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ああ、前髪よ

 ムリムリムリムリ!!

 絶対っ無理ッ!!!!


「どうしようこれッ!? 絶対目立つじゃんッ!!」


 美容院行くの面倒くさがった数分前のわたしのばかッ!!!!


「もう、ダメだぁ…………」


 絶望に打ちひしがれてガクリと肩を落とすわたし。

 わたしは今、絶賛後悔中。

 記憶にある数分前のわたしは、新学期になったら容儀検査があるかも、と前髪を心配して(はさみ)を手に洗面台に立ちました。

 するとあら不思議、現在パッツン前髪の眼鏡JKが鏡の奥に佇んでいます。

 前髪で目元を隠した陰キャの面影もありません。

 洗面所に儚く散っているわたしの元前髪たちを、涙目でかき集めておでこにくっつけてみるも、ハラリハラリと洗面台へと吸い寄せられていくのを、この世の終わり顔で眺めるしか出来ません。

 たかが前髪数センチ、されど視界はご開帳。


 ★・最・悪・★


 わたしを何だと思ってるんだ、人生の黒歴史(せいしゅん)真っ盛りを生きる生粋の陰キャなのに。

 人の視線に耐久のないわたしは今まで、前髪で人の視線と直接ぶつからないようにしていたのに。わたしはこれからどうやって生きていけばいいの!?

 春休み明け、クラスメイトの陰キャ(わたし)が唐突に前髪パッツンで現れるなんて、注目を集めること間違いなし。


 嫌だああああぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!!

 人に見られたくないいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!

 目立ちたくないいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!


 わたしは鏡に映る自分の顔を直視出来ません。視界にそのおでこを横断する前髪の架け橋が映るだけで吐き気が…………

 なんという理不尽。

 わたしは何故こんなにも恵まれないのでしょうか?

 シンデレラなんて家で待ってれば魔女が助けてくれるのに!

 靴を落とせば王子様が迎えに来てくれるのに!!

 すみません魔女様~? ここにも助けを求める女の子が待っていますよ~?

 奇麗なドレスを着たいなんて、王子様と結婚したいなんて、そんな欲張りな事は言いません。だからどうか前髪数センチだけでも伸ばしていただけませんか? その持ち前の魔法でちょちょいのちょいと。え、無理? そんな事言わずに、ほんの数センチだけ、いや、一センチで構いません。どうかお情けを!


「うううう……ダメかあ…………はあ……………………」


 鏡を眺めつつようやく諦めの付いたわたしは、ため息をつきながら洗面所をとぼとぼと離れました。

 明日の始業式で周りに何と思われるか不安が募ますけども、話し掛ける友達なんていないんだったと、わたしのガラスのハートを粉々に砕きながら開き直って、気を紛らわせるために部屋にこもってヘッドフォンで音楽を聴き始めました。



  ――――翌日――――



 陰キャJKを馬鹿にしたような春の晴天の下、わたしは人の目を見ないように俯いて怯えながら登校しました。幸いまだ早い時間帯なので人目は少なく、クラスメイトらしき人物も見えなかったけれど、今日は進級も含めた新学期なのでいつもよりは登校中に同じ学校の生徒を見かける事が多かったです。

 みんなウキウキし過ぎでは? 陰キャのわたしにとっては新学期とか地獄なんですけど。人と話すのはそこまで苦ではないけども、人の視線が集まるとかは嫌です。だって人に見られていると思うと、体が固まってしまって頭の中が真っ白になってしまうから。

 上がり症と言ってもいいけど、最早視線アレルギーなんじゃないかと、最近思うようになってきています。他人とまともに目を合わせられないし、視線が交わらずともわたし自身が『見られている』と意識してしまったら、普段通りにはいかなくなるから。

 なので今まで目元を前髪で隠していましたが、昨日そのガードは自分の手で切り落としてしまったので、びくびく震えながら、出来るだけ人の目を見ないように俯いて登校しています。


