第十話「俺が運命に逆らって」
俺、生きてるって感じてみたかったんだ。
だからこんな危険な想像世界で戦いに身を投じている。
怖くないと言えば嘘になるけれど、ナオミ達を護る為などと考えると後には引けない気もしていた。
翌朝俺は前向きに考えていた。
恐怖は勿論拭いされないけれど。
昨日の夜に比べれば心の状態はまだマシだった。
早く寺院に行かねーと。
強い肉体は強い精神に直結するはずだから。
サイケ村と呼ばれる小さな漁村を後にした俺たちはトロピカルジャングルへと進んだ。
此処を北に行けば寺院だ、ナオミがそう告げた。
ジャングルは見たこともない色とりどりの鳥や植物でいっぱいだ。
俺は大陸の刺客の登場に備えつつも木々の間を歩いている。
それにしても気になるのがパートナーナオミの過去。
人助けの旅などと聞くと聖人をも連想させるが、そろそろ彼女の心の闇にも触れてもいい頃のはずだ。
お互いもうアラサーだしな。
「ナオミって昔人助けの旅をしてたんだろ?言いたくなかったら言わなくていいんだけど何でそんな旅を……」
「…………」
ナオミは僅かな沈黙の後喋り出した。
「見ず知らずの青年に、川で溺れそうになったところを助けられたから。青年はその時代わりに溺れて死んだんだ。だから居ても立っても居られなくなって……」
自分はもう死んだ身だからってか……。
辛い過去だが打ち明けてくれてありがとう。
俺が現実世界での今カノとの縁を切ったように、ナオミもその青年への想いを忘れるっつーかなんつーか……上手く切り替えられていたらいいな。
魂の交差。
昔占い師イザベルが言っていたものだった。
それはそうとナオミの人助けの旅はミルナ島全土に渡っていたのだが、大陸に足を運んだのは戦士になったのとほぼ同時期で、俺が当時契約を交わしていた赤竜に跨って来たのは今でも鮮明だ。
雄の赤竜「クランケーン」。
俺が七年前この世界に来るなり世話になった竜だ。
寺院に行けばメリアは新たな竜と契約を結ぶ事になるのか。
或いは召喚士キャンディスのパートナーとなるのか。
いずれにせよナオミの言った通り寺院でのパワーアップは必須だった。
メリアも連れてきて良かったよ。
俺はナオミ、メリア、キャンディス、イザベルと共に鳥の鳴き声で賑やかなジャングルを進み、やがて何者かの墓地のような場所に足を運んだ。
十字型の木片は如何にもお墓らしい。
そしてそれに書かれた文字に俺たちは驚きを隠せなかった。
ー勇者レナ・ボナパルトー
色とりどりの木々の並ぶ中空き地にこんな物が。
一体何の冗談だと言うんだ。
ナオミは腕を組み、メリアも動揺を隠せない。
「お兄ちゃんは一度死んだ身だって事……?」
キャンディスの言葉に思い当たる節が無いわけではなかった。
七年前ゼラートで行われたハモンとの戦い……。
そこで俺は一度命を落としている。
何事も無かったかのように死後の世界から現実世界へあの時帰った俺だったが、やはり肉体は死んでいたと言うのか。
「まさかレナはアンデッドだっていうの?おかしいわよ」
メリアの声がジャングルに轟く。
「誰かのイタズラじゃないか?」とナオミ。
俺もそう思いたいけど、うーん……。
「とにかく寺院に行ってみよう。何か分かるかもしれない」
寺院に行って自分の死に関する情報が手に入る保証はなかった。
それでもこのジャングルの真ん中で立ち尽くす訳にもいかない。
この肉体がある限りはーー前に進むしか無い。
そこでイザベルが口を開いた。
「仮にアンデッドになったしてもグレンに神秘の秘薬を貰ったではありませんか。気にしないで大丈夫」
そう……だよな?
確かにそうだ。
俺は不信感を心の隅に押し込み先を急いだ。
イザベルは三十八歳。
もし生きていたら五十路前のマンティコアの恋人で名門クロウ家の占い師だ。
魔術を感じさせる決して枯れない頭に刺した黒い薔薇は、エレガントで魅せつける要素を含んでいる。
ピーヒョロロロ……!
七色に光るトビのような生き物の鳴き声が鳴り響く中、俺たちは寺院の前にたどり着いた。
ジャングルの果てに見えたテルミナ寺院ーー。
石造の直径十五メートルの円状の建物だった。
魔女も来たことがあるだろう。
ワンチャン此処から南のアラモ地方出身のハモンも、来たことがあるかもしれない。
大陸に来た以上、パワーアップを試みるのは至極当然だった。
(入るぜ……!)
