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白い羽の痣を持つ少女

 18年後――



 羽の痣を持って産まれた少女は美しい女性へ成長した。

 けれど、どこか儚げな雰囲気も漂っていた。彼女は痣のことがいつか周りにバレて、命を狙われるようになってしまうかもしれないと怯えていたのかもしれない。

 彼女が生まれたすぐ後、赤子の彼女を取り上げたあの女性はしばらくしてこの街を去っていった。

 彼女が羽の痣を持っているという事を知る人間は母親と父親以外、この街にはいなくなり2人とも安心していた。

 彼女も自身の痣の事については知っていた。両親に「絶対に言ってはならない」「言えば殺されてしまうから」と教えられていたため口外することはしなかった。

 それでうまくいく。言い伝えなどただの言い伝えなのだ。そう思っていた。最近までは。

 不運が続いたのだ。

 ある日父親は、近頃街外れにある畑を荒らしまわっている魔物の討伐に他の街の人間と共に向かった。

 父親はその際に返り討ちにあい、命を落としてしまった。他の人間も命を落とし、帰って来たのはたった1人、1番若い青年だけだった。

 またある日、母親は崖崩れで生き埋めになってしまった街の人間の救助の手助けに向かった。

 その際に別の崖がいきなり崩れ落ち、母親はその下敷きとなり帰らぬ人となった。

 そして彼女自身にも恐れていたことが起きた。

 数日前買い物に出ていたところ、馬車を引いていた馬が暴れ出して近くにいた彼女を巻き込み横転した。

 巻き込まれはしたけれど軽傷だった。それだけならむしろ幸運だった。

 けれど不運なことに、右腕の痣がある部分の服の袖が破れ、街の人間達に彼女の腕に羽の痣がある事を知られてしまった。

 そこから彼女の運命の歯車は狂い始めた。





 羽の形をした痣、もとい”堕天使の呪い”を持つ彼女の名前はエレナリーゼ・フォント。

 彼女は街の人間に白い目で見られるようになり、日に日に元気をなくしていた。


「行きたくないけど、生きるためには行かないといけない……か……」


 エレナリーゼは母親が生前に使っていた買い物かごを手にした。

 籠に入っている財布を開けると、買い物に必要なお金をその中に入れ、エレナリーゼは外へ出た。

 空はエレナリーゼの心を映しているかのような曇天だった。


「お母さんの残してくれたお金でどこまで生活できるかな……」


 フォント一家はエレナリーゼが生まれてから郊外に住居を移していた。その理由は万が一にも言い伝えが本当だった時、できる限り街の人間に被害を与えないようにするため。

 そしてまた、万が一エレナリーゼの羽の痣の事がバレてしまった時の事を考え、自宅の傍に畑を作り自給自足の生活を送れるようにするためだった。

 けれどそれも限度はあった。

 全てを自給自足で補おうというのはなかなか難しいものだった。とくに1人になってしまった少女だけの力では。





 店が立ち並ぶ地区は人気が多い。

 以前ならエレナリーゼが買い物をしている姿が視界に入ったところでわざわざ視線を向ける人間はいなかった。

 たまに知人に出会い声を掛けられる。そんな程度だった。

 肉を売っている店に着くと、エレナリーゼは早々に立ち去ろうと適当に肉の入った袋を手にした。


「あ、あのすみません……これをください」

「……」


 話しかけても店主は見向きもしない。


「あ、あの」


 もう一度声をかけるとやっと店主は少女のことを見て手を突き出した。


「これで足りますか?」


 店主は何も言わず少女の前から立ち去っていった。

 理由はわかってはいる。わかってはいてもこんな態度を取られれば傷つくし、悲しくなる。

エレナリーゼの目には涙が浮かんだ。

 早く買い物を終えて帰ろう。

 エレナリーゼは涙をぬぐい急ぎ足で次の店へと向かった。

 途中噂話が聞こえてきた。


