第二十九話「平和を願って」
あれから一ヶ月。南の大陸は侵略され英雄イカロスは戦死したとの事だった。生き延び再起を図るべく北でバラバラに散った俺達だったが、殺気の出どころからして割と近くを徘徊しているようだった。
岩場。
北の砂漠を少し東に行ったところにある岩場が広がる大地。
そこに足を踏み入れた俺、ソラは、天からメリアの声を聞いた。
正直アイシアの首を斬り落とされたのはかなりのショックで、神秘の秘薬はもはや何処にも見当たらないであろうという状態である。
あのイカロスを一瞬の間でも復活させた秘薬は零社の本部に置いてあったのだが、南の大陸ではそれが最後の秘薬である可能性がこの上なく高かった。
問題は北の大陸だが、キャンディスの齎した情報だと最後の一個がこの大陸の何処かにあるという。
流石にナオミの千里眼でも見つけ出す事は不可能に近く、我々が生き延びるためとバラバラになったのもついでに秘薬を見つけられればという魂胆も少なからず存在した。
絶望。
ムドーによる支配がそれを助長させるのだった。
「アイシャちゃんの人格は今も尚眠ってる。アタシが幻影として舞い降りて接近してくる四天王キアラスを倒すのを手伝ってあげるわ」
「キアラスが来るのか?」
キアラスと言えば飛行能力を持つ上眠り唄を使いこなす厄介な敵だ。
だがメリアが天から麻痺効果のある矢を放ち、その隙に斬れとの事だった。
確かに良い作戦だがメリアの矢が当たる保証はない。
いや待てよアイシアとしてアイシャと合体している以上弓矢の腕は期待できる。
ボルテックスアロー。
麻痺効果が期待できる上、中々の殺傷能力を祕めている。
俺は四天王一人目を倒したのが親父だったのを思い出した。
黒騎士ゼオ。
不老不死だったのだがアルマクルスの力でなんとか勝利している。
噂ではゼオの兄であるムドーも不老不死だった。
今現在アルマクルスは自分の手元にある。
だがペットであるソアクーラはこの大陸に来て初めてキアラスに眠らされた時に逸れてしまった。
ムドーは本格的に我々を殺しに来ている……。
わざわざ四天王を寄越したのがその証拠だ。
あの時は檻に入れられただけで済んだ。
だが同じような展開には二度とならないと覚悟した方がいい。
俺はここにきて神族であることで得られた特殊能力「シールドノヴァ」の発動に手応えを感じ始めていた。
あの時、処刑台のアイシアをバリアで護れていればーー!
だがシールドノヴァは自分とその周りの者だけを護れる言わば結界の様な物。
後悔するより前を向くしかない。
「来た、キアラスよ。天界からの矢を喰らうがいいわ」
天界つってもあの世は真っ白な何も無い世界と親父が言ってたが。
眠りの唄を歌わせる前に。
頼む麻痺してくれー。
ボルテックスアローは弓矢だけこの世に現れ、ギギギ……と弦は音を立てた。
放て。
言うまでもなく矢は飛んで行き、キアラスに命中した。
「今よ、ソラ」
性格とまではいかんが話し方ちょっとアイシャに似てるかも……。
流石は片割れの存在、占い師の発言に説得力がある。
俺は直様駆けつけ白い旋風斬りをお見舞いした。
この世は非情なのだ。
甘さを見せればこっちがやられる。
麻痺して地面に落ちたキアラスを斬ったのを見ていた岩場の住人たちがいた。
フードに身を包み、目を丸くしている。
取り敢えず四天王二人目を斬った。
唄さえ気をつければ大した相手じゃなかったな……。
まあメリアのおかげか。
俺は岩場の民と少し接してみることにした。
「アナタドコカラキタ?」
「モシカシテカミサマ?」
まあ神族だから強ち間違いではない。
「ハーピィヲタオス、タダモノジャナイ。ドウゾコチラヘ」
連れて行かれたのは洞窟だった。
巨大ドワーフジンの死体。
