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ピアノはもう弾いてない

 教室のドアを開けた途端集まった視線に、俺は眉根を寄せた。


 直ぐに逸らされることなく注がれる無遠慮なソレラ。チラリと向いた先には、可愛らしさと爽やかさが同居したような容姿の美少女、江上琥珀(えがみこはく)がスマホ片手に、こちらを見ている。




――ゲ……。アイツ何でコッチ見てんだ。




 俺は急降下する機嫌を持て余し、足取りも荒く自分の席へと戻る。




 江上はここ栗ノ木坂南高校(くりのきさかみなみ)の理事長の孫だ。


 容姿端麗、頭脳明晰、人当たりも良いとあっては人気が無いわけがなく、彼女の周りには常に取り巻きがいる。


 それに比べて俺はチビで、馬鹿で、陰キャだ。まさに対極の存在。


 だと言うのに、わざわざ注目してくる理由なんて、どうせ碌なものではないだろう。




 なるべく意識しないように、次の授業の準備をしていると、あろうことかその江上が近寄って来た。




里村君(さとむらくん)、ちょっといい?」




 ゲンナリと目線を上げていく。


 やや短めのスカートに、灰色のブレザーの制服は彼女をモデルにしてデザインしたのかと思うくらいに良く似合っている。亜麻色の髪は艶やかだし、小さな顔にうまいこと収まるパーツはパッチリとした目以外涼しげな印象だ。


 クラスで一番、そして学校で二番目の美少女と噂される彼女は、近くで見ても完璧だった。


 


「一分間でよろしく」


「六限が始まるまでには、後五分もあるんだから、もうちょっと大丈夫なはずだよ」




 江上は拒絶モードの俺の返事をどこ吹く風といった体で笑い、サラサラな髪を耳にかけてからスマートフォンを俺の目の前に翳した。




「ここに映ってる人って、里村君なんだよね?」




――ん?




 目を細めてスマートフォン画面を見てみれば、YouTubeをアプリで開いていた。


 映し出される動画は一時停止していて、『△』の部分が誰かの横顔を隠す。


 その人物は黒いコンサート用のグランドピアノに向かっていて、嫌な予感に心が騒めく。




 動画名は『全日本ジュニア音楽コンクール 全国大会 セミファイナル』




――こいつの名前は!




 みっともなく慌てふためく俺を配慮することなく、江上の細い指は動画の中心辺りをおす。




「やめろ!」




 スマートフォンを奪いとろうとした俺の手は宙を切った。


 目の前の女がヒョイと後方に遠ざけたからだ。


 途端に鳴り出すピアノの音。


 激しく鍵盤を打ち鳴らすこの曲は、ブラームスのピアノソナタ第二番。


 俺が去年出場したジュニアコンクールで弾いた曲に他ならない。




 つまりこの動画に映っているのは過去の“俺”なのだ。




「お前どっから掘り出したんだよ!」


「里村君と同じ中学の子に教えてもらったんだ! 凄いね、この演奏。中学生でもこれだけ弾けるってことは、今はもっと――」


「ピアノはもうやめてる。もう気が済んだだろ。さっさと動画止めてくれ」


「もっと聴いてたいのにな」




 シュンとした様子で江上は動画を止める。


 そういう態度にクラスの男は落とされるんだろうけど、俺には無駄だ!


 「シッシ」と手で払い、彼女が視界に入らないように、窓の外を向く。




 今まで俺とは必要最低限にしか関わらなかったのに、急に手の平を返してきたのは、コンクールの実績を知ったからなんだろう。残念ながらそういう人間は疑ってかかってるんだよ。


 貧乏ゆすりをする俺を前にしても江上は立ち去らず、身を乗り出して、厚かましい願いを言い出した。


 


「単刀直入に言った方が良さそうだね。里村君、私の為にピアノを弾いてくれないかな?」




 ピアノは辞めたと言った直後にコレって、かなり酷いと思うぞ。俺は舌打ち代りに、リュックから取り出した教科書を大きな音をたてて机に叩きつけた。




「断る」


「そこを何とか!」


「絶対に嫌だ」


「お願いお願いお願い!!」


「しつこいな!」




 ていうか、この女、別にクラシック音楽に興味持ってないだろ。


 犬のお手や人語を仕込まれたインコの鳴き声を披露してほしい感覚と似てるんじゃあるまいな?




「我が合唱部に入部してもらって、その才能を如何なく発揮してほしんだ!」


「は?」




 藪やぶから棒に出てきた『合唱部』という単語に、俺は面くらう。


 ピアノ演奏を聴かせるのは百歩譲って理解出来るとしても、部活動に参加させるのは全く分からん。


 ていうか俺は帰宅部なんだぞ! マトモっぽい部に引き込めると思うな!




「……もうそろそろ先生来るよ。席に戻れば……?」




 内心悪態を吐きまくり、口では沈黙する小心者な俺の代わりに、隣の席に座る女子、染谷そめやが助け舟を出してくれた。


 ちょうど良く予鈴が鳴り、江上は「ホントだ!」と自分の席へ戻って行く。


 漸く緊張感から解き放たれ、詰めていた息を吐き出す。




「助かった」


「……江上。らしくなかったね。不気味」


「だよな」




 平和な高校生活が脅かされていくような予感がし、俺は自分の両腕を摩った。

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