第二十六話「兄弟」
スカーロイ・ヨアーネ。
実は今年で三十六歳になる。
気づいたら戦士に入隊させられていて、影の切り札ともてはやされるまで、そう時は掛からなかった。
そんな一見順風満帆そうに見えるスカーロイの生涯だが、一つ欠けているものがあった。
心許せる兄弟である。
勉強熱心なスカーロイにとって、ソラの存在は遥か前から知っていた。
神族であり、レナとナオミの息子、としてだけでなく人として興味があった。
神々への祈りが寺院の前で引き合わせたのは、偶然にしては出来過ぎている。
ソラの兄弟となった今、あの時巡り合ったのは必然だった。
それでも初めは初対面のフリをした。
何処か照れくさく、それでいてソラは純粋だった。
いつか話をしよう。
彼に会うために、自分は戦士に入隊したと。
いや無理に言わなくてもいい。
絆が強固になる頃、自然とソラも気づいているだろう。
スカーロイはタランチュラの脚力でロンダルギアの天空の城付近に着地していた。
近くにフェニックスが舞っている。
掴んでいるのはキャンディスだろう。
キャンディスとは北のフィーネイルで殺し合った過去がある。
だが今は弟の叔母として、仲間の一人と受け入れている。
ソラの「兄ちゃん」ーー悪くない響きだった。
「妙だな……天空の城付近の機械兵が皆破壊されている。誰の仕業だ?」
「分からない。それよりスカーロイ、アンタソラの義兄弟になったのね」
「まあな……兄として出来れば直ぐに合流したいものだ」
本当に妙だった。
何か力あるものが我々に助太刀したのか。
思い当たる節がない。
そこへ青白い光を纏った鳥人が現れた。
まさしくイカロス…………!
機械兵を破壊してくれたのは彼に違いない。
千年の時を越えて尚、幻影としてその身体を留めるか……。
イカロスは重い口調で言った。
「黒騎士は不老不死だ。この世界の創成期から地下世界で生きている。それを打ち消せるのはアルマクルス、だけだ」
アルマクルス……弟が持ってた代物か。
まだ戦士一級になったばかりの彼の戦闘能力を底上げしていたアイテム。
やはりソラ、そしてアイシアがこの世界の鍵を握るようだった。
「アルマクルスはソラが持っている。何処に居るか分かるか?」
「あのハヤブサ斬りの小僧か。勿論だ。彼には私も多少の期待はしている」
やはり黒騎士は不老不死が打ち消せても倒すのは至難の業か。
「連れて行ってくれ。キャンディスは自分で飛べるな?」
「いいだろう。但し条件がある。スノウランドにあるとされる神秘の秘薬を寄越せ。お前達にも生き返らせたい者は居るだろう。それでも私を選ぶのだ」
英雄イカロスを復活させられれば何かと好都合かもしれない。
アシュラの父ハモンは邪気に満ちていたし、マンティコアとイザベルは二人一組だ。
分かってくれ、フィーネ……!
