第十五話「散りゆけども」
ナオミ・ブラストーー。
父はロンダルギア出身のエルフ、母は雪国、つまりスノウランド出身の人間だった。
物心ついた頃にはミルナ島に渡っており、両親の顔は覚えていない。
まあナオミの父の時代は差別の絶頂期だったのだが。
ナオミはクレイモアのメタス城地下でディバイン・ドロイドについての情報を入手。
どうやら隣接国マジョルカで「ムラサメ」と呼ばれるメカは眠っているというーー。
レイヴンと共に旅立ったナオミは自身の過去を思い描いていた。
九歳の頃、一人砂地を歩き渡り、奴隷商人と遭遇した時は、そばかすの男に助けられた。
その人の命と引き換えに。
詳しく言うと彼はナオミを助けて溺れ死んだのだが、孤高なるハーフエルフの男嫌いもこの頃からである。
ナオミはメタスとマジョルカの国境付近に来ていた。
見据える限りの樹海の入り口にレイヴンも顔色を変えた。
そのレイヴンとの出会いはマゼラのアカデミー時代から。
卒業後は「深き森」のゴブリン駆逐任務で命の儚さに涙を流したものだ。
当時から剣技を習得していたが、アンガスとの実力は拮抗していたと言える。
また刺青も首元だけに留まっていた彼は涙脆く優しい性格だった。
そしてその任務の帰り道、キャンディスを森で発見するのだった。
規格外の金の卵だということは、アカデミーで魔法をかじっていた自分にとって、見破るのは造作も無い事。
そして二十一歳になったナオミは町でドラゴンライダーと出逢いを果たすのだった。
(レナは今どうしているだろうか。自分の事を忘れたりしないだろうか)
そんな不安から解消されたのもごく最近で、異性への信じる気持ちは離れ離れになってより強くなったと言える。
そしてその頃レノン三世が脅威に感じていたのが、復活した南のサタンだった。
女神と対をなす神ミルナの片割れ。
ファントムの異名を持つ彼女が、常闇の神殿に陣取ったのである。
占い師イザベルによるとドラゴンライダーこそ予言の子、ナオミと二人で倒しに行ってみては?と提案した彼女は何を見たのか。
何にせよマンティコアやレイヴンはその頃動けない状況だった。
神殿でファントムソードを引き抜き、見事それを使いこなしたレナの活躍もあってかナオミ達はサタンへの金星を挙げたのだった。
「ふぅ。随分歩いたね。少し休憩しようか」
レイヴンは今朝妻を亡くした。
心に黒い穴がぽっかり空いている、とまではいかないらしい。
いやレナに遠慮して、強がってるだけか。
ナオミは樹海で腰を下ろし回想を続けた。
大陸に渡ったナオミ達はハモンとの抗争中に零社を味方につけた。
アレクサンダーやロキとの戦いで失ったナオミの右腕を造りあげた近代技術は目を見張るものがあったが、零社の戦士と呼ばれたのもごく短い期間で、戦いの旅に疲れていたナオミはマンティコアの創ったゲートを潜り現実世界に足を踏み入れるのだった。
レナ・ボナパルトとのサッカー観戦や初めてのデートは一生忘れられないモノになったのは言うまでもないが、それも長くは続かなかった。
ハモンの接近。
それに伴う大陸の危機。
ナオミは再び想像世界に舞い戻りハモンに敗北、死後の世界でグレンに勝利し、レナは彼の生まれたスペインという名の土地へ帰ることとなった。
これが七年前までの出来事だった。
エルフの集落で神秘の秘薬を貰い現在に至るのだが、それにしても「ムラサメ」かーー。
ナオミが迫り寄る気配に気づき、立ち上がったその時だった。
光る剣、ビームサーベルを持った武人風のロボ。
まさかディバイン・ドロイド「ムラサメ」じゃーー。
予想は的中した。
本当に現実世界の技術とこの世界の魔法を掛け合わせて出来たような近未来的造りだった。
シルバーの歯車が組み合わさり、何を元に動けるかは不明である。
「拙者ムラサメはエルメスと名乗る幻影のおかげで復活した。先ずはこの先のメタス城を攻略するでござる」
またエルメスかーー。
本当にあの女はロクな事をしない。
ナオミは戦う覚悟を決めていた。
あのアンドロメダが恐れた存在。
勝てる確率は十パーセント未満か……!
