間話「神々の集い」
「悲しみ
そんな時まで
乗り越えられるのなら
今もずっと生きていこう
視界のない雲を越えて
生きがいのない闇を超えて
今も今も
死んでしまいそう
光が差すから
そう信じていても
心に
暗い
暗い何かが……
世の終わりを求め
世の救いを求め
血潮の渇きが
潤いを求め
我思う
ここに一人だけ
悲しみ
そんな時まで
乗り越えられるのなら
今もずっと生きていこう」
「ナオミ姉さんの歌っスか?」
アシュラの問いかけに対し、ブラスト神ことナオミ・ブラストの幻影は小さく頷いた。
此処はアナザーワールドの中心に位置する神々の城。
ナオミの歌は恐らく彼女が半奴隷だった時の気持ちを謳った歌だろう。
初代国王ロキ・レノンによるエルフへの差別。
それはナオミの時代にも確かに存在し、特に幼少期は辛い想いをしたはずだ。
そういう話ならセンジュ族のアシュラにも決して無関係ではなかった。
想像世界、そして此処アナザーワールド。
平和がレナの独断により壊れようとしている。
先日レナがミンフィアを焼いたのはアシュラの耳にも届いていた。
赤髪のシヴァとは二年前に共に戦った仲であり、ナオミ・ブラストにも彼への思い入れが多少なりとも存在するはずだった。
とはいえナオミはレナの妻。
師弟関係という自分以上に、勝手な事は許されないはずだった。
レナはこの世界の創造神であり、最上位の神である。
性格は百点では無いにしろ、神々のリーダー的立ち位置のはずだ。
この城のベランダから見える世界全てが、レナの支配下に入っているのだった。
そういった意味ではミンフィアを焼いたのは小さな出来事だった。
だが自らの手でイカロスを殺し、楽園に火を放ったのは軽視すべき出来事ではない。
「正午に会議がある。参加するだろう?アシュラ」
ナオミやアシュラも呪いの林檎を食らった者たちだった。
自身の力でもぎ取った強者にのみ許されるーーそれは古くからのしきたりだったのだ。
「シヴァはまだ生きてる」
頷いた後、アシュラはこう続けた。
遠くを見渡せる千里眼は、ナオミそしてアシュラに授けられた神々の力だった。
無敵のレナは死ねば永遠に元の世界に戻れない決まり付きだったのだ。
(会議の内容次第では俺は此処を抜けるっスよぉ……)
元々人間やセンジュ族と同等だったアシュラにとってレナの行動は耳を疑うものだった。
アナザーワールドは長きに渡り平和を築いてきた場所で、少しばかりの戦はあったにせよ、最上位の神があれではその平和も保たれなくなる。
何よりアシュラはこのアナザーワールドを愛していた。
(師匠……歳月は人を変えるんスね)
ナオミはアシュラの心情を読み取ったような素振りを見せたが、特に何も言ってこなかった。
八神。
そのうちの一人が裏切るという形を取る事になる。
宛があるとすればスカーロイ・ヨアーネか……彼なら人間側に立って戦ってくれる可能性も少なくはない。
後はソラ神がどう思うかだった。
義兄弟であるスカーロイと、ソラ。
彼ら二人両方がこちらに付けば形勢はまた違った味を帯びてくる。
正午。
会議が始まった。
中央に最高神レナ、右隣にナオミ・ブラスト。その隣には白い翼を生やしたソラとその妻アイシア。
そしてアイシアの隣に自分だった。
変わって左サイドには髭フードのグレンとその妻である絶世の美女ミルナ。
そしてその娘のフィーネと続く。
ミルナは茶髪ポニーテールで若い姿をしていた。
フィーネは毛皮のコートにピアスで厳つい風貌だった。
中央のレナが口を開いた。
「ソラが会議を開いた方が良いって言うからよ。赤髪のシヴァは殺していない。勿論キャンディスやレイヴンにも一切手を下していない。これで何か問題があるのか?」
「ミンフィアは焼く以外に選択肢は無かったのかしら……」
グレンの妻ミルナが口を開いた。
過去に自分を含むレナ達一行に倒された事があるが、今は手を組む形を取っている。
だが。
グレン達親子がいつレナを裏切ってもおかしくない。
アシュラはミルナの言葉に耳を傾ける。
「長きに渡って保たれていたアナザーワールドの平和が崩れようとしている。赤髪のシヴァと才女キャンディスが手を組めばどうなるかお分かりですか?殺したにしろ殺さなかったにしろ問題なのです」
隣りにいたグレンが大きく頷いた。
レナはそんなちっぽけな事で崩れる平和など他の事でも簡単に崩れるわ、といった態度だ。
またグレンとミルナの娘であるフィーネはもう集中力が切れたのか上の空である。
ここでレナ達の息子であるソラが手を上げた。
太陽の盾や聖なる鎧といった強力な防具は、彼が持っている。
普段は穏やかな性格だが、いざとなればあのレナをも凌駕する実力を秘めている。
「ならば直ぐにでもシヴァに和平の使者を送るのはどうだ?殺す必要はないだろう?」
そこでグレンが間に入った。
「いやこれは最高神の人柄の問題じゃ。独断で集落を焼き、その長を自らの手で殺した事を反省してもらわねばならん」
「代わりの者はいるのか?」
とナオミ。
アイシアは沈黙を保ったまま皆の意見に耳を傾けている。
「ソラ神はどうだろう?今は他国に攻め入る時代ではない。獲った土地を治める時。レナよりは適任だと思うがいかがかな?」
グレンの意見にフームと腕を組んだのはナオミだった。
確かにグレン爺さんの意見も一理ある。