 そんな調子で前髪を気にし過ぎた挙句、結局はピンで髪を右に寄せて何とかパッツン回避したものの、パッツンの時より視界が開けてしまう事実。何という悲劇! わたしに救いの手はないのか。

 そんな思いで自業自得に震え上がりながら高校への道を歩きました。

 しかしわたしは幸運にも、学校の校門まではクラスメイトに遭わずに無事登校する事ができそうです。

 その交差点を渡れば入り口はすぐそこに――


「あれ、イモムシちゃんじゃん? おっはよ~。新学期も相変わらずお早い事で~」


 フラグ回収早くないですか?

 わたしの僅かな幸運はどこへ?


 すぐ目の前の角からひょっこり現れ、わたしに気付いて声をかけてきたギャルこと、亀ヶ谷(かめがや)由紀(ゆき)さん。上から太陽を反射する金髪が眩しいです。そんな近距離で照らして、陰キャを蒸発させる気ですか?

 いつも学校でキラキラとした陽キャの青春を送っているスクールカースト最上位の亀ヶ谷さんは、一言でいえば、超絶美少女ギャルです。アクセサリー等、規制の少ないこの高校に置いても金髪に首飾り(チョーカー)、ピアスなど目立つ格好をしています。

 あ、その首飾り(チョーカー)可愛いです。でも亀ヶ谷さんだから似合うんだろうな。わたしも付けたいですけど、似合わなそうで……。

 学校では取り巻きのギャル達と一緒にお喋りをしたり、明るく絡みやすい性格から仲の良い友人も多いみたいです。それに群を抜いて美少女な亀ヶ谷さんは、噂に聞く校内の『五大美人』の一人に数えられているのだとかで男子にモテモテです。もちろん、勉強も出来て運動もできる。文武両道才色兼備!! 亀ヶ谷さんの存在で新しい八字熟語が出来そうです。

 しかし珍しい事に、今日は取り巻きさん達はいないようで、今は単独登校中の模様。

 ならば、チャンス。ここはガツンと言ってやらねば。

 一年生の時から付けられているイモムシちゃんというあだ名に対して、わたしもそろそろ反論を述べようと思います。

 わたしはイモムシではありません!

 れっきとした人間で小雪(こゆき)という名前があります!

 さあ、()()()あれ!


「わ、わわわたしは、『寿(ことぶき)小雪』です…………」

「……………………」


 ふう。

 言ってやったぜ。


 陰キャJK渾身の一撃をお見舞いしてやったからには、もう亀ヶ谷さんはわたしの事をコトブキと呼んでくれるに違いない。

 え、そんな事ないって?

 そんな事ないなんて事はありません!

 何故なら彼女は優しいから!

 取り巻きを連れてキラッキラに光る陽キャ最上位層の地位に君臨する彼女はしかし、一年生の頃からわたしに話し掛けてくれていた数少ない人物の一人でした。

 だから、登校中に遭遇したのが亀ヶ谷さんでちょっぴり安心しています。

 こんな陰キャにも隔てなく接してくれるし優しさも備えるとか、この神に憑りつかれている最強のギャルには誰が勝てるというのでしょう。あ、一人勝てそうな人がいたような…………。

 それに比べて私ときたら、黒いストッキングに標準丈のスカート、今は存在していないけれど長い前髪に、黒縁眼鏡を掛けた、The INKYA(ザ・陰キャ)。比べるまでもなく、わたしはJKとして不甲斐ない外見をしています。それに、上がり症もとい視線アレルギーを患っているわたしは、友達なんか片手で数える程しかいません。

