眼福です!
まず前提ですけども、わたしは目立つのが嫌いです。そして人の目を見る事も得意じゃないです。
どれくらいかと聞かれたら、前髪で目元を隠して、眼鏡で視界を狭め、顔を若干下に傾けて、出来るだけ人の目を見ないようにするくらい、と答えます。
生まれつき、と言えばいいのか分からないですけど、わたしは昔からずっとこんな性格だったから、友達も少ないです。だから、可愛くて美人な人達を見ていて、ほんの少しも羨ましくないなんて思う事はありませんでした。偶に気分が下がる所まで下がり切った時に、醜く羨望する事もありました。
でも今の生活に全然納得していない、なんて事はない筈です。
友達は少なくても話の合う子とは共通の話題で盛り上がりますし、家での趣味もそれなりに捗っています。
こんな陰キャでも仲良くしてくれる友達はいて、毎日楽しめる事もあります。いじめられたりもしないし、頭もそこまで悪い事はありません。別に周りの人より不幸だとは思った事もありません。
だから、この生活にある程度の満足度はあったし、毎日しっかり楽しかったです。
そう。
だから。
だから、わたしは。
この、クラスメイト達に『誰アイツ? え、寿!? イメチェンしたの? てかアイツの顔、初めてまともに見たんだけど』みたいな視線を向けられている現在の状況は、望んでいませんッ!!
わたしが何をしたって言うんですか?
いや髪は切っちゃいましたけども。
間違ってヘッドフォン付けたまま、家用のライトグリーンの縁の眼鏡付けて来ちゃいましたけども。
そうわたし、ヘッドフォンのみならず、学校用の黒縁眼鏡じゃなくてお洒落な家用眼鏡かけて来ちゃってました。何とバカな。
何でわたしが教室の席に座っても未だにヘッドフォンを首に掛けているのか。理由は簡単、亀ヶ谷さんにかる~く脅されたからです。
曰く、「ヘッドフォン外したまま教室入ったら、この写真ばらまいちゃおっかな~?」だそうです。スマホを揺らしながら非常に晴れ晴れとした笑顔でそうわたしに告げました。なお、わたしのその時の心境はご想像にお任せします。
外して登校しても掛けて登校しても、結果同じ地獄に着地するじゃないですか。私に逃げ場はなかったようです。
わたしは視線の集中砲火に耐えながら、朝のホームルームが始まるのを今か今かと待ち侘びました。
あー胃が痛い。手が震えるから、みんなこっち見ないで下さい!
そう叫び出したいですけどそんな事が私に出来る筈もなく、周りでひそひそと話す声がわたしの鼓膜を刺すように刺激します。
わたしは耳が良くて、その程度の音量なら聞き取れてしまいます。しかも今教室で話されている話題の九割はどうやらわたしの容姿についてみたいです。流石に聖徳太子の様にはいかないけども、人間やろうと思えば混雑した会話の言葉の端々は聞き取れるようで、「誰? あの子、転校生?」「アイツ寿だよな?」「うそ! 前髪どこ行ったの?」「え! あの子、寿さん!?」「高校デビュー?」「いや、もう二年生になったぞ」「じゃあ高二デビュー?」等々、どこも似たような会話が成り立っている様です。
嫌だ、わたしが話題にされている。あぁ、穴があったら入りたい。何なら墓穴でも良いから、誰かわたしを埋めてください。お願いします。
ん? 何だ、もうここは冥府か。だとすれば地獄の方かな…………。
今にも白目を剥いて正気を手放しそうなわたしは、どうにか周りの声だけでもシャットアウトしようとヘッドフォンに手を掛けようとしました。しかし、ちょうどそのタイミングで、危惧していた最悪の事態が発生。休み明けに何故かイメチェンして来たわたしに興味を持ったのか、好奇心が滲み出ているクラスメイトの女の子三人が、わたしに話し掛けてきました。
「ねえねえ。寿さんだよね!」
「うひぇ!? ぁ、う……そ、そうっぅ……でふゅ…………」
質問されましたが、わたしに当たり前のコミュニケーションをとれ、と言われても不可能です。上ずった声で返事をして、結果恥ずかしくて相手の顔も見れず、最後には消え入りそうな声で答えました。顔が熱くなっているのが分かるし、手汗も酷い。やっぱり人と話をするのは苦手です。人の目を見たり、見られていると自分が認識してしまったら、体に変な力が入ってしまって頭が真っ白になっちゃいます。
わたしが学校内で辛うじて会話になるのは、亀ヶ谷さんともう一人の女の子友達だけです。しかし亀ヶ谷さんは今教室にはいません。
曰く、「風紀委員会は明日の入学式の準備だってさ~」だそうです。校内に入るなりわたしを置いて体育館へ直行しました。この状態のわたしを放置して。
色々と突っ込みたいところはありますが、まず亀ヶ谷さんと言うあのチョー目立つ滑らかな金髪で、短いスカートから美麗で色気満載の脚線美を晒した、けしからんプロポーション抜群の超美少女ギャルJKが、なぜ風紀委員なのかを問いたいところです。完全に風紀乱れてますよね?