だが自分達が戦わないとキャンディスがやられる。
ナオミは基本、幼い少女には優しかった。
それはそうと、さてこれからである。
消えたかと錯覚するスピードで動くムラサメ。
背後に気配を感じた時にはレイヴンは斬られていた。
速すぎる……!
これが零社の失敗作にして最高傑作。
恐らくコントロールが効かなかったか何かだろう。
ビームサーベルで斬られたレイヴンは「カ……ハ……」と樹海に膝をついた。
アンガスほどの者が一撃で……!
やはりフィーネの言っていた事、ハッタリじゃない!
ナオミは自身の双剣をクロスさせた。
挑戦するのは諸刃の剣の大技、最上級剣技である。
七年前グレンを葬ったのもこの技だ。
使用するのは二回目。
アルマクルスを使用すればーー、或いはムラサメと相討ちに持ち込める。
手に持った双剣、凱鬼と斬牙の性能は十分だった。
後は究極剣技たちの神とも謳われる大技を……自身を信じて放つだけだ。
いつからか分かっていた。
他人の為に生きても損するだけの時もある。
それでも信じ合える仲間に出会えた時……、心は幸せで満ちている。
レナへの想いを乗せ、ナオミは最上級剣技「虹」をディバイン・ドロイドに見舞った。
七色の輝く光が、樹海を覆い尽くしていく。
歪む視界。
壊れていく空間。
ムラサメは斜めに切られるような形で消滅した。
肩で息をするナオミ。
このアルマクルスが無かったら命はなかった。
それだけの負担を、最上級剣技は齎す。
「レイヴン……!」
駆け寄ればレイヴンは息を引き取ろうとしていた。
アルフに続いて彼までも……!
完全にエルメスのせいだった。
アンガスが血を吐きながらも最期の言葉を口にする。
「ナオミちゃん、君はこれまで他人の為に戦ってきた。それは誰もが知ってる。でも、もう迷う事はない。自分の為に……生きて……」
レイヴンの首がカクリと力を無くし、その命は生き絶えた。
ナオミは叫びたいような衝動に見舞われたが、自身の能力の開花にも気づき始めていた。
(これは……どういう事だ?)
千里眼。
まるでその薬を飲んだ時のように、先を見渡そうとすれば見渡せる。
ナオミは視点を北西に定めた。
ゼラートに……レナ!
アシュラともう一人センジュ族もいる。
敵はフィーネとメリアか……。
ナオミが近づこうと一歩を踏み出した時、彼女は大陸東部のマジョルカからゼラートまで瞬間移動していた。
到着したテルミナの首都ゼラートは混戦状態だった。
先ず目を引いたのがメリアの乗っていた黒竜。
アークドラゴンの希少種はフメア山から呼び寄せたのだろうが、あっという間にアシュラじゃない方のセンジュ族がその牙の餌食となった。
メリアが唱えた補助魔法「鬼人化」によって威力が底上げされていたのだろうが、まさかたった一撃でやられるとは。
黒竜の力はクランケーンやブルーノも上回ると言うのか。
「ナオミ!何で此処に!?」
とこちらに気づいたレナ達が反応する。
だが今はそれよりも黒竜をどうするかだーー。
ナオミは瞬間移動を駆使し、上空へ飛び上がっていた。
不思議とムラサメに勝ってから調子がいい。
まるでーー。
ナオミは名剣凱鬼で黒竜の首を切り落としていた。
唖然とするフィーネ。
彼女もこの戦闘に参加すべく、上空に浮かんでいる。
「メリア!目を覚まして!」
黒竜を失った竜使いは依然朱色の目をしている。
「ハハハハッ!何を言っても無駄さ。メリア・ヴァーナントはアタイの駒。死ぬまで服従するのさ」
フィーネの声が木霊する中、ナオミはターゲットを彼女に変えた。
風属性剣技「迅竜」を剣先から飛ばす。
本当は究極剣技が良かったが、ナオミは先程のムラサメとの戦いで消耗していた。
メリアが盾代わりになり、青白い竜の攻撃をモロに喰らう。
だが此方にはレナがいた。
あとハモンの子アシュラも。
黒竜を倒すことに成功した今、形勢は逆転した。
だが、メリアを倒せるのかーー。
レナの恋人で、我々の大事な仲間である彼女を失って果たしてパーティーは正気でいられるのか。
さっきあのレイヴンを失くしたばかりである。
「レナ!何かメリアに声をかけて!」
必死だった。
これ以上誰も欠けてはいけないんだ。
レナは「メリア!」と切り出した。
「愛してる。俺には……俺たちには君が必要なんだ。戻ってきてくれ」
と訴えかけた。
「頼む……」と眼力を掛ける。
するとメリアの目の色が変わった。
「おのれ役立たずめ。死ねぇ!」
メリアの転心を悟ったフィーネが手を振り上げる。
すると竜使いの身体がボンッと破裂した。
言葉を無くすレナ。
地上に落下する彼女を何とか動いて抱きかかえる。
レナは珍しく涙を流していた。
「レナ……アタシはもう助からない。だからナオミを大切にしてあげて?それがアタシへの……」
息を引き取るメリア。
レナは口元を重ねていた。
これでレイヴンばかりかメリアまで失った。
アルフもこの世にはなく、レナ達と一緒にいたセンジュ族も死んだ。
「フィーネ……てめぇだけは絶対に許さねえ……!」
「ハハッ、あの黒竜を葬った一撃……中々だったな。ナオミ・ブラスト。お前はアタイのもんだ!」
今度は自分に……!
