間話「記憶喪失のハーフエルフ」
ネロ・ランドール。
魔女の一人息子としてマジョルカに産まれた褐色肌の男。
あの鳥人たちと同じルーツを辿るネロだったが羽は無い。
ネロはモノマネの技術が使えた。
母である魔女も多少は使えたが、ネロほど強力ではない。
時空飛び(タイムワープ)と呼ばれる黒紫の渦による移動は、あのセンジュ族のハモン特有の技だったが、三歳の頃にコピーに成功している。
マジョルカの人々は彼を天才とはやし立てた。
この頃はコピーと定義した者は居なかったのだが七歳のネロは自身の能力に気づいていた。
彼が十歳の頃にマジョルカはレナに降伏した。
母の幻影を倒したレナ・ボナパルトという男。
許せない。
たとえ刺し違えても……いつか。
十三歳のネロは興味本位で千年後の未来へとワープした。
そこでキャンディスを目撃し、十秒ほど見つめただけで三人目のゲート開放者となったのだった。
そう、ハモンにせよキャンディスにせよ、十秒見つめただけでその技を一つコピーできる。
だがコピー出来る技数にも限りがあり、慎重にならなければならなかった。
ネロは十三歳ながらも自身の能力の限界に気づいており、二つ目のコピーとしてゲート開放を選んだのである。
たった十秒見つめるだけだが相当な気力を使う。
技の詳細はあのグレンがテレパシーで教えてくれたのだった。
ネロは度々現実世界を訪れた。
ある時ネロが二十歳を迎えた頃、スペイン語を話せる日本人、細川と運命的出会いを果たす。
細川に見込まれたネロは想像世界に返り咲き、そこで零社を設立した。
細川の頭脳は想像以上だった。
ネロのタイムワープからヒントを得たならタイムマシーンを作り、未来に渡るなりディバイン・ドロイドを造った。
だがディバイン・ドロイドは失敗だった。
反省点を踏まえ、細川は島亀フレゼルの歯の隙間から体内に侵入しナオミを引き取り改造した。
ーーインゼクター。
虫の細胞を体内に取り込んだ生命体のことを言う。
成功例を目撃したネロはすぐさま自分への投与を許可。
史上二人目のインゼクターとなったのだった。
ネロ・ランドール三十一歳の時だった。
流石に不老不死の呪文は未だに発見できない。
神が与えたモノマネの能力は限りがある為大事にしないと。
ネロはスキンヘッドにターバンを巻き決して裕福とは言えないマジョルカの伝統服(布の上から風呂敷を巻くようなもの)を着ていた。
質素な生活に不便は無かったが、あの細川には野望があった。
インゼクターを日本の防衛手段とし、多額の金を振り込んでもらうと。
ネロはインゼクターナオミをテストとして送り込まれた終末の時代に迎えに行き、細川と合流。
インゼクターとして日本に足を踏み入れるのだった。
ナオミにも微かに昔の記憶はある。
だがそれ以上に人間兵器だった。
現にネロでさえ、時々自我を忘れて凶暴になる。
何にせよこれでネロにも平和と安全が確保され、何不自由ない生活が提供されるはず、だったーー。
「此処が日本か。細川が開発した翻訳機があれば不自由無さそうな国だ」
とナオミ。
彼女のあだ名はバタフライーー。
オオムラサキ(蝶の一種)の細胞を体内に取り込んでいる。
いつでも羽を生やし空を飛ぶ事が可能だ。
ナオミの最上級剣技、試しにコピーしてみるか?
