第十四話「神対神」
俺の名はレナ・ボナパルト。
もう直ぐ二十七になる太刀使いだ。
三人の恋人、弟子、更に盟友までもが此処メタスで待機する形となった。
ある出来事が起こるまでは……。
宴会の翌朝、俺はアシュラに何故戦うかを考えさせていた。
レノン家の為?世界の為?それとも本当は自分の為?
若いうちから自分なりに考えてみるべきだ。
暴君の言いなりになったりして死ぬ事は恥ずべき事だし、避けるべきだ。
俺はアシュラを半ば弟のような感覚で接し始めていた。
その時だった。
八咫烏の群れがクレイモアの空を覆ったのは。
グレンの襲撃を彷彿とさせるそれに反応した俺たちは城の中庭に出た。
既にメリアとキャンディスは来ていた。
そして烏たちと共に宙に浮かんでいるのはーーアルフだった。
「アタイは親父の目当ての女、メリア・ヴァーナントと零社の兵器を訪ねてやって来た。死にたくなかったら大人しく降伏しな」
アルフが発しているのはフィーネの声だった。
操られているとでも言うのか。
「おのれ裏切り者め」
俺は阿魏斗を構えた。
神対神の一戦。
そこへナオミとレイヴンも駆けつける。
「メリア・ヴァーナントはお前か。アタイの幻術を喰らうがいい……」
銀髪のメリアは宙に浮かび、その瞳は朱色と化した。
アルフの横に立ち並ぶ。
だがフィーネ如き、アルマクルスを持った自分の足元にも及ばないはずだ。
問題は創造主グレンが齎す天運。
この世の全てが、フィーネを後押しする形になる。
そして問題は零社の兵器の存在だった。
情報を有していたカイザはもういない。
俺は「兵器は知らねえ。メリアを返せ」
と殺気立ってみせた。
「零社の兵器。それはアンドロメダ様が唯一恐れた存在、ディバイン・ドロイド『ムラサメ』ーー。圧倒的力故神の座をもモノにした零社の問題作にして最高傑作。この大陸の何処かに封印されてるんだが、ここだったけな?」
ディバイン・ドロイド?
俺が居ない七年の間に誕生し、魔女に封印されたのか。
アラナミ村の長老の言葉は「三神がぶつかりし時ーー」。
既にムラサメの復活は予言済みだと言うのか。
それにしてもフィーネのレノン家への忠誠は偽物だったな。
そして俺はアルフの身体に傷は付けられねぇ……。
かと言ってこのままではメリアはグレンの元に……それは何としてでも避けてぇ。
俺はフィーネを脅してみる事にした。
「これ分かるか?アルマクルスだ。ゼラートにいるお前を倒すなどさほど難しい事じゃない。アルフとメリアを開放すれば見逃してやらなくもない」
「神族となったか、レナ・ボナパルト。だがそんな脅し、アタイには通用しねぇ……!」
十数羽の八咫烏の群れが、アルフの腕から発射された。
だがアルフへの幻術による操作はレノン家の開祖ミルナが許さないはずだ。
グレンはフィーネサイド、そしてミルナは俺サイドにいる並びとなった。
これなら戦える。
各々剣や魔法で八咫烏を迎え撃ち、中庭は黒い羽でいっぱいになった。
そして次の瞬間、上空のメリアは「鬼人化」を唱えていた。
「あれはイザベルの技……!」
「厄介だ、俺はアルフを斬るぞ」
「待ってくれ」
戦おうとするナオミと俺の背に、レイヴンの言葉が刺さった。
「斬らないでくれ、僕の嫁だ」
「だけどよ……!」
補助魔法を受けたアルフの肉体を借りたフィーネは土属性上級魔法「グラビティ」を唱え、アシュラがその餌食となった。
怪力自慢の彼も土の中へと引き込まれ、身動きが取れないでいる。
「クッソー!」
俺は太刀を持って飛び上がった。
グレンが味方でないので翼はない。
だが神族になった俺は常人ならぬジャンプ力を発揮。
アルフに届きそうだった。
「時魔法『スロウ」!」
あれもイザベルの技だった。
メリアの頭に翳された漆黒の薔薇は、ここにきてグレンに味方するか。
動きがトロくなった俺をフィーネの幻術が襲う。
その時だった。
後方からフェニックスの援護。
召喚士キャンディスが放ったものだった。
フェニックスの紅き炎の力は俺のかかっていた幻術を打ち消した。
そして光るアルマクルス、俺は阿魏斗の力を爆発させた。
ーー魔導斬りーー
七年前マンティコアが使っていた技だった。