中は緑色の篝火が灯り、見たところ無人。
中央の魔法陣の上に立つことでパワーアップは為されるようだ。
ナオミが呟いた。
「私は七年前ここで究極剣技を習得した。儀式は五分くらいで終わる。奥深くに眠る潜在能力を、此処なら引き出す事が出来る」
ナオミの究極剣技。
土と風の「桜竜の舞」の他に炎と光を混ぜた「豪炎乱舞」等が存在した。
頷くメリア、そしてキャンディス。
二人のレノン家への忠誠も確かで、少なからず自分も役に立ってみせるという意思が感じられた。
そして最初に奥へと歩み寄ったのはメリア。
銀髪の赤い閃光の魔導師は、目を瞑ったまま両手を広げ、直径八メートルの青竜は遥か東から姿を現した。
「ブルーノ!」
どうやら新しいパートナーである青竜の名だ。
俺の嘗てのパートナーであるアークドラゴンの「クランケーン」に相当する呼び名。
アルマゲドンの子孫にあたるブルードラゴンはメリアに顔を擦り寄せた。
次に儀式を行ったのはキャンディスだった。
七年前の彼女の記憶は俺たちから抹消されていたが、彼女曰く嘗ての召喚獣「フェニックス」との契約を再び成し遂げたようだ。
竜使いのメリアと召喚士キャンディス。
戦力が格段にアップしたのは言うまでも無い。
「この魔法陣は一体誰が創ったんだ?」
「分からない……多分サルデアの初代国王ロキ・レノンの時代からある物だと思う」
「魔術レベルが常人離れしていますわ」
現実世界へのワープを十六歳で実現させたキャンディス。
彼女なら近い将来同じような魔法陣を創り出す事は可能か。
俺は魔術は本当に人並み以下で剣で闇雲に戦う方が性に合っている。
そしていよいよ次は俺だった。
キャンディスのフェニックスは体長一メートルほどのようで、紅い炎を纏っていた。
メリアの青竜も無論、美しい。
俺は期待を膨らませ、魔法陣に飛び乗った。
そしてそこで見たものは驚くべきものだった。
褐色肌の女……夢にも出てきた事のある、魔女と見て間違いなかった。
その幽霊が、確かにこの寺院で俺に語りかけて来たのである。
「早くお主もこちらへ来い。レナ・ボナパルト……死んでいないのはハーフエルフの愛あってこそ……しかしそれも寄せ付けぬアルマゲドンの時空の歪み……さあ、わらわを殺めた憎き完全召喚を成し遂げたパーティーに……災いを!」
すーっと半透明で現れた魔女の蛇睨み。
俺は立ちすくんで動けない。
「ほんっと……哀れな男じゃ。恐怖に打ち負け、もはやお主には何も無い。魔法陣が其方に送りつけるのは……竜や不死鳥ではない。ハーフエルフの愛の証として、木製の首飾りをくれてやる!」
まさかこの寺院を創ったのは魔女本人!?
いや違う……青竜やフェニックスを授けたのは遠い日の魔導師。
ならば夢にまで出てきたこの女は……俺に対してだけこの場に現れたのか!?
目を見開いた時、首にかけた木製の御守りはあった。
スペイン語で恐怖を意味する「MIEDO」と彫られたそれは確かに俺の胸元に存在した。
魔女は消え、俺は大粒の汗と共に皆の元へと帰っていった。
「大丈夫か?」
何かを察したナオミが御守りに気付く。
マンティコアの形見であるライオンの鬣の首飾りと共に絶対に捨てられない、魔力を帯びたそれは再び俺のものとなった。
ハモンの「流星群」をゼロ距離で受けた際に焼き消えたそれは新たな文字と共にこの世に復活したのだ。
「ふぅ……」
ため息をつきナオミに微笑み返す。
苦笑いにも近いそれはメリア達までもの心配を促した。
ーーアルマクルスーー
白きナオミブラストの愛をふんだんに含んだ十字型の木片は、後にこの世界の命運を左右するキーアイテムとなり得るのだが、それを知らずにいた俺はしょんぼりしていた。
この物語の主人公は俺だ。
そう定義し出したのもこの辺からだった気がする。
メリアにもウィンクをし、俺はナオミブラストに魔法陣の上に立つよう促した。
とは言え彼女の潜在能力が如何程にしろこれ以上のパワーアップは望め無いほど強くなっているので、特に外見は変わりないまま、彼女は寺院から姿を現した。
最後はイザベル。
マンティコアを失ったのは気の毒だが、やはりこの先の旅も同行してもらおう。
俺は褐色肌の魔女を見たとナオミ達に話した。
時空の歪み。アルマゲドン。そしてーー「恐怖」。
