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指が覚えていた④

 俺は腕に顎を乗せ、江上の端正な顔を見上げた。


 おそらく、彼女は老人の酔狂なお遊びに付き合わされているだけだと思われる。しかし当の彼女は迷惑がるどころか、大きな目を輝かせ、頬を紅潮させている。


 とっつき辛そうに思われた江上は、こういった遊びが好きなのかもしれない。

 ちょっと意外だ……。


 話くらいは聞いてやってもいいかもしれない。


 俺は一つ嘆息してから、続きを促した。




「内容はどんなだ?」


「えーとね、一つの曲を作り上げなければならないの」


「作曲しないといけない感じか?」


「そういう専門的なものではないと思いたいかな。おじいちゃんに言われているのは、『①栗ノ木坂南高校の校歌に隠されたヒントを頼りに、校舎や街中等を巡り、楽譜を探し出すこと ②各々のやり方でブラッシュアップさせておじいちゃんの前で演奏すること』なんだよ」


「うわー……」




 想像以上に怠い課題だったので、俺は自分の腕の中に突っ伏した。


 記憶を辿ると、この学校の校歌は、俺達が入学する直前に変わったと聞いたことがある。まさかそれが、孫二人のうちどちらかに理事長ポジションを譲るためだったとは、なんつー権限濫用っぷりか。




「おじいちゃんが私達の為に用意してくれた曲がどんな感じか、すっごく気になる! 聴いてみたいし、歌ってみたいんだ!」


「……そもそも歌えるのか?」


「それは分からない! まずは楽譜を探すところからだよ」


「……はぁ」




 話を聞いて、何故江上が俺の入部に拘ったのか分かってきた気がする。


 理事長が用意した楽譜が完全なるオリジナル曲の可能性が高いからだ。だとすれば、演奏の参考に出来そうな記録媒体をどこからも探し出せないだろうから、完璧な譜読みが出来る者が必要となる。