「今日またテイラーさんとこの畑が魔獣の被害があったんですって。最近こういう事増えてきてるわよね」

「きっと、あの災いの子のせいよ。考えてみればこの街って昔からそういう話多かったじゃない? それにほら、その子の両親もそうだったでしょ?」

「やっぱり、生まれたときに殺しておくべきだったのよ」

「今からでも殺してしまった方がいいんじゃ……」


 不意にエレナリーゼと噂話をしていた女性たちの目が合った。彼女たちはエレナリーゼに気がつくと慌てて散っていった。

 心無い人々の言葉にエレナリーゼの心の傷はどんどん広がっていく。

 今すぐにでも泣き出したかった。

 けれど泣くのは帰ってからにしなければ。そう思ってエレナリーゼは悲しみを抑えようと歯を食いしばった。

 そんな時、視界の端に突然何者かが現れたように映った。それはまるで道の真ん中に誰かが転移してきたかのようにスッと、本当に突然現れた。視線を向けると間違いなくそこには男性が立っている。

 エレナリーゼはその男の姿を見て、違和感を覚えた。

 何に違和感を覚えたのか考えていると、原因はその男性の服装だということに気がついた。

 貴族のようなピシッととしたシャツとジャケットを着て、さらに黒いマントを羽織っている。この街をそんな服装で歩いている人間を見たことが無い。

 何故そんな服で出歩いている人がいるのか不思議に思い眺めているとその人物の近くにいた男性が恐怖に染まった声で叫んだ。


「ま、魔王だぁぁぁぁ‼」


 男の声を聞いた街の人達は声の方を見て魔王と呼ばれた男の姿を認識すると、顔を青くしながら慌てふためき始めた。

 街の人間達の様子に呑まれたエレナリーゼも一気に恐怖に襲い掛かられ、足がすくんでその場から動けなくなってしまった。

 動けずそのまま魔王と呼ばれる人物の姿を見ているとあることに気がついた。

 その姿はほとんど人間。頭に角が生えているくらいだ。それに現れてから身動き一つしておらず、ただその姿を見た人間が勝手に騒いでいるだけなのだ。

 魔王とは恐ろしい存在だということは教えられてきたけれど、いったいどこが恐ろしいのだろうか。ただ、会ったことのない魔王という存在を勝手に怖がっているだけなのでは。

 エレナリーゼは一瞬そう思った。

 けれど、その理由をエレナリーゼはすぐに知ることとなった。

 魔王が手を横に一振りするとその手の先にあった家が一瞬にして崩壊したのだ。

 ただ誰もが魔王から少しでも離れようと逃げていたため、幸運にも怪我人は出ていなかった。

 エレナリーゼは早く逃げなければと思い足を動かした。はずだった。


「あの、なんでこんなことするんですか?」


 自分の思わぬ行動にエレナリーゼの顔から血の気が引いていった。

 逃げなければと思っていたはずなのに何故こんな行動をとってしまったのか。魔王の真意を知りたいとか、街を救わないといけないといったような大層な理由があったわけもない。本当に無意識に一歩踏み出してしまっていたのだ。

 エレナリーゼの額からは恐怖と混乱で冷や汗がにじみ出てきた。

 魔王はそんなエレナリーゼに冷ややかな視線を送った。


「そちらが先に仕掛けてきたからだ」

「先に? ど、どういうことですか? 私たちがあなたを怒らせることをしたと?」

「そう言っている」


 冷ややかな声。けれど瞳の奥には怒りの炎が揺らめいているように見えた。

 人間側が何かしたというのは嘘ではないようだ。

 エレナリーゼと魔王の会話を離れたところから聞いていた腰を抜かした男性の1人が声を張り上げて言った。


「俺達がいったい何をしたというんだ!」


 魔王は冷ややかな視線をその男性へと移した。視線を向けられた男は恐怖で体を震わせた。


「お前達、この街の者達が俺の領土に足を踏み入れ、挙句の果てに何体ものか弱い無抵抗の魔物を傷つけ、殺した。故に報いを与えに来たのだ。貴様らにも同じだけの死者と負傷者が出るまで俺は貴様らを許しはしない!」


