第十六話「終焉」
翌朝、ゼラートの広場に俺の銅像が完成していた。
因みにアシュラはフィーネを倒した事で千里眼とテレパシーの能力を得た(遠くに居る者に語りかけられる)ようで、満を持して俺たちはスノウランドに乗り込むのだった。
だが圧倒的力を得たとて、力づくで領地を奪うのは最終手段だ。
馬に乗って駆けた為、首都フローズンシティまでそう時間は掛からなかった。
そうこの世界は狭い。
それでもゲートを潜れば現実世界を制圧しかねないポテンシャルを秘めている。
平和の実現は大きな意味があると言えた。
それにしてもナオミに続き、アシュラにも千里眼が。
千里眼の薬はモドリ玉以上の希少価値なので、中々ラッキーだったと言える。
この世界で雪が降るのはここだけだ。
四季すらはっきりしないこの想像世界でここだけ異常に寒いのは不思議と言えた。
まあそんな事を言いだせば魔法が使える事自体不思議そのものなのだが。
辺り一面鏡で覆われた建物が立ち並ぶ、何とも言えない人工的雰囲気を醸し出すフローズンシティは、戦士として飛び回った時期ですらあまり訪れなかったある意味聖地だった。
馬が寒そうにブルルッと身体を震わせる。
ナオミとの昨夜の想い出は触れるべきか悩んだが、一応言えるのは献身的な彼女の姿勢に自分も付き合わされた事。
抵抗はなかった。寧ろーー。
いやこの話はよそう。
今は如何に平和的にスノウランドを降伏させるかだ。
建物内で長らしき者と目があった。
「ギガマンモスを狩ってくれたらスノウランドはサルデアの支配下に属そう。あの肉があれば半月は安泰だ」
容易い御用だ。
三人で来て良かった、万が一ということもない。
俺、ナオミ、アシュラの三人でギガマンモスとやらを仕留める。
体長は十二メートルほどとやや大きめだが、ヒュドラやアルマゲドンには及ぶまい。
「えらく余裕そうだな。レナ・ボナパルト……」
「ま、色々経験してきたからな。喜びも悲しみも……」
長が神妙そうな顔つきで見つめる。
敬語を使われなくてもいい。
長は一回り歳上だ、それに……。
俺だっていつまでもこの世界に居座るとは限らない。
「行ってくる」
「マジョルカの十歳の魔女の息子に、テレパシーで無条件降伏を呼びかけたっスよ……!ここを乗り切れば後はロンダルギアだけだ」
「キャンディスにロンダルギアに来るよう今のうちに呼びかけてくれ。田舎には馬がない」
テルミナに比べメタスやマジョルカは田舎だった。
それはそうとして、今はギガマンモスだった。
ここまできておいて失敗は許されない。
無敵になったとは言え、ナオミやアシュラが死ぬことは絶対にあってはならない。
「アシュラ」
「?」
「頼もしくなったな」
十七歳の少年が、いつしか自分で考えられるようになっていた。
そしてナオミはーー彼女さえ良ければ現実世界へ連れて行く。
センジュ族であるアシュラを現実世界に溶け込ませるのは至難の業だ。
いたギガマンモス。
図体がデカいので遠くからでもよく分かる。
おまけに群れじゃない。
つまり俺たちの敵じゃなかった。
馬から降り、対象を囲うようにして周り込む。
本当はイザベルやメリアの補助魔法があれば良かったが贅沢は言ってられない。
ストライカーの俺たちが全力で叩きのめす。
「世界征服の為だ……よ!」
阿魏斗で斬ってかかる。
ハモンの生き霊を偲ばせた太刀の威力は絶大。
剣技を使用せずとも足元にダメージを与えられた。
そしてアシュラの「流星群」、ナオミの究極剣技が相手を襲う。
ナオミは双剣使いの為、二種類の属性を混ぜる究極剣技のスペシャリストだ。
ムラサメ戦では最上級剣技を見舞い、金星を挙げている。
「悪い、俺たちは強くなり過ぎた」
黒い旋風斬りを見舞い、ジ・エンドだった。
黒い羽が迸る攻撃で、ギガマンモスが鳴き声と共に横に倒れる。
因みにナオミの今回使用した究極剣技は光と雷を混ぜた「裁きの雷」だった。
