第二話「竜の使い手」
たどり着いた場所はミルナ島の西の果てドラゴン教徒の砦の前だった。
煉瓦造りの高い建物はこの付近に出没する盗賊から身を守るためか、要塞と化していた。
森を抜けた先にあるこの場所へ瞬時にワープ出来たのは有り難い。
取り敢えず俺は砦の門を叩く事にした。
「俺の名はレナ・ボナパルトだ。過去に竜と契約した過去を持つ。話を聞いてくれ」
程なくして木製の門はギギギ……と開かれた。
中にいたのはこの砦の長である老婆だった。
「勇者レナ。よくぞお越しくださいました。今日は何の要件で?」
「マゼラで国を上げる事になった。ドラゴンを味方に出来れば百人力だ」
「しかし其方のアークドラゴン様との契約はとうに切れております。もしよろしければ現在のドラゴンとの契約者をマゼラに迎え入れ下さい。ただし……」
老婆は九十歳くらいで、皺だらけだった。
「あのおてんば娘は我儘で有名。仲間に迎え入れるのは至難の業かと」
「まあ取り敢えず会ってみよう」
「今は砦の外へ散歩に出掛けております」
「よし」
砦の中には数人の兵士がいたが、実戦では大して役に立たなさそうな佇まいだった。
取り敢えずドラゴンとの契約者を探す。
「彼女の特徴は?」
「銀髪なのでよく見れば分かるかと。名をメリア・ヴァーナント。二十歳になる娘です」
それにしてもこんな西の果てでも勇者の名は通用するとは。
まあ昔ドラゴンとの契約者だったから当然と言えば当然か。
「会いに行ってみよう」
メリアという名の女性を味方につければレノン家の勢力は勢いを増す。
それだけアークドラゴンは強力だ。
グレンとミルナ。
二神を柱に構成される想像世界で、先ずは仲間が必要だった。
森を歩く事二十分。
何処からか鼻歌が聞こえてくる。
こっちか……。
俺は花で覆われた泉で裸の女を目の当たりにした。
銀髪……先ず間違いない。
「きゃあ!」
と胸元を隠すメリア。
最悪だ。
彼女の勧誘というただでさえ困難なゲームの難易度を極限にまで上げてしまった。
「サイッテー、早く出て行って!」
「チッ、ミスった」
俺は岩陰に身を潜め、メリアと対話する事にした。
「アンタドラゴンの契約者だろ?俺はマゼラの戦士だ。勧誘活動に来た」
「はぁ?知らないわよ。つーかただの戦士の分際で話しかけないでちょうだい!」
身支度を終えたメリアが岩陰の俺の元へと歩み寄る。
目がクリクリっとしていて美人だ。
第一印象はお互い最悪といったところか。
「覗いた罰として土下座しなさい!」
「メリア……その……俺が悪かった。だから土下座はちょっと……」
「んー?」
メリアが緑色の瞳で覗き込む。
「アンタまさかレナ・ボナパルト!?天下の勇者様がこんな変態だったなんて皆が知ったら驚くわ」
「だろーな。だが最後まで話を聞いてくれ。俺は君の力が必要なんだ」
「じょーだんじゃないわよ。早く荷物まとめて町へ帰りなさい!」
強気だこの娘……。
俺が勇者であることを知りながら臆する事なく噛み付いてくる。
「取り敢えず砦に戻るかな。だが俺は諦めたわけじゃねーぞ」
「フン!」
腕を組みそっぽを向くメリア。
こりゃ老婆たちも彼女には手を焼く事だろう。
時刻は夕方。
俺は砦に先に帰る事にした。
元カノであるハーフエルフナオミはクールだったが、我儘ではなかった。
それに比べてあの娘は……。
恋人としてはナシだが憎めない何かがある。
人を惹きつける何かが。
一人森を歩きながら考える。
メリア・ヴァーナントとの出会いはレノン家の運命なのか。
エルメスが石板を見つけてくれなきゃこの出会いは無かった訳だが、偶然にしては勿体ない。
まだ若いので将来高い魔力を宿す事になる可能性も秘めているのだ。
俺も一応魔導剣士だが、魔法に関してはまだまだこれからである。
偶然赤の石板を選び、この砦に来た。
俺にとってドラゴンとの関係性はこの世界にいる限りは切っては切れないものだったのか。
砦の中でメリアを待つ。
この西の果てまでは流石に魔女の脅威は及んでいないだろう。
だが盗賊が出る。
そして女も奴らにとっては商品の筈だ。
「ちょっと行ってくる」
夜になっても帰らないメリアの為に外に出向く。
奴隷。
嘗てのエルフ達がそうだが、人身売買は治安が悪い想像世界では珍しくない。
老婆たちのように砦に引き篭っていれば良いものを。
自分勝手なように見えるが、それでも俺はメリアを心の底から嫌いにはなれなかった。
一期一会だ。
この出会いは神が決めたもの。
それもグレンのような偽物の神が決めたものではない。
もっと抽象的な、現実世界の神が。
