第三十話「呪いの林檎」
黒い不死鳥が飛んでゆく。
何処まで行くのか。
あの霧がかった「終点」と呼ばれる場所から此処までは遠くない。
そう、此処は死後の世界アナザーワールドなのだ。
「君を待っていた。
遠いあの日から。
絶望はない。
ただ、大丈夫かなぁって。
君の事だから無理してるんじゃないかって心配でさ。
また遊ぼうよ。
遊んだ先に君の言っていた事が分かる気がするんだ」
俺はシヴァ。
テレパシーで誰かがそう言っていた。
サガとの戦いは相討ちとなり、死後の世界に来ている。
神々のイタズラか。
はっきり言って女の声だということ以外皆目検討がつかなかった。
あの鳥もきっと金髪三つ編みの召喚士キャンディスの召喚したもので、赤髪の自分にとって敵対者でないことはこの世界に来て二年経った今もはや明白だった。
じゃああの声の主は誰なのか。
半ばボーっとしていて返事をするタイミングを失ったが、声の内容は大まかには覚えている。
俺はもう二十九歳。
黄金の鎧を身に纏い、魔導槍という武器を装備した俺は来る戦に備えて槍の稽古をしている。
ただ、あの黒鳥が悠々と行くのは見る限り平和で、此処ミンフィアは虹がかった楽園とすら言えた。
滝の側では蝶々が飛び回り、木製の家々には笑顔が咲いていた。
「ハァ〜薪割りお終いっと。此処に来て大分経つが、死後の世界もいいもんだ」
黒鳥を召喚したのはやはりキャンディスだった。
最強の名を欲しいままにした召喚士は、この辺境の地で落ち着くか。
燃え盛る黒い炎の鳥を彼女自らの手に停まらせる彼女に、テレパシーの事を話しても良かったが、その前に彼女が口を開いた。
「そろそろ私達の『若さ』が羨ましいんじゃない?」
白い衣を身に纏い、大袈裟に言えば天使のような彼女だが、確かに歳を取っていない。
二十代後半の容姿だ。
ミンフィアの長イカロスをはじめ此処に住む多くの者にそうだった。
ミンフィアは狭い集落である。
それでもイカロスの管理下で平和は保たれていた。
キャンディスの問いかけに対し頷いてみせる。
若さの秘密だがどうやら崖の上に生える林檎が鍵を握るようだった。
森を抜けたところに生えてある呪いの林檎。
副作用は基本的に無いとされているが本当だろうか。
俺も永遠の若さが欲しい。
千年以上前から存在するキャンディスやその仲間たち。
惜しくも神々にはなり得なかったものの名声を欲しいままにしている目の前の召喚士はフフッと笑ってみせた。
「取りに行ってみよう」
と威勢よく言ったものの、漠然と森を探すのは時間が掛かりそうだ。
キャンディス曰く案内役にうってつけとされるレイヴンことアンガス・クロウもこの集落に住んでいた。
彼と一緒なら森でクリーチャーに遭遇しても問題ないだろう。
何より林檎の大まかな位置を把握しているはずだ。
「それにしても平和だね。明日はイカロスさんの誕生日。料理張り切っちゃお」
長い歳月を経て大人しいとされていたキャンディスも明るくなったのか。
幻影として想像世界を散策する事は可能だがミンフィアでの暮らしはその選択肢すら忘れさせる。
キャンディスと一旦別れを告げレイヴンのいる家の戸を叩いた。
中には集落の長である鳥人イカロスと全身刺青の戦士レイヴンがいるのだった。
「私の誕生日など何回目だろう。やはり恵まれた存在であると言える。明日は盛大に祝うぞ。ん?どうした赤髪のシヴァ」
イカロスは俺の事を「赤髪のシヴァ」と呼ぶ。
もう随分前からだ。
それはそうと集落は明るい雰囲気で満ちていると言えた。
レイヴンに事を説明する。
アナザーワールドの森を一番詳しく知るのは彼だろうとの噂だ。
呪いの林檎で永遠の若さを手に入れる。
此処ミンフィアで生きる自分にとってこの上なく素晴らしい事だった。
この二年間、ミンフィアは平和だった。
いやアナザーワールド全体が平和だったと言っても過言ではない。
想像世界と同じくらいの広さだという噂だが、あの伝説の八神は怒りを露わにしていない。
いや俺が来る前だって。
この二千年間でアナザーワールドにて全く争いが無かったと言えば嘘になるが、聞いた限りでは多くの幻影達はその姿を取り留めている。
幻影は死ぬと永遠に無と化すが、現にキャンディス達は笑顔を咲かせながら今も尚生活している。
「さてーー。どうやら僕の出番のようだね」
アンガス・クロウ又の名をレイヴン。
黄金の鎧を持ってして尚、実力は拮抗している。
芸術的な刺青は見るものをやや圧倒するがそれはさて置き。
森に行けば呪いの林檎が手に入る。
永遠の若さは永遠の強さと解釈してもそう差し支えない。
ただムドーの仮面を所持した者のように不死身ではない為、幻影のまま殺されるとジ・エンドである。
レイヴンは暗黒剣と盾を持っていた。
闇の力を司るとされる彼だが、果たして俺たち二人の命を脅かすようなクリーチャーがあの森にいるのか。
ミンフィアは平和だが森まで行けば死と隣り合わせ、という可能性も無きにしもあらずというわけだ。
レイヴンは謎多き男だが、裏があるという感じは少なくとも自分にはしなかった。
キャンディスも可愛らしいし、イカロスは良い漢だ。
俺とレイヴンは森へと足を踏み入れた。
流石は「呪い」が名に付く果実のある場所だ、中々日が当たらない。
それくらい木々が生い茂っている。
俺はミンフィアでは薪割りを生業の一つとしていたわけだが、二年間でここまで森に踏み込むのは初である。
最強の召喚士キャンディス。
彼女の力を借りずとも、林檎まで届いてみせる!
