表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALMA CRUZ  作者: Rozeo
第1部 ダークネスノヴァ
10/57

第九話「過去との再会」

俺はミルナ島東部の港町グレンソールの海辺で、ナオミと青空を眺めていた。

黒く濁った空はもう無い。

それだけで、レノン家再興に再び力添えしようと思わされた。


名声。

どこまで残るか分からない。

それでも……。


俺は居なくなったマンティコアの事を思い描いていた。

一回り歳上の彼の形見である鬣で作ったネックレスは、今でも大事に持っている。

最後は良心を取り戻した彼も、元々は立派な魔導剣士だったのだ。

七年前の旅。

ここからずっと東に見える大陸で戦いは行われていた。


「なぁ……もういいだろう?流石に青空とは言え、もう飽きた」


「ああ……」


ナオミの問いかけに欠伸をしながら答える。

だが迫り来る恐怖は刻一刻と近づいていた。

浜辺でイザベルが立っている。

マンティコアへの想いを拭いきれないのか。

確かに彼はもういない。

俺はどんな言葉をかければいいのか分からないまま、ぐーっと伸びをした。


帰るか。

そうナオミに告げ、ベンチから立ち上がる。

ナオミと復縁した事であの今カノとの縁は切れたと言える。

ナオミブラスト。

運命の人が誰かと訊ねられれば彼女だった。


「ん?」


波が高まっている。

それも二十メートルくらいに。

異常だ。

戦いを察したのか、ナオミは剣を抜いている。


「イザベル、離れろー!」


俺の声を聞くまでもなく、赤髪のイザベルは海から離れ始めていた。

イザベルは占い師。

全てとまではいかないが、先を見通す力を持つ。


波は左右に裂かれ、姿を現したのは体長二十メートルの銀竜だった。

見上げるような怪物の出現にナオミがゴクンと唾を呑むのが分かった。

その時だった。

突如俺を襲った頭痛。

痺れるような感覚は、あの巨竜のせいか。


「アルマゲドン……」


近くに擦り寄ったイザベルがその正体を明かす。

アルマゲドン。

時を喰らうとされるその竜は、アークドラゴン達の産みの親。

絶対的力を持ち、想像世界(パラレルワールド)を縦横無人に飛び回る。


ギィヤラァァーン!


咆哮は聞いたもの全てを脅かす。

な、何だこの感覚……。

足が小刻みに揺れている。

俺は確実にこの銀竜に恐怖感を抱いている。

まるでそう、幼き日のように。


「相手が悪い。逃げるぞレナ」


あ、ああ……ナオミ……お前は俺が護る……。

ん?やけに震えているなぁ。

足がすくんで動けない。

イザベルですら普通に動けているのに。

情けねぇなぁ……怖えなぁ……。

俺はあのアルマゲドンに……喰われる……!


「レナ!」


やっとの思いで動き出した。

何故かは分からないが、今レナの心は恐怖が支配している。

ハモンを倒した英雄の名が泣くぞ?

自嘲し、海辺の方から遠ざかる。


やはりあのアルマゲドンとの接触が、遥か昔に忘れたはずの戦いへの恐怖を蘇らせているのだった。

現実世界(リアルワールド)での虐め。

もう十年以上も前の話だった。


「しんがりは私が努める。それにしても様子が変だぞレナ!」


くっ……彼女に護ってもらう事になるなんて……本当どうしちまったんだ俺……!

振り返るとアルマゲドンは青白い光線をその口から吐き出していた。

対するナオミは光属性中級魔法「バリア」で応戦か。

流石のナオミもサシではアイツに敵わない。

やはり俺も残って……うっ。

奴の目を見た瞬間昔を思い出す。

時を喰らう巨竜とはよく言ったものだ。


光属性下級魔法「リジェクト」!

今の俺のできる最大限の抵抗だった。

オレンジ色に光る膜は、ナオミの生み出したバリアに重なり、青白い光線からその身を守った。


だが。

ナオミも俺も近接タイプ。

魔法に秀でていない為、特に中級魔法を使ったナオミは肩で息をしている。

つまりそう何度も敵の光線を防げる訳では無い。


「な、なぁ逃げねーか……?モドリ玉とかねーの?」


モドリ玉は千里眼の薬と並ぶ旅の必需品でその国の首都に返り咲く力を持つ。

ナオミは一つ所持していたようで「イザベル!」と言い放ち、懐から緑色の玉を取り出す。

黄色い石板の場所までは距離がある……やっぱ使うしかねーって!