そうやって思考をどこかへ飛ばして現在の状況を忘れたかったものの、目の前に来たクラスメイト達はお構いなしに話し掛けてきます。
「その髪留め可愛いよね! どこで買ったの?」
寿さんだよねと最初に尋ねてきた女の子は、三人の中では少し身長が低めで、立った時の目線はわたしと同じくらいだと思います。空気感的には何と言うか、わたあめの様なフワフワとした雰囲気を醸し出していて、大きくてクルリとした垂れ目がチャーミングです。
尻尾を振って寄ってくる子犬の様に見えますが、本物の子犬ならいざ知らず、比喩表現であって目の前にいるのはれっきとした女の子。なので、緊張してわたしの口からはまともな日本語が出て来ません。
「ええと…………ち、近くにある、デパートの……せ、セールで…………」
わたしが言い終える前に後ろから、最初の子を押し退けて、ポニーテールの快活そうな女の子が話しかけてきました。
「なあ、寿さんって音楽聞く?」
「き……聞き、ましゅ…………」
細くくっきりとした眉に主張の激しい艶のある瞳。小顔でありながら歯を見せて笑うと似合いそうな、存在感のある溌溂とした女の子は、わたしのヘッドフォンに目を付けたようです。
机に座るわたしは上からの迫力に押されて、最後の方を噛んでしまいました。
内心、すっごい恥ずかしいです。
しかし彼女は、そんな事は気にした様子もなく質問を続けます。
「そうか! じゃあ、最近Newtubeで流行ってる【雪嶺】さんって歌い手知ってるか?」
「ご、ごごごめん……なさい……知らない、です…………」
わたしの推しは【陽炎】さんと、親友の【冬癒】ちゃんです。知ってますか?
音楽の話なら少しは……と脳内で推しの名前を思い浮かべるも、喉につっかえて言葉にはなりません。
わたしが自分の喉と格闘していると、再びフワフワな小柄の女の子が前に出てきて、瞳を艶やかに煌めかせて質問します。
「今度一緒にケーキ食べに行かない? うち、商店街の近くにいいお店見つけたんだ!」
「あ、甘い、ものは……わたしも……好き、です」
「そうなんだ! うちはチーズケーキが好きなんだけど、寿さんは?」
「わ、わたしは……そ、その…………」
桃とパイナップルののっている『シースケーキ』っていうのが、生地がしっとりしてて美味しくて。
あと、チーズケーキなら商店街近くより駅の近くにあるプリン屋さんの方が滑らかです。
喉に何か詰まっているんですかね? やはり言葉にはなりません。
「ミクはいつも食べ物の事しか考えてねえじゃん!」
「だって美味しいんだもん!」
「そんなに食ってたら太るぞ?」
「いいもん、うちの脂肪はマミに送ってるから!」
「最近体重が増えてるのミクの所為か!」
「ちょっと、マミもミクも落ち着いて!」
「嫌味か、エマ? その細い線の体に必要な所だけ脂肪付けてよお」
「そ、そうじゃなくて!!」
三人の女の子の内、二人の質問にわたしは溺れそうになりました。
言いたい事があっても言えません。わたし、上がり症なので。
ああ今日学校来るんじゃなかったよおおおおおおおお!!!!