俺は歯を食いしばりながら俯き、それを告げた。
得たものはアルマクルス。
魂の十字を意味するそれは交差する未来を示唆するのか。
いずれにせよ俺は今の自分を好きにはなれずにいた。
「時魔法を習得する事が出来ましたわ。これで戦闘を有利に運べます」
出てくるなりイザベルがそう告げる。
「じゃあナオミは?」という俺の言葉に対し、彼女の言葉は分からない……だった。
目の前に幽霊として現れたのはそばかす一重瞼のナオミの恩人。
溺れ死んだ彼が、さよならを告げに来たと言うのだ。
ナオミの中で何処かで区切りは付けていた。
それでも正式にお別れしたのはこれが最初で最後だろう。
そして物理的に得たものは何も無かった。
もう伸びる余地がないのだろうか。
俺たちは青竜「ブルーノ」に跨り、此処から東に聳え立つ首都ゼラートに向けて飛び立つ事にした。
「レナと赤竜の出逢いってどんなのだったの?」
メリアの問いかけに対し、俺は静かに語り始めた。
あれは七年前、突如スタジアムに姿を現したゲートから出てきたのは後の相棒「クランケーン」。
無鉄砲だった当時の俺は臆する事なく睨みつけた。
力量を買われた俺はそのまま赤竜の背中に跨り、想像世界へと足を踏み入れたのさ。
(怖くなかったの?)
キャンディスが心の中でそう呟いた気がした。
ああ……あの時は試合中でアドレナリンが出ていた。
怖いと言うより興味が勝った。
そしてクランケーンは人語を操っていた。
「ブルーノも喋れるのかなあ」
「当然よ。ね、ブルーノ」
「ウム……」
口数が少なそうな青竜は俺たちを乗せたままトロピカルジャングルの上空を悠々と飛んでいく。
だがこのままでは恰好の的だった。
ゼラートには何人兵が待機しているか分からないし、混乱しているとは言え、アシュラと言った魔女の部下達が応戦してくるだろう。
俺は十字の御守りをギュッと握りしめた。
そして光る鬣の首飾り。
俺は徐々に視界に入ってきたゼラートの街を鋭い眼光で睨みつけた。
大理石で造られた家々が並ぶ街は、魔女も大層気に入ったはずだ。
そして七年前、勇者四人がハモンに敗れたのも、この街だった。
矢。
雨のように降り注ぐ。
ファントムソードを盾代わりにして防いだ。
後ろに座るナオミも双剣ではたき落としていた。
己の大剣が心に語りかける……。
ファントムの仇名を持つ悪魔は「自分をシンジナサイ」とだけ言ってきた。
その時だった。
テルミナ城から放たれた雷の矢。
誰が放ったか分からないその矢は、ブルードラゴンの腹に刺さり、痛みで暴れた際に後ろにいたナオミ、キャンディス、イザベルは地上に放り出されてしまった。
なんとか掴まる俺とメリアも、動揺を隠せない。
「ナオミ達が!」
「アイツらなら大丈夫だ!自分の事に集中しろ!」
フェニックスを召喚するキャンディス。
人間離れした身体能力で着地するナオミ。
時魔法で衝撃を和らげるイザベル。
だがその時、俺は何者かの幻術の中にいる事に気づいた。
烏の羽で覆われたようなこの感覚……もしやグレン……!?
そして次の瞬間、この世界の神、グレン・シルバーウィンドはとんでもない事を言いだした。
「メリア・ヴァーナントを儂の側室に迎える事にした」
側室?ハァ、ふざけんなオメー。
メリアの意思も尊重しないで。
それにアンタの嫁ミルナはどうした!?
「嫌よ。絶対嫌。金輪際あり得ないんですけど!?」
「神々を敵に回して生きてミルナ島に帰れると思うなよ?」
「で、でも……」
メリアが断って安心している自分が何処かにあった。
だがこの世界での神々の影響力はハモン戦で痛いほど理解している。
少し祈るだけでも道は開けたりするのだ。
俺はこの身勝手極まりない髭の男に殺気をぶつけた。
ミルナの片割れサタンの魂も呼応しファントムソードが鈍く光り出す。
「自分の力をシンジナサイ……」
今度こそ永久に葬ってやる。
アンデッドのお前に次はねー。
ミルナ(サタン)の力添えで以前の心持ちを取り戻した俺は幻術から抜け出していた。
そしてブルードラゴンに乗ったまま、お城の屋根に着陸する。
中世の西洋を彷彿とさせる城。
その最上階に、今青竜は血だらけで佇んでいる。
「乗り込むぞ、メリア!お前が神を退けたように!今度は俺が運命に逆らってやる!」