第四十七話「新たなる敵」
町では人が焼かれていた。
何かの罪人だろうか。
聞けば盗みを働いたと言う。
(上の者の食べ物を盗んで火炙りか……せめてもう少しマシな死に方は用意出来なかったものか)
食べ物に困っている人が耐えきれず盗んだという可能性が高い。
男は無惨な叫び声を上げている。
アイシャは直視するのを躊躇していた。
レイヴンも顔をしかめている。
どうやら此処はヴィヴィドという名の町のようで、隣で見物していたある男が肩をポンポンと叩いてきた。
「何だ」
「あっちで話がしたいっス」
「名前は?お前が誰かにもよるな」
「アシュラ・ヴェラスケス。一度は神とも呼ばれた男っス」
「マーク。北から来た」
この世界にはグレンやミルナと同等の神々が存在した。
さぞ苦しかろう。
俺は焼かれる男の最期を見届けぬまま、男に着いていく事にした。
アイシャ、レイヴンと共に案内された家に入る。
どうやら今では神々と呼ばれた頃のような力は無いようだ。
「この町の政治に不満があるのか?」
「え?」
「顔見れば分かる」
「俺は元々センジュ族と呼ばれた力持ちだったんス。それが想像世界が無くなって普通の人間に変化しちゃったんスよー」
「なるほど?」
「貴方の力量はひと目見れば分かる。背中の大剣からもオーラを感じる」
「ちょっと!また面倒事に首を突っ込む気?」
とアイシャ。
「まだ手を貸すと決まったわけじゃ……ない」
「アシュラ、久しぶりだね。憶えてるかい?」
「レイヴン!酷く痩せ細ってて気付かなかったよ。林檎でもお食べ。ごく普通の新鮮な林檎っス」
「ここでの話誰かが盗み聞きしたらどうするの?まったく信じられない」
「何のために上級剣技を扱えるようになったと思ってるんだよ。いざとなってもアイシャ、お前は助けてやる」
家は木造建築で中央には暖炉があった。
雑に並べてられた椅子が、四角いテーブルを囲っていた。
「取り敢えず席に着こう。アシュラも中々信頼できそうだ」
「当然っスよ〜。こっちは腹割って話してるんです」
「まさか俺の事を知っていたのか?」
「マーク・ボナパルト。ソラの子孫にして現代で一番勇者と呼ぶに相応しい男。知らない方がおかしいっス」
「改めて要件は何だ?」
「ヴィヴィドの支配人を一人で殺れなんてとてもとても……。俺はただもう一度貴方に王座に就いて欲しいんス」
「支配人を殺すより百倍面倒くさそうだ」
「頼みます!俺は既に戦えぬ身。俺以上に歳を食ってるレイヴンの命も限られてるでしょう。貴方しかいないんス!」
「アシュラは信用できる男そうだ。アイシャを置いていってもいいか?あと出来れば、馬を……もう一頭欲しい」
「俺の馬を差し上げます。そしてアイシャさんには指一本触れません」
「決まりだな。アイシャ、山分けした金貨を細く長く使えば何とかなる。大金故盗まれんようにな」
「ええ?……淋しいんだけど」
アイシャはボソリと言った。
「アシュラは素手の喧嘩なら強そうだ。護ってもらえ」
俺も林檎を一つ貰い齧り付いた。
まだ外の男の叫び声が僅かに聞こえてくる。
こんな町にアイシャを……という気持ちが無いわけでもない。
だがクリーチャーとの戦いに身を投じるよりは三倍、いや四倍安全だった。
元々アイシャを何処か安全な場所へ……という発想はあった。
護るとは言ったものの、いつまでも自分の傍に置いておけるわけではない。
「ブレイブ村って知ってるか?そこにいるギルガメッシュという男に会いたい」
「ブレイブ村なら馬で半日もかからないっスよ。此処から……南南西の方角っス」
「何で今会ったばかりのアシュラを信頼して、僕にはその対応なの?」
「目を見れば分かる。邪気もある程度なら感じ取れる」
俺は誤魔化さずに言った。
レイヴンをまだ心からは信用していない事。
だが彼といればギルガメッシュの元まで辿り着けるのは確実だろう。
もし甞ての相棒がまだ其処に居ればの話だが……。