剣を地面に突き立て放つ技である。
「呆気なかったっスね……」
「早く肉を持って帰るよう知らせよう」
「これから南へ向かう。最後の領地ロンダルギアだ。そしてキャンディスと合流し……」
「行くのね」
「ああ」
ナオミは七年前一度、現実世界に来たことがあった。
つまり想像世界は……当分若いアシュラに任せる形となる。
もっと長く一緒に居たい、それは確かな気持ちだった。
取り敢えずここから南の天空の城を目指す事になる。
ロンダルギアは大陸の内陸部に位置するこの世界を象徴する巨大な城が目印の土地である。
アシュラはそこで鐘を鳴らし、この世界に威厳を知らしめるのだ。
馬で向かった。
先ずはフローズンシティの長に、勝利した事を知らせる。
そして今からゲートの出現を可能とするキャンディスと、天空の城で落ち合う。
馬の腹を蹴って加速させた。
もう少し……もう少しでナオミにクレープを食べらせてやれる。
戦いから解放してやれる。
それにしても忘れていた、今日は俺の誕生日だ。
丁度いい……キャンディスを正式に俺の妹として迎えナオミとは結婚する……俺はこの特別な日を向こうの世界で過ごしてみせる。
フメア山を横切り、天空の城が見えてきた。
キャンディスは既に着いていたようで、俺たちは再会を分かち合った。
だがーー最後の敵が待ち構えていた。
謎の騎士ーー。
顔は兜で見えない。
声はなんと女だった。
「貴方たちはこの世界での試練を乗り越えてきた。最後の敵は私よ」
「まさか……ミルナ!?」
この世界の創造主、グレン・シルバーウィンドの妻ミルナ。
グレン亡き後もこの世界が存続し続けたのも彼女の存在があったからに他ならない。
つまり戦ってこの世界を終わらせるという事。
「私は七年間、自分を倒せる者を探し続けていた。それはアンドロメダでも、ムラサメでさえもなかった。それはレナ、貴方よ。そしてナオミ、アシュラ、キャンディス。貴方たちよ」
ゲートが現れれば現実世界の住民がやられる……。
元々向こうの世界の人間だったミルナらしい考えと言えば考えだが……。
「アンタを……倒すのか?」
「ええ」
「…………」
「もう覚悟は出来てるはず。グレンの妻として……禊をつけるの。グレンは最上級剣技『虹』で倒れた。私は……どうかしらね?」
先程のギガマンモスとは比較にならない相手だ。
だが幸いキャンディスがいる。
いや……待てよ……?
ナオミとキャンディスが死ねば俺は永久に召される!
もう後戻りは出来なかった。
四人の団結力が試される。
そう言えばグレンに挑んだのもマンティコアとエルメスを加えた四人だった。
「エルメス……イザベル……メリア皆この世から幻影としても消える。それでも私を倒すのよ、レナ!」
戦闘が始まった。
思えばこの世界に来て成長した……。
表向きの強さもそうだが、内面もだった。
漢らしさやリーダシップ、そして……愛情。
これまでの全てが重なって今がある気がした。
恐らくミルナは魔導剣士。
おまけにフィーネの母なので幻術まで使う怖れもある。
場所は天空の城の大広間。
昼間なのでそこまで薄暗くはないが、若干不気味な神聖な場所だ。
今アルマクルスはナオミが持ってる。
そのナオミが瞬間移動を駆使し、一気に間合いを詰める。
究極剣技「氷竜斬り」ーー。
だが透けるようにしてミルナは攻撃をかわしていた。
氷の竜が虚しく壁にぶち当たる。
「これならどうだ!」
キャンディスの周りに魔法陣が出来上がる。
そしてーー。
召喚されたのは赤、青、黒、三体の竜の合成獣だった。
首が三つある。
恐らくクランケーンやブルーノといった竜たちの集合体だが、若き天才はこれを五秒で召喚するか。
ミルナが「フフッ」と笑うのが聞こえた。
戦って……戦って勝って終わらさなければ駄目だ。
今までの全てを賭けて……この美しくも危険な世界を無に返すんだ!
