エピローグ
ーー大都市ラーカイーー。
飛空艇を脇に止めた俺達は情報収集のためこの見上げるような大都市に散らばる事になった。
何だナギサちゃんはスカーロイと行っちゃうのか。
まあ零社で顔馴染みみたいだったしな。
「ソラ……」
アスカだった。
「話があるの」
何だろう……思春期の俺は、脳の隅っこで愛の告白を連想したのは嘘ではない。
「私、他に好きな人がいるの」
予想と真逆の発言だった。
え?昨日は起きるまでベッドの横で座ってくれていたじゃないか。
「仮にアルカディアに行けたとして、私は確実に違う男の所へ行く。でもそれだけじゃない。あの娘キャンディスはその大剣に封じ込められる。つまり二度と会えなくなる」
俺はなんて返せばいいか分からなかった。
「つまりナギサちゃんを大切にしてあげて。運が良かったら違う世界でもナギサちゃんに会えるかもしれない。気の遠くなるような道筋になるでしょうけど」
人々が行き交うスクランブル交差点の縁で、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
「アイシア……嘗て貴方が愛した女性の名よ。何か思い出した?」
「べ、別に……何も」
「そう……」
アスカには恋人がいたのか。
そしてキャンディスは大剣アナコンダに取り憑く、と。
ハッピーエンドを想像させる状況とはとてもとても思えねーな。
「て、ていうかナギサちゃんに気があること見抜いてたのかよ」
「まあね……ソラ君、分かりやすいから」
「因みにアスカはどんな男を好いてたんだ?」
「貴方の孫にあたる人物」
「これだけ言われてもまだ何も思い出せねーや」
「その点に関しては自分を責める事ない。アルカディアまで、気を引き締めていきましょ」
「でもなんかアルカディア行く気失せるなー」
「装置を起動させれば貴方は王に返り咲く。未来は眩しくてよ」
どうやら王である俺の妻アイシアは既に亡くなっていたらしかった。
それでナギサか。
別の世界では年離れてそうだし、ヘタしたら絶対会えない状況の可能性もあるんだよなー。
(はぁ……)
俺はため息をついた。
「ごめんごめん。悲しませるつもりはなかったの。でもキャンディスは貴方に気があるかも」
気休めならやめてくれ……いやでも一度きりのスカイピアでの旅をミゼラブルな気持ちで行く必要も無いんだ。
今を楽しむのも自分次第という事だ。
偶然だろうが俺達の会話が途切れるのを待っていたかのように、ビルに配置された液晶画面に男の顔が映った。
『儂ゼウスからラーカイの民にお願いがある。マーク・ボナパルトとその仲間を見つけ次第儂に連絡をくれ。ラーカイを治める儂の因縁の相手じゃ」
(マーク・ボナパルト……?)
「私が好きだった貴方の孫よ」
俺はアスカとの会話で頭がどうかしそうだった。
「私実はアテナとしてゼウスに洗脳されてた過去があるの。だから行きましょ?」
アスカにそう耳打ちされた俺は頷き、一旦喫茶店にでも行こうかと思案していたその時だった。
スクランブル交差点の中心に、落雷。
先程液晶画面に出ていたゼウス本人で間違いなかった。
「ソラにアテナではないか。わざわざ死にに来たのか?」
老人は黄色い衣を身に纏い、強力なオーラを発していた。
ゴーレムなどとは格が違う。
スカーロイ達出来れば早めに駆けつけてくれよ。
俺が大剣に手を掛けた次の瞬間、ゼウスが雷を放った。
人集りが一斉に離れていく。
中にはゼウス様と様付けして呼んでいる者もいた。
(まさかラーカイの民全員が洗脳されてねーよな?)