二十九歳の俺にとって老いはそれほど身近にあるものではなかった。
だが頭の良いキャンディスが勧めるんだ深く考えずとも食べるに限る。
この二年間でキャンディス・ミカエラへの信頼感は少しずつ、だが確実に増してきていたのだった。
それを言うならレイヴンやイカロスもハッキリ仲間と名言できるし集落にはそういった者があと二、三人は居た。
そしてミンフィアでの暮らしは以前自分がいた終末の北方諸国とは比べようがないような安心感があったのだった。
薄暗い森を進む。
今のところ強力なクリーチャーの気配はない。
だがレイヴンが剣を抜いている所を見ると、やはり居るのだろう、敵が。
「思ったんだけどレイヴンは何故刺青を?」
「ブラスト神への忠誠みたいなものかな」
呑気に話してる場合かといわんばかりの目線である。
ブラスト神。
蝶々と深き関わりを持ち、元々は大の男嫌いだったとされているハーフエルフ。
俺が知っているのはそこまでだった。
また八神の幻影のうち創造主であるレナ、グレン、ミルナは神秘の秘薬が一切効かないのでアナザーワールドの統治に力を注いでいるとの噂だった。
神秘の秘薬。
終末の時代ではもはや誰も目にしていない。
それはそうと俺シヴァは二十九歳の割に自分に自信がなかった。
それが俺の自分でも熟知していた欠点であり、槍の実力以上に問題視されるべき部分だった。
というより自分は弱くない。
想像世界ではあのサガと相討ちに持ち込んだし、この二年間で槍の腕前は確実に伸びた。
ー赤髪のシヴァー悪くない響きだ。
俺にだって多少の自尊心はあるんだ。
後は精神的により強靭になって……。
そうこう考えるうちに断崖絶壁がそびえ立つところにまで到着していた。
あの上に、果実はある。
幸いクリーチャーには遭遇しなかった。
レイヴン曰く「一人で崖を登って、僕はここで待つ」だそうだ。
クロウ家の中には背中に翼を生やす者もいる。
このアンガスもそうだろう。
だが自分の力で取らないと天罰が降るかもしれないとこの事だった。
なんだよあるじゃん呪いっつーか副作用……。
まあでもそういう事なら……崖をよじ登るしかねぇ。
高さは十五メートルほど。
成人男性ならなんとかなるレベルだ。
先ずは自信をつける事。
そして自分一人の力で勝つ事。
それさえできればキャンディスと結ばれるかもしれないし、彼女探しの旅に出るという選択肢も無くはない。
俺はようやく崖を登り終え絶句した。
コカトリス。
鳥と蛇の融合体はギィヤァア!と威嚇した。
うろたえるな、俺は黄金の鎧を身にまとった赤髪のシヴァだ。
サガを倒した英雄だ。
足が竦みそうになったその時、黒い炎の鳥「フェニックス希少種」が駆けつけたのである。
「やっぱり心配で着いてきちゃた」
フワフワと宙を舞うキャンディス。
フェニックスはゴッドバードアタックと呼ばれる捨て身の攻撃でコカトリスを追い払った。
幾ら森の覇者コカトリスと言えどサガを倒した自分にとって大した相手では無かったかもしれない。
もっと自分に自信を持たないとーー。
俺は呪い果実をムシャリと口にした。
下ではアンガスが待っていたのだがここでキャンディスのとんでもない失敗に一同は絶句した。
呪いの林檎は一人の力で取らないと天罰が降る、それをキャンディスは知らなかったのである。
レイヴンことアンガスが舌打ちした。
神々の天罰が降るかもしれない。
それは俺一人にかもしれないし、ミンフィア全体にかもしれない。
二十九歳の俺の顔かたちは変わっていないが、確かに俺は呪いの林檎を口にした。
「ミンフィアが危ないかもしれない。急いで元へ帰ろう」
頷く俺とキャンディス。
そして楽園は燃え盛る炎に包まれていた。
これが神々の力。
中央では黒い鎧の騎士とイカロスが対峙していた。
「俺には現実世界に戻る術がない。腹いせに禁忌を犯したこんな村、焼き尽くしてやるよ」
「レナ神、私を忘れたか!」
太刀による一撃は腹を貫通し勝負は一瞬だった。
暗黒の鎧のレナ、顔は一瞬で覚えた。
イカロスの下へと駆けつける。
レナは忙しいのか直ぐ様姿を消した。
禁忌を犯したとはいえ腹いせにこんなことをするなんて……。
俺は焼け野原になったミンフィアで雄叫びを上げた。
創造神レナ。
他にも合わせて神々は八人いる。
アシュラのような友好的な者も存在するが関係ねえ片っ端から潰してやる。
死にかけのイカロスは最後の言葉を口にした。
「アナザーワールドはレナの統治下にある限り平和はない。キャンディスらと力を合わせ平和を実現してくれ」
禁忌を犯した。
つまりあちらにも言い分はある。
これは金の鎧と黒の鎧のぶつかり合い。
勝った者がーー正義だ。
集落の者は俺達三人以外全員殺されていた。
燃え盛る炎の中俯きながらも葛藤するのはキャンディスだった。
レナとは義兄妹。
何千年経った今も絆は存在した。
「ミンフィアをこんなにして……酷いよ。それにシヴァが心配。アンタ達には私が必要だもん」
「いつ僕も行くって言った?」
「レイヴン……お前一緒に来てくれないのか?」
「冗談だよ。アナザーワールドの果てがどんな物か……興味がある」
こうして俺達はミンフィアを発ち、神々を倒す旅が始まるのだった。