「承知した。流石は英雄イカロス、さてはアラモとテルミナの機械兵も破壊済みだな?」
イカロスはフッと笑みを浮かべた。
抱えられ空を飛んでいく。
キャンディスもフェニックスに運ばれる形で隣りにいる。
七人がバラバラになるのは一見失敗に見えたがイカロスとの出会いのような事もある。
スカーロイは東に向かうイカロスを殆ど信用していた。
歴史を学んだ際に、彼の性質を勉強するのは避けては通れぬ道だった。
国境を越え、マジョルカに入る。
思えば本当に小国だった。
現実世界で言うところの「県」と言った具合か。
グレンやレナが生み出したこの世界は地底無しでは狭すぎるのも確かで、かと言って地底人の存在は危険そのものだった。
もうすぐ弟に会える。
兄弟になろうと言ったのは向こうだったが、こんなにも込み上げるものがあるなら自分から言っても良かった。
心の支えにすらなり得る。
とにかく彼が無事で良かった。
イカロスは徐々に失速し、やがて小さな村に降り立った。
「この村の何処かにソラはいるはずだ。神秘の秘薬の約束、守ってもらうぞ」
頷き民家の戸を叩く。
三つ目でソラとネロに遭遇した。
魔術の奥深くに潜む才能を引き出していたと言う。
そう言えばあのレナも魔導剣士だった。
究極剣技は扱えないソラだったが、代わりにハヤブサ斬りが使えた。
ソラの新しい必殺技「真・ハヤブサ斬り」。
魔力をふんだんに取り込んだ連続斬りは最上級剣技「虹」とまではいかないものの、自分の放つ「迅雷弾」の威力に少なくとも匹敵しているとされた。
顔色を変えたのは他でもないイカロスである。
元々彼が編み出した技だった。
素手でも「斬鉄拳」等を使いこなす彼だが「ハヤブサ斬り」は彼の代名詞だ。
それを強化し遂にはオリジナルを超えるか……。
イカロスはソラのためなら一緒に戦ってもいい、と言い出した。
流石にインゼクターほどの戦力にはならないだろうが、今は一人でも仲間が必要な時だ。
ネロが何を考えているかは謎だが、ソラのアルマクルスの元、一緒に打倒黒騎士に名乗りを上げてくれているならそれでいい。
勇者レナ、そして勇者ソラかーー。
もうすぐ弟の時代が来る。
あのイカロスですら歴史の主人公にはなり得なかった。
ならばソラはどうか。
あのアイシアの支えの下、本当に歴史の中心に居座る事になるんじゃないか。
スカーロイは自分に満面の笑みを見せるソラを静かに見つめていた。
「神族としての特殊能力にはまだ目覚めないか?」
「多分、アイシアと一緒じゃないと駄目なんだよ。言い伝えにもあったし。多分連携技かなんかだと思う」
「ただでさえ王女様に会いたいのに。これじゃあな……」
スカーロイのプラズマブレスでアイシアとの連絡が取れないのは非常事態と言っても過言ではない。
それでも勇者レナとその妻ナオミがいそうなスノウランドに足を運ぶ。
ついでに神秘の秘薬を手に入れ、イカロスを復活させる。
秘薬がありそうなのは零社本部か……。
確か彼処はセキュリティーがしっかりしていた。
ネロの力添えで入ることは容易いだろう。
キャンディスは合成獣を出現させ、皆がそれに乗り込んだ。
飛べるイカロスを除いては。
合成獣は赤、青、黒のドラゴンが融合した姿だった。
力のインフレに置き去りにされているが、フィーネイルでは自分も苦戦した。
インゼクターや地底の黒騎士の時代では戦力にはならないだろうが、ちゃんと移動手段にはなっている。
それに「全てを超えし者」は詠唱時間が長すぎるとの噂だ。
今まで伝説の戦士として名声を欲しいままにしてきた。
ならば次はソラの時代か。
正直レナは噂に尾ヒレが付き過大評価されている節がある。
やはりソラ、そしてアイシアの番か。
俺は合成獣に乗るソラの後ろ姿を眺めながら、物思いに耽っていた。
北の大陸は謎に包まれたままだ。
遥か北にはエルフがいるそうだがどうやら南の大陸とそう変わらない規模らしい。
フィーネイルが先ずは鍵を握りそうだった。
それにしても地底兵達は何処から現れたのか。
レナと合流したら彼からヒントを貰うのも良さそうだった。
スノウランド上空に到達した。
まあ、先ず零社本部を訪れてもいい。
絆というには程遠いが、イカロスにも縁がある。
レナとナオミがそこにいればラッキーと言った具合だった。
あの高層ビルは細川亡き後も威厳を醸し出したままだ。