「決まりだな。元々王位には興味があった。ギルガメッシュと手を組めばある程度までなら不可能はないはずだ。彼の噂も北まで聞こえてきたしな」
「ありがとうございます!」
神々の一人に数えられた事のある男が、俺に深々と頭を下げた。
アシュラ・ヴェラスケスか……後で調べても良いだろう。
本当に感じの良い青年(恐らく呪いの林檎効果)に映った。
「この町で千里眼の薬を買っとく。偶に覗き見る事にするよ。そしていざとなればモドリ玉がある」
アイシャと最後の抱擁を交わす。
そして、差し出された茶色い馬にはレイヴンが乗ることになり、俺達は南南西へと向かうべく千里眼の薬の置いてある店へと先ずは赴くのだった。
必要な物は最低限買い揃え、離れ際、アシュラは千里眼とテレパシーが使えたようで、ギルガメッシュらしき人物は今も尚ブレイブ村にいる事を知った。
神の能力か。
それならアイシャの身の安全は確保したも同然だったのだ。
俺にはモドリ玉がある。
ピンチになればアシュラからテレパシーが来るはずだ。
仮にアシュラがアイシャを襲おうもんなら八つ裂きにするのだが、本当に彼からは微塵も邪気を感じなかった。
因みに千里眼は遥か遠くまで見渡せる能力の事で、テレパシーは遠くの者の脳内に話しかける能力の事である。
ーー
「行こう」
俺とレイヴンは馬に跨り、ヴィヴィドの町を跡にした。
ギルガメッシュと再会した後、もう一度訪れる事になるかもしれない。
俺達は泥濘んだ道を進む。
森と言うよりは丘だった。
「アシュラ……昔は強かったのか?」
「レナの大剣阿魏斗に取り憑いたハモンの息子で、地底四天王にも数えられた男だよ。時を操ったり……想像世界に居た頃は本当に強力だった」
「惜しいな……本来なら力になれたものを」
それにしても地底四天王か。
レナの息子たちの四天王ほど厄介ではないだろう。
って決めつけるのも良くないか。
ま、想像世界も今の現実世界と同じく住みにくそうなイメージだが。
「ゴホッ、ゴホ」
「大丈夫か?」
「なんとか……」
(レイヴンの寿命も迫ってきてるな)
ナオミさんも大陸の何処かにいるはずなのだが、連絡は取れずにいる。
ギルガメッシュに会った後、アシュラの千里眼でナオミやソラ、ナミ達の居場所を捜してもらうのは良い手だ。
千里眼の薬の効果時間にも限界があるからな。
二騎はいよいよスピードを上げ十字路に差し掛かった。
左 アイシア様の墓
右 想像世界創生の海辺
真っ直ぐ ブレイブ村
とあった。
「アイシアとは女王の事か?」
「その通りだよ。ソラの妻で生きてたら七十前後のはずなんだけど何で死んだんだろう?」
「ギルガメッシュに会った後、寄り道してみるか?」
「アリだと思う。良い冥土の土産ができるよ」
更に真っ直ぐ進んだ。
俺はメシアとして世界を救えるのか。
上級剣技を扱える者は限られている。
ソラ一族だからといって全員が会得出来るわけではない。
それに腕力もここ数年で急激に増した。
今では片手で大剣を扱えるわけだが、果たして俺の行く手を阻む者は現れるのか。
レイヴンがまた苦しそうにゴホゴホと咳き込む。
俺の脳裏に彼との旅を続けないという選択肢が浮かんだその時だった。
前方に馬に跨った女性。
このオーラの主は間違いない……そう、ナオミ・ブラストだ。
実は自分の祖先にあたるのだが、見た目は呪いの林檎のおがげか若く見えた。
漆黒の長い髪、サファイアのような眼。
今着ているのは人狼の鎧ではなく、蒼っぽい一般的な見た目の鎧だった。
「キミを待っていた」
ナオミが告げる。
武器は腰に差してある剣は斬牙、そしてビームサーベルである。
彼女は軽快な動きで馬から飛び降り、此方を見据えた。
あのレナもスペインに住んでいたと聞く。
彼女にとってここは縁の地だとでも言うのか。
今は強力なクリーチャーが蔓延る、此処リアルワールドだがナオミもギルガメッシュのように、いやもしかしたら彼以上に強力な力を発揮してくれるかもしれない。
俺も一度馬から降りた。
この純白かつ侮れないオーラは彼女特有のものか?