 別にイジメとかそういうのはないですけど、こんな陰キャ眼鏡には話し掛けずらいらしく、クラスメイト達は自発的に関わろうとはしませんでした。

 まあ、当たり前なんですけども。

 そんな中、亀ヶ谷さんはなぜかわたしと雑談をしたがりました。特にお洒落とか甘いものとか、女の子らしいやつを。

 おい昨日友達いないとか言ったやつ誰ですか。

 いるじゃん。

 わたしは目立つのが嫌いだったものの、そういうのには割と興味があって、ほんの少しだけ盛り上がらない事もなきにしもあらず。

 こう見えて服とかも家に沢山あります。

 まあ、目立つのは嫌だから家の中でだけしか着ませんけど。

 そんなこんなで学校で一番最初に話した内容がなぜか長続きして、それなりに盛り上がりました。

 わたしはド緊張してましたけども。

 そこからわたしに興味を持ったらしく、わたしが体育とかで一人余りそうになると、わたしとペアを組んでくれたりもすします。

 目立ちたくないわたしからしたら迷惑でもあり、ありがたい事でもありました。

 意味は違いますが、ありがた迷惑です。非常に感謝しています。


 さて、亀ヶ谷さんがわたしの事をポカンとした表情で見ていたので、今がどういう状況なのか忘れました。

 そうでしたそうでした。

 陰キャ渾身の反論ですが、なぜか亀ヶ谷さんから反応がありません。

 何でしょう、わたしの顔に何か付いていますか? はい、何も付いている訳がありません。何の変哲もないの陰キャ眼鏡JKです。

 因みに陰キャというものは勇気を出して話し掛けても反応がないと、もの凄く落ち込む生き物なのです。だからこの無言と沈黙の協奏曲(コンツェルト)が流れる空間はわたしにとって地獄と同義なんですけども…………。

 誰か……助けてくださいお願いします。

 泣いていいですか?

 逃げ出していいですか?

 もう少しで無言に耐えられなくてわたし本気で逃げ出しますけど。

 そんなにじっと見つめたってわたしの顔には何も付いて…………ッ!

 最悪の事実に今更ながら気付いてしまったわたし。もはや忘れていた方が身のためだったろうに、なにゆえ思い出してしまったのだろう。

 そう、わたしは今…………

 前髪が…………無いんだったッ!?


「見ないでくださいッ!!!!」


 わたしは亀ヶ谷さんの目に映る前髪のない自分をどうにかして隠したくて、慌てて自分の手を亀ヶ谷さんの目にかざしました。


「なになに~イメチェン~? ちょっと見えないじゃ~ん。イモ子~、シャメ撮らしてシャメ~!」

「い、嫌ですッ! やめてください! 恥ずかしいですッ!!」

「え~、カワイイ~! どしたのイモ子~、好きな人でも出来たの~?」

「違いますッ!? スマホは出さないでください!!」


 しかし、亀ヶ谷さん食いついてきてしまって、わたしの手をどかしてあろうことか写真を撮ろうとしてきます。負けじと携帯の前に掌をかざそうとするものの、高身長の亀ヶ谷さんが身長差の暴力を豪快に振り回し、結局わたしは上から一方的にパシャパシャ撮影されまくりました。


「あ、この向きも良い! こっちもカワイイ!」

「いや、いやだ! や、やめてください!」

「ねね、横顔も撮らして?」

「い、嫌です!」

「あ、その顔いいね~」

「~~~~~~ッ!!」


 写真の攻防はその後数分に渡り続きましたけれど、ワンサイドゲームにより意気消沈したわたし。

 とりあえず恥ずかしさに身を悶えさせ、リンゴよりも赤くなっていると思われる自分の顔を隠すためにしゃがみ込みました。漸くシャッターの音がやんだので一安心しつつ、気疲れしたわたしは盛大にため息を漏らし、何度も盛り返す恥ずかしさに唸り声をあげます。