「こうなる事は私がこの世界に舞い戻った時から分かっていましたわ。ナオミ、一思いに使ってしまいなさい」


頷くナオミ、焦る俺。

牙を剥き接近してくる銀竜はハモンすら上回る気力を放っている。


「退散!」


緑色の煙は瞬く間に三人を包み、アルマゲドンとの戦闘は回避された。

生き残ったのだ。

額に汗を浮かべる俺を、ナオミブラストは心配そうな趣で見つめる。


「恐怖ですわ」


イザベルが口を開いた。


「レナが心の奥底に宿していた恐怖が、あの巨竜との接触によって露わにされたのですわ。何か辛い過去をお持ちで?」


十数年前の虐め。

サッカーに明け暮れていた俺に訪れた壮絶な体験は小石を皆から投げられ嘲笑われる程だったが、克服したはずだった。

独りぼっちだったあの頃……。

植え付けられた恐怖などとうの昔に乗り越えたつもりだった。

だが。

アルマゲドンの眼光はその時の心の闇を鮮明に復活させていた。


「魔女亡き今……」


国王アルフの声が聞こえた。


「東に攻め込むまたと無い機会。レナやナオミ、キャンディスにイザベルと言った者達を送り込み敵の首都ゼラートを奪取する絶好の機会かと」


ゼラートは大陸西部でサルデアとも交流があったテルミナ帝国の首都だった。

魔女の国の名は「アルファラ」ーー。

遠い東から国を上げた彼女は今でこそ完全召喚で死んでいるが、ゼラートを新たにアルファラの首都とし、大陸全土を支配していたのだ。


「アタシも行く」


銀髪のメリアが声を上げた。

キャンディスやイザベルと言った歴戦の猛者達に比べると経験は浅いが、足手纏いにならないだろう。

言い換えるなら金の卵である彼女はアークドラゴンに代わる大陸の竜を手懐ける事は可能だった。

とは言えさっきのアルマゲドンはあまりに強力で、あの怪物と契約を結ぶのは人間の為せる業じゃなかった。

噂には聞いていたアルマゲドン……。

本物を目にする事になるとは。


「留守はアルフ国王とレイヴンに頼もう。エルフ兵もいるしな」


とナオミ。

勇者の肩書きを持つ四人の中でもその力量は抜きん出ていた。

とは言えあのハモンに雪辱を晴らしたのはこの俺で今では実力が拮抗しているはずだった。

あの恐怖。

アルマゲドンが思い出させたあの恐怖心さえ無ければ、今頃俺はナオミにとって頼り甲斐ある彼氏だったはずだった。

俺の心中を察したイザベルも沈黙を保っている。

彼女の元恋人獣人マンティコア・ライデンは獅子の頭部を持った勇敢さながらの男だった。

女神を母に持ち、四人の勇者に数えられる彼が居れば、レノン家復興も今よりかは楽に運べたはずだ。

だが彼亡き今、切り替えて東に進むしか無い。

イザベルも未練をどこかで払い落とさなければならないのだ。

苦しいだろうがな。


俺は王の広間でナオミとメリアを交互に見た。

あの妹代わりのキャンディスと同様思い入れのある二人だった。

ただ正式に恋人と認めているのは一人だけ。

ハーフエルフナオミブラストである。


「私には未来が見えるの……メリアちゃんに優しくしてあげて?」


イザベルの言葉だった。

あ、ああ……メリアは憎めない何かがある。

根は明るいしな。

ってナオミとの関係はどーすんだオイ!

そうこう考える間にキャンディスが王の間に到着した。

四人の勇者の最後の一人エルメスを倒せたのも彼女の功績があったからに他ならない。

彼女も新たな召喚獣を求めて東に旅立つ事に意義を感じていそうだった。

ナオミが口を開いた。


「零社の戦士(ウォリアー)として活躍した時代に、大陸西部の寺院にお世話になった。そこに行けば幾らかパワーアップが可能だ。恐らく、恐らくだがあの魔女もそこに立ち寄る事で強大な力を宿すようになったばすだ。まあハモン以上と考えると元々の素質も半端ないが」


なるほど寺院か……。

そう言えば俺もグレンソールで神ミルナの邪悪な儀式を受けた。

その時の刺青のような跡は今でも右腕に残っているのだが、何にせよ今以上のパワーアップの予感は俺を昂らせた。

その時だった。

背中に背負ったファントムソードが紫色に光り、サタンの幻影が俺に話しかけてきた。

女神と対をなすサタン。

死んだはずの魂が大剣に宿っていたか。

声は俺にしか聞こえないようで、俺は真剣にその話に耳を傾けた。


(アルマゲドンとの接触で恐怖に怯えているようですね……。ワタシの力を借りる者は強力な人物と心に決めております。寺院に着いた際にもう一度見定めさせてもらいますよ……!)


つー事は今の俺は不合格と。

まあそうだよなぁ……ってお前は武器らしく大人しくしてろ!

俺はメリアやキャンディス、イザベルを鼓舞するナオミを見つめていた。

彼女を護れるのか。

勇敢な男としてこの地に名を刻めるか。

ハモンを倒した俺こそ真の勇者に相応しい。

ならば直ぐにでも恐怖を克服して……!