ナオミはフィーネの幻術の餌食となった。
混乱し、レナに剣先を向ける……。
瞬間移動で間合いを詰め、斬牙と阿魏斗がぶつかった時、天が割れた。
「この戦いだけは何としてでも避けさせるッスよ……!」
フィーネに向けてハモン譲りの必殺技「流星群」を四つの腕から放つアシュラ。
だが、関係ない……!
「レナ、覚悟!」
と凱鬼で斬ろうと試みたその時だった。
アシュラの流星群が上空のフィーネを捉えたのだ。
フィーネ自身、幻術の力は凄まじいが、体力自体はそれほど高くない。
アシュラの勝利だった。
攻撃の手を辞め、深呼吸するナオミ。
抱擁を交わし「大丈夫か?」と頭を撫でるレナの体温は暖かかった。
勝った。だが、苦しすぎる勝利だった。
メリアを失くしたグレンの声がする。
「新時代の三神はお前らだ」との内容だった。
これでレナはメタス、アラモ、テルミナ、更にはミルナ島という広大な領地を手にした事になる。
後はロンダルギア、マジョルカ、そしてスノウランドだが、まさか自分達が新時代の三神だったとは思いもよらなかった。
ムラサメもフィーネも消え、グレンとの本格的抗争も無くなり、取り敢えずの平和を実現したと言える。
仲間の命と引き換えに、だがーー。
(凄い一日だったな……)
夜。火を囲んでの食事となった。
明日はレナの誕生日である。
「一旦、現実世界で休暇を取るのもありかもな……」
とレナ。
先程レイヴンの死を告げたばかりである。
現実世界に行くにはキャンディスの力が必要となる。
「レイヴンは俺の一番の盟友だった。アシュラも可愛い弟子だが、歳が近いのはアンガスだった」
復活を可能とする神秘の秘薬も、ここのところ全く目にしていない。
それにイザベルやアルフといった者達の分まで集めるとなると至難の技だった。
それにしてもメリアが……!
ナオミはレナの心中を察した。
「ねぇ」
「ん?」
「寒いんだけど……」
「え?あ、ああ……」
「今夜は一緒に居て」
目が合う。
レナの僅かな動揺も、アシュラの不思議そうに見つめる目も、今は気にならなかった。
大切なのはーー。
大切なのは心を癒す事。
特に今日は色々あり過ぎた。
「来て」
とテルミナの宿屋へと呼び込む。
初めてだった。
男性に心を許すのも。
その時レイヴンの最期の言葉が脳内で木霊した。
ーー自分の為にーー
ナオミは他ならぬ自分の意志で彼を癒す。
それが他ならない自分の幸せであると。
何をどうすればいいか分からないけれど、確かな自信が自分にはあった。
何度も思い描いたから。
レナは運命の人だと間違いなく言える。
その人にこの身を委ねたい。
(私たちは、一つになるんだ)
宿屋の部屋の戸を開ける。
もはや迷いは無かったーー。
運命の時が訪れようとしている。
(私とレナ、二人だけの世界)
戸を閉めた。
彼をベッドに押し倒す。
人狼の鎧を外した。
露わになった包帯だらけの白い肌。
レナのも脱がした。
私はーー、私はーー!
もはや自分の為のような気がした。