暫く森の声に耳を澄ませると木々たちが囁いているのが分かった。
「あの娘は囚われた……」
「盗賊のアジトは南の洞窟……」
「早く助けないと彼女は死ぬ事になる……」
なるほど洞窟か。
俺は暗い森の中を駆け出す。
サッカー仕込みのスタミナをここぞとばかりに発揮だ。
左手のフレアを松明代わりに、俺は洞窟を見つけ出した。
全く手のかかる女だぜ。
俺は中に突入する覚悟を決めた。
先ずは見張りの者をファントムソードで刺し殺し、勢いよく中へ押し入る。
「何だお前は!」
盗賊の頭らしき男が立ち上がる。
メリアはロープで縛られ、猿轡をされていた。
呪文を唱えない限りはドラゴンを呼べない。
七種類の剣技のうち、この場合役に立ちそうなのは氷属性の「氷結」だった。
洞窟の中は狭い。
やはり無難に連続斬りだった。
(氷の礫、喰らいやがれ)
冷気を纏った大剣で縦へ横へ、傍若無人に斬り刻む。
敵の武器をはたき落とし、首を刎ねる事で、頭を殺された盗賊団は既に混乱していた。
メリアの前に立ち塞がり、剣先を盗賊達に向ける。
「死にたくなければ金品を寄越せ」
手に入ったのは金貨三枚と薬草だった。
こんなものか……。
記憶が正しければ金貨一枚は庶民の年収に相当するはずだった。
だがこのご時世、金の価値は下がる一方のはずだ。
「まあいい……帰るぞ」
「何で見逃すのよ、アタシを苦しめたアイツらを懲らしめてよ」
猿轡を取ったメリアが声を上げる。
だが俺は首を横に振った。
「良いんだメリアが無事なら」
メリアは顔を真っ赤にしていたが、それ以上何も言ってこなかった。
ロープを切り、自由になったメリアは「フン!」と再び腕を組んだ。
「これで覗いた事はチャラにしてあげるわ」
「じゃあ仲間に……」
「それは別よ。調子に乗らないでくれる?」
やれやれ……。
洞窟から出た俺は背中から翼を生やした。
メキメキと背中から生えてくるのは新しい感覚だったが、違和感なく飛べそうだ。
盟友、アンガス・クロウの遺産。
無駄にはしまい。
例えこの身を化け物に染めようとも。
クロウ家の加護が可能にするこの業に、メリアは呆気に取られている。
「ほら、飛んで帰るぞ」
とメリアを抱き抱える。
さっきから赤面状態のメリアだが、やはり何も言ってこなかった。
「アンタ、先代のドラゴンとの契約者ってホントなの?」
「ああ本当だ。竜騎士としてハモンや神々と戦った」
「じゃあ強いんだぁ……」
「まあな」
「じゃあアタシなんか要らないんじゃないの?」
「いやメリアが良いんだ」
俺たちは西の砦に着いた。
メリア・ヴァーナントは黒いローブを着ていたが、まだ魔法が得意というわけではなさそうだ。
「どうせアタシじゃなくてドラゴンが欲しいんでしょ」
「え?」
そう言えば確かにそうだった。
だがそれはメリアに失礼か。
二十歳なら将来化ける可能性も十分ある。
「そう悪く捉えるな。メリアにも十分期待しているよ」
そう言うとメリアはやや嬉しそうに下を俯いた。
老婆達は黙って見ている。
「一眼見た時からピーンと来るものがあった。それは嘘じゃない。俺はお前じゃなきゃ嫌だ」
と手を差し出した決定打となった。
「本当は嫌なんだからね……」と手を取るメリア。
老婆たちも彼女が旅立つ事に何も言ってこなかった。
本当は一人ぼっちだったのかもしれない。
だから人を中々信用できなかったのだ。
だが俺は彼女を招き入れる。
目的の為、もう決めた事だ。
それに結構可愛いとこあるじゃん。
俺は頭の後ろで手を組んだ。
この俺が簡単に恋になど落ちるはずも無いが、メリアにも可愛いところはある。
俺たちは砦の前の木陰にある赤の石板に触れた。
エルメスの霊と、アルフが笑って迎え入れる。
王の座に座るアルフは、悪くなかった。
「アタシの名はメリア・ヴァーナント。仲間に加わった事、感謝しなさいよね!」
確かに手のかかる娘だが……。
俺は俯き苦笑いを浮かべる。
「貴方が居ればいつでもドラゴンを呼び寄せるんですね!感激です」
とアルフ。
エルメスは特に声をかける事なく、
「青の石板は北のエルフの集落に通ずるそうよ」
と言った。
サルデア城王の間。
昔は豪華絢爛だったが見る影もない。
だが取り敢えず、これで強力な仲間が加わった。
今日も宿屋で一休みしようと考えた刹那、エルメスはこう続けた。
「今から青の石板で北へ向かってくれない?そこで手に入れて欲しいものがあるの」
「何だ?」
「神秘の秘薬。私の姿を元に戻す事が出来る薬よ。ねぇいいでしょ?」
「しかしエルフとは敵対関係にあるんだろ?」
