔を含めた右半分を仮面や衣服で完全に隠している。

 その覆われている下の部分はまるで骨が丸出しのような姿をしている種族の魔人で、その姿にエレナリーゼは見るたびに怯えてしまっていた。それを配慮しての格好だ。

 スカラは初め、いきなり魔王が連れて来たエレナリーゼに不信感丸出しの態度で接していた。

 けれど日々の魔物との接触の様子を見て考えを変えたらしい。今ではこの国で右も左もわからないエレナリーゼにとって、とても頼りになる存在になっていた。

 スカラはエレナリーゼの視線に気がつくとニコッと笑った。


「かまいませんよ。我が王からはできる限りエレナリーゼ様の好きなように過ごさせるようにと申し使っておりますので」

「じゃあ、この子達と一緒に川に行きたいです。行ってもいいですか?」

「もちろんです。お供いたします」


 2人の会話を聞いた魔物達は各々大喜びし、再びエレナリーゼの手を引き始めた。

 エレナリーゼは魔物達に連れられるまま川に向かった。

 はじめは怖かった魔物達のことも今では歓迎してくれていることがわかり、怖くは無くなった。

 それにこの国、ヘルメシアに暮らす魔物の大半が小型で毛がモフモフとしていて触り心地が良く、とても可愛らしい。とても癒されているというのが現状だ。

 魔物達もエレナリーゼに触られると気持ちが良いらしく、大人しく触らせてくれている。それどころか自分も触ってほしいと数匹が同時に押し寄せてくることもある。


「王女様、王女様。僕ら昨日もね、みんなで川に行ってお魚釣ったんだぁ。でもねヘルメシアのみんなに分けてあげられるほどいっぱいは釣れなかったんだ」


 モコモコの小さな魔物はしょんぼりしながら言った。

 この国はあまり裕福ではない。むしろ貧しい。

 とくに今の魔王レオニヴェルが王座についてからはそれが顕著になってしまったそうだ。

 レオニヴェルは王座に就くと同時に魔の世界の弱肉強食の魔物の定めを覆し、弱い魔物の保護に努めた。

 その結果強者である魔物や魔人の反感を買いってしまい、強者は国の外へと出て行ってしまった。そして国営といってもよいのかはわからないが、それもガタガタになってしまい弱者への救済も上手くいかなくなってしまっている、という事らしい。

 エレナリーゼは小さな魔物の頭を撫でた。


「でもあなた達のご飯にはなったんだよね」

「うん。でもあんまりお腹いっぱいにはならなかったよ。あーあ、お腹いっぱいにご飯が食べられたらいいのになぁ」

「そうだね」


 エレナリーゼが魔物達と会話をしているとスカラがフッと笑ったような気がした。視線を向けるとスカラは微笑みながらエレナリーゼ達の事を見ていた。


「どうしたの?」

「いえ、たいしたことではないのですが、エレナリーゼ様は明るくなられましたね」

「え? そう見える?」

「ええ。はじめて会った時は私達に怯え、震えてばかりでしたのに。今ではこうして下の者達と打ち解けられて、楽しそうにしていらっしゃる。これ以上微笑ましことはありません」

「そんなことで笑っていたの?」

「そうですよ。あなたには幸せになっていただかなければなりませんので」

「……そう。そうよね」


 “幸せになっていただかなければなりません”。

 それはエレナリーゼが幸福になればなるほどこの貧しい国が豊かになるから。

 そう思うと急に胸に針を刺されたようなチクリとした痛みが走った。


「どうかされましたか? まさかご気分が悪いのでは」


 エレナリーゼは無理やり笑顔を作った。

 別にエレナリーゼが幸福そうでよかったと言っているのではない。スカラは国の事を思って言っているのだ。勘違いをしてはいけない。


「ううん。なんでもない」

「それならよいのですが」

「ふふっ。さ、それじゃみんな、行こっか」


 スカラはレオニヴェルの配下なのだからそういう考えなのは当たり前だ。

 エレナリーゼはそう思い、胸の痛みは感じなかったことにして心の奥にしまい込んだ。

 魔物達と会話をして余計なことを考えないように川へ向かっていると、途中に荒れた畑のような場所があることに気がついた。


「ねえ、スカラ。あそこの畑? の植物、ほとんど枯れてない?」

「はい。これを作ったころはいろいろな植物から実が取れていたのですが、ここ数年何故かあまり作物が出来なくなってしまいまして……そのせいもあるのですが、魔王様が禁止しているのを承知の上で人間の畑から食料を持ち帰る者が後を絶たないようで……」