 怒りを剥き出してそう言った魔王は、視線を向けていた男性に向けて炎の球を放った。


「ぐっ、あああああああああああ‼」


 炎を受けた男性はたちまち火達磨になり、あっという間に燃え尽きた。

 そこに残ったのは灰だけだった。それが人間だったという事はこの場にいた物にしかわからないほど焼け落ちてしまった。


「まずは1人。死者はいったいどれほどだったか。たしか2体。ということはあと1人この街の人間を殺す必要があるのか。瀕死の者は20だったか……」


 魔王の口元は笑っていた。

 残っていた人間は魔王の笑みを見た瞬間、難癖付けて殺しを楽しんでいる魔王に次に殺されるのは自分かもしれないと思ったに違いない。

 動けずにその場に残っていた人達も、どうにかして逃げようと必死にもがいていた。

 魔王は笑っている。けれどエレナリーゼには魔王のその笑みは楽しんでいるからではないように思えた。

 目が悲しんでいる。これは悲しみをごまかすための笑み。そう思った。

 魔王が手を振り上げると、今度はその手の先に透明で先の鋭い氷が現れた。

 街の人達は我先にとさらに遠くへと逃げて行く最中だ。

 その中を1人、他の人間の流れとは反対方向に進む人の姿があった。その人物は魔王へ近づいてきている。

 彼はこの街の長だ。


「お待ちくだされ」

「なんだ」

「そこの娘を、その娘を差し出しますから他の者には手を出さないでくだされ」


 彼の指さす先にいたのは災いの子と言われている少女、エレナリーゼだった。

 近くに残っていた人達も首を縦に振って彼の言葉に同意していた。

 そしてエレナリーゼは気づきたくないことを悟ってしまった。

 彼らはエレナリーゼを厄介払いしようと考えているのだという事を。

 魔王は呆れたように言い放った。


「ふん。自分の身を守るために生贄を差し出す、か。いいだろう。ならば死の代償はこいつの命で手を打ってやろう。が、瀕死の者たちの代償はまた別問題だ」


 魔王の上には変わらず氷の塊が浮いている。

 このままでは街の人たちが大変なことになってしまう。そう思ったエレナリーゼは魔王の腕にしがみついた。


「誰が俺に触ることを許した」


 嫌悪するような声だ。ようなではなく人間に対する嫌悪感から発せられた声だったのだろう。

 エレナリーゼは一瞬ひるみそうになったけれど、気を持ち直し魔王に向かて叫んだ。


「あ、あの! 私が傷ついた魔物たちを助けます! その後に私を……だから街の人には手を出さないでください!」

「たかが人間の街娘にそんなことができるはずなどない。戯言を言うな」

「お願いします! 信じてください!」


 魔王は少女の瞳をじっと見た。審議を見定めようとしているのかもしれない。

 しばらくエレナリーゼの事を見続けた魔王は手を下げた。それと同時に氷の塊は砕け散った。


「……ほんとうにどうにかできるのだろうな?」

「た、たぶん……」

「たぶん?」

「いえ、できます!」

「ならば、結論が出るまではこの件を保留にしておいてやる」


 

 街の人間は魔王の言葉にほっと胸を撫で下ろした。

 けれどその安堵感も一瞬のものとなった。


「が、どうにもできなかった際には、この街全てを消し炭にする。この娘を、嘘をつく娘を差し出した貴様らの罪だ。逃げられるなどと思うな」


 もう一度魔王が手を空へ掲げると、今度はその上から街を包み込むような透明な幕のようなものが下りてきた。


「この街全体に結界を張った。俺が解くまで貴様らはこの街から出ることはできん。もちろん入ることもだ。この娘が有言実行できたならばこの件は、この娘の命のみで手を打ってやろう。この結界も解いてやる」


 魔王はエレナリーゼの手首を力強く掴み、持ち上げた。エレナリーゼの足は地面から離れ宙吊り状態。身動きが取れず、握られた手首も骨が折れるのではないかと思えるくらいの痛みを感じていた。


「娘、やはりなしなどとは言わせんぞ」

「は、は……い……」


 何故自分がこんな目にあわないといけないのか。自分がいったい何をしたというのか。

 自分の境遇を恨めしく思ったエレナリーゼの瞳からは一筋の涙がこぼれていた。

 お読みいただきありがとうございます。

 主人公をどん底に突き落としたいとは思うのですが、イマイチ落としきれずによく頭を悩ませています。今回も微妙?です。

 でわ、また次回!

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