俺は大剣アナコンダでアスカへの雷を遮るべく、立ち塞がった。
「ソラ!私に恋心が無いって言ったでしょ!逃げて!」
「そんなの関係ねーよ……」
バチバチと高性能の大剣で耐えながら俺は言った。
「女の子がピンチの時に一人だけ逃げるなんて俺の辞書にはねー。寧ろお前が去れ!」
勢い余ってお前呼ばわりした。
そんな事よりゼウスの雷に反応して俺の周りにバリアのような物が浮かび上がっている事に気付いた。
それもアーツの一種とされる「アビリティ」の名はシールドノヴァ。
それに気づかずアスカはこう告げる。
「ソラが死んだら何もかもお終いなんだよ!?私はいいから早く逃げて!」
「…………やっぱり俺アスカちゃんが好きだ」
俺のシールドの発動を前にゼウスは一旦雷の発射を止めた。
そして騒ぎを聞き現れたのはスカーロイとナギサ。
「相手は超強力だ。三人の合わせ技に賭けるぞ」
「そんなの出来るの!?」
「やってみるしかねーだろ。俺は黄色の『シールドノヴァ』だ」
それに反応しスカーロイは青緑の『迅雷弾』。
あまりアーツの合成について知識のないナギサも、慌て気味に赤色の『真・炎帝』を放ってみせた。
アーツの合成はあったとしても三人までだろう。
茶色っぽい「裏・グラビティ」という強そうなアーツが完成した。
スカイピアを通り抜け地上の奥深くまで重力に引き付けられる技だ。
「真」よりも強力な「裏」アーツ。
三人だからこそ成し得た地属性上級魔法の裏版だった。
アスカの元へと駆け寄る。
「ま、血は争えないわね……」
と目を伏せ気味に言う彼女だった。
ーー
「まさかゼウスに勝てるとはな」とスカーロイに飲みに誘われた。
俺はまだ酒は飲めないがバーに立ち入る事は可能だった。
そして彼がナギサに気があるのか尋ねるチャンスだ。
俺達は中々オシャレなバーに正午にも関わらず立ち寄った。
ダーツ等も設置されており、先ずはカウンター席でジュースを頼むのだった。
「俺はここ数年色恋沙汰とは無縁だ。安心しろ」
だそうだ。
イザベルが言ってた「誠実」。
この人と俺は嘗て義兄弟だったのかな。
よく分かんないけど。
そう言えば俺には兄弟がいたのか?
「ヨシ、スギ、ガクという名の兄弟がいた。仲はそこそこ良かったんじゃないか?」
嘗ての俺は何者だったのか。
四人兄弟の次男。
このカオスワールドなら彼らに再会するチャンスも無きにしもあらずか。
「ナギサは怖えーぞ?なんせ俺より強いからな」
「でも凶暴には見えなかった」
「まあな」
スカーロイはグビッと酒を口にした。
「キャンディスやアスカについても知りたい」
「アスカについてはあまり知らんが、キャンディスとは長い縁だ。昔は今ほど明るくはなかった。大人しい感じの才女だった」
「自分で克服したんだ」
「歳月は人を変えるって言うしな。それにキャンディスは本来俺より歳上なんだ。アルカディアに無事たどり着いたとしたら大剣に取り憑いているのは心を交わせられるだけ良いかもしれんな」
俺は飲んでいたレモンスカッシュをテーブルに置いた。
つまり寿命が迫った状態で別の世界に。
見た目を若くする呪いの林檎もあるらしいが、俺はこの大剣アナコンダとずっといよう、と心に誓った。
しかし防具がイマイチの性能だ。
シルバーバード下級兵のスーツ。
これじゃあ一般兵感丸出しだ。
幸い派手な髪型でなんとか存在感は出てる。
「キャンディスは本来雲の上の存在だったんだ。俺がギルガメッシュに吸収されるまでは」
その話も気になる……吸収。
しかし酔ってるのかベラベラ喋るな。
「勇者マークが大剣スネーク片手に旅をしていたのが十七歳。君と同い年だ、これも何かの縁かもな」
「…………」
俺の孫だろ?