それに……。
「和睦の使者の役なら自分が買って出よう」
アシュラはソラを見ながら言った。
神々の集いーーその中で一際異彩を放つのがレナ達親子だった。
特にナオミは生身の人間ではないにも関わらず女神の生まれ変わりと言わんばかりのオーラである。
アシュラにそっぽ向かれたレナは小さくため息をついたかに見えたが、どうやら最高神の座を譲る気はなさそうだ。
その時、フィーネのいびきが会議室に響き渡った。
元々神々の城の上層部に位置するその部屋は古き良き日に魔術によって造られた形をしており、内部の壁は絵画で敷き詰められていた。
ロクサネとサタンといった光と闇のコントラストがテーマとなっており、コカトリスやケルベロスといったクリーチャーも描かれていた。
話を元に戻そう。
フィーネのいびきによってシルバーウィンド側は最高神の座を奪える状況では無くなったと言える。
いや、元々そんなつもりは無かったか。
いずれにせよレナとソラの多数決で最高神を決める方向で話は進みそうだった。
ここに来て沈黙を保っていたアイシアが口を開いた。
「本当に多数決で良いと思う。自国民を火の海に沈めるなんてイカれてるわよ」
相変わらずハッキリ言うっスねぇ……。
まあでもこれでナオミがどっちに投票したにせよソラの勝利は確定だった。
父から息子へ。
代替わりの時である。
会議中に寝ていたフィーネは多数決からは除外され、五対二でソラが勝利した。
レナが顔色を変えたのは言うまでもない。
だが怒ったところで多勢に無勢、レナが我々に戦いを挑んだとて、返り討ちに遭うのは目に見えていた。
「ふざけやがって。たかが集落を一つ焼いたぐらいで退位だと?」
と今にも太刀を抜きそうなレナ。
それを白き翼を生やしたソラが殺気で迎え撃つ。
束の間の睨み合いの後、レナは漆黒の翼を生やし、窓の外へと飛び立った。
一応レナに票を入れたナオミも追おうとはしなかった。
ため息、そしてーー。
「ソラ・ボナパルトをアナザーワールドの最高神に」
とグレンが言うのだった。
いつしかソラもボナパルト姓を名乗ることに反発しなくなっていた。
とはいえ今や父レナとの関係は劣悪で、いつ王位を奪い返しに来るか分からない状況と言えた。
「アシュラ。和睦の使者の役目、任せていいか?」
ソラの問いかけに対し、大きく頷く。
こうして会議は幕を閉じ、ソラがこの世界を治める形となった。
「済まない、アシュラ。千里眼を駆使すれば道に迷うことは無いだろう」
とナオミ。
こうしてアシュラの赤髪のシヴァ率いる一行との接触を試みる旅が始まった。
スカーロイに会おうかとも思っていたが、レナを追い払った今、その必要は無さそうだ。
さてーー。
城の門が開き、馬に乗ったアシュラが一人、外へと飛び立った。
瞬間移動できるナオミが行けば早いだろうが、アシュラとより接点があるのは自分だった。
此処アナザーワールドでは原始的な文明が幅を利かせている。
理由は様々だが現実世界と接しようが無いのが一番の理由か。
パカラッパカラッとアシュラは進む。
テレパシーを使ってみようか。
いや今はまだいい。
それよりもキャンディスらとの戦いを避ける事が最優先される。
伝説の召喚士は今も尚「全てを超えし者」との契約を結んでいる。
如何に神と言えど、一人でそれに立ち向かうのは不可能である。
アシュラは馬を軽く鞭打つ事で急がせた。
和睦の使者は本来失敗すれば殺される事も少なくない。
それでも自分はシヴァとの絆に賭けてみるつもりだった。
幻影の自分たちに次はない。
蜘蛛の姿だった魔女アンドロメダや鳥人イカロスには二度と会えない。
それでもこの大役を務められるのは自分なんだ、という意気込みだった。
「そう言えばこの辺りはイザベル・ライデンの家だったじゃないスか!せっかくだから占ってもらおーっと」
黒き薔薇の美女イザベルは無事獣人マンティコアと結ばれライデン姓を名乗っている。
神々の城はその名の通り神々しか出入り出来ないが、占いの力を持つイザベルを、ソラ神は出来ることなら迎え入れるべきだったがそれはさておき。
民家の戸を叩いた。
中にいたのはイザベルとマンティコア。
幻影として想像世界に出向く事もあるが運良く邂逅に成功した。
「まあ、アシュラ・ヴェラスケス。南西のミンフィアでの出来事は驚きだったわ」
イザベルはシヴァと同じ赤髪。
遠い祖先という考えも出来なくはない。
半神マンティコアの身長は二メートルを超えており、天井に届きそうだった。
「赤髪のシヴァや召喚士キャンディスとの接触が上手くいくか占ってほしいっス」
「和平を望むのね……ですがシヴァの怒りは燃え盛る焚き木のよう。いかにアシュラとて静めるのは至難の業ですわ」
この殺気の塊のような大男がシヴァの祖先とは、にわかに信じ難い。
それでも許せない怒りのようなものを、シヴァは抱え込んでいるのか。
「何か良い方法はねぇっスか?」
「そうねぇ……レイヴンに働きかければ或いはかも。今はレナは追い出されたって」
流石は凄腕占い師。
その事も既に見通すか。
ここ二千年間アナザーワールドはほぼ平和だった。
フィーネのような女が会議中に寝るのも無理はない。
「レイヴンか……恩に着るよイザベル」
今更引き返すわけにもいかない。
アシュラはイザベル達の家を発ち、馬の腹を蹴り進むのだった。