「だから夜のうちに盗んでくるのよ」
「しかしアルフもエルフの血を引いてるんだ。話し合いで何とかなるだろ」
「神秘の秘薬の希少価値は想像を絶するわ。素直に渡すとは思えない」
なるほどな……。
俺に盗賊になれと。
本当に闇に染まりつつあるぜ。
俺が青の石板に手をかける決意をした、その時だった。
「待ってレナさん。物乞いのおじさんが今日からアイテムショップを開いたんだ。寄ってみない?」
とアルフ。
物乞いの男は昨晩一緒に肉を食べた仲だが、今はまだ大したアイテムは売っていないだろう。
「いやいい。薬草もあるしな」
それ以上アルフは何も言ってこなかった。
国王として政を始めようとしている。
民が徐々に集まりだす日も近いだろう。
それだけ、レノンという名は有力だった。
メリアが口を開く。
「アタシのドラゴンがエルフ達の気を引いてるうちに盗むってのはどう?まぁアタシ神秘の秘薬興味ないけど」
かぶりをふるメリアと幽霊エルメスは犬猿の仲になりそうだ。
だが何にせよそれは良い作戦だった。
そしてエルメスが元に戻れば戦士の俺の強力なバックアップになる。
元々彼女は大陸の人間だった。
四人の勇者のうち、一番関係が薄かったのがエルメスだった。
時折訳ありの表情を見せていた道化師だったが、その魔力は計り知れない。
「しかし幽霊のエルメスが盗みに行くという選択肢はないのか?」
「それもそうねぇ。私も行くわ。レナちゃんと一緒に」
「留守を頼んだぞアルフ」
しかしこれからする事は盗賊となんら代わり映えしない。
背中に生えたままの黒い翼も、邪気を纏う黒い装備も、様になってるっちゃーなってる。
「因みに残りの石板の行先は?」
「黄色が東の港町グレンソール、緑が南の常闇の神殿よ」
グレンソールは元カノの故郷、常闇の神殿はファントムソードの元所有者サタンの住処だった。
元カノ、ナオミ・ブラスト。
勇者のうちの一人で、その身体は機械化していた。
あの、澄んだ眼。
(忘れられる筈もないよなぁ……)
と聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟くと、メリアが首を傾げる。
ま、ナオミもメリアも両方美人だよ。
そしてファントムとはサタンの二つ名で強力な敵だった事は確かだ。
この大剣の創造者。
そして嘗ては南で勢力を強め、サルデアと敵対した国の覇者。
「行くか」
俺とメリアとエルメスの霊は、青の石板に触れた。
アルフが玉座から立ち上がり、手を振っていた。
たどり着いたのはエルフの集落。
木造の家々が立ち並ぶ。
ナオミ・ブラストの故郷はもっと東の方だったがその祖先は恐らく此処から来ている。
「じゃあさっそくドラゴンを召喚するわ」
呪文を唱えるメリア。
程なくして現れたのは体長八メートルの赤きドラゴンだった。
降り立つだけで地響きさえ生み出すその巨体は、エルフ達の注目の的だ。
「じゃあ石板の前で待機してるから。行ってらっしゃい」
メリアの声を背に、動き出す。
火を吹くドラゴンに皆が注目する中、家々の間を走るが、明らかに情報量が欠落していた。
「恐らく長老の家よ」
エルメスが耳打ちする。
そんな事まで知っているのか。
俺はエルメスが初めからこのつもりでサルデア城に居座ったのではないかと疑問を持った。
だがもう後には引けない。
そして俺たちは一番大きな家の前に到着した。
ドラゴンが暴れ回ってる今しかない。
ドアを蹴り開け、数々の展示品を目の当たりにした。
「どれか分かるか、エルメス」
「恐らくこの砂の入った袋がそうよ。飲んでみるわ」
「早くしろ。長老たちが戻ってくるぞ」
俺たちは盗みを犯した。
上等だ。
この汚い世界で俺はメリアやエルメスと共に名を上げてみせる。
道化師エルメスはみるみるうちに姿を取り戻した。
顔は以前のように真っ白けで、サーカスのピエロさながらだった。
初めて会った時からエルメスは何を考えているか分からない所がある。
何にせよ目的を果たした今は、城への帰還が最優先だった。
家の外。
弓を構えた十数人のエルフ達が待ち構えていた。
思わず両腕を上げる。
万事休すだ。
ドラゴンも矢を嫌ったのか今はいない。
その時だった。
「私は目的を果たしたからこれで失礼するわ」
とエルメスが煙と共に消えたのである。
裏切り者め、と呟く間もなく、逃すかと矢を放つエルフ達。
俺はエルメスに裏切りに遭い、数十本の矢を受けて地に倒れ込んだ。
痛み。
心と身体に突き刺さる。
俺は再び目を開く事はなく、意識だけが徐々に遠のいていった。