第六話「メリアの心中」
メリア・ヴァーナント。
この名を上げるには捨て身の禁術はもってこいだった。
本の二章に記された内容は以下の通りである。
・山の麓に眠る魔人を動かすには呪文が必要
・また禁術故生贄となる肉体も必要
呪文は本に記されていた。
早速南へ向かったメリアはドラゴンに跨りながらも本を読み漁っていた。
山の麓は森と繋がっており、この近くに「眠れる魔人」がいるとは驚きだ。
魔人と竜。
二つのクリーチャーをモノに出来れば誰も自分を見下したりしない。
勇者に対し劣等感を感じていたメリアの下した決断の風向きは快調と言えた。
魔人をモノにし、レナに自慢してやるんだ。
昨晩はレナとカインの会話を盗み聞きしていたのだが、捨て身の禁術は魔導師の卵にとって飛躍の鍵となる業である事は至極当然だっだのだ。
その時、後方で空飛ぶ猫に跨り近づいてくる影が目に映った。
ナオミ・ブラストーー。
猫の鼻を頼りに此処を探し当てたらしいが、魔人を手中に収める事を優先だ。
ドラゴンは知能が高く、既にメリアの意図を理解していた。
眠れる魔人の在処を見つけ出し、円を描きながら急降下していく。
「待て」
ナオミの声が聞こえた。
降り立った場所は歯車が回る街だった。
故郷であるドラゴン教徒の住処からそう遠くはないこの場所に、こんな物が。
メリアとドラゴンは魔人の元へ歩き出す。
街の中央にそれらしき物はあった。
沈黙を保ったまま座り込む様子のそれは、機械仕掛けのようだった。
大きさは六メートルに達し、中々頑丈そうだ。
「此処は零社の基地跡か……?」
とナオミが追いついてきて口にする。
彼女の腕が機械仕掛けなのは零社による改造が原因なのは有名な話だ。
零社の戦士となった彼らはこの世界を飛び回ったものだ。
だがそんな事よりナオミはペットの猫と一緒だった。
体長を自由に変えれるようだが……試してみるかーー?
好奇心は膨張し、遂にメリアは茶色の魔法陣を発生された。
「ニーン!?」
光となり消えゆく猫、そしてその光は眠れる魔人に吸い込まれる。
「貴様何のつもりだ!」
剣を抜くナオミ・ブラスト。
だが相棒であるドラゴンが間に立ち塞がる。
その時だった。
煉瓦造りの動ける魔人がドラゴンに殴りかかった。
不意の攻撃に反応の遅れた赤き竜は拳を顔面にモロに喰らい、よろめいた。
目覚めたクリーチャーの名は「ゴーレム」。
猫の魂と連動しており、ナオミに味方したのか。
誤算だった。
一体何の為に魔導書を盗み出したのか。
だがもう後に引けない。
体長六メートルのゴーレムと八メートルのドラゴンは二人の頭上で対峙している。
戦いは熾烈を極めるかに見えた。
「そこまでよ!」
聞き覚えのある声。
姿を取り戻したエルメスだった。
勇者であり裏切り者でもある彼女は本当に何を考えているか分からない。
噂によれば歳は二十三だった。
「何の用で此処にきた?」
剣を握るナナミが殺気立つ。
自分もエルメスには許せないものがあった。
「七つのクリーチャーを揃えれば邪魔な東の魔女が消えるんですもの。ハモン様も喜ぶわ。だからどっちかが消えたらダメー!」
ハモン……!?