俺は偶々カオスワールドで十七歳に決まったんだ。
歳が一緒なんて偶然だ、偶然。
でもマークどんなやつだったんだろう。
アスカのハートを射止めた男。
先程はアスカちゃんが好きだとは言ったものの孫の女を奪う気など毛頭ない。
俺はただ……このカオスワールドでの旅を少しでも華やかに出来たらな、なんて。
飲み終わり、俺はスカーロイと別れキャンディスを探す事にした。
おおっ、白馬と一緒だと直ぐ見つかる……ってアスカやナギサちゃんも一緒か。
何だよギルガメッシュモテるじゃねぇかよ。
しかし聞いた感じキャンディスの実力はナギサ以上だった。
この馬も実力を出し切ればそこそこ強いのだろう。
俺もアビリティを解放したからって呑気にはしていられない。
俺が元気よくキャンディスに挨拶しようとした、その時だった。
上空に、無数の飛空艇。
しかもこの感じ……空賊か?
一番大きな船に乗っていた二つの影が我々の前に降り立った。
紫色の髪色をした、大柄な男。
そしてその横には仮面の男『サイ』。
デーモン達を束ねる奴らで間違いなかった。
「…………」
気づけば後ろにスカーロイが来ていた。
彼曰くこの紫髪の男の名は……。
「ヨスガ……」
俺も漁師の助っ人時代一度は耳にした事があった逸話的な人物だった。
「ヨシ、スギ、ガクの融合体だ」
とスカーロイ。
物知りな彼がアーツの合成について知らなかったのは今になって驚きだ。
だがそれよりも……!
グレートデーモンを指揮するサイは要注意人物だし、ヨスガの実力は折り紙付きだ。
俺の兄弟……?
三人合体とはまさにカオスワールドの産物か。
首が三つあるわけでは無いが、オーラは三人分だ。
「君たちが友人ゼウスを倒したと聞きましてね。いや素晴らしい。恐らく連携の賜物です。しかしボクとサイ二人がかりでは手も足も出ないでしょう」
確かにその通りだった。
ヨスガの推定年齢は二十五歳。
とても今の俺たちじゃ勝てない。
「降参すればいいのか?」
リーダー格のスカーロイが言った。
「我ら空賊の一員となりなさい」
ヨスガの声は太くも繊細な響きだった。
ーー
空賊の船。
見た目は水に浮かぶような帆を張った船で、魔力で空に浮かんでいるようだった。
飛空艇に比べて古風な造りだったが、それよりも。
船で自己紹介してきたのはアンドロメダ・ランドールとフィーネ・シルバーウィンドだった。
想像世界に住む者なら一度は耳にするような女性たちである。
彼女達も空賊の軍門に降っていたなんて。
見たところ空賊のリーダーはサイと言うよりヨスガだった。
サイは全体的に黒っぽい服を着ており、デーモンを束ねているらしいが無口だった。
そして俺の兄弟とされるヨスガのオーラは別格であると言えた。
兄弟だから命を助けてくれたのか、などとの甘い考えを決して起こさせないほどの邪気。
俺達を乗せた船は東へ一直線に飛んでいった。
「これから向かうダンジョンには母上の資産があります。そう、アルマクルスです」
俺は黙ってヨスガの言葉を聞いていた。
ソラ・ボナパルトと一度誰かに呼ばれた。
そして夢に出てきた図書館の絵画の女性。
彼女が遺したアルマクルスをこれから探そうと言うのか。
どうぞ自由に探してくれ。
俺には母との記憶はない。
その時スカーロイが俺に鋭い視線を送ってきた。
アルマクルスは俺が所持すべきと言わんばかりだ。
一体どんな代物だと言うのだ。
スカーロイと心が通じ合っていた気がするのは嘗てのソラの記憶から来るものなのか。
何にせよこのままいつまでも空賊でいられるはずもなかった。
ヨスガは俺達を利用しようとするだろう。
だが命を助けた以上少しでも良心が残っているのか。
いや彼の友であるゼウスの死を聞いて眉一つ動かさなかった。
心底のワルである可能性が高い。
アンドロメダとフィーネも、若い姿をしていたが敵である以上一切気を抜けない。
ならば何としてでもアルカディアに行って装置を起動させないと……。
時空の歪みさえ無くなればヨスガの存在は消えてなくなるはずだ。
三人の兄弟の塊とはいえ、この邪気は吐き気を催すほどだ。
俺達を乗せた船はダンジョンの入口の近くに着陸した。
「降りなさい」と言われたのは俺だけだった。
このダンジョンの奥に母の形見が……。
俺とヨスガは左右篝火のついた階段を降りていった、
「…………アルマクルスって何なんだ?」
「いいから先へ進みなさい」
何で命令口調なんだ?と思いつつも俺は渋々先へ進んだ。
クリーチャーはいるのかな?
