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ARTEMA SAGA  作者: Rozeo
第1部 
8/53

第七話「堕落」

俺はナオミと並んで、海で水を掛け合うキャンディスらを眺めていた。

天気はすこぶる悪いが、気温は低くない。

それにしても国王の性別には驚かされたものだ。


「まさかアルフが女だったとは……」


先程メリアに急かされて真実を告げたアルフ。

今は彼女らと共に海で遊んでいるが、こうして見ればショートカット女子に見えなくも無い。


「魔術をかけられていたのか?私でも気づかなかったぞ」


「かもな……レノン家は秘密が多そうだ」


ベンチに腰掛けるアラサー二人。

それに比べアルフ達は若いものだ。

キャッキャ言うのは良いが……メリアもうちょっとアルフに配慮しろ。

ああ見えて国王だぞ?


(あの中で一番大人びているのはキャンディスかな……ま、魔力保有量もずば抜けているが……)


俺はベンチで頭の後ろで腕を組み、足も組んだ状態で遠くの彼女らを見つめた。

ナオミが特別である事は否めないが……メリア達にも思い入れはある。


「せめて一人称が『私』でロングヘアなら見抜けたかもしれない」


そこまでしたら誰でも分かるだろ。

いや魔術の恐ろしさを甘く見るなって事か……。

俺は隣で佇む細身のハーフエルフを見つめた。

女性にしては高身長で心は澄んでいるが口調は男っぽい。

そんな彼女がただの他人ではないと意識しだしたのはいつ頃からか。

七年前、戦士(ウォリアー)として各地に派遣された時も、既にその絆は存在した。


「俺たちの身体が気づいたら入れ替わってると思った事はあるか?」


不意の俺の問いかけにナオミは「うーん」と考える素振りを見せたが「ない」と答えた。


「どうしてそれを?」


「なんとなくさ。仕草が何処となく似てんだよ。魂の姉弟なのかもな」


俺は半分本気、半分冗談で言った。


「…………誰からそんな事を聞いた?」


「クロウ家の占い師イザベルさ。もう随分前の事だ」


元々は違う世界の人間なのに関連性のある過去を持つのかも……と占い師は言っていた。

インチキ臭い内容だったが、占い師の目は本気だった。


「アルフ達と遊んでくる。明日にはまた仕事に戻らなきゃなんねーしな」


お互いに手を振り、俺は海の方へと歩き出した。

此処グレンソールはナオミの故郷で、嘗ては東のテルミナ帝国との貿易で栄えた町だ。

サルデア王国とテルミナ帝国。

海を跨いでの同盟を組んで栄えた二国だが、七年前のハモンの攻撃で今は見る影もない。


「アルフ、女だからって変に気を遣うことねーぞ。今まで通り接すればいい」


「は……はい!」


茶髪ショートカットのエルフのクォーターは弓矢を武器にしているが、今のところ大した戦力にはなれていない。

これから磨いていけばいいさ。

俺がキャンディスに水をかけようとした、その時だった。


「来る……」


「え?」


キャンディスのこの真顔の表情。

さては敵……この水の中から現れるとしたらあのクリーチャーしかない。

予想は的中した。

水色の鱗に青緑の背ビレ、獰猛さながらのそれは、飛沫と共に姿を現した。

海の主「リヴァイアサン」ーー。

体長はドラゴンを超える九メートルに達する。


「ハモンから奪った指輪がまだ一個残ってるんじゃないの?」


声を上げたのはメリアだった。

だが俺が契約を結ぶのはマンティコアって決まってる。

ハモンをきっと倒すんだ。

俺は指輪をアルフに手渡していた。


「契約の方法は分からねえ。でも倒したら取り敢えずこれを翳せ」


「う、うん……!」


アルフが召喚士(サモナー)となれば四体の召喚獣が揃ったことになる。

魔女を倒す道が開ける。


「魔導書の三章に書いてあったわよ!リヴァイアサンを鎮めるには王家の血が必要だって」


「ヘッ、好都合じゃねぇか……」


上手い具合にレノン家の倅は戦場にいる。

メリアの声かけに、背中のファントムソードに手をかけることで応答した俺とは対照的に、小心者のアルフは既に岸の方へと駆け出していた。


「遠くから弓矢で応戦します!」


「ああ、そうしてろ」


俺は雷属性剣技「雷鳴」を放とうかと思案していた。

電気を浴びた攻撃は対象に決定的ダメージを負わせられるはずだ。

だがメリア達が先ずは離れないとーー。


キャンディスの風属性中級魔法「メガウィンド」ーー。

グリフォンとの契約で強化されたそれは、彼女の手元から竜巻を発生させ、水をググっと押し上げる形で敵にぶつかっていった。

クルクルと回るリヴァイアサン。

これで身動きは取れまい。


「キャンディス、メリア、二人とも下がれー!」


メリアはドラゴンを指輪から召喚し、キャンディスも乗せて後方へと下がっていった。

ナオミも駆けつけていたが、彼女が出る幕は無いだろう。


ーー雷鳴!