「ネロ、母さんに何の用事があるんだ?」
ソラが言っていた。
嫌な予感がする。
あのハーフエルフは聞いた限りでは純白そのもので、見た目も悪くない。
つもりレナとナオミの間を引き裂く第三の男になりかねないのだ。
ナオミが記憶を失っている今、事態は深刻と言えた。
返事を誤魔化すネロ。
これはほぼ間違いないか……。
スカーロイは小さくため息を付いた。
自分は恋愛とはここ数年遠ざかっていた。
戦士としての仕事が忙しく、それどころではなかったからだ。
ソラとアイシアや、まあレナとナオミの関係は微笑ましい。
レナは一度ナオミをその手で殺したらしいが、インゼクターになった今、自分も他人の事を言えなくなる可能性も無きにしもあらずと言った具合だ。
とは言え自分がソラを殺す可能性はゼロに等しくやはり芯でどう考えるかがキーポイントと言えた。
ネロのカードを通し、零社本部に入る。
神秘の秘薬が見つかるまでそう時は掛からなかった。
だがレナとナオミはいない。
ビルを去ろうとしたその時だった。
蝶の羽をはためかせながら、ナオミがレナを抱えてやってきたのである。
美しい光景。
記憶を取り戻した可能性も万に一つだが考えられる。
ビルのガラス越しにレナがコンコン、と合図を送り窓を開けたソラたちは快く彼らを迎え入れた。
我々の「殺気」が目印になったのだろう。
レナとナオミの気を察する能力はずば抜けている。
一人不機嫌そうなのはネロだった。
「ナオミが俺が夫だったって事を受け入れてくれたんだ。こうなったら死んでも元の状態に戻るつもりさ」
そしてソラは息子ーー。
この大陸の機械兵達は大方破壊し終えた今、王女アイシアとの再会が優先されるのだった。
そして何より黒騎士を倒せる可能性があるのはアルマクルスの持ち主、だけだ。
ナオミ・ブラストの愛の結晶と話では聞いていた。
随分オカルトな要素を含んでいるが、信じていない訳ではない。
(レナ、二度と妻を殺めるような事はするなよ……!)
と微笑み肩にポンッと触れる。
だが笑っていられるのも僅かな間だった。
アイシアとアシュラがどうなったか分からない。
千里眼の使えるナオミに探してもらう。
記憶を失くしているにしても、レナの人柄を受け入れた。
やはり二人は結ばれる運命にあるのか。
暫くしてナオミはメタスの方向でアルマゲドンが血を流し倒れていると言った。
メタスという地名は憶えているのか。
何にせよ死んでいるかもしれないという話だった。
そしてアイシアとアシュラは飛空艇に乗せられ、今空を舞っているという。
「フィーネイルに連れていき処刑するつもりか」
ソラが唸るように言った。
南の大陸から北の大陸まで距離がある。
何百年の間殆ど南は北を知らなかったから当然か。
飛空艇のスピードに、恐らく合成獣は追いつかけない。
時は一刻を争う中、皆で知恵を振り絞る。
ナオミの瞬間移動すら遠すぎて宛にならない中、キャンディスがグレンの力を借りてはどうかしら、と言った。
「創造主グレンの力を借りるのは最終手段だ。何せ此処にはイカロスがいる」
スカーロイはイカロスがグレンの手によって何十年と捕らえられていたのを知っていた。
やはり彼の意思を想像する以上、グレンはもはや敵対者と言っても過言ではなかった。
神秘の秘薬と呼ばれる砂を飲ませる。
するとイカロスから青白い光がなくなり、正真正銘鳥人の戦士が其処にいた。
「俺のタイムワープはどうだ?少し前の黒騎士を倒せばこの時代の黒騎士も消えるんじゃないか?」
「どうだろうな。そっちの時代では良くてもこちらにまで影響が出るとは思えん」
「もしかして最悪の事態ってやつじゃ……」
ネロの提案も退けられ、我々は王女を失う可能性が高い。
ネロとイカロスという仲間を得たが王女アイシアと仲間アシュラがピンチだ。
「いや、そうとも限らんぞ。現に俺は過去を変えることで死から開放された事がある。銀色のアルマゲドンを倒した時のことだ」
「つまり過去に行って黒騎士を倒せば……」
「フィーネイルは混乱し飛空艇は恐らく飛ぶのをやめ、ナオミの瞬間移動で黒騎士無き今彼らを開放できるということだ」
「見えたぞ、ほんの僅かな希望が」
「但し俺達が過去の黒騎士を倒せる可能性も低い。心して臨むぞ」
「おう!」
レナの提案で我々は一気に活気づく。
黒紫の渦を出現させるネロに続き、我々はその中へと押し入った。