「う~~~~…………」

「大丈夫だってイモ子~、可愛く撮れたからさ~」


 肩をポンポンと叩いて慰めてくれる亀ヶ谷さん。

 わたしを落ち込ませた犯人が自分だと気づいて欲しいなと思います。


「消してくださいよ!」

「それはダメ」

「何でですか!」

「いや、可愛く撮れたから。それにしても、イモ子思い切ったね~」


 飄々と言う亀ヶ谷さんにわたしは再度ため息を吐きました。

 まあ、思いっきり切りましたけども。バッサリいっちゃいましたけども。


「容儀検査で頭髪チェックがあると思って、家で切ったら失敗しました…………」

「ウケる、自分で切ろうとしたわけ? ま、それも含めて見た目の印象ガラッと変わったけどね~」


 ん? 前髪も、()()()

 何か亀ヶ谷さんが聞き捨てならない事を口にしたような…………


「特にそのピンクの()()()()()()、カワイイじゃん!」

「……………………へ?」


 へっど、ふぉん?

 何で亀ヶ谷さんが、わたしの持ってるヘッドフォンの色、知ってるんですか? と言うか何でわたしがヘッドフォン持ってる事、知ってるんですか?

 亀ヶ谷さんには言った事もないし、見せた事もないですよね?

 え、嘘ですよね?

 何でわたしの趣味を知ってるんですか?


 わたしは歌や音楽が好きで、家ではお気に入りのヘッドフォンを使ってよくJ‐ポップや、Newtube(ニューチューブ)の歌い手さんのカバーを聞いています。転校してしまった親友と歌の練習もよくするぐらい音楽が好きでした。今も偶に歌うけど。

 でも、その趣味を知っているのは、わたしの数少ない学校の友人と家族、そして親友ぐらいです。

 その友人も下手に人に言いふらすような人間ではないし、そもそもわたしと同じくらい友達は少なかった筈です。

 歌が好きだとか音楽聞くのが趣味だとか、こんな陰キャには似合わないから、人に知られて恥ずかしい思いをしないように、今まで殆ど誰にも教えていなかったわたしの好きな事。

 それなのになぜ目の前のギャル代表はわたしの趣味をご存じで?

 頭の中に疑問がグルグル渦巻いて困惑と焦りがわたしの顔に滲みました。

 けれどいくら考えても答えは出せず、そのたび焦りが胸の中で膨らんでいきます。

 そして困惑の核心が独り言のようにポツリと口から零れました。


「……な、何で?」

「?」

「何でわたしが……ヘッドフォンを持ってる事を、知ってるんですか?」

「何でって、――――」


 目に映るすべてがのろのろと動きを遅くしました。

 まるで、走馬灯のように。

 その時わたしは非常に嫌な予感がしていました。自分は何か思い違いをしてるような、そんな引っ掛かりが胸の中に存在しています。

 いつもと違うのは当たり前です。だって前髪を切りすぎてしまったから。しかし、それだけではないような、何かいつもやっていた習慣を忘れたまま今に至ってるような、そんな引っ掛かりが胸中に渦巻いました。

 そして何故か首元にある重みと亀ヶ谷さんの視線。

 嫌な予感が胸の中で確信に変わろうとした刹那に、亀ヶ谷さんの口が元の動きを取り戻しました。


「――――だってイモ子、首にヘッドフォンかけてるじゃん」

「……………………………………………………へ?」


 わたしは一瞬何を言われたのか分かりませんでした。

 どちらかと言えば分かりたくなかったです。

 首元へゆっくり手を伸ばし、指先の感触を確かめるように、視線を下へと降ろしていきます。

 そして、ピンク色のヘッドフォン(なにか)を確認した瞬間、意図せずわなわなと指先が震え出しました。

 わたしは、今朝の自分を後悔しました。

 前髪に気を取られ過ぎて、家で愛用していたヘッドフォンを首に掛けたまま登校してしまった自分を殴り倒す気持ちで、次の言葉はわたしの口から発せられます。


「――――わたしのバカああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」


 後に大きな声で人の注目を集め、後悔する事を今のわたしは知りません。


 寿小雪、ここに絶叫(ばくたん)


 肌が敏感な小雪は、スキンケアを怠ると次の日、死にます。


 五大美人

・亀ヶ谷 由紀

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