だとしたらヨシ、スギ、ガクの融合体を前に手も足も出ないだろう。
だがもしアルマクルスを発見次第俺を殺そうとしたら?
考えながら階段を降りきった。
「ここから先は敵もいるそうです。そのつもりで」
と固く閉じられた扉をヨスガは衝撃波で破壊してみせた。
中にいたのはフードを被った髭の男。
「おやおやグレン爺様ではありませんか。先を通させていただけませんか?」
ヨスガは相手を爺様と呼んでいたが三十代くらいに見えた。
「ここから先は死んでも通さぬ」
不思議な青白い光が輝く空間だった。
床は大理石に近いものだったし、グレンは此処に住んでいるとすれば食べ物などを必要としない仙人だとでも言うのか。
何にせよこの先にアルマクルスはある、それは間違いなさそうだった。
「裏・アブソリュート・ゼロ」
ヨスガが呟くと同時にグレンの身体はカチコチに凍っていった。
裏上級呪文にしては発動までのスピードが速すぎる。
これがヨスガの力……!
そして次の部屋に行くには俺の指紋が必要らしかった。
「扉に手を置きなさい」と言われるがまま俺は手がスッポリ埋まるスペースにそっと手を添えた。
ゴゴゴ……
さっきヨスガが衝撃波で破壊した扉よりもより頑丈そうな奥の扉は、俺の掌によって左右に開いた。
そして奥にはエルフの石像の首からかけられた首飾りがあったのだった。
「やったぞ!これが母上の形見……!」
思わず丁寧語で無くなったヨスガよりも早く、俺は首飾りをバッと手に取った。
全身に漲る力……!
俺は大剣アナコンダでザンザンッと「真・クロス斬り」を見舞い、敵がバランスを崩した所を大急ぎで駆け出した。
「貴様!」
ヨスガの声を背に、俺は夢中で階段を駆け上がっていった。
ダンジョンの入口に二つの影。
そのうちの一つは見覚えのあるものだった。
ピンクの髪をしたイナズマ大佐である。
(シルバーバードが駆けつけてくれたのか!)
「ソラ、よく生き延びた。後は私とレダス大佐に任せよ」
「可愛いパンダの助っ人のおかげで形勢を逆転できましたよ。早く仲間の元へ」
幾ら大佐二人がかりとはいえ、ヨスガに勝つのは無理だ。
いや、連携アーツの力を甘く見るなって事か。
と、とにかくキャンディス達と合流しないと。
それにしてもテレサパンダがそれほどの力を隠し持っていたなんて……。
俺達は林の中なんとか合流し、振り返る間もなく駆け出すのだった。
俺達は夕日が沈みつつある中、林を抜け遺跡のような物を目の当たりにした。
これってもしや……アルカディアなんじゃないか?
俺達は偶然にもそれらしき物を見つけ出した。
中央の出っ張ったスイッチを押す。
躊躇いはあった。
だがヨスガのあの強さを目の当たりにし、彼が自分達の命を狙っているとなると押すしかなかった。
ゴゴゴ……。
時空の歪みが消えていく。
そして気がついた時、俺は立派なソファに腰掛けていた。
そして目の前には大剣アナコンダや盟友ギルガメッシュ・ヨアーネだけでなくナギサもいた。アスカはマークの元へと去っていき、それぞれ幸せに暮らしましたとさ。
ー完ー