 しかも出てくる楽譜の難易度が高い場合にも備えたかっただろう。


 それらを考慮すると、俺はうってつけの生徒だったわけだ。




 楽譜の読み解きと伴奏を俺が担当し、江上はお得意の歌で合唱団を率いて、理事長に合唱形式で曲を披露する。




 この辺が江上の筋書きになってそうだ。


 なかなかシックリくる想像が出来たことに満足するが、同時に寒々しくもある。




――学校の部活を自分の将来の願望を叶える為に利用してやろうとは、末恐ろしい女。そりゃ部員達に愛想を尽かされやすくもなるわ。




 だけども、目標がハッキリしているのは悪い事ばかりではない。ピアノを弾くという役割が決まりきっている俺は、この件が片付いたら用無しだ。


 次期理事長の選出が完了したら、この部を去ってしまっても、不服に思われないだろう。


 全力で力を貸し、さっさと退部してしまおう。




「まぁ、いいよ。楽譜を探そう。お前は平行して俺以外の部員を募集したらいいだろうな」


「大丈夫、もうあちこちにポスター貼ってるし!」


「もっと本腰入れてやれば? ポスター如きで来ると思えない」


「そうかなぁ。色々考えてみるね!」


「おー」


「里村君がヤル気になってくれて嬉しいよ。友達としてもやっていけそう」


「ヤル気っていうか……、目先の課題を片付けないと、高校生活を楽しめないし」


「確かに! 里村君に入部してもらって良かった」




 俺は肩を竦めた後、リュックの中から学生証を取り出す。


 普段こんなものに目を通したりなんかしないけど、記憶が確かなら一番最後のページに校歌が載っているはず。


 本当にヒントが隠されているのか。




 【朝日に照らされし学び舎は、我等の誉れ


  希望が溢れ、夢へと続く道が見える


  嗚呼、素晴らしきかな栗ノ木坂南高校


  裏山からの清風は、街を吹き抜ける


  長き伝統後世へ渡そう


  栗ノ木坂よ、永遠に】




 歌詞は当り障りがないというか、かなり無難な類な気がするが、キーになりそうな単語も仕込まれている。


 胸ポケットに差していた蛍光ペンで、それらにマーカーを引いていく。




「さっそく見てくれてるんだ」


「課題って、早めに手をつけとかないと、段々嫌になるだろうし」


「何にマーカー引いたか見せて!」


「どうぞ」




 学生証の校歌のページを開いたまま、反転させ、彼女の目の高さに近づける。


 丸い目をパチパチさせながら受け取った彼女はそれを見て微笑んだ。




「ふむふむ。『朝日』『学び舎』『裏山』にマークしてるんだね」


「他にもあるかもだけどな。江上は既に何か発見してる?」


「ぜーんぜん!! 予想を立ててアレコレ探してみてはいるんだけど、空振りばかりしちゃうんだよね」


「成績が良くても、謎解きは苦手なのか」


「初めてやるようなのは、からっきし駄目みたい」


「もっとしっかりしてくれ」




 俺の失礼な物言いに対して江上はどこ吹く風という感じにケタケタと笑うので、ゲンナリする。


 というのも、彼女は俺なんかと比べものにならないくらいに成績が良いからだ。全国模試の成績からいって、この高校は県内でもそこそこのランクにあり、彼女は常に学年五位以内をキープしている。


 それなのに、未だに何も分かってないとは……。




 呆れてばかりでも時間の無駄だ。


 江上から学生証を返してもらい、改めて歌詞を眺める。




「歌詞にある『朝日』ってやっぱりヒントくさい。時間が条件で新たに分かることがあるんじゃないのか?」


「早朝の学校で何かが起こっているって言いたいの?」


「うん。早い時間に学校に来たことある?」


「一番早くても七時半くらいかな。期末テスト期間中に、友達早めに来て勉強したことがあったんだよ」


「それは早朝とは言わない」


「そうだよね。じゃあさ、明日の朝、私達二人で確かめに来ない!?」


「俺も!?」


「勿論! 里村君だって合唱部なんだからね」


「つーかそれ……、一応言っとくけど、これは部活動じゃなくて、お前自身の事情に関係することだからな?」


「細かいこと言わないでよ」


「あのなぁ」




 明日は土曜日で本来であれば休日だ。それが江上に勝手に潰されるだなんて腹立たしい!


 苛立ちのあまりに、机をひっくり返したいくらいだ。


 しかし冷静になろう。江上の願いを早めに叶えたら、それだけ早期に逃げ出せることでもある。


 短期決戦をして、二学期中にかたを付けてもいいだろう。




 そこまで考えた俺は、渋々頷いた、




「分かったよ。明日来たら良いんだろ! ただしお前も真面目に考えてくれ!」


「わーい!! そーこなくっちゃ」


「じゃあ、今日の活動はこれで終わりでいいんだな? 俺はもう帰るからな」


「ちょっと待って!」


「なんだよ?」




 明日四時起きが確定したのだから、さっさと帰ってごろごろしたいのに、江上は待ったをかける。


 いい加減キレてもいいか?




「里村君て、一人暮らしなんだよね?」


「……そうだけど」




 情報がダダ漏れになっている事に危機感を募らせる。


 他人と無難にやっていきたいんなら、一応本人の口から教えられた個人情報だけで会話すべきだぞ思うぞ。


 生歌に若干見直したが、俺のコイツに対する評価は下がりに下がっている。




「今日ウチで夕食どうかな? 親睦の為に!」


「イキナリ行ったら、親御さんに迷惑だろ」


「大丈夫! 私の父は離婚後行方不明になったし、母は海外に住んでいるから! それに料理は私が作るから。誰にも迷惑かからないと思うよ」




 なんだか凄く重い家庭事情を聞いてしまったが、適当にスルーする。こういうのは深入りしないに限る。


 それよりも気になるのは料理の方だ。


 今日一日だけでも相当な迷惑をかけられているわけだし、江上の料理が上手いか下手かくらいは経験してみて、いつか話のネタに使わせてもらおう。


 俺はあまりヨロシクない考えで、コクリと頷いた。




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