その名を聞き逃さなかった。
七年前、勇者四人がかりでも倒せなかった悪の化身。
それが、エルメスと手を組んだと言うのか。
「確かに争うのはナンセンスだ。だがジェイドの姿を変えたツケはいつか払ってもらうぞ」
とナオミは剣先をエルメスに向ける。
道化師は怯む事なく話を続けた。
「ハモン様は今サルデア城へ向かっている。レナがどうなってもいいなら私と戦え」
「レナが死ぬなんて嫌よ!」
思わず叫んでいた。
そして
「ナオミ、ゴーレムに乗って後から着いてきて。アタシはレナを助けに向かう!」
とドラゴンに乗り宙を舞う。
ナオミもそのつもりだったようで、ゴーレムの肩によじ登っている。
森を越えたら直ぐサルデア城だ。
待っててレナ。
誰にも貴方を殺させはしない。
ハモンの危険度は一人で一国を滅ぼすほどで、本当にレナが死んでも不思議ではなかった。
もっと言えばレノン家再興な夢も彼一人によって絶たれる事になる。
「急いで、ドラゴン」
思わず語りかける。
幸い魔導書はまだ自分の手元にある。
これを返せば許してくれるはず。
いやまだ三章が残ってる。
いずれにせよ、今は国がピンチだ。
サルデア城にたどり着いた。
ベランダに竜の背中から飛び移り、王の間へと足を運んだ。
「メリア!」
レナ達が出迎える。
魔導書を盗んだのに、怒ってない。
メリアはもう直ぐ現れる強敵について打ち明ける。
「もう直ぐハモンが来るの。七年前に暴れ回った奴よ。だから皆んな警戒して」
それを聞き、金髪三つ編みの少女が寝ぼけた顔で現れた。
昼寝でもしていたのか。
聞けば名をキャンディスと言い、この若さで召喚士らしい。
十六歳で自分より強いのは許せなかったが、今はそんな事を言っていられない。
「ハモンか……七年ぶりだな。差し違える覚悟が必要だ」
レナが額に汗を浮かべた刹那、現れた黒と紫の渦。
突如王の間に出現したその中からは、灰色の皮膚をした武人が現れた。
ハモン・ヴェラスケス。
四本の腕と顔を覆う布切れは変わっていない。
そして発達した筋肉は人間離れしている。
ハモンは親指にしてある金の指輪を見せて言った。
「契約を結ばせてもらったーーマンティコアと」
低い声の内容はとんでもないものだった。
「馬鹿な。呪文とファントムソードが無いと不可能な筈では……!?」
カインが思わず声を上げる。
「サタンの武器など南に行けば幾らでも手に入る。呪文はエルメスが教えてくれたよ。さあレナ・ボナパルト……私と戦え」
「させないわ!」
レナの前に立ち塞がっていた。
盗賊に襲われた時、レナは助けてくれたーー今度は自分の番!
「誰かと思えばドラゴン使いか……だが指輪に封じ込めないと真のパワーアップは望めん」
ハモンは懐から更に二、三個の金の指輪を取り出してみせた。
「貴様を殺し、二匹目のクリーチャーを手懐ける!」
「下がってろメリア……。これは俺の戦いだ」
ファントムソードを構えるレナ。
ハモンは武器を身につけておらず、素手で戦うらしい。
戦いが正に始まろうとしていた時、広間にナオミが駆けつけた。
双剣使いの彼女が居れば、少しは形成が楽になる。
それに比べて自分は……。
メリアが俯いたその時だった。
カインの念力。
指輪をフワフワと浮かせ、自分達の元へと投げつける。
指輪はコロコロと絨毯の上を転がった。
「これで戦力アップのはずじゃ!」
「舐めた真似を」
瞬時に移動したハモンの拳。
カインの脇腹に直撃し、骨の折れた音がした。
「カ……ハ……」
アンデッドになった彼の死因はハモンの部下によるものだった。
また当時仕えていたレノン三世もその時亡くなっている。
またしてもハモンにやられるかーー。
蹲るカインに、レナは怒り狂う。
だが縦へのレナの大剣の斬撃を、ハモンは四つの腕を交差させるようにしてガードしていた。
その皮膚は鋼のように硬い。
「ナオミも早くその指輪拾って!」
メリアは叫び、ベランダの方へと走っていった。
金の指輪にアークドラゴンを封じ込めるのだ。
外で待機していたドラゴン。
赤い光となって指輪に吸い込まれていく。
ーー漲る炎の力。
ナオミもそれに続き、ゴーレムを指輪に吸い込んでいる。
召喚士。
クリーチャーとの絆が増すごとに強化されるその力。
決して弱くない、「魔導士」はここに誕生した。
広間に戻るとレナはハモンの拳を受け吹き飛ばされ、壁に叩きつけられているところだった。
(大事な人を殺したりはさせない!)
とメリアは両腕から炎を作り出す。
召喚士キャンディスも掌から風を発生させているところだった。
「次期国王が縮み上がってるではないか。外でやろう」
不敵な笑みを浮かべ窓から外に乗り出すハモン。
言った通りアルフは陰で小さくなっていた。
ハモンの技「流星群」は一発でこの城を破壊する威力。
我々も後に続くべきか。
屋根の上にメリア、ナオミ、キャンディスは集結した。
よじ登る際に召喚したドラゴンとグリフォンも一緒である。
グリフォンはコカトリスの上半身にケルベロスの下半身をもった合成獣だった。
体長は四から五メートルほどだ。
「女どもに戦わせるとは。レナ・ボナパルトも落ちぶれたものだ」
「「「黙れ!」」」
三人同時に声を発した。
顔を赤らめたのは他ならぬ自分だ。
ハモンが動き出す一秒手前でナオミは屋根の上に土の壁を作り出してみせた。
ゴーレムとの絆がそれを可能にさせるのか。
長方形の土の壁は三人とハモンの間を隔て、拳は壁に直撃したようだった。
「メリアさん、連携技よ」
とキャンディス。
ナオミのゴーレムの地属性なら、彼女は風と言ったところか。
ならば自分はドラゴンの炎。
(二人と二匹で発生させる!)