倒したのはレナとナオミだという。
「カミサマガサンニンソロエバムドーニカテルカモシレナイ……」
「私達もいるわ」
見ればキャンディスとスカーロイも来ていた。
皆一ヶ月の間に痩せた。
それでも眼に力は失っていなかった。
「俺は、いや俺達はジンを倒したことで魔女と和解した。ネロの敵討ちに成功したからな」
とレナ。
やった。
遂に地上の全ての重要人を味方につけたことになる。
あとは何としてでも神秘の秘薬を見つけ出しアイシアに会いたい。
意を決した我々は神秘の秘薬よりも先にムドーとの戦いに挑むことにした。
それにしてもレナとナオミが力を合わせればあのジンを倒せるのか。
愛の力侮るべからずといった具合だ。
見渡す限りの砂漠。
ここを越えればフィーネイルが見えてくるはずだ。
我々五人は岩場を離れ、暑い砂漠を歩き出した。
「神秘の秘薬はこの一ヶ月では見つからなかった」
とスカーロイが俺の肩に手を置いて言う。
いやキャンディスの証言ではまだこの想像世界に一つだけ、神秘の秘薬が存在しているはずだ。
ネロかアシュラがいればタイムワープも可能だがそれは今となっては不可能か……。
真昼の太陽を浴びながら歩く。
キャンディスの召喚獣に乗れば早く着くが彼女の魔力も温存しないと……それにフィーネイルまではもうすぐだ。ん?
見れば灰色の肌の青年アシュラが我々の前に立ち塞がっていた。
四天王四人目。
今だに信じがたい事実。
いや本当か?
俺は確かにあの時渾身の斬鉄拳を喰らった。
だが鎧の上からである。
身動きが取れない俺に対しわざと顔面を狙わなかったという考え方も、できなくはない。
問い詰められたアシュラは静かに語りだした。
「十歳の頃、人材の探索中だったムドーの目に留まった俺は父ハモンを大きく超える力に魅せられ地底人の傘下に入ったんスよ。先ずはこれから現れる魔女の下につけ、いずれ本当の敵は現れるはずだ、との指令だった」
レナが真剣な表情で見つめる。
「力をつけるためターゲットであるレナへの弟子入りをフィーネ経由で志願した俺はアルマクルスが自分には合わないものだと知る。時は流れ……レナへの敵対心は薄れ始めそれでもテレパシーで度々地底へ情報を提供していた俺だった……が、迷った末ミルナとの戦いを決意。完全にムドーではなくレナサイドについた選択だった。やがてレナによって生み出された想像世界の門を潜った時、俺は再びセンジュ族の姿をしていた」
なるほど……?
「そして地底人の侵略で思いだしたんス。自分はムドーの部下でいつしか四天王の一角に選ばれてたって。勿論情は移ってたっすけどムドーに逆らえば殺される」
「もう一度我々の仲間にならないか?」
レナの提案だった。
黒の戦士は人を信じる心を失っていない。
レナとアシュラの師弟関係はどう足掻いても本物のはずだ。
「ワンチャン死ぬ覚悟で出てきたんスよ。それでも師匠に賭けてよかった。俺まだ死にたくない。それに皆の仲間でいたい」
五対一なら確実に我々の勝ちだろう。
アシュラが味方に付けばゼオの兄ムドーにもきっと互角以上に戦える。
今この世界はムドーが支配していた。
その手がいつ現実世界に及ぶか分からない。
アシュラが言った。
「ムドーは彼の弟ゼオと同じく不老不死。まともに戦えるのはアルマクルスを持つ者のみっス。しかも幻術や魔術も使えて実力はゼオをも凌駕する」
シールドノヴァの効果は痛みを感じない分、今やレナの能力の上位互換だと言えた。
やはりここは自分しかない。
「見えてきた、フィーネイル。ムドーまでの道は私達が開かせる。死なないで、ソラ!」
母ナオミと抱擁を交わし、レナとも握手を交わす。
兄スカーロイの表情はいつになく穏やかだった。お前が死んだら俺も死んでやる、だそうだ。
遂に時は来た。