その為に寺院に出向くのも道理。

ゼラートを攻略するのも魔女が消えた今しかない。

魔女の跡継ぎが決まっていない今こそ、大陸西部を奪取する絶好の機会なのだ。


「時は一刻を争います。今直ぐにでもイカダで東へ。留守は僕とアンガス・クロウにお任せを」


流石にアルマゲドンもいつまでもグレンソールの岸辺にいないだろう。

え、いないって言ってくれ。

あの眼は当分見たくない。

断じて。

俺は一人称が「僕」の女王アルフレドの言葉に頷き、黄色い石板に触れるべく隠し通路へと急いだ。

俺、ナオミ、メリア、キャンディス、イザベルの五人での旅になる。

大陸でドラゴンと契約を結べば空も飛べる。

何よりマゼラの町で入手したモドリ玉もある。


「行こう」


俺たち五人は再び港町グレンソールに足を踏み入れた。

イカダなら余りもある。

それにあのアルマゲドンの気配はない。

いつ遭遇するか分からないので緊張を隠せないが、今は東に進むしかない。


ーー気をつけてねーー


俺は去り際にアンガスが遺した言葉と彼の心配そうな眼差しを思い出した。

盟友アンガスクロウ。

俺が女に囲まれようとも嫌悪感一つ見せなかった親友だ。

クロウ家のアンガスとレノン家のアルフ。

彼らの存在がある限りこの国に未来はある。

イカダに飛び乗った俺たちは東へと進みだした。


「震えてるの?」


キャンディスが首を傾げる。

ああもう説明するのが面倒い。

と言うより妹に気が弱いと思われたくない。

あのアルマゲドンのせいでとんだ迷惑だぜホント……。

想像世界(パラレルワールド)現実世界(リアルワールド)を行き来できるのも彼女の生み出すゲートのおかげに他ならない。

この十六歳の娘はどこまで行くのか。

寺院につけば彼女の伸び代が如何程か、明らかになるかもしれない。

帆で風を受けつつも漕ぎ続ける。

俺たちの目の前に、アルファラの支配する大陸が見えてきた。

今頃後継者争いなどの面倒事で持ちきりのはずだ。

完全召喚を成し遂げた俺たち。

大陸でお尋ね者になっても何ら不思議ではなかった。


「だ、大丈夫だ。お兄ちゃんを信じろ」


言ったところで保証はなかった。

彼女らを護れる保証ーー。

またアルマゲドンが出たら震えが止まらなくなるかもしれない。

情けねえよなぁ……。

再びこの感情に襲われた。

俺の心中を察した彼女らは、どんな反応をすれば分からずにいた。


「寺院に行けばなんとかなるさ」


ナオミが微笑む。

彼女にとって弱い男などお断り、という訳でもなさそうだった。

だとしても俺はしっかりしないと。

男のプライドとしてもそこは譲れねえ。


ただ単に強くなれば解決、とは思えなかった。

ならば置き去りにしてきた過去と向き合うしかないのか。

寺院での祈りは、一体俺に何を齎すのか。

考えている間に岸辺に着いた。

サイケ村ーー。

聞けばハモンの子孫が一人住み込むこの村に、俺たちは足を踏み入れた。

長老らしき男が言った。


「アシュラ・ヴェラスケス。十七歳になるハモンの子は今現在ゼラートに赴いています。魔女の手下として活躍が期待されていた彼は、何やら大事な用があって呼ばれたようです」


「サイケ村の者は俺と敵対しないか……」


「したくても出来ないのが現状です。我々へ乱暴はしない限り勇者レナ率いる一行の行動は黙視しましょう」


藁でできた家々が並ぶ、小さな村だった。

それにしてもハモンを始めとするセンジュ族(肌が灰色で腕が四本)はもっと南で集落を構えていたはずだ。

七年前、零社が勢力を伸ばしていた頃。

大陸の南西部アラモ地方は戦場と化していた。


「今日はここで一晩厄介になろう。いいだろナオミ?」


「ああ……センジュ族の若者も当分帰ってこなさそうだしな」


ナオミの口調が男っぽいのは育てたのがあのマンティコアだからか。

グレンソールで拾われた彼女はマンティコアに剣術を学んだ。

そしてマゼラのアカデミーで魔術の基礎を習い、若くして人助けの旅に出たのだった。

詳しくは知らないがそれがレナが彼氏として最大限知ってる情報だった。

過去をあまり語らない彼女だが、レナと同じく悲しい面影を醸し出していた。


「寝よう。明日になれば気も晴れるさ」


アルマゲドンの呪いが明日溶ける保証など微塵もなかった。

強くならないと……!

そう心に決め、俺は藁のベッドで眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