バチバチと電撃がファントムソードから発生する。

此処ぞとばかりに俺はそれを振り上げた。

動けない敵への雷鳴斬り。

弱点を突く攻撃で確かな斬り込みを入れることに成功した俺は、弓を構えるアルフにこう告げた。


「血を垂らせ!」


腕を噛むアルフ。

そしてその血を矢に含ませ、敵へ放とうとしている。

魔導書に記された事が本当なら、当たれば対象は鎮むはずだった。


「当たれ!」


八咫烏の時と比べればターゲットは大きい。

なんて事はないさ。

アルフを信じた俺は最後を見る事なくファントムソードを背中にしょった。


ギシャァァアア!!


リヴァイアサンはアルフの指輪に青い光となって吸い込まれていった。


「よくやった……」


これで四つのクリーチャーが揃った事になる。

後三体、後三体で完全召喚は成立し、魔女を倒せる。

俺の剣の腕前を見て感心した様子のナオミはこう告げた。


「グレンソールには試練の間という力を授けられる場所が存在する。それに耐えられるだけの器を、君は持っている気がする」


なるほど……試練の間とな……。

丁度いい、ハモンからマンティコアの指輪を奪うには力が必要不可欠だ。

海辺から離れた町の中央の噴水広場に、隠し通路は存在するそうだ。


「行ってみよう。アルフとキャンディスとメリアは城へ帰っててくれ」


俺とナオミは町の中央へと赴いた。

水車が回るこの町に、その場所は存在するのか。


「開け」


ナオミの合図で噴水はゴゴゴ……と音を立てて割れ、

地下への階段が姿を現した。

この仕掛けを知っているとは、流石此処で生まれ育っただけある。


「お前も来るのかナオミ」


「いや試練の間の定員は一人までだ。二人以上同時に入れば神々の罰が下る」


「分かった」


俺一人暗い階段を降りていった。


(もう行き止まりか……?)


そこは六畳ほどの煉瓦造りの空間だった。

俺が入ったと同時に蝋燭に火が灯る。

噴水の形は自動的に元に戻り、俺は此処に閉じ込められた事になる。

どうしたかものかと一瞬不安になりかけた刹那、ミルナが現れた。

この世界の神々の内の一人。

もう一人の神グレンは七年前の戦いで命を落としている。

この世界が創造主グレン亡き後も続いているのはこの女のせいだろう。


「何の用?」


俺は臆する事なく黒いドレスのミルナを睨みつけた。彼女が力を授けてくれるとでも言うのか?