舌が思うように動かないし、体に変な力が入って強張っています。スカートの上で握り込んだ両手が汗で気持ち悪いです。
「あ、あの……えぅ、ええと…………」
喧嘩のようなものが始まり焦る気持ちもあって、わたしは慌て始めてしまいました。
そんなわたしに救いの手が差し伸べられます。
「ほら、寿さんが困ってるでしょ!」
わたしの身を案じてくれている彼女はエマさんと言うらしいです。確か苗字は『イロハ』だったと思いますが、漢字は分かりません。
艶のある黒ショートに眼鏡と柔らかい目つき、端正な顔立ちで真面目そうな女の子。見たところ二人を諫める長女みたいな立場にありそうです。
彼女は困ったように微笑んでわたしを気遣ってくれました。
「ごめんね寿さん。前から話してみたいと思ってたんだけど、近寄りがたい雰囲気もあってなかなか良いタイミングが無くて」
しかし、その言葉の半分くらいはわたしの心に刺さりました。
善意であるのは分かります。分かりますけど……。
ですよね話し掛けずらかったですよね、あんな前髪で目元隠して俯いてる陰キャなんか…………。
マミさんとミクさんは後ろでまだ言い合っているようですが、エマさんがわたしに謝ってくれています。むしろ謝るのはまともに返事のできないわたしの方なのですけども。しかし、こうやってゆっくり話し掛けてもらえると、こちらとしては言葉を頭の中で落ち着いて整理できてありがた――――。
「言いずらかったらいいんだけど……寿さんって、人と話すの苦手?」
この人見た目よりオブラートって言葉を知らないのかもしれません…………。
多分…………天然ですね。
「ぇぅ、あ……は、はい…………」
「そう、だよね……」
どちらかと言えば話す事は出来ますけど、見られたり注目されると頭が真っ白になる所為で普通の会話が出来なくなる、と言った方が正しいかもです。
そんな事殆んど初めて話す人に言って、馴れ馴れしいなと思われたくないので言いませんけど。
エマさんは若干申し訳なさそうに誤魔化しながら笑って頬を掻きます。
「ごめんね、突然押しかけちゃって…………」
「いえ……こ、こちらこそ……すみ、ません…………」
何かわたしにとって非常に流れて欲しくない空気が流れ始めるました。
そして、気まずい空気から離れるようにマミさんミクさんを連れて、エマさんはわたしの席から離れていきました。
すう。
はあ。
死ぬかと思ったああああああああああああああああ!!!!!!!!
気まずいッ! 超気まずいッ!!
わたし寿小雪、進級早々スタートラインでスっ転んでしまいました。
最近は最強ギャルさんと、ギャルじゃない方の超絶美人なご友人さんを見習って、人付き合いに力を入れていこうとしましたが、昨日バカな程に前髪を切りすぎてしまい、心の準備が出来ないままに登校する事になった所為で、中途半端な空気を味わうはめになりました。
わたし絶望。
何なんでしょう、わたしのご友人の御二方はあんなにも完璧なのに、それに比べてわたしは…………。
考えていたら空しくなってきたのでやめます。そりゃまあ、五大美人さんたちとわたしを比べるなんて烏滸がましいデスネ……。
そんな打ちひしがれて机に突っ伏したわたしの背に、ちょうど今思いを馳せていた五大美人のご友人二人目の声が掛かりました。
「小雪ちゃん、大丈夫?」
優しさと艶めかしさと清楚さを併せ持つ、大人しやかな声の響きがわたしの鼓膜を撫でます。
「じゃ、じゃない方(のご友人)さんッ!?」
「ジャナイホウ酸?」
「へあッ、ちょ、ち、違がッ!」
不意に声を掛けられ謎の弁明を図りながら顔を上げ振り向くと、ギャル『じゃない方』さんの艶のあるロングに細い釣り目、形の良い鼻立ちと乳白色で柔肌の悠然と微笑む美少女の顔がありました。
五大美人の一角を担う南海小響さん。
南の海の様に穏やかな響きを奏でる波の様な雰囲気で……………………言ってて恥ずかしいし、何を言っているのか分からなくなったので止めます。
しかし目を細めて口元に手を当てる上品な仕草や目元の色っぽいホクロ、やはり彼女の笑う姿は絵になります。
クラスに二人もいる五大美人の片割れ、小響さんは慌てふためくわたしの姿を見て、ころころと笑って――――
――――なに、わろてんねん!?
「笑わないでください!」
恥ずかしさで、顔が赤くなっているのが分かります。
「ふふふ、ごめんなさいね。可愛かったから、つい」
「うぅぅ~~~~~~~~!」
「ほら、拗ねないで」
再び机に突っ伏したわたしは、小響さんの細い手によって後頭部を撫でられました。
しかし、そんな小動物みたいな扱いをされてわたしは憤ります。
「子ども扱いしないでへにゃん……」
無理でした。
微笑む小響さんの柔らかな手によって、わたしの心は浄化されていきます。
なんと母性溢れる和やかで優しい手つきなんでしょう。これなら小動物でも子ども扱いでも構わないかもしれません。体の力が一瞬にして抜けてしまいました。
「ふふふ、休み明けに容姿がすっかり一新されたと思ったのだけど、内面は相変わらずね、小雪ちゃん」
「関わりが少ない人と話すのはムリです……」
「見てたわよ。彩波さん達に質問攻めにされてたわね」
恥ずかしい所を全て見られてました。
というか、助けに入ってくれれば良いのに……。
内心、愚痴りながらも気になった事を聞きます。
「あの、いろはさん達って姉妹なんですか?」
だとしたら三つ子って事になるけど、確かに顔は三人とも似てたような気がします。
ただ、三人それぞれ違う髪型にアクセサリーと、ぱっと見ではあんまり気付かないかもしれません。
でも、確かに歴戦の三姉妹然とした雰囲気は漂っていたような気はします。
そういえば子犬みたいなフワフワした子の付けてたイヤリング、ソフトクリームでした。
容姿から滲み出る食欲。
それなのにあんなに小柄で線も細いんですか?