お互いに数歩進み改めて向き合った。
「待っていたとはどういう事だ。此処に来ると知ってたのか?」
「私は千里眼が使える。あと瞬間移動も」
神の一人に数えられる彼女にとって不思議な事ではなかった。
左後ろにいるレイヴンは息苦しさで馬から降りられずにいる。
「何故待っていた?」
「預言ではアーロンの息子は、この世界の運命の鍵を握るとされている」
なるほど?
レナ亡き今、俺と共に行動したいと。
そういうわけだな?
「僕はブレイブ村に残る事にするよ。ナオミちゃんとならこの先も安心だ」
だがナオミ・ブラストも不老不死というわけではない。
はて「不老不死」どっかで聞いたことあったなー。
まあそんな事はいい。
とにかく自分の祖先のナオミと、この世界の悪に立ち向かっていく。
ブレイブ村まであと少し。
俺はナオミと握手を交わした。
彼女に会うのは二度目だった。
十年前と変わらず澄んだ眼をしている。
俺達はブレイブ村へと急いだ。
どうしてか分からないがナオミと一緒だと安心感がある。
肩書きのせいか或いはオーラか、その両方か。
とにかく俺達はブレイブ村へと辿り着き、ギルガメッシュの家の戸を叩くのだった。
親友、相棒、色んな呼び方があった。
だが五十代の彼は思いの外腰痛持ちだった。
銀髪の彼は黒魔法だけでなく青魔法も得意とするのだが歳には勝てなかったというのか。
「マーク、お前がこれから相手するのはクリーチャーなんて安い存在じゃねぇ。神を超えた神。人間を超越したやつらだ。たかが腰痛で身を引くのもちゃんとした理由がある」
ギルガメッシュの声を聞くのは久しぶりだった。
何にせよ、これから俺は本物のバケモノと対峙していくわけだな?
「レナはゼウスの怒りに触れた。そしてゼウスにはソラもナオミも敵わなかった」
そこで俺の出番というわけか。
臨むところだ。
ゼウス。レナが想像世界の創造主だとすればゼウスは現実世界の神だというのか。
確かにスケールはデケーな。
俺は暫く嘗ての相棒と会話し、レイヴンを此処に置いていく事を話した。
人の領域を超えた神々。
そんな彼らと俺は闘っていく。
ーー
ブレイブ村のギルガメッシュの家を出ると独特なオーラを感じた。
強者……それも一人や二人じゃない。
「ゼウスか」
俺は小さく呟いた。
予想を超えた力を感じさせるそれは七人組だった。
「アキレウス、我が兄弟。お前を仲間に迎えに来た」
どうやら俺の事を言っているらしかった。
「俺はアキレウスじゃねぇ。マーク・ボナパルトだ」
それよりも。
服装と雰囲気が違ったから今気付いたがナミとアスカじゃないか?
何で神々と同じサイドにいる?