ハモンが衝撃波で壁に穴を開けた頃、連携技を見舞う手筈は既に整っていた。
ドラゴンとグリフォンの口から放たれる炎の渦は瞬く間にハモンを襲う。
マンティコアは元勇者。
闇を司るハモンには完全には力添えしなかったか。
作り出された炎の渦は、容赦なく対象を襲う。
敵は屋根の上で猛火傷を負っていた。
「やるではないか……三人の召喚士よ。貴様らのクリーチャーを奪うのはお預けだ。レナもな……」
「待て!」
ナオミの声も虚しく、ハモンは黒紫の渦に乗り込み消えた。
(レナ達は大丈夫かなぁ!)
それだけが心配だった。
急いでドラゴンに乗り、ベランダから王の間へと向かう。
「暗黒の鎧が無ければ命は無かった……それより……カインが」
王の間で蹲っているカインの腹の骨はバラバラだった。
レナが彼を仰向けにさせる。
(息を引き取ろうとしているーー)
メリアの目にもそう映った。
「アルフ国王、其方は立派な王の素質をお持ちです。私の紙に記した事を成し遂げて下さい……民の……生活は保たれます」
「それ以上喋るな」
とレナ。
アルフも大粒の涙を浮かべている。
「勇者二人に加えメリアとキャンディスも……この国は安泰です。嗚呼……世界の平和を願って……」
言葉はそこで途切れた。
アルフが泣き始める。
気付けば自分も泣いている事に気づいた。
庭に埋めるべく、レナが遺体を持ち上げる。
カイン・クロウ。
凄腕の文官だった。
歳は六十前後で、クロウ家を栄えさせた世代でもある。
花束を贈る事にした。
十字の木製の墓に、メリアはそっとそれを添えた。
風が、自身の銀髪を靡かせる。
「メリア……ちょっといいか?」
陰で見守っていたレナが言った。
「あの魔導書に書かれてある事は危険なんだ。だから返して欲しい」
なんだその事か。
期待して損しちゃった。
メリアは懐から本を取り出し、それをレナに手渡した。
「アタシ……役に立ったかなぁ……」
あれから涙が止まらない。
「俺以上だよ」
抱きしめられた。
涙は当分引きそうにない。
「アルフに休暇を貰ったんだ。だから皆んなで海行こうぜ」
海と言えば東のグレンソールの海岸か。
黄色の石板を通して向かえるその場所に、メリアは行った事が無かった。
そこへナオミが現れる。
「フン……抱き合うのはキミの勝手だが……休暇を貰ったのか?」
「ああ……ハモンは当分攻めてこない。逆に言えば今しかない」
レナの温もり……それは独特なもので、堪能するのも悪くは無かった。
だが直ぐに切り替える。
ナオミは彼の元カノだ。
いや知った事じゃないじゃないか。
今はフリーなんでしょ?
首を傾げるメリアの肩にレナはポンっと手を置いたが、その顔はナオミの方を向いていた。
「ナオミも行こうぜ。女が居ないとつまらん」
「これだからなぁ……」
と呆れるナオミの陰からキャンディスが
「私も……行く……」と現れた。
物静かな印象だがその眼には燃えたぎるものがある。
取り合いか。
望むところよ。
メリアは化粧直しに自身の部屋へ向かった。
これから夕方から夜にかけて……海を堪能するんだ。
その眼には確かな生の喜びがあった。
ドラゴン教徒の砦で過ごした幼少期とは違い、今は自由がある。
そしてレナが傍にいるんだ。
涙を拭い部屋を出た所にアルフが近づいてきて言った。
「僕、ずっと黙ってた事があって……その……つまり……」
「ええっ!?」
自身の声が城に木霊する。
アルフレド・レノンの本名はアルフレド・マキャリー・レノン。
戸籍上は男でも、れっきとした女だったのだ。
「男の子が欲しかった父に教育されてこう育ったんだ。でももう耐えられなくて……」
確かに生活上不便極まりないだろう。
そしてアルフはこう続けた。
「レナに憧れてるんだ。誰にも内緒だよ?」
これは……事は単純に運びそうにないわ……。
取り敢えず海に着いたら気持ちを整理しよう。
そう考えたメリアは、アルフを共に海へと連れ出すのだった。