魔導剣士としての一歩を既に踏み出していた俺はアルフを斬った。
窒息寸前で助かったアシュラ。
俺は悲しい眼差しでアンガス・クロウの方を見た。
そしてメリアはーーあろうことか北西の方へ飛んで行く。
ドラゴンがいないから追いつけない。
俺の腕の中で、瀕死のアルフが言葉を放った。
「ぼ、僕は……レナにこの世界の王になってほしい……きっと僕より頼り甲斐があって……ゴホゴホ」
「それ以上喋るな」
アルフは血を吐いたままあの世へと旅立った。
レイヴンを始め皆が悲壮な顔で見守る。
こうするしかなかったんだ……俺はフィーネへの怒りを感じていた。
そしてメリアはあのままゼラートへ。
ならばセンジュ族のいるアラモ経由でテルミナへ。
アシュラと一緒に行けばこの大陸の南を制圧できる。
「ナオミ。この御守りには十分世話になった。返すよ」
「えっ……?」
「絶対に生き残ってくれ」
ムラサメ復活の阻止に動くのはナオミとレイヴンに決まった。
メタスの留守はキャンディス、俺とアシュラは西からフィーネのいるゼラートを目指す事になる。
「ナオミ、クレイモアに封印されたムラサメがいなかったら北へ向かってくれ。マジョルカ経由でスノウランドへ行けば何か分かるはずだ」
その為のアルマクルスだった。
黒い装備のハーフエルフは頷き自身で作った御守りを首にかける。
神対神の戦いは俺の勝利に終わった。
だがアルフを失った。
メリアも北西へと消えた。
「やってやる……俺がこの世界の王になって平和を実現してやる」
この先どんな道を辿ろうとも、新時代の歴史家は俺を逃しそうになかった。
それにしても魔女アンドロメダが恐れたなどディバイン・ドロイドの力は想像を絶するものだ。
(上には上がいるんだなぁ……)
俺とアシュラはこれから西へと向かう。
「アラモの首都専用のモドリ玉があるっスよ」
「え?」
何故それを早く言わない。
それを使えば一瞬で…………、俺はナオミとキャンディスに別れを告げた。
そしてレイヴン、ナオミを頼んだぜ。
俺はアシュラと共に立ち込める煙になって西へと消えた。
辿り着いたアラモ地方、アシュラの故郷ーー。
俺は灰色の肌をしていないので逆に目立つ。
すぐさま街の男たちが駆けつけ囲まれる形となった。
「貴様レナだな?ハモン様の仇」
「待ってくれレナはセンジュ族の味方だ」
「アシュラお前まで牢獄にぶち込まれたいのか?」
「チャンスをくれ。闘技場でトロールを倒せたらレナさんの話を聞いてくれ」
俺はリーダー格のセンジュ族の男とアシュラの会話を聞いていた。
後に知る事になるこの男の名はグロンギ。
アシュラの従兄弟にあたる。
俺は背中に背負った太刀阿魏斗を見せた。
ハモンの生き霊は俺と和解したはずだ。
だがこれが返ってピンチを招く事になった。
「グレンシアの闘技場において他国の者がセンジュ族の力を借りるなど言語道断。トロールを倒せたら返してやる」
あ、一応は返してくれるんだ……。
そして此処はアラモの首都グレンシア。
この国を攻略するには力づくはよくない。
そういった意味では闘技場は俺の姿勢を見せるいい機会だった。
だが丸腰はマズイ。
交渉の末、錆びた剣と木の盾の使用が認められた。
トロールのサイズは四メートル。
コカトリスと同じくらいだ。
神族になって以来最大の試練が待ち受けようとしていた。
ここで力を見せつけないと、世界の王には成り上がれねぇ……望むところだよォ……!
俺は闘技場の控え室へと通され、申し訳程度の武器を渡された。
金網の中での戦いか……観客は既に来ている。
俺は「死を!死を!」と叫ぶ声の中、錆びた剣の掴み心地を確かめていた。
片手剣は久しぶりだ。
一応クルクルと回して見せるが、トロールに通用するとは限らない。
俺はゲートを潜り、闘技場内へと通された。
トロールは巨大な棍棒を持ちながら涎を垂らしている。
この怪物を鎖で誘導していた二名が、一目散にこの場から去る。
センジュ族は一般的に筋骨隆々だが、トロールに勝てるのはその中でも限られている。
ハモンやその子のアシュラほど強い者は珍しい。
グロンギの合図で試合が開始された。
不死身になったとは言え、攻撃手段がねぇ、剣が錆びてるからよ……!