俺は混乱していた。
二人共嘗ては心を交わしココナツ村で思い出を紡いできた仲だ。
「自己紹介が遅れたな。俺様がゼウス。天空の神だ」
「海の神ポセイドンだー!」
「冥府の神ハデス……」
「愛と美の女神アフロディーテ」
「知恵の神アテナ」
「戦いの神アレスだぜぃ」
「そして神々の使者エルメスだよーん」
七人は自己紹介を終えた。
だがアフロディーテはナミ、アテナはアスカだと言うのはもはや火を見るより明らかだ。
ナオミが口を開いた。
「あのアレスという男……赤髪のシヴァに似ている」
やはりゼウス或いはポセイドン、ハデスによる洗脳が働いていると言うのか。
そしてアキレウスとは一体誰だ。
「ナミ……アスカ……冗談はよせ。一緒に帰ろう」
「アフロディーテは恋を司る者。幾多の男に声をかけお前などもう眼中にないわ。そしてアテナ。色恋とは無縁な彼女を引き戻そうなど百年早い」
ゼウスが嗤いながら言う。
嘘だ。ナミは間違いなく俺の運命の人。
そしてアスカの涙も俺は知っている。
「二人を此方に返さないと命は無いぞ?」
「残念だ。アキレウス、お前は死ね!」
敵の攻撃のコンマ一秒手前でシールドノヴァを発動させた。
紫色の雷の正体は最上級魔法「雷の鉄槌」に相当するのだが、流石の威力、バリアを突き抜けてくる。
俺はソラの一族の離れ業「シールドノヴァ」のおかげで敵の雷をなんとか耐え抜いた。
これにはゼウスも目を丸くしている。
「流石は『英雄』と言ったところか。良いだろう、お前が心変わりする可能性に賭けて、少し待ってやる事にしてやる」
七人は煙を上げて消えた。
アフロディーテ……アテナ……?
一体何だって言うんだ。
オマケにあの雷の威力……ナオミの虹とも遜色ない上、詠唱時間が早すぎる。
「分かったか。あれが神々の正体だ」
背後に杖をついたギルガメッシュが立っていた。
まだ納得いかねぇ。
絶対二人を連れ戻す。
そしてあのエルメスはナオミと同格の元勇者。
神々の使者と名乗っていたが小癪な。
俺は身体の痺れのままに、ブレイブ村の広場に座り込んだ。
ナオミが仲間としていてくれるのがせめてもの救いだ。
今の俺では七人は疎かゼウス一人にだって勝てやしない。
アキレウスとは何者なのかーー。
後に俺は三人の英雄の一人として数えられる事になる。
何にせよあれが現実世界の神々か。
確かにバケモノ沁みてるな。ソラですら勝てないわけだ。
「ギルガメッシュ……人生百年時代だ。引退は早い気がするぞ」
「勘弁してくれ。呪いの林檎すら無いと言うのに」
「ああ……冗談だよ」
俺はナミとアスカの目に映る、内なる炎は消えていないように感じた。
当たり前だ。
二人が俺を忘れるはずがねぇ。
それは理論などを超えた確かな絆だった。
ゼウス、ポセイドン、ハデスは高齢に見えた。
奴らの内の誰かが黒幕である可能性は高いのだが、自分をアキレウスと呼んでいたのも気になる。
ふざけるな俺はアーロンの息子でソラの孫だ。
此処にいるナオミは曾祖母にあたり、想像世界を代表する存在だ。
ヨーロッパ。
それを真に統治する者。
いやキャンディスを剣に宿らせたソラこそ最強のはずだ。
喩えあの雷を前にしても彼なら互角に渡り合える。
敵は七人だった。
ただ赤髪のシヴァを含むナミ達が此方に付けば形勢は静かに逆転する。
先ずはソラに会うことだった。
「流石だな。シールドノヴァはソラ譲りか?私はキミと行動できる事、誇りに思うぞ」
俺はナオミの手を借り起き上がり黒馬の元へと駆け寄るのだった。