ちょっと驚きです。あれは間違いなくマミさんに脂肪を送ってますね……。
そんな戦慄を覚えながら小響さんの話に耳を傾けます。
「一人は違うわよ? 一番年上に見えるのが『彩羽』恵茉さんで、後は双子の『彩波』真美さん美久さんね」
「え、三つ子じゃないんですか? でも苗字は『いろは』なんですね」
「そうね。それにああ見えて、恵茉さんが生まれた日は三人の中では、一番遅いそうよ」
「ま、紛らわしい、です……」
「覚えるのがちょっと大変ね。双子は当たり前として、他人である筈の恵茉さんまで顔がそっくりだから」
「お、覚えられるかな……」
「ふふ、頑張って?」
恵茉さんが彩羽さんで、真美さん美久さんが……あれ、どっちだっけ?
長女に見える恵茉さんが本当は別の家の子で、真美さん美久さんが双子……いや、恵茉さん美久さんだったっけ……ん、双子がどっちで長女が誰?
彩羽さんは双子、いや彩波さんだったような…………。
「きゅ~~~~~~ッ!?」
「あらら、パンクしちゃったの?」
考えすぎて、煙を出すわたしの頭を再び撫でてくれる小響さんに甘えながら、机に重ねた両腕に頭をのせます。
朝から既に、心労からくる疲れがどっと押し寄せてきました。
ああ、小響さんの優しい手つきの心地よさに負けて……寝てしまい、そう…………です。
「そういえば、由紀ちゃんどこか知らない?」
ハイハイ、なんでしょう!
もうちょっとで夢の世界でしたが、小響さんの質問によって現実に引き戻されました。
どんな質問でしたっけ…………ああ、亀ヶ谷さんですね。
ふむ、亀ヶ谷さんに何か用事でもあるんでしょうか?
「ふあ……亀ヶ谷さんなら、体育館に」
今にも『眠りの小五郎』しそうなわたしの顔を見て一度微笑み、小響さんはわたしの返答に首を傾げます。
同時に国も傾く勢いで美しい!
「体育館?」
「入学式の会場設営だそうです…………」
「ああ、明日だったわね、入学式…………」
合点がいったと手を合わせます。
多分、偶にこういう子供っぽい可愛らしい所を魅せるから、人気も高いのでしょう。
女子からの人気もこんな所から顕れているんだと思います。
思わず見惚れてしまうのも無理はありません。同性として羨ましい限りです。
わたしもこんな奇麗で美しい顔だったらなあ。
「私達も先輩になるのね」
「はい…………」
「……聞いてる、小雪ちゃん?」
「はい…………」
「聞いてないわね……」
「はい…………」
「ねえ小雪ちゃん、写真撮らせてもらえない?」
「はい……………………ふぇ?」
横に立つ美少女の顔に見惚れていた所為で、不意に質問されて気の抜けた声を上げてしまいました。
すみません、あなたに見惚れて内容を全然聞いておりませんでした。
因みに今、何とおっしゃいました?
「……しゃ、シん?」
記憶に薄っすら残る音の残滓を脳内で繋ぎ合わせる作業中のわたしを他所に、徐にケータイを取り出して、いたずらを仕掛けた子どもの様な笑顔でわたしに近づいてきます。
ああ、小響さんの顔がこんなに近くに…………!!
小響さんはわたしの耳元で誰にも聞こえないように小声で囁きました。
「言質、頂いたわよ?」
……………………ッ!
小響さんの声を独り占めしている背徳感に浸りながらも、何か背筋のゾッとする言葉を言われたような気がして、胸にモヤモヤが残りますが……そんな場合ではありません。
頬と頬がくっついています!
小響さんの柔らかい頬がわたしの顔に接していますッ!!
この柔らかな頬に、ただで触れる事が出来るなんて!!
しかし、現実はそう甘くなかった様です。
「しゃ……写真ッ!?」
甘い痺れと共に、電撃が走ったように目の前のにかざされたカメラの存在に気付いて…………もう既に手遅れでした。
パシャリ――――
騒がしい新学期の賑々しい教室に、不思議とその小さな音は響きます。
後に残るのは、嬉しそうにツーショットを眺める小響さんと、無理だと分かっていながらも必死に手を伸ばす無残な亡骸。
――――わたしのご友人達は何でわたしの写真を撮りたがるんだろう。
そんな思いを胸に今日も、わたしの毎日が始まります。
「――――それ、消してくださいッッッッッッッッッ!?!?!?!?」
わたしの断末魔は、そよ風に乗って陽気な春の爽やかな町へ溶けていきました。
茶髪のボブにお花柄のピン止めな小雪。
五大美人
・亀ヶ谷 由紀
・南海 小響
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