俺は先ずは相手の出方を見た。
動きは遅い、よく見ていれば避けられる!
俺は敵の縦への棍棒による攻撃を前転してかわし、一気に間合いを詰めて攻撃した。
ダメだ、本当に錆び切ってる……。
ならば仕方ねえ……マンティコア……力を貸してくれ。
ライオンの鬣の首飾りが光り、俺は氷属性中級魔法「ブリザード」を掌から放った。
トロールの下半身全体をカチンコチンに凍らせる。
だがまだ腕が自由なままだった。
一瞬油断した俺はトロールの棍棒の餌食となった。
普通なら絶命、少なくとも気絶するはずだった。
だが俺は神族の一人、この程度屁でもねえ。
俺が立ち上がった事に観客は明らかにどよめいていた。
トロールのもう一振り……!
俺が木の盾で防ごうとしたその時だった。
「そこまでだ!」
グロンギの声だった。
一般的にトロールの攻撃は皮膚の硬いセンジュ族でないと耐えられない。
俺に神秘的なものを見たのだろう。
グロンギの威圧でトロールは攻撃を辞めた。
「レナ殿……若きアシュラの言葉通り……ハモン様と和解されているのですな?」
俺は「ああ」と頷いた。
そして次の瞬間グロンギはこう続けた。
「レナこそ世界の王となるお方だ。アシュラによればメタスは既に彼の手中にあるという。サルデアでの人望も厚い。我らセンジュ族は彼に味方しよう!」
なんかよく分からんうちに上手くいった。
闘技場のフィールド内にアシュラが駆けつける。
俺はこの瞬間アラモをモノにしたのだ。
グロンギと握手を交わし、太刀の返却を実現する。
俺は北のフィーネに用事があると告げた。
グロンギが同行を願い出る。
中々役に立ってくれそうだ。
俺は二人のセンジュ族と共に北を目指すのだった。
(レナさん不死身になっても痛みは感じるんしょ?)
アシュラが小声で語りかけてきた。
別に隠すことはない。
俺は正真正銘神族、フィーネやムラサメと並ぶ者だ。
「ああ」
俺は本当の事を言った。
グロンギもアシュラも上半身裸である。
俺はグロンギの方がハモンに似たところがあると感じていた。
来たトロピカルジャングル。
ここを越えればもうゼラートだ。
本当に深い森だよなー。
ミルナ島の「深き森」の倍の規模である。
俺はセンジュ族にもらったパンを食べながら迷わないようにカラフルな森林の中を歩いていった。
この世界のパンはスカスカして特別美味くはなかったが、それでもセンジュ族の愛情が感じられた。
「メリアという女性を助けに行くのは分かった。だが他に仲間は?」
「ナオミという名のハーフエルフ、召喚士キャンディス、クロウ家のアンガスがいる」
ナオミは結構有名だと思ってたけどなー、知らないか。
俺は一人一人説明し始めた。
先ずはレイヴンことアンガス。
俺との交流は深い。
ついさっき嫁のアルフを失ったが、俺との絆は消えないだろう、ナオミ達のボディーガード的存在。
そしてキャンディスは十年に一人の逸材とも言えるゲートを開きし者。
異世界へのゲートを開いたのは他にマンティコア・ライデンただ一人。
そのマンティコアももういない。
召喚の他に上級魔法を使いこなし、若くして我々勇者と並ぶ実力を持つ。
ま、今の俺には敵わねーが。
そしてナオミだった。
キャンディスは可愛い妹って感じだが、ナオミは違う。
これから会いに行くメリア以上に、愛を注いでくれる存在。
俺はナオミと出逢った頃の事を語り始めていた。
「あれはレノン三世の統治下の、マゼラの酒場にてーー」
アシュラも初めて聞く情報に耳を澄ませる。
「当時ドラゴンライダーとしてミルナ島で名を馳せていた俺は服装からして注目の的だった。一方ナオミは人助けの旅の中、王のクエストを受注して名剣を貰い、双剣使いとなっていたーー」
それ以前のナオミはグレンソールに住んでいた。
まだエルフ族への差別が根強いその頃、彼女を守ったのはマンティコアだった。
「あんまり女子の事をベラベラ喋るのもアレだが、ナオミはいずれ歴史に名を刻む存在だ」
恐らく名前も聞いたことがないのはアラモ地方だけだろう。
そのセンジュ族も、ハモンを倒した俺は知っているとーー。
俺はスーッと息を吸い、ゼラート奪取後にその地でナオミに告げられた彼女の過去を話し始めた。