 小さい魔物達も「ダメだって言ってるのに聞かないんだよね」と言っていることからして、この魔物の国にも人間の生活を害しているモノがいるのは事実のようだ。


「それって、レオ様は知ってるの?」

「いえ、どう申していいかわからず、魔王様には言えていません……」


 スカラは苦し気な表情だった。

 彼女も盗みを働いている魔物を良しとはしていないようだけれど、生きていくにはどうしようもないことなのだと目を瞑ってしまっていたようだ。

 エレナリーゼは事の真相を知らないけれど、先日の一件ももしかしたら完全に人間側が悪いというわけではなかったのかもしれない。

 この魔物達がきちんと魔王に進言していたら変わっていたのかもしれない。

 となると、この国の魔物の人間への干渉を減らす第1歩として、まずは食料を安定して確保していけるように整えるべきだろう。

 そうすればこの国の魔物が無暗に殺されるのを防げるかもしれない。なによりあの街、ルージェルで農業をしている人達の被害も減らせるはずだ。

 エレナリーゼは、以前は畑であったであろう地に足を踏み入れた。

 土を触ると固い土玉がゴロゴロとしていて、見るからに栄養のいき届いていない土になっていた。


「ねぇ、この畑ちゃんと耕したりしてた?」

「耕す?」

「土を柔らかくしてあげるの。他にもしないといけないことはいろいろあって、ただ植えてるだけじゃ土地は弱っていっちゃうらしいの。お手入れしてあげないと」

「そうなんですね。人間が植えているのを真似て植えていただけなので。知りませんでした」


 やはり魔物達は畑にどう手を加えていけばいいのかよくわかっていなかったようだ。

 となると川へ釣りに行く前に、この畑もどきをどうにかしておいた方がいいだろう。


「ねえ、スカラ。野菜とか果物の種があったりする?」

「はい。王城に戻れば倉庫にあるかと」

「そっか。じゃあ、今日はまずこの畑のお手入れをしてみない? すぐにいい畑になるわけじゃないけど、きちんとしていけばきっと次からはおいしい野菜が実るから。みんなも美味しいお野菜食べたくない?」

「食べたーい」

「僕もー!」

「アウウウ!」


 今日の予定変更だ。

 エレナリーゼは王城に戻ると、畑を耕すのに使えそうな物や野菜の種を持ち出し、魔物達に指導しながら畑を整えていった。

 昔両親に、万が一自分たちだけで生活するときが来た時のためにと教えられたことがこんなところでこんな形で役に立つとは全く思っていなかった。

 エレナリーゼ達はその荒れた畑を、まだ形ばかりではあるけれどきちんとしたものにした後、予定通り川へ向かい魔物達の釣りを楽しんだのだった。





 夕方、王城にて――。



 魔王レオニヴェルはエレナリーゼの姿を見て眉をひそめていた。


「……何故そんなに泥だらけなのだ」

「今日はみんなで畑のお手入れをしてました。実は、上手く野菜が育たなくなっていて、みんな食糧不足で困ってたみたいだったので」

「……そうか」


 あまり表情には出ていないけれど、魔王の声は愁いを帯びていた。王として国の魔物達の食糧問題には魔王も頭を抱えていたようだ。


「ご苦労だった。お前を生かしておいたことはやはり正解だったようだな。まだ少しではあるが、この城の周辺に活気が出てきたようだ。これからも国のために励むように」


 エレナリーゼは目を丸くした。

 初めて魔王がエレナリーゼに向かって微笑んだからだ。ほんのわずかに口角を上げた優しい顔。怖いイメージしかもっていなかったため衝撃がとても大きかった。


「あの。でしたら、一つ提案してもいいですか?」

「なんだ?」


 この国に来てからずっと気になっていたことがあった。

 人間として生きてきたから思う事であり、魔物側からしたら余計なお世話なのかもしれないと思ったため、これまであえて口には出さなかったことだ。

 けれどちょっとしたことで喜んでもらえるなら、言うだけ言ってみるのもありかもしれないと思った。最終決定をするのはどうせ魔王なのだ。


「魔物達にも家を作ってあげてもいいんじゃないでしょうか? 雨風もしのげますし、それぞれの所在を把握し、情報を回すのにも便利です」


 国とは言ってはいるけれど、この国には王城以外には建物はない。

 エレナリーゼには国というよりも魔物の群れが王城の周りに集まっているだけのように見えていた。

 エレナリーゼの提案を聞いた魔王は一瞬悩んだように見えた。


「お前、家を作る知識は持っているのか?」


 前向きに検討しようとしてくれているようだ。

 ただ、残念なことにそういったことは一切習ったことはない。


「いいえ。母から教えてもらったことの中にはそういったことは……書物があれば調べてみますけど。このお城の書庫にそういったものはありませんか?」

「ない」

「そうですか……じゃあ、この案はお蔵入りですね」


 せっかく魔王が検討してくれたというのに答えるだけの知識がなかった事に悔しさを覚えた。

 どうやらその心が表に出ていたらしい。

 魔王は溜め息をつき「仕方がない」と呟いた。



「……わかった。この国で商売をしている流れの人間の商人がいる。そいつに依頼してみよう」

「ほんとですか? ありがとうございます!」


 魔王の申し出にエレナリーゼは思わず笑顔になった。

 別に魔王が自分のために何かしようとしてくれているわけではない。ただエレナリーゼの案を聞き、それが魔物達のためになると判断したから手を回そうと言っただけ。

 それなのになんとなくエレナリーゼは自分自身が認められたように感じたのだ。


「最近はよく笑うようになったな」


 突然魔王が言った。

 なぜ今そんなことを言われたのかわからないレナリーゼは魔王の事を不思議そうに見つめた。


「そう……ですか?」

「ああ。連れて来たころは怯えていたし、もともと目が死んでいた」

「なんですかそれ。死んだ目って」


 王とはいえそれは失礼ではないのかと思い、エレナリーゼはむくれた顔をした。

 それが面白かったのかもしれない。再び魔王の顔が柔らかになった。


「事実だ。まあせいぜいこの国のために身を粉にするんだな」

「言われなくても。そうしないとレオ様は何してくるかわかりませんからね!」


 憎まれ口をたたいてみたはいいけれど、くるりと向きを変えて魔王の元から去る時、エレナリーゼの口元は嬉し気な弧を描いていた。

 お読みいただきありがとうございます。

 次回更新なのですが本日待ちに待ったゲームが発売されるため、数日はそちらに完全に気を取られると思います。なのでちょっと遅くなると思います。敵倒しまくるぞー!(けっこう話題に上がってるゲームなので何をプレイしているかは察してください)

 でわ、また次回!

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