俺はデビルズゲートを出現させた。
そうこうしている間にもミルナは動いており、ファントムソードで合成獣の光線を受け流しているところだった。
悪魔の剣「ファントムソード」。
元々は彼女が所有者だ。
「アシュラ!誘導してくれ!」
全てを言わずとも意思疎通がとれた。
つまりデビルズゲートに封じ込め、闇魔法の餌食にする。
出て来た頃にはクッタクタになっているはずだ。
ミルナとの戦闘でクロウ家の加護が発動したのは意外だったが、しのごの言ってられない。
合成獣がピンチだ。
ファントムソードを最後に所持していたのはレイヴンだった。
それを拾ったのか。
何にせよ、ミルナは物凄いレベルの魔力を限界にまで抽出している。
放たれたのは風属性上級魔法「サイクロン」だった。
風で窓ガラスが全て割れていく……そして。
合成獣は城の壁にぶつけられ戦闘不可能となった。
光となってキャンディスの元へと帰っていく。
だがミルナがサイクロンを放った直後にできた僅かな隙を、アシュラ・ヴェラスケスは逃さなかった。
透明になる前に足を掴む。
そして親父譲りの怪力で、ミルナを門の方へと投げ飛ばす。
今までデビルズゲートが綺麗に決まった事は無かった。
仲間との連携はそれを可能にする。
真っ暗闇の暗黒に、ミルナ・シルバーウィンドは閉じ込められた。
束の間の静寂が広間に訪れた。
そしてーー。
門が開きミルナが顔を出す頃には、彼女の精神は消耗していた。
ここぞとばかりにナオミが究極剣技を畳み掛ける。
雷と光の融合「裁きの雷」。
アルマクルスで威力が底上げされた青緑色の落雷は、神ミルナに直撃した。
今しかねぇ、魔導剣士の真骨頂「真・桜竜の舞」!
マンティコアの鬣のネックレスが光り、勇気の象徴ともとれるその技は天空の城を光で包んだ。
花びらと共に二頭の竜が、回りながら重なるようにしてミルナの方へと吸い込まれていく。
ぶつかった頃にはミルナは両膝を床につけていた。
「やるわね……ならば私の真の姿を見せる時!」
「真・桜竜の舞」を受けた鎧姿の女はクックックと笑ったかと思うと、煙と共に姿を変えた。
山羊の頭部をした身長ニメートル半の巨人。
既に兜は脱ぎ捨てており、魔力の高まりも半端なかった。
その変身したミルナの攻撃。
ファントムソードは鈍く紫に光っており、その攻撃はアシュラの腹に突き刺さった。
タフなセンジュ族じゃなかったら即死だった。
鬼の表情で俺が次なる攻撃を企てる。
だがミルナは想像以上に速い。
闇属性中級魔法「ナイトメア(異空間から異空間から隕石を放つ技)」の詠唱完了前にキャンディスを念力で吹き飛ばしていた。
念力。
威力は低めだが、呪文詠唱を中断するには持ってこいだ。
変身した事で魔力の増したミルナの攻撃はキャンディスを壁に打ち当たらせ気絶させるに至った。
血を吐くアシュラ。
俺の怒りは頂点に達した。
(よくも……二人を……!)
俺の運命の人はナオミだが、例え性別や年齢が阻もうとも二人は大事な仲間だ。
「ナオミ!アルマクルスを寄越せ」
言い方に棘があるなど今は言ってられない。
引っ手繰るように奪い取り、首にかけた。
今は勝つことが最優先だ。
俺はグレンの黒い旋風斬りとマンティコアの魔導斬りを組み合わせた暗黒魔導斬りを山羊女に向けて放った。
漆黒の異空間を連想させる一撃はアルマクルスによって威力が底上げされ、ついに我々はミルナに勝利した。
視界が鏡が割れたかのように砕け散る。
そして気づいた時俺たちはスペインの浜辺にいた。
そう俺たち。
なんと今回は七年前と違いナオミ達も一緒だった。
「ナオミ、お前耳が……」
ナオミは想像世界が消えた事でハーフエルフから普通の人間に生まれ変わっていた。
もっと驚いたのはセンジュ族のアシュラ。
かなりの美少年になっている。
これから俺はサッカー選手に返り咲く。
三人を養うのも訳ないさ。
それに……夕日が綺麗だった。
「結婚してくれ、いや結婚してください」
手を差し出す。
ナオミは喜んで引き受けてくれた。
「お兄ちゃんちょっと大人になったね」
「はぁ?俺は百パーセント大人だぞ」
「どうっスかね?」
「フフッ……」
夕日は赤紫色に輝いていた。