背中に白い翼を生やし、ナオミの千里眼で見つけ出したビルの頂上へと飛んでゆく。
左手には父レナから譲り受けたあのジンが遺した「太陽の盾」。
右手には母ナオミの剣「凱鬼」である。
キャンディスによって時魔法「クイック」を施された為動きが速い。
俺はあっという間にムドーのいるビルの頂上に到着した。
ガラス張りの窓。
純白魔導斬りで破壊した。
いつしかレナとも和解していた。
母さんにも会えた。
信頼できる兄ができた。
キャンディスやアシュラといった仲間もいた。
この戦いに勝ち、アイシアを復活させるんだ。
シールドノヴァは連続では使用できないが、相手が不老不死ならこっちは無敵と言った具合だ。
だがガラスを割ったその直後に敵の大剣が闇の力を帯びたまま迫ってきた。
すかさず発動させるシールドノヴァ。
だが勢いそのままビルから落下し隣のマンションの屋上に叩き落された。
シールドノヴァが無ければ大ダメージ必至である。
そしてビルからジャンプし、接近してくるムドー。
その時何処からか声が聞こえた。
メリアの声だ。
「ここはハヤブサ二十人斬りの賭けしかない!」
「頑張れ、レナの息子なら出来る!」
今度はレイヴンの声だ。
「私達は貴方の味方ですわ」
「流石ナオミが認めた男だ」
イザベルに、マンティコア。
「わらわとネロも地底人は好いておらん」
「行け、ソラ!」
「エルメス、アンタには昔から期待してるんだから!」
「アタイを助けに来てくれたこと、絶対忘れねえよ」
アンドロメダ、ネロ、エルメスに、フィーネまで!
ようしこうなったら限界突破し、本当にハヤブサ二十人斬りに賭けてみるしかない。
幸いキャンディスのかけてくれた「クイック」の効果はまだ残っている。
対峙する俺とムドー。
仮面の上からも溢れんばかりの殺気が感じられた。
ーー真・ハヤブサ二十人斬りーー!
今は亡きイカロスの想いも乗せ、俺は連続で斬りかかった。
キャンディスの時魔法が無かったら二十人斬りは達成できなかっただろう。
すれ違いざま、爆発まで巻き起こしたそれは、ムドーをあの世へ葬った。
そこへ待ってましたとばかりにペットのソアクーラが現れた。
幾ら光線が放てるとは言え、やはりムドー相手では出る幕は無かっただろう。
そしてソアクーラの口には砂の入った袋。
なんと最後の神秘の秘薬だった。
「よくやったぞソアクーラ!これでアイシアを復活できる」
マンションの頂上で俺はアイシアを復活させた。
現れたのはアイシャの人格の彼女だった。
駆けつける全てを超えし者に乗ったレナたち。
俺達は想像世界主権を再び奪ったと言えた。
アシュラを除く四天王は滅び、ムドーは死んだ。
俺とアイシアはキスをし、再会を噛みしめるのだった。
あれから更に一ヶ月が経った。
北方諸国を含む二つの大陸は統一され、地底もアイシアの配下となった。
鉄道も整備される予定だ。
終末の時代に寄り道してきたアシュラが言うにはシヴァという男の銅像を建ててくれとの話だった。
思えばレナの銅像もゼラードに存在した。
ならば此処フィーネイルにその若者の銅像を建ててもいい。
二人一組。
俺とアイシアがそうで、レナとナオミがそうだった。
だが中にはシヴァという青年のように運命の人と出会う前に命を落とす者もいる。
恵まれてんだな。
自分も元々は漁師だった。
アシュラの言葉通り、運命を自分で手繰り寄せる事に俺は成功した。
これからは現実世界とも友好関係を築きあげなければならない。
できるさ、俺とアイシアならー。
心強いキャンディスとアシュラもいる。
俺達はビルの頂上からこの狭くて広い想像世界を見渡す。
やがてアイシアは神族の王女として千里眼とテレパシーを覚え、俺と共に良神としてこの世界を治めていくのだった。