いや軽率な判断はなるべく避けたほうが。
因みに自分はマンティス。カマキリのインゼクターだった。
東京、渋谷。
建物のビッグスクリーンにコカトリスの映像が映し出される。
ゲートを潜って現れたのか。
あれでは一般人が殺られる。
ネロはレナが嫌いだったが、ある程度の正義感は持ち併せていた。
細川の開発した耳に付けるタイプの小型翻訳機のおかげで、ニュースの内容が耳に入ってくる。
【突如姿を現した体長四メートル程のバケモノは東京都の空を飛行中!皆様建物に隠れるなり避難して下さい】と言った具合だ。
インゼクターにとって又とないアピールチャンスでもある。
戦いに向かわない手はない。
便利な飛行能力を持つナオミが、ここぞとばかりに蝶の羽を生やす。
正直美しい。
そしてネロは自身の腕を鎌に変形できるのだが飛べない。
一応走ってはみるが、ナオミ一人でコカトリスを相手することになりそうだ。
ナオミの武器である斬牙とビームサーベル。
殺傷力はコカトリス相手には充分過ぎる。
上手くインゼクターをアピール出来たら恐らく零社本部のような建物を提供されるだろう、と細川は言っていた。
何としてでもコカトリスを倒しておきたいが、歴戦の勇者ナオミにその心配は無用か。
ネロもあの魔女の息子として天才の名を欲しいままにしてきたわけだが、あのナオミ・ブラストの絵に書いたようなサクセスストーリーも軽視できない。
彼女が味方で頼もしいというのが本音だ。
「倒したぞ」
と三分ほどでナオミが帰ってきた。
クロス斬りで一発だったという。
だが想像世界からいつ次なる刺客が現れるか分からない。
インゼクターを三人に増やすことも、恐らく細川は検討中だろう。
ナオミと二人で喫茶店に入った。
スペインとはやや違うこの国の風習も、ナオミなら直ぐ溶け込めそうか。
コーヒーを注文した。
お互い苦しい時代に生まれ、気づけば別世界に足を踏み入れていた。
細川は今取材に応じているらしい。
その映像がプラズマブレスでは映し出されていた。
3D液晶画面を閉じ、コーヒーを啜る。
ナオミも男勝りと思いきや上品な佇まいだった。
だがこの格好はやはり目立つ。
人狼の鎧とマジョルカの伝統服は、日本人の服装とはえらい違いだ。
「悪くない味だ」
とカップをテーブルに置く。
食べ物の旨さはやはり現実世界の方が上か。
想像世界は魔法や剣の研究に特化していて食べ物はパッとしない。
それだけ平和から遠のいた歴史だったと言える。
「貴方は……私が誰か知っているのか?」
ナオミからの素朴な質問だった。
闘い方は身体が憶えているにせよ、レナ達との記憶は曖昧。
そう、細川からは聞かされていた。
「いつか教えよう。有名人だった。この俺を超えるほどに」
ネロは薄っすらナオミに恋心のようなものを抱き始めていた。
この人をレナに会わせてはならない。
それに本当は記憶を思い出させるつもりはない。
レナへの復讐がどうなるかはさて置き、ナオミを時をかけて自分のモノにするのも悪い案ではなかった。
「ネロ」
考え事をしていてナオミへの反応が少し遅れた。
「何だ?」
「私は此処が現実世界だという事を知っている。剣の扱い方も分かる。それなのに記憶の大事な部分がスッポリ無くなっているというか……凄く変な気持ちなんだ」
「お前の言わんとする事も分かる。だが今はインゼクターとして成果を上げるのが先だ。いざとなればこの俺が守ってやる」
その台詞を聞き、少し首を傾げたナオミだったが、ありがとうと零しコーヒーを啜った。
ハーフエルフ。
差別の対象となった時もあっただろう。
この人と心を通わせられるのか。
いやレナに出来て、自分に出来ないはずはない。
ネロとナオミは席を立ち、喫茶店を跡にした。
この俺が。
この俺が細川の技術を利用したように俺も細川に利用されている。
ウィンウィンな関係のはずだったがいつしか細川の手の平で遊ばされていた。
だがこのナオミはどうか。
考え方は透き通ってると言っても良い。
この俺の人生観すら変えかねないこの女の心情。