俺はこの世界の神々を完全には信用しないタイプの人間だった。


「嗚呼……力を求めるのねレナ・ボナパルト。良いでしょう私も元々悪魔と天使に分かれた存在。サタンの血が騒げば貴方をも殺しかねない」


そうミルナは過去に女神と悪魔に分裂した過去を持つ。

この島の南で嘗て力を付けたサタンも、発端は彼女だったのだ。


「ファントムソードが唸るぜ。ハモンに勝つための力が欲しい」


もっと言えば魔女に勝つだけの力を。

この世界の神々の性格はきまぐれで、あてになるかは微妙だが試しに言ってみる。

それにしても束の間の休暇だったな……試練の間の修行は単純にはいきそうにない。


「私がサタンと呼ばれた頃の闇の力を望むのね……。良いでしょう。腕を差し出しなさい」


俺は言われた通り右腕を差し出した。

暗黒の鎧に袖はなく、両腕は剥き出しになっている。

因みにナオミの纏っている人狼の鎧は袖付きだ。


「闇の力を授かりし者……その深淵に潜む黒炎を露わにせよ!」


ミルナが言った刹那、差し出した右腕に激痛が走った。

何やら刺青のようなものがニョキニョキと手首から腕を侵食していく。


「ぐああぁっ!」


「耐えなさい……こうなる事は貴方がこの世界に舞い戻った時から決まっていたの。さあ……力を解放して!」


左手で右腕を抑えたまま膝をつく。

やがて痛みは収まり、刺青のような模様は肩の方まで伸びきっていた。

力が漲ってくる……これならサシでハモンに勝つのも夢じゃねえ。

ーーだけど。

自分の身体のコントロールが効かねえ。

まるで誰かに乗っ取られているような、不安定な不気味な感覚……。

いやこれで良いんだ。

例え悪魔に縋ろうとも俺はこうあるべきだったんだ。

ハモンや魔女を殺し、永遠の名声を手に入れる。


「これで貴方の潜在的力を限界まで引き出した事になるわ。もう貴方はれっきとした怪物よ」


「へっ……良い意味で受け取っておくぜ」


俺は試練の間を後にすべく、蝋燭の火を吹き消した。

するとゴゴゴ……と音を立て、再び噴水は左右に分かれ階段が姿を現した。

待っていたのはナオミ。

息を呑む表情で此方を見ている。


邪気。

それが多分に放出されている今の俺は、彼女の眼にどう映るのか。

いやそんなもの知ったこっちゃない。

俺の野望に立ちはだかるのなら……斬るぜ?

俺の心中を察したのか、ナオミは手で顔を覆いながら泣いていた。


「……私のせいだ。私が試練の間を勧めたから……レナはこんな事に」


「フン……ナオミ・ブラスト。お前は俺の役に立つ。これからマゼラに戻り千里眼の薬を手に入れよう。ハモンを殺す」


「じゃあキャンディスも一緒に」


「いやあの女は信用ならねえ。俺はお前とそのゴーレムに期待してんだよ」


「流石にちょっとおかしいよ。一旦落ち着こう」


「黙れ。俺にはまだ召喚獣がいないんだ。元勇者マンティコアを手懐ければ誰も俺を止められはしない。魔女だって……」


「力を求めてどうするの?魔女は皆んなで倒すものだよ?」


「……うるせえ。どっちにしろマンティコアは完全召喚に必要なんだ。俺は行くぜ」


それ以上ナオミは何も言ってこなかった。

ただ噴水の前で呆然と立ち尽くしている。


「フン」


俺は黄色い石板に触れた。

マゼラと此処を結ぶ装置は風車の影に存在していた。

ナオミはまだ戻ってこない。

来ないのならそれでもいい。

俺は一人でハモンを八つ裂きにする。

城に戻るとメリアがクッキーを焼いている頃だった。


「どーうぞ!」


と差し出された皿を手で払う。

皿は床の上に転がりクッキーはバラバラになった。


「な、なんて事を」


とアルフも呆気に取られている。

キャンディスが


「やっと本性を表したね。それでこそ選ばれし者……」


と呟くのが聞こえた。

さあこのまま町のアイテムショップへ……。

クッキーはメリアの手作りだったが今は目障りでしかなかったのだ。

目当ては千里眼の薬。


(まだ入荷していないのか、役に立たねえなぁ……!)


鬼の形相で睨みを効かせ、俺は南へ旅立つ覚悟を決めた。

エルメスの発見場所やマンティコア自身が南へいた事から奴らの根城は南だと予測される。

だがその予想は確実ではなかった。

ある意味ギャンブルだが今は血が欲しい。

嘗て敗れたハモンという怪物。

本当の化け物はどちらか思い知らせてやるのだ。

黒の戦士ーー。

町の民は口々にそう告げた。


メリアは泣いていた。

そしてあのナオミも。

知ったことか、この世界は非情なのだ。

俺はそういった甘さから投げ出すために悪魔に力を求めたんだ。

背中から漆黒の翼を生やし、南へ飛び立つ。

緑の石板を使えば早く着くだろうが、まあいい。

城を経由すればメリアの泣き面に遭遇する。

面倒な言い合いや殺しを避けるべく、マゼラの町を羽ばたく。


魔導書は三章までで終わりだった。

左手のフレアで燃やし、本を炭クズにする。

さあ、ここから始まるのだ、新たな伝説が。

俺は口元に笑みを浮かべた。


ナオミが居ないのでエルメスが一緒にいた場合は二対一になる。

それだけは避けたかったがハモンのプライドを考えるとサシで戦えそうだ。

町を越え森に差し掛かった。

南に見える山を越えれば、嘗てのサタンの根城、アンデッドの巣窟である。


マンティコアを俺の奴隷にし、世界を支配してみせる。

その為には如何なる犠牲も覚悟の上だった。

最悪アルフレド・レノンを殺してもいい。

七つの指輪は本当に必要だろうか。

魔女の力は想像を絶するだろうが、今の俺は神ミルナを超えている。

この先で待ち受ける試練など、望むところだった。


夜。

今日は眠りについていいだろう。

山の麓に着陸し、火を灯す。

背中の羽を折りたたみ、俺は「ふわぁ」と眠りについた。


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