このご時世ある意味貴重で、何処か眩しかった。
ネロが言った。
「どうやらあのビルがこの世界での零社本部になりそうだ、と細川は言っていた。どうだこの近くを散歩しないか?」
細川への取材も終わりいよいよ零社が現実世界に乗り出す。
ネロの損得勘定とは無縁そうなナオミへの興味は募る一方だった。
公園。
子供達がサッカーをしている。
偶々ボールが我々の方に飛んできた。
「サッカー……ボール」
とナオミがソレを拾い上げる。
そう言えばレナはサッカー選手だった。
だがこの程度で記憶が戻るとは考えにくい。
ナオミは暫くボーっとしていたが「お姉ちゃんソレ返してよ」と急かす子供たちにボールを投げ渡すのだった。
それにしても見惚れるような黒髪だ。
眼も美しい。
是非自分の将来の嫁に。
ネロの脳内はそこまで飛躍していた。
元々恋愛とは無縁だった。
魔女の息子として鍛錬を重ね、気がつけば零社設立を手伝っていた。
結婚も視野に入れるべき年齢だ。
だが恋愛をどう進めたら良いか分からない。
ネロはなるべく公園から遠ざけるようにナオミを誘導した。
「花だ。久しく見ていなかったな」
と公園の脇のチューリップの匂いを嗅ぐナオミ・ブラスト。
確かに絵になるが……どう対応したらいいか分からない。
あたふたしているとナオミは先に行ってしまった。
このネロ・ランドール様が女一人落とせんなどあり得ん。
想像世界に行けばマジョルカ付近なら直ぐ相手を募集できる。
だがそれでは駄目だ。
性格と見た目を兼ね備えたハーフエルフこそ自分の嫁にピッタリなのだ。
彼女の息子のソラ。
レナほどの敵対意識は無かったがやはり邪魔な存在だった。
ソラに会って何かを思い出す、という可能性も無きにしもあらずなのだ。
見ればいつの間にか目の前に包帯の男がいた。
身体中グルグル巻きでミイラみたいだ。
腰には太刀も携えてある。
「何者だ?」
とナオミの横に並ぶ。
勘が正しければ想像世界の人間だ。
こんな殺気立った太刀使いは恐らく現実世界にはいない。
いたとしてもそう易易と現れない、というのがネロの中の常識だった。
ここ日本は特に平和な国で、ミイラ男の発する殺気は明らかに異質だった。
男はポケットから注射器を取り出してみせた。
「なったよ……俺もインゼクターに」
まさか留守の零社を襲撃して!?
確かにあの注射器を打てばたちまちインゼクターに変貌する。
いや待てよ?
彼の持っている二つの注射器。
まだ未使用の物じゃないか?
「俺はクワガタを選ばせて貰った。筋力はクソ伸びたぜぇ?」
「それを返せ!」
ネロが手を鎌に変形させて構える。
ナオミも斬牙に手を添えている。
あと二つの注射器がどの虫の物かは分からなかったが、そう易易と強力な敵を増やしてはならない。
「貴様名前は?」
ナオミの問いかけに男はフッフとかぶりを振った。
「生き返ったんだよなぁ。ロキ・レノン。エルフは奴隷らしく床でも磨いてろ!」
ネロは動いていた。
エルフ族である彼女が侮辱されたこと。
確かにロキの時代は奴隷制が幅を利かせていたが、その言葉は攻撃を開始するには十分過ぎた。
鎌と太刀。
渋谷の歩道でぶつかり合う。
ナオミも追撃に動いていた。
斬牙とビームサーベルを交差させクロス斬りを見舞うべく猛スピードで接近する。
だがあと一歩のところでロキは上空にジャンプしてかわしていた。
「お前たち二人を相手するのは分が悪いと見た。仲間を増やしてくるぜ」
とロキは煙玉を使った。
ゲホゲホゲボと咳き込んでいる間に彼はいなくなっていた。
「もう二人のインゼクターが出てくれば勝算は急激に減る。一度細川に報告だ」
「千里眼を使えば……いや土地勘がないか」
千里眼。
自分には無い能力だった。
神族。
居そうもない者たちがこの世にはいるもんだ。
それにしてもロキの破天荒さ。
レノン家の初代国王はそうとうイキり散らかしている。
「君の能力にも、当分世話になるだろう」
とネロはおそるおそるナオミの肩